ハート家の詩
「一つ伺っても?」
「どうぞ」
「用心棒とか傭兵を雇う気はありませんか?」
「どうしたんです、藪から棒に。傭兵は今日の夕方まで応募してましたけど、もう締め切りましたよ」
男が怪訝な顔で鈴木を見つめるので。
「どうかその名誉ある戦いに、是非参加させて欲しいんです!なんとか雇ってくれませんか」
「そうは言われても、締めきっちまったし。困ったなー。そうだ明日、お嬢に確認してからでも良いですかい?アンタの腕なら確実にOKが出ると思うんで」
男はニコリと笑いながら席を離れる時に、もう一杯ウィスキーを注文して奢ってくれた。鈴木は少し酔ったので外の空気を吸いに酒場を出た。
「うー、少し気持ち悪くなった。帰ろうかな」
後ろにある酒場や街並みはギラギラと輝き、前面に広がる海は静かに街の光に照らされて、静かに波を打っていた。
「大変だー!!」
大慌てで一人の男が酒場に走り去って行った。鈴木の酔いが本格的に周りだし、気持ち良くなってきたのでホテルに帰ることにした。この数日全く進捗が進んでいないが、焦っても仕方ない。少しヤケも混じっているが鼻歌を口ずさみながら、千鳥足とまでは言わ無いが蛇行しながらホテルへと帰る。
「ちょっとアンタ!」
「ん?」
「そこのおにーさん。酒場で話した」
酒場で話した男が追いかけて声をかけて来た。
「さっきの話」
「さっきの話?」
「傭兵になるって話だよ」
「ああ、お嬢様に聞いてくれるんだろ」
「いや、俺の権限で採用だ。明日の夕方に南港に来てくれ」
「それは願っても無い申し出だが、急にどうしたんだ?」
「実はさっき雇っていた傭兵の何人かが、しょっぴかれて欠員が出ちまって。このままじゃ、お嬢に叱られちまう」
「わかった。仲間がいるんだが連れてっても良いか?」
「何人だ?」
「俺合わせて5人」
「んー、良し!そいつ等も連れて来い。アンタ名前は?」
「鈴木だ」
「俺はアンガス。明日必ず来いよ」
アンガスは鈴木に念を押すと直ぐに酒場へと戻って行った。鈴木の酔いは醒め急いでホテルへ戻ると、本日の収穫を報告する。
「僥倖ですね、私達以外にもゴートクラーケンを狙っている一団がいるなんて」
「太助、もう一度名前を教えて下さるかしら」
「確か頭目がアリス ハートって言う女性だったよ」
「ハート家の当主が自ら参戦とは」
キッシュが片方の口角だけ上げて笑う。
「ハート家?」
「ハート家は四大貴族にありながら、没落して懸賞金稼ぎになった家ですわ。確か初代当主は失われた王国の国王の婿でしたわね」
「吟遊詩人が悲劇としてよく歌っているよ」
メドラウトが吟遊詩人を真似て歌う。
「王国にこの人ありと謳われた偉大な戦士。国王の娘を妃に迎え栄華を極める。されど偉大な戦士は歳を取るにつれ朦朧しだし、いもしない化け物と闘う様になった。最初は皆が見て見ぬ振りをしたのだが、彼だけが見える魔獣に王国は恐怖に支配される様になる。見えぬ敵と戦い続ける戦士を恐ろしく思った、時の国王は偉大なる戦士を捕らえ、国を騒がせた罪で処刑する。偉大な戦士が処刑された後、しばしの平和が訪れたが、一つの季節が変わるのを待たずして、王国は滅亡した」
メドラウトは大袈裟に一礼すると続けた。
「この後、吟遊詩人の歌は偉大な戦士の呪いで、そうなったって事になってるけど」
「ハート家は国の滅亡の原因は外竜王パルスジャバウォックの仕業だと、千年以上言い続けていますわ。本来魔獣の王とも呼ぶべき大魔獣は五匹でしたが、ハート家の主張を皮肉にして6大魔獣と呼んでますの」
「まぁ、ちょっと壊れた一族って感じだな。正気じゃないだろ?千年間も存在しない魔獣を追いかけ続けてるんだから」
リーゼは真面目に話しているが、キッシュが茶々を入れてくる。
「ハート家は余り関わらない方が良い気がします」
爽やかイケメン太郎のメドラウトさえ難色を示した。ハート家はこの世界の人間に腫れもの扱いされているようだ。アンナやリーゼは中立、メドラウトは難色だが、キッシュに至っては完全に関わりたく無いと言って来た。アリスの人柄に触れた鈴木にとって、仲間達のそんな態度が許せなく感じ。
「なら、俺一人で行って来るよ」
鈴木は自室へと戻ろうとした。
「待って下さい。短気は良くないですよ、太助さん」
アンナが優しく諭す。
「この申し出は太助さんを救う絶好のチャンス、そもそもクエストの納期的に選り好みしてる場合じゃないと思います」
アンナが参戦を表明すると。
「仕方ありませんわね、仲間を見捨てる訳にもいきませんし」
リーゼが軽く溜息を吐きながら鈴木を見つめる。
「ありがとう、2人とも。義兄弟はどうするんだ?」
鈴木がキッシュにキツめに問いかける。
「あー、わーたよ!行くよ行けばいいんだろ?義兄弟を易々とアイツらの良いようにさせたくねーしな」
キッシュは逆ギレしながら、参加に同意した。
「僕はー」
「来るだろ?」
「はい。しょうがないですね」
黎明の旅人が全員参加で決着した。




