……散歩?
境目まで行った次の日から、ゼノアはほぼ毎日出掛けるようになった。
勇者の仕事をしなくて良くなった私はいつもついていくけど、ゼノアは私がついていく事には何も言わない。
拒絶も許容も口にしない。
でも、何の為に歩き回って入るのか分からない。
……散歩しているだけ?
たまに足を止め、周りを見回しているゼノア。
でもたまに、何か小声で呟いている。
何をしているのか訊いても、“人間には関係ない”と言うだけ。
魔族ならゼノアから答えを聞き出せるんだろうか?
何日も同じ事を繰り返していたゼノア。
境目を通って来る魔族は、あれ以来現れていない。
あの時、ゼノアが言った言葉を理解し、他の魔族へも話したのかも知れない。
でもあの時の言葉を、私は未だに理解出来ていない。
どんな意味が籠められていたのだろう?
────
──
ある日。
ゼノアは何故か、境目へと向かった。
足を止めずに歩いていくけど、魔界に戻るんだろうか?
「魔界に戻るの?」
「する事があるからな。一旦戻る」
“する事”とはなんだろう?
一旦って事は、すぐに人界へ戻ってくるの?
「私もついていって良い?」
「好きにしろ」
私がいても、構わないらしい。
ゼノアが現在何をしようとしているのか分からないけど、人間が側にいる事は、何の障害にもならないって事なんだろう。
境目の近くには、魔族はいなかった。
勇者として魔界に来ていた時、境目を通ったらすぐに襲撃を受ける事だってあったのに。
境目から少し離れた場所で立ち止まったゼノアは、また何か呟いた。
すると──
ゼノアの体から、幾つもの青白い光が出ていき、空へと溶けるように消えた。
(何……?)
ゼノアが何をしたのか分からず、凝視するも、ゼノアは“人界に戻る”と言って歩いていく。
何をしたのかを、私に教えるつもりはないのだろう。
──凄く気になるけど。
ゼノアは、私に──人間に与える情報を選んでいるようだ。
そうする必要がある事は解っている。
彼は魔王で、私達は人間。
相容れない存在なんだから……
……でも、それが、その壁が、“辛い”と思う気持ちが強くなっている。
“悲しい”だなんて、どうして思うのだろう?
魔界の秘密を、ゼノアが口にする筈がないのに。
魔王の彼が、魔界を危機に曝すような事などする筈がないのに。
……それを私達が知って、何か出来る可能性も低いだろうけど。
ゼノアの後ろをついていくと、沢山の視線が集まっているのが分かる。
異質を見る目。
恐怖に満ちた目。
そんなものばかり。
相手は5才児にしか見えないとはいえ、紛れもなく魔王だ。
今まで勇者達が討伐できなかった魔王を、複数同時に死なせた、“最強の魔王”と言ってもおかしくはない相手。
“魔族管理者”だったゼノアだからこそ強いのだろうか?
初代勇者──ゼノアに言わせれば、彼しか勇者じゃないみたいだけど──が倒した魔王を、蘇らせないようにしたと言っていたし、魔王も管理対象なんだろうか?
だからこそ、他の魔王よりも強いのかな?
……でも、そうなると、何故ゼノアが死んだのかという疑問が沸いてくる。
それに、魔王達が喚ばなければ、蘇るつもりがなかったとも言っていた。
長く生きたから、飽きたとか?
それとも、何か嫌な事でもあったんだろうか?
でも、この事を以前訊いた事があるけど、その時は返事をして貰えなかった。
「……レニー。魔王はいつまでいるんだ?」
話し掛けてきたのは、元勇者の男。
彼もゼノアの話を聞いてから、勇者の仕事がなくなった一人。
でも彼は男で、力がある。
既に新しい仕事に就いているようだ。
……私も早く仕事を見つけないと……
「知らないわ」
ゼノアがいつまでいるのかなんて、私も知りたい。
でも、帰って欲しい訳でもなくて。
ゼノアはあまり口数が多くないけれど、一人じゃない事は私にとって、かなり喜ばしい事で。
「……魔王というのは、もっと戦闘狂で傲慢な存在と思っていたけどな」
彼の言葉に、頷く事で返事をする。
でも、ゼノアはそんな様子は皆無。
ただのマイペースにしか感じられない。
「俺が戦闘狂なら、魔界も人界も、既に誰一人として生きている訳がない。そんな分かりきった未来、何が楽しい?」
私達の会話が耳に入っていたようで、ゼノアが振り返り、言葉を発した。
彼の言った言葉は、当然だと納得できるものだ。
ゼノアが誰かを殺す事は、簡単に出来るだろう。
しかも、今の姿は本来の姿じゃない。
本来の姿になれば、今よりも強いんだと思う。
ゼノアの敵になりうる者など、魔界にもいないのだろう。
……だからこそ、気になる。
ゼノアが何故死んだのか。
誰かに殺されるような感じはないから、余計に。
「……魔王達の手により蘇ったと聞いたが……そもそも、何故死んでいた?魔王に寿命はあるのか?」
私の隣にいる彼の言葉を、ゼノアは無表情で聞いている。
死んでも蘇る魔王や魔族達。
そもそも、寿命という認識があるのだろうか?
ゼノアが阻止しなければ、永遠に蘇り続けるんだろうか?
「魔王といえど、“死”は訪れる。……但し、人間のように短命でもないし、自分より強い者に殺される以外の死因で死ぬ者は、殆どいない」
「えっ!?それじゃあ、ゼノアは誰に殺されたの?」
思わぬ言葉に、思わず声をあげていた。
だって、魔王達を複数倒せるゼノアより強い相手なんて、想像も出来ない。
ゼノアより強い魔王がいたって事?
ゼノアは、“勇者”に殺される事はないと言っていたし。
「魔族管理者でもあった俺は、特殊だっただけだ。……今は魔族管理者ではなくなったから、俺にはもう、死ぬ事は出来ない。魔王として魔族の管理を再開したとしても、この理は変わらない」
「…………」
何故死んだのかという返事は貰えなかったけれど、新たな情報を与えられた。
つまり、ゼノアは不死……?
そして、魔族管理者に戻ろうと思えば出来るっていうの?
“最強の魔王”だと言われているみたいだけど、最強過ぎない?
「ゼノアが死ぬ事は、これから先、ないのね?」
「そうだな」
肯定が返ってきた。
やっぱり不死になったらしい。
……でも──
「嬉しくないの?」
喜んでいるようには見えない。
「嬉しいように見えるのか?」
「…………」
“死なない”のではなく、“死ねない”と認識しているようだ。
不死になったのは、喜ばしい事じゃない……?
「……ゼノアは、死にたいの?」
話を聞いていると、そんな感じがする。
最強の魔王なのに?
……どうして?
「……やっと死ぬ事ができた俺を蘇らせた事は、いくら怒ったところで意味がないからな。受け入れるしかない」
諦めた様子で吐き出された言葉に、私が言った事を肯定しているのだと解った。
「何故、死を望むの!?」
“死にたくない”と思ってきた私とは、相容れない考え。
どうしてそのように思うのだろう?
「……“何故”、か……すぐに死ねる人間には、分からないだろうな」
何処か壁を感じると思っていた。
それが何なのか、分かったかも知れない。
──人間と魔王という違いだけでなく、根本的に信頼されていない。
壁を作る事は、ゼノアにとって当然の事だと思っていそうだ。
ゼノアが信頼する相手は、魔界にはいるのだろうか?
「贅沢な悩みだな」
私の隣からの言葉に、頷く事が出来ない。
死を望むゼノアにとって、それは“贅沢な悩み”だと言えないと思う。
私達が死にたくないと思う事と、何が違うのだろう?
ゼノアが死を望む理由は教えて貰えなかったけど、いずれ、教えて貰える事が出来るのだろうか?




