前人未到の討伐
「トールハンマー!」
豪雷がゴートクラーケン目掛け放たれる。神の雷は海面を抉り取り爆音と共に強烈な水飛沫を上げた。
「もう一発おかわり如何ですか?トールハンマー」
二度目の豪雷が容赦無くゴートクラーケンを襲い、ゴートクラーケンは堪らず海上に姿を現した。
「これで品切れですよ、もう一つおまけにトーールハンマー!!」
最後の一撃はゴートクラーケンに直撃し雷により、感電したようで身体の動きが明らかに鈍くなっていた。
「チャンスだ!射てー」
アリスの号令で船団から火矢や火属性魔法がゴートクラーケンに撃ち込まれる。鈴木は決着が着いたかと思ったが、ゴートクラーケンも最後の足掻きで触腕と残った足で、必死に抵抗して火矢や魔法を払い落とす。
「樽に着火さえさせられれば、沈む筈なのに...」
戦闘開始から暫く経ち、船員や傭兵、冒険者達の集中力が切れだし、本当に勝てるのかという疑心に駆られる者が諦めと共に増えてきた。ゴートクラーケンは嘲笑うかの様に触腕を大きく振り下ろし、また一隻、いとも容易く海の藻屑にした。
「ここまで追い詰めたのに倒せないの」
今まで気丈に振る舞っていたアリスが呆然と立ち尽くす。
「アリスお嬢様」
アリスはリアから声をかけられ我に返った。
「ごめんなさい。私がすべき事は只一つ、臆病者、無能な当主と謗りを受けようとも、今戦っている彼等を無事に家族の元へ帰す事」
アリスの頬には涙の跡が薄っすら浮かんでいた。
「アンガスとリップル船長に伝令を出して、沈没船の救助に当たってもらいなさい。殿は旗艦がします、アンガスには後は頼むと」
「かしこまりました」
「リア」
「はい」
「今までありがとう」
「アリスお嬢様にお仕え出来て、幸せでしたよ」
アリスとリアは今生の別れを惜しんだ。リアが伝令で離れるとアリスは呟いた。
「残念、ご先祖様に顔を合わせられないわね。6大魔獣の一匹も仕留められないなんて...」
アリスは旗艦にいる船員を退避する様に指示し、船を動かせる最低限の人員を残すと玉砕覚悟の特攻態勢に入った。
「ハート家の意地を見せてやるわ!もしも、いつかまたゴートクラーケンを討伐しようとする者が現れるかもしれない。目の一つでも冥土の土産に貰って行くわ」
アリスは穏やかな顔をして剣を振り上げる。旗艦に残った船員はアリスが剣を振り下ろし、突撃の合図が出されるのを見守っていた。
「オオオリャーーーーー!!」
突然鈴木の大声が戦場に響き渡る。声がする方を見上げると、ゴートクラーケンの頭上までリーゼに運んで貰った、鈴木が落下している最中だった。
「あれは!?」
そこにいる誰もが予想していなかった。あの巨大な魔怪獣に単身で攻撃を仕掛ける者がいようとは。ゴートクラーケンは急襲して来る鈴木に対して4本の足と2本の触腕で迎撃した。
「オーラーーー」
鈴木は触腕に乗ると、走ると言うよりは落下しながら、ツルツルとヌメる触腕を伝い本体に接近する。
「インフェルノー!!」
鈴木が魔法を唱えると豪炎の分身が数体現れた。全ての分身が巨大で長い足と触腕を駆け抜け、ゴートクラーケンの本体に取り付いた。
「十分暴れただろ?大人しく食らいやがれー!」
豪炎の分身が一斉に属性石満載の樽に炎の刃を突き立てた。
ドガン!ドガドガドーン!
同時に爆発音が連鎖して爆発の衝撃波が船まで到達し、船体と鼓膜を激しく揺らす。激しい火花が散り、昭和の日本の刑事ドラマや平成史に残るハリウッド映画を彷彿とさせた。
「.....」
連鎖爆発により爆音が過ぎ去った後、海原は静寂に包まれる。一人として声を発せずにいると。
「ゴートクラーケン、討ち取ったりー!!」
プカプカと死骸を晒すゴートクラーケンの上で、煤塗れになった鈴木が勝鬨を上げる。
「オオー!」
「遂に遂にやったぞ」
「我々の勝利だ!」
鈴木の勝鬨に呼応して、口々に勝利を宣言した。
「私達は勝ったの?」
アリスが未だ白昼夢を見ている感覚の中、リアが駆け寄って抱きついた。
「やりましたよ!おめでとうございます、アリスお嬢様。一族の悲願である6大魔獣の一角を、我々が討伐を成し遂げたのです」
アリスの緊張の糸が切れ、リアと共に号泣し、抱き合った。
「おーい!リーゼ拾ってくれー」
鈴木はゴートクラーケンの上で回収されるのを待っていた。
「絶対取り溢したりしたら駄目ですわよ!」
リーゼが鈴木に指示を出す。鈴木は理解するよりも先に本能で其れを掴むと、ゴートクラーケンは霞の様に消えた。
ジャポン!ブクブク。
足場が消えた鈴木は海中に放り込まれ、船員に引き上げられるまで少し溺れてしまった。助け出された鈴木の目に飛び込んで来たのは、壮絶な戦いを終え満身創痍になる仲間と戦友達の姿だった。しかし彼等の表情は明るく、人類が成し得なかった偉業を達成した、誇らしさに満ち満ちていた。




