第175話 武力が勝る者が正義となる
俺達は戦場である関所に来てみると、目の前に広がる平原には既に10万人にも及ぶ帝国兵達がひしめき合っていた。
あの中にゴザ村を襲った奴等が居ると思うと、腸が煮えくり返りそうになる。
だが怒りを通り越した俺達は酷く冷めた表情のままだった。
辺りを見渡してみると王国軍も既に集結しているようだった。
3万人程に及ぶ兵士達と数千人の冒険者が、暗い表情で佇んでいた。
それはそうだろう、誰がどう見ても勝ち目などないのだから。
よく逃げださずに集まっているものだと感心した。
関所から出て平原に列を成していた軍隊は、続々と関所の内側に移動している。
俺が国王に頼んだ通り早くも移動してくれているのだろう。
俺は王国軍が全員関所の内側に入るのを確認するまで動かないことにした。
『お おい、あれってサークルの皆だよな?』×ケルン
『来てくれたのか、声を掛けに行こうぜ♪』×ユムノ
『ま 待って、貴方達にはあの表情が見えないの?』×ローラ
『・・・な なんでだろ、こ 怖いわ』×ノンナ
『だ 駄目よ絶対に駄目、今は近づいちゃいけないわ』×エスモ
『あれは怒りだ・・・なにがあったのか分からないがエスモの言う通り近づかない方が良いだろう』
『何故あんなに冷たい表情をしているのよ・・・ミュウ貴女にそんな表情は似合わないわよ』
俺達は王国軍が関所の中に入るのを確認し、平原に出て歩み始めた。
俺達6人は、ゆっくりと帝国軍に近づいて行く。
何も遮蔽物のない平原なので10万人にも及ぶ帝国兵達は、実際より多く見える。
俺達は平原のほぼ中央に辿り着くと歩みを止めた。
ここまで来ると帝国軍達の表情まで良く見える。
重苦しい王国軍とは違い、帝国軍は余裕に満ち溢れており笑顔を見せる者達までいた。
これから戦争が始まると言うのに、何が楽しいと言うのだか・・・
俺は大声で兵国軍に問い掛ける。
【帝国軍よ、戦争を始める前に1つ問いたい】
ミュウが風属性魔法で増幅してくれた俺の大声を聞いた帝国兵達は、喋るのを止め注目しだした。
【お前達の中に此処から遠く離れた小さな村を襲った者達が居る】
【何故何の罪もない村人達を襲った?】
【家を焼き払い、村人を皆殺しにした理由はなんだ?】
【何故だ・・・何故無力な女性や年寄り、子供まで殺した?】
【答えろ帝国軍】
俺が喋り終わると辺りは静寂に包まれた後、帝国軍から大きな笑い声が聞こえてくる。
どうやら心の底から笑っているのか、酷く不快な気持ちになっていく。
『ぎゃはははははははははははははははは』×帝国軍
『なんだよ、あのガキ共は♪』
『王国軍は、こんな余興を用意してやがったのか♪』
『・・・何故サークルが戦場に姿を現したのか分かったわ』×ローラ
『それであんなに冷たい表情をしていたのか・・・』×ゼン
『あ あいつらは馬鹿なの?なんであんな馬鹿みたいに笑えるの?』×ノンナ
『あいつらには分からねえんだよ、サークルの強さが、あの恐ろしさが』×ケルン
『こ 怖い怖いわ、10万人にも及ぶ帝国軍よりサークルの方がずっと・・・』×エスモ
『これから思い知るだろうさ・・・』×ユムノ
俺達が不快な笑い声を聞いていると、帝国軍の大将らしき者が俺の問いに口を開いた。
【笑止、少年達よ何を温い事を言っておるのだ】
【今から始まるのは戦争だ、人と人との殺し合いだ】
【それはもはや善悪を超えた闘争である】
【帝国軍よ、お前達にも家族がいるだろう?】
【戦争だからと言って、妻や子供が殺されても良いと言うのか?】
【戦争だから仕方ないと思えるのか?】
【弱いのが悪いのだ、強者なら守りたい者も守れる】
【殺されるのが嫌なのであれば強者に平伏せ、帝国に膝間付くが良い】
【我がバーミーズ帝国に逆らうでない、全ては弱いお前達が悪いのだ】
帝国軍は大将の言葉に乗り、雄叫びを上げている。
【本当にそれで良いんだな?】
【強者が正義、強者ならば何をしても許されるんだな】
【俺も自分の正義を貫くために強さを求めた、だが何の罪もない者達を殺そうとは思わない】
【帝国軍の中にも、そう思う者が居るだろう?】
【だから俺達サークルは戦争に参加する気はなかった】
【俺達をこの戦争に参加させたのは、お前達の非道な行いだ】
【ええい、いい加減にしろ・・・もはや問答は不要である】
【子供は家に帰って寝ておれ】
俺も帝国の大将が言う通り、もはや言いたい事もなく魔法を唱える。
『出でよ創造と破壊を司る円環なる蛇よ<サモン>!!!!!!!』
【ウロボロス】
『SYAAAAAAAAAAAAAAAAAーーーーーーー 』
闇の中から出現した巨大で凶悪なウロボロスが、威嚇音を出し鎌首を持ち上げ遥か頭上から見下ろしている姿に、帝国軍のみならず王国軍まで凍り付いた。
それはそうだろう俺達でも最初見た時は恐怖したのだから。
10万人規模の軍隊とはいえウロボロスを前にすると、まるで蟻の群れに見える。
【帝国軍よ弱いのが悪いと言ったな?】
【俺もそう思うよ、強さ無くして正義は無い】
【だが俺達は平伏せなんて言わない、非道な行いをした帝国兵を俺達は決して許さない】
【滅びろ弱者達】
『ぐっ ぐぅぅ な 何をしておる魔法だ、魔法を撃て』
『は はっ』
『魔法部隊、一斉に撃て!』
帝国軍の魔法部隊は凄まじい数の魔法を解き放ち、ウロボロスへと総攻撃を仕掛けていた。
どれほどの時が経っただろう、魔法の煙が晴れて行くとそこには傷1つないウロボロスが佇んでいた。
『だ 駄目だあんな化物に勝てる訳がない・・・』
『ひぃぃ に 逃げろ、逃げるしかない』
『あ あ あ 駄目だ攻撃が来る・・・た 助けて』
『カッ!!!!!!!』
それは一瞬、ほんの一瞬の攻撃だった。
ウロボロスが巨大な口腔内に光が集まっていくと、光線の様な攻撃が横薙ぎに撃ち放たれた。
その攻撃は、何の衝撃音も無く10万人も居た帝国軍は半分近く平原に黒い染みを残し消え去っていた。
身に着けていた装備や武器すら存在しない、まさに消滅と言って良いだろう。
自分で召喚しておいて言うのもなんだが、恐ろしい攻撃だった。
俺達は速攻で倒しにいって良かった、こんな攻撃を回避するのはどれだけ困難になることか。
『ひっ ひぃぃぃぃぃぃ』
『た 助けて、助けてくれえええええええええええ』
『な なんだこれは、見えない壁がある誰か誰かあああああああああ』
生き残った帝国兵達は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑っている。
だが俺達は既に広い平原に<結界>を囲っており、誰一人逃がすつもりはなかった。
次にウロボロスが口を開き終わった時には、そこに10万人いた帝国軍は消え失せていた。
吠えていた帝国の大将も何時消えたのか分からない、そこには死体すら残っていないのだから。
俺はウロボロスに労いの気持ちを払いながら<サモン>を解除した。
だが帝国軍が壊滅した訳ではない。
俺が皆殺しにされたゴザ村の話しをした時、心を痛めていた兵隊を<真偽眼>で見分けミュウ達が全力で<結界>を張り守ったからだ。
そこには3万人ほどに及ぶ帝国兵が、何が起こったのか分からない様子で立ち竦んでいた。
『ど どうして俺達は生きている?』
『見たところ階級が高そうだが、名前を聞いておこうか?』
『・・・俺は帝国軍右翼体将軍スカー・ミラ・ハードだ』
『将軍さんだったのか、それなら丁度良い今すぐ帝国に帰って伝えろ』
『今から帝国の王族達全てを処刑するってな』
『なっ ば 馬鹿な・・・』
『何が馬鹿なんだ?まさか俺達が出来ないとは思わないよな?』
『帝国の王族は10万人の軍隊よりも強いのか?』
『まあ何十万人居ようと一緒だけどな』
『な 何故そこまでするのだ、帝国は負けた・・・後は交渉すれば良いのではないのか?』
『ああ 交渉になるさ、だが王族全員の処刑は決定事項だ』
『だ だから、何故そうなる?それはあまりにも酷いではないか』
『隊長さんには教えてやろう、この戦争でベンガル王国は全面降伏する筈だった』
『それはそうだろう、この戦力差だ万が一にも勝ち目は無い』
『だが帝国からは全面降伏しても王族は全員処刑すると言われ、降伏することすらできなかったんだ』
『もちろん帝国も降伏するとは思わなかっただろうな』
『わかるだろ?』
『帝国はベンガル王国を蹂躙したかったんだ、圧倒的な武力で叩き潰したかったんだろう』
『その上で王族も皆殺しにし帝国へ取り込む気だったんだろうな』
『ハハハ 王国民は全員奴隷にでもなってたかも知れないな♪』
『帝国軍には態々迂回して何の罪もない村を殲滅する者も居たんだ、程度が知れるだろ?』
『俺達はどちらが正しいのか分からない様な戦争に参加する気は無かった』
『俺達を動かしたのは非道な行いをしたお前達、帝国軍だ』
『自分達がやろうとしていた事だ、同じことを言われても文句はないだろ?』
『なあ隊長さん、分かったら帰って伝えろ』
『・・・な 何故だ、何故俺達を生かす?伝令だけなら、これだけの人数は要らなかっただろう』
『聞きたいのなら答えてやろう』
『生き残ったお前達は、帝国軍が罪もない村を皆殺しにしたと聞き、心を痛めた者達だ』
『何故そんな事が分かるのだ・・・』
『それは分かるとしか言えないな』
『俺達は帝国民全てが悪いとは思っていない、帝国にも良い奴が居るのが分かっているからだ』
『逆に王国民であろうとも、非道な事をする奴等など生かしてはおかない俺達が皆殺しにしてやる』
『生き残ったお前達にも忠告しておく、例えお前達が良い奴であったとしても俺達に剣を向けるのであれば容赦はしない』
『守りたい者が居るのならお前達が守れ、後で帝国で会おうか』
『急げよ早くしないと俺達の方が先に帝国へ着くからな』
俺が言い終わると生き残った帝国軍は、急いで引き返していった。
俺達は先ほど出来なかったゴザ村の死者達を埋葬しに行こうとすると、サジタリウスをはじめ多くの兵士や冒険者が俺達の下へ集まって来ていた。
『悪いなゼン、嘘を付いてしまった』
『いや、気にしなくて良いお陰で助かったからな』
『それより何だったんだ、あの恐ろしい蛇は?』
『ウロボロスの事か?戦いたいのか?』
『・・・その冗談は笑えないぞ?』
『あはは♪』
『ねえローラ、私達ゴザ村の死者達を埋葬しに行くんだけどさ手伝ってくれない?』
『もちろん行くわ』
俺達がゴザ村に歩を向けると、驚いた事に3万人にも及ぶ兵士達も着いて来てくれた。
重い甲冑を着た者も居るのにも関わらず、甲冑の音を響かせながら来てくれた。
ゴザ村へ着くと俺達が手を出す暇もなく、大勢の兵士達が遺体を埋葬し墓を作ってくれた。
その光景には流石の俺達も驚き、皆に感謝の念を抱いた。
『何を驚いているんだ当然の事だろ?なにせサークルのお陰で俺達も助かったんだからな』
『悪いなゼン、例え世話になってるサジタリウスと言えど助ける気はなかった、結果こうなっただけだ』
『それでもだ、ありがとな』
『なあゼン、国王に言付けを頼んで良いか?』
『俺なんかが国王様に会えないぞ、ギルマスに頼んでやるよ』
『そうか、なら俺達は帝国の王族を皆殺しにしてくると伝えておいてくれ』
『・・・戦後の交渉ができなくなるぞ?』
『それなら帝国もベンガル王国に取り込めば良いんじゃないか?』
『そんなに簡単なものじゃないだろう?』
『そうだな、だがそれは俺の考える事じゃないさ』
『じゃ、俺達は行ってくる後は頼んだ』
『ああ』
『出でよ、空を支配する翼を持つ皇帝よ<サモン>!!!!!!!』
【エンペラーイーグル】
『PIEEEEEEEEEEEEEEーーーーーーー 』
俺はもう召喚魔法も隠す必要がなくなったので、帝国までの移動にエンペラーイーグルを呼び出した。
空を覆い隠さんとするほど巨大な翼に、皆は空を見上げ口を大きく開いたまま固まっている。
俺達6人はエンペラーイーグルの背に乗ると、直ぐに帝都へ向けて飛び立った。
エンペラーイーグルは飛んでも無い巨体なのに、もう帝都が見えてきた。
兵士たちを帝都へ帰らしてから、もう半日ぐらい経っているので既に帰っているだろう。
気兼ねする必要も感じないので、俺達は帝都の城へ降り立った。
バーミーズ帝国はベンガル王国とは比べ物にならない程大きく、城下町も凄い広さだった。
一体どれほどの人間が居るのだろう見当も付かない。
流石に堂々と王城へ降り立ったので、直ぐに兵氏達が集まってくるが俺達は振り返りもせず帝都から見える景色を眺めていた。
『クオンよ、とりあえずは王族狩りと行こうか?』
『ああ 1人も逃すなよ?』
『ええ とりあえずね♪』
『ニャハハ 自業自得ニャ♪』
『集まって来てる兵士達はどうします?』
『フフ 此処は敵地です遠慮は要りませんわ♪』
『そうだな景気よく行こうか♪』
『おう♪』
『『『『『『<真龍王之威圧>』』』』』』
俺達6人は一斉に<真龍王之威圧>を解き放った、既に俺達を取り囲んでいた兵士達は一瞬で意識を断ち切られた。
バタバタと糸が切れた人形の様に倒れて行く。
手加減しているとはいえ6人全員での威圧は初めての事であり、受ける者達にはたまったものでは無いだろう。
俺達は散開して王族を探すことにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
<帝国軍右翼体将軍スカー・ミラ・ハード視点>
俺は馬を飛ばし一目散に帝都へ帰ってきた、早く・・・早く皇帝に伝えなければ。
王族が処刑される、帝都が滅びる・・・そ そんな事があってたまるか。
急げ奴等には絶対に勝てない、例えバーミーズ帝国であろうとも、あの恐ろしい魔獣に勝てる訳がない。
皇帝を連れて逃げるしかない。
城下町を駆け抜け、ようやく城へ着いた。
『俺は右翼軍将軍スカー・ミラ・ハードだ、皇帝に火急の知らせがある通されたい』
『皇帝に?戦争で何かあったのか?』
『説明してる暇は無い、急いでくれ』
『わ 分かった、通られよ』
俺は城内を駆け抜け皇帝に謁見を申し出た。
戦争の知らせを受けるため皇帝はもちろん大臣達が集まっている。
火急の報告と伝えてあるが、ようやく謁見の許可が出た。
それはそうだろう、誰がこんな事態になっていることを想像できるだろうか。
俺は皇帝の前に通されると、その場に居る全員が俺に注目しだした。
『皇帝陛下報告します、ベンガル王国に向かった10万人の帝国兵は、か 壊滅しました』
『な 何を言っておるのだ貴様?』
『ほ 本当の事です、一瞬でしたほんの一瞬で7万人の兵士達が消滅し、3万人の兵士達が囚われました』
『馬鹿な、何があったと言うのだ?』
『魔獣でした、巨大で凶悪な蛇の様な魔獣が突然現れ我々がどんな攻撃をしても、傷1つ付けることが出来ませんでした』
『に 逃げて下さい、その魔獣を呼び出した者が帝都へ来ます』
『帝都の王族を皆殺しにすると言っておりました、す 直ぐに逃げて下さい』
『ば 馬鹿な、ありえぬ、そんな事などありえぬ』
『本当です、あの者達には絶対に勝てません早く、早くお逃げください』
『ふふ ふははは お前は夢でも見ていたのだろう?』×皇帝
『いや幻覚魔法かも知れぬな・・・もうよい下がっておれ』
『こ 皇帝信じて下さい、あの者達は存在します直ぐに帝都に来ます』
『だまれ、下がれと言っておる』
俺は必死になって説明したが、無理もない誰がこんな話しを信じるというのだ。
どうして良いのか分からず困窮していると、1人の兵士が飛び込んで来た。
『へ 陛下報告があります、たった今この城の上に信じられない様な大きさの鳥の様な魔獣が降り立ちました』
『な なんだと?』
『あ 彼奴等だ・・・皇帝逃げて下さい、奴等が来ました』
『馬鹿な・・・余に先ほどのありえぬ話しを信じろと言うのか』
魔獣が現れた事により、俺の話しを信じてくれる気になったのか大臣達も焦りが見え始めた。
そんな時、また1人の兵士が部屋に飛び込んで来た。
『陛下、冒険者の様な者6人に侵入されました』
『へ 兵士達が成す術もなく倒されております、こ 此処へ向かっております』
『王族を探しているようです』
『こ 皇帝陛下、早くお逃げ下さい時間がありません』
俺は地に振れ伏しながら懇願していると、部屋の扉が開かれた。
そこには戦場で会ったあの者が立っていた、しかも凄まじいまでの殺気に身を包んでいる。
ま 間に合わなかった・・・本当にこんなにも早く現れるとは。
ぐぅぅ な なんという殺気を放つのだ、ひ 膝が震える・・・お 俺が身が竦んで立てないだと。