大海での戦闘
「発射ー!」
バリスタに装填された巨大な矢に綱で繋がれた樽が射出される。
「火矢隊、火属性魔法の魔法使いは射てー!!」
リップルの号令にも熱が入る。7隻から包囲した状態で全方位から一斉攻撃を仕掛ける。何個かの樽に詰めた属性石に着火し、爆発と延焼により、憎きイカ野郎は、苦痛の叫びを上げながら、長い足と触腕を振り回して抵抗する。ゴートクラーケンが海に潜ろうとするが、7隻の船が初手で放った矢に綱が結ばれており、海中に逃げ込もうとするゴートクラーケンを船が傾きながら、海の中に引きづり込まれない様に、必死に堪えた。
「この一手に全てをかける!!」
一族の執念なのか、はたまた火事場の馬鹿力が発動したのかは、不明だが今までのアリスの英雄スキルの中で一番効力を感じる。血湧き肉躍り躍動を感じ、恐怖と疑念が打ち払われ、7隻の全ての人が一点に集中した。バリスタから再度ありったけの樽に詰めた属性石を装填、射出する。今回の樽の位置は、殆どが本体近くにあり、爆発させられれば弱っているゴートクラーケンを撃破出来るだろう。だが現実はそう簡単にはいかせてくれない、ゴートクラーケンは海面より少し潜り様子を伺っている。
「まずいな、このままだと湿気っちまって着火し辛くなるぞ」
リップルが少し焦った様子で呟いた。
「湿気る?」
「はい。中に入った火属性石に着火させるんですが、長い時間、石を水に浸けると着火し辛くなって、爆発の着火剤としての機能を果たさなくなるんです」
「なら直ぐに火矢や火魔法で撃ち掛けないと」
「そうもいきません。海中にいる状態で爆破しても衝撃が緩和され致命傷に至らないでしょう。多分奴も長い人間との戦いで学んだのかもしれません」
浮きの様にプカプカと海面に佇む樽を見て、手を拱いている時間は実際の時間よりも大分長く感じた。
「なんとかアイツを引きづり上げられないか」
鈴木を含め戦闘に参加した全員が焦り出していた。
「アンナー!」
「はーい!」
「トールハンマーは撃てるか?」
「三発くらいなら!」
鈴木はアンナに駆け寄ると耳打ちした。
「いやーどうですかね?この広さで実際やったとして効果があるかどうか」
「何をこそこそしてますの?」
リーゼが話に割って入って来た。
「よろしいじゃありませんか。どうせこのままだと勝ち目が無いのだから試してみては?」
「じゃあ、リーゼもこの作戦の為に一肌脱いでくれ」
鈴木はリーゼに頼み事をすると精神統一に入る。リーゼが翼を出し船団の船一隻一隻に声をかけて回る。リーゼが旗艦に着いた一幕。
「貴方は!?」
「この容姿では誤魔化せませんわね。リーゼ タルタロスですわ」
「アリス ハートだ。何故タルタロス家の方が?」
「止むに止まれない事情がありまして、決してハート家の邪魔は致しませんから、ここは目を瞑って下さいませ」
リーゼは美しい姿勢でお辞儀すると。
「さて私がここに伝令として...」
場面は戻り大揺れする船上で、船員と傭兵は矢に結ばれた綱を握りしめ、アリスの号令を待っていた。
「上手くいきますかね?」
「どちらにせよ、何もしなければ綱を切られるか、船ごと海に引きづり込まれて終わりだ」
鈴木はリーゼの伝令が速やかにアリスに届く事を祈り、冷や汗をかきながら待った。飛空出来るリーゼの能力を活かし、海上でも伝達がスムーズに行えると考えたのだ。
「ゴクリ」
固唾を飲む。涼しい、いやむしろ肌寒ささえ感じる。それが気温のせいなのか、悪寒なのかは自分でさえ分からない程の緊張感が場を支配していた。海面が不気味な程に穏やかで、命懸けの戦いをしている事を忘れそうだ。空を仰ぐと気持ち良さそうに、風に乗るカモメ達がイカと人間の小競り合いを観覧していた。
「皆さん!」
静まりかえる海上にアリスの声が響いた。もともと良く通る声だが、キッシュ曰く英雄スキルの効果の一つらしい。煩い感じでは無く、浸透する様に声が耳に伝わって来る。
「多大な犠牲を払いここまで来ました。亡くなった方やそのご遺族、皆さんの想いや悲しみは私が全て背負います。だから、あの仇敵を私と共に倒して下さい!」
ウオオオオォォォォ!!
討伐隊の雄叫びが上がる。
「引けー!」
アリスの号令で綱を全隻が引き上げる。ゴートクラーケンとの綱引き勝負である。船員や船長、傭兵や冒険者に関係無く、船に乗船している全ての人が気持ちを一つにして、力の限り綱を手繰り寄せる。
「後もう少し、引けー!」
何度目かのアリスの号令で綱を引いた時、とうとうゴートクラーケンの身体が海面に浮上した。鈴木は海面にいるゴートクラーケンを目視すると、全神経を集中して魔法を唱える。
「アシッドスコール」
酸性の豪雨が降り注ぐ。ゴートクラーケンの体毛が溶け肌が露出した。
「アンナ頼む!」
「はい!任せて下さい」
アンナが詠唱を開始すると、周りには光の柱が一本また一本浮かび上がり四方を囲む。四方の柱とアンナの間で電撃が飛び交い、アンナの身体がほんのりと輝き出した。




