ミーシャの申し出
sayaから肩パン4発を喰らい、なんとか解放された。居酒屋で解散となったが、sayaと陽菜は年頃も近い為、連絡先を交換していた。鈴木は陽菜のコミニケーション能力が、向上した事に手応えを感じつつ、帰宅する為パンパンの満員電車に乗って、10駅程揺られると気持ち悪くなりながら、最寄り駅に到着した。
「少し呑み過ぎたかな...」
鈴木は無理しない程度に急いで家路につく。何故なら駅から家まで徒歩で20分はかかる、正直早く帰って風呂入って歯を磨いて寝たい。月明かりと街灯、民家から漏れる光に照らされた道を、早歩きで進みながら微風を感じながら自宅に到達した。
「ただいま」
鈴木は酒が残っているので、シャワーで済ませ水を飲む。大分眠気に誘われているので、ボーッとしながら歯を磨いてスマホをチェックしているとsayaからのメッセージが入っていた。
「陽菜ちゃんと友達になりました」
良かった良かったと思いながら、4発殴られた肩が少し痛む。鈴木はベッドに入り目を瞑って、30分くらいフワフワな感覚を楽しんでから眠りについた。
クリスタルパレスのベッドは寝心地が最高だ。寝具が良いと目覚めもスッキリする。鈴木はスッと身体を起こし顔を洗った。カーテンを開けると何処までも続く地平線が広がり、美しい砂浜に透明度の高い海が視界に入りラグジュアリーな気持ちにさせる。
「ん〜!今日はゴートクラーケンとの戦いに備えて準備するか」
鈴木は荷物袋の中身を出し整理整頓を行う。必要品を携帯し、装備品のメンテナンスをする。鍛冶屋に出していたオンリースイートと革鎧を鍛冶屋で受け取り装備した。金剛鋼の兜を被り、オリハルコン糸のマントを付けると一端の冒険者が完成した。
「夕方までまだ少し時間があるな」
鈴木はウォームアップがてら、装備品を全て外し誰もいない足場の悪い砂浜の端で、鞘に入れたままのオンリースイートを振り回す。1時間程運動していると、こんな所に来客があった。
「あの」
声をかけて来たのはミーシャだった。
「この数日探してたんだけど、やっと会えた」
「ミーシャさん、どうかしましたか?」
「どうかなってるのは貴方でしょ。私を助ける時にノラ魔王を殺して、ゴートクラーケンを倒さないといけなくなったって」
ミーシャの表情は暗い。多分この数日で自身に罪の意識を、植え付けてしまったのかもしれない。鈴木は汗を布で拭うとミーシャに笑顔で答えた。
「大丈夫ですよ、ミーシャさんと別れてから沢山の戦いがあって俺は強くなったんです」
「ノラ魔王を倒すなんて...」
「ゴートクラーケンでしたっけ?あんなちょっと大きいイカを倒すなんて朝飯前ですよ。むしろイカ焼きにして朝飯にしてやります」
鈴木は傾きかけた太陽を背にミーシャに心配をかけまいと大風呂敷を広げる。
「心配しなくても大丈夫、俺には俺以上に強い仲間がいるから」
心配そうに見つめるミーシャの顔は年相応に見える。最初に出会った時にはたくましく、老練の冒険者に見えたが鈴木の目には、いつの間にか可愛らしい少女に映る様になっていた。
「まっ、待ちな!」
ミーシャが立ち去ろうとする鈴木を呼び止めた。
「このままじゃ、私の気が済まない。ゴートクラーケン討伐に私も連れて行きな」
ミーシャの思いがけない申し出を受けたが、鈴木は丁重にお断りをした。
「是非参加して貰いたいんですが、今回は定員が5名なので連れて行けないんですよ。多分帰って来る頃には全員ちょっと疲れてると思うので、南港まで出迎えの馬車を用意して頂けると助かります」
ミーシャは少し抗議してきたが、約束の人数を越えてしまう為、連れて行けない事を根気強く説明して、なんとか納得させる事に成功した。ミーシャの手前、ああは言ったが、鈴木は今のミーシャをゴートクラーケン戦に連れて行った時のリスクを考え棄権させた。彼女の腕は間違い無く、一流の冒険者だが6大魔獣との戦いにおいては正直戦力としては厳しいだろう。鈴木はミーシャにそんな空気を微塵も匂わせず、定員を理由に押し切ったのだ。
「わかった、帰りを港で待ってるよ」
「ありがとうございます」
ミーシャ師匠と別れ、一度ホテルへ戻り汗を流す。サッパリして頭を布で拭いていると、陽が更に傾き夕方になりつつあった。鈴木は装備品を装着し完全武装するとホテルのエントランスにて、黎明の旅人を召集した。
「さてイカ狩りだ!」
「キッシュさん、やる気満々ですね!クラーケンって食べられるんですかね?」
「変なものを食べておなかを壊しても知りませんわよ。アンナ」
「アンナさんは本当に食いしん坊ですね。キッシュは泳げないのは大丈夫なの?」
「最悪、難破したら板にでもしがみつくさ」
大仕事を前にいつものように軽口を叩くメンバーに鈴木は深々と頭を下げる。
「どうした?急に」
「すまない、皆。俺が我がままを通したばかりに迷惑をかける」
「事情はキッシュから聞きましたが、褒めて差し上げますわ。弱きを助け、強きを挫く、雄らしいじゃありませんか」
「事情はどうあれ、仲間を助けるのに理由はいらないんですよ」
「お前がやらなかったら、俺がやってたさ。あれを見逃すくらいなら魔獣でも魔神でも殺ってやるさ」
「頭を上げて下さい、リーダー。皆の気持ちは一つです、ゴートクラーケンをやっつけましょう」
「ありがとう」
鈴木はスッと姿勢を正すと出陣の号令を出した。南港までは歩いて20分くらいで着いた。そこには見た事の無い大船団が海を覆い尽くしていた。




