私の家に、魔王が一体……
「……何の目的の為に、人界へ来た?」
ゼノアへ怖々尋ねる陛下。
勇者が振るった武器すら素手で防ぐ様を見せられれば、恐怖しない人はいないだろう。
──私は目を瞑って見ていなかったからか、特に変わった感情は抱いていないけれど。
「レニーにも言ったが、ただの退屈しのぎだ。気にするな」
そんな陛下へかけた言葉に、ポカン……とした顔が並ぶ。
“気にするな”なんて言われても、気にしない人はいないだろう。
相手はまがりなりにも“魔王”なのだから。
しかも、勇者の攻撃が効かなかったのを見たのだから。
「……人界を観光する、という事だろうか?」
陛下からすれば、ゼノアを拘束し、安心を獲たいと思っているのだろう。
でも、それが簡単に出来る相手ではない事も理解できる。
「……そうだな……」
今まで淡々と話していたゼノアにしては、何やら思案しているように感じた。
(人界で何をするつもりなんだろう?)
何をするつもりなのか分からないけど、それを阻止出来る人はいないだろうし。
話すつもりがないようで、ゼノアはそれ以上、その話をしなかった。
「……この城に滞在するのか?」
“嫌”だと、その表情が物語っている。
同じ所にいられると、やはり安心出来ないんだろう。
「滞在場所は何処でも良いが……そうだな……レニー、暫く泊めてくれるか?」
「えっ!?私の家?」
予想外の言葉に、驚いた。
「俺を人界へ連れてきたと、レニーが攻撃される可能性もあるだろうからな」
腕の中から見上げてくるゼノアの言葉に、何も返せない。
実際、剣を突き付けられたのだから。
……でも、それって、私を──自分を討伐する為に魔界に来た勇者を、心配してくれたって事だよね?
淡々としていて、周りに関心がなさそうなのに、優しい所もある。
殺意も敵意も感じないし、周りが騒げば鬱陶しそうな顔をする程度。
攻撃的な要素はない。
「ありがとう」
私が誰に攻撃されようが、殺されようが、ゼノアには関係ないのに。
“愚か”だと呆れた顔をされても、他の人達のように、私を蔑んだりしない。
……私達は、“勇者”じゃないみたいだけど。
「女神の加護を授かった勇者は、私達とどんな違いがあるの?」
大きな力の差があるようなのはゼノアの話で分かったけど、見た目は違って見えたりしたのかな?
「……力が溢れている事以外、見た目は他の人族と変わらなかった」
……見た目は同じだったの?
普通の人族の姿?
でも、“力が溢れている”って、どうやって視る事が出来るんだろう?
「……それは、どういう事だ?“女神の加護”……?」
陛下が戸惑った表情で言葉を挟んできた。
私はゼノアから聞いたけど、陛下達は初耳。
疑問に思うのも、可笑しくはないだろう。
「女神の加護を授けられた者が、“勇者”だそうです」
ゼノアから聞いた話を口にすると、またも驚愕の表情が並ぶ。
「女神の祝福を授けられただけの私達は、“勇者”ではない、と」
「「なっ……!?」」
これには全員が驚きの声をあげた。
「勇者じゃなかったら、俺達は何だと言うんだ!?」
そう言うのは当然だろう。
ずっと、勇者として生きてきたのだから。
「女神の加護を与えた勇者がいた国へ、女神の祝福を授けられるのは当然だろう。女神の祝福を受けた者は、強運を授けられただけの人間だ。そんな奴等が、魔族はともかく、魔王を討伐出来る訳がない。……それに、討伐対象の魔王は決まっていた。勇者であっても、他の魔王を討伐する事は出来ない」
つまりは、勇者であっても、ゼノア達他の魔王を討伐する事は不可能という事だ。
──勇者が討伐した魔王は、ゼノアが既に蘇らないようにしたと言っていたのだから。
そんな魔王を討伐するだなんて……ゼノアに“愚か”と言われてしまうのも、当然だ。
……でも、何故情報がなかったんだろう?
ゼノアは、勇者と、王と、話をしたと言っていたのに。
その時の事を記述に遺していなかったんだろうか?
「陛下、お尋ねします事をお許し下さい。……ゼノアは、勇者が魔王を討伐した後、人界に来たと言っていました。その時の記述は残っていないのでしょうか?」
「──っ!!?それは真言か!?」
大袈裟な程驚いている陛下……
という事は、知らなかったようだ。
「……記述は残っていないだろうな。勇者と国王は、仲違いをした。勇者は国を出て、王は勇者に関する書物を総て燃やしたらしい。……それでも、誰かが情報を残していると思っていたけどな」
そして、またもや驚愕の情報を口にしたゼノア。
「何故、仲違いを?」
王にとって、勇者は恩人の筈。
勇者も、人界の為に魔王討伐をしたんじゃないの?
「王は娘を勇者の嫁にしたかったらしいが、勇者はそれを断った。王は勇者を取り込んで国力を安定させたかっただけだろうとか言っていたな。それが煩わしいと勇者が国を出た事に激高した王は、勇者に関する書物を処分した」
「…………」
「…………」
「………………」
勇者の気持ちも、王の気持ちも分かってしまう。
魔王を討伐した勇者がいれば、他国を牽制出来る。
でも、命をかけて戦った褒美が、好きでもない相手と結婚する事なら嫌になるとも思う。
それは、私だけが思う事じゃないだろう。
その証拠に、皆黙ってしまった。
「……蘇ったついでに、アイツを人界に葬ってやろうと思ったが……今でもアイツは、安らかに眠れそうにないな」
その言葉に、耳を疑う。
もしかしなくとも──
「……勇者の遺体の在処を、ゼノアは知っているの?」
あの言葉から察するに、そうとしか考えられないだろう。
「アイツの遺体は、俺が管理している。奴は人界を出て魔界に来たからな。魔族ではないにしろ、魔界に来た者は、俺が管理する事になっている」
「勇者が、魔界に!?」
それってどういう事?
魔王を討伐した勇者を、魔界は歓迎したって事?
他の魔王を討伐する事は出来ないから、関心を持たなかったとか?
でも、ゼノアって、最近蘇ったんだよね?
その間、勇者の遺体はどうなっていたんだろう?
あの朽ちた城にあったのだろうか?
それ以前に、まだ“遺体”として残っているの?
土に還っていても、可笑しくないのに。
というか、そうでなければ可笑しいと思うんだけど。
「骨すら朽ちて残っていなさそうだけど……」
「魔界で人間が還る事はない。奴は死んだ時のまま、魔界にある」
思わず口から出た言葉に返ってきた返事に食いついたのは、陛下達だった。
「それは真言か!?腐る事なく、存在しているというのか?」
「そんな……!信じられない!!」
興奮しているのが分かるけど、それを知ってどうというのだろう?
遺体が残ったままというのは驚く事だけど、それだけだろうと思うのは、私だけ?
「勇者の体を調べる事が出来るかも知れない」
だけど、その言葉で、何故こんなにも興奮しているのか理解した。
解剖し、調べる為に喜んだのだろう。
「聞いていなかったのか?奴の遺体は、人界に持ってこないと言った筈だ」
それに待ったをかけたのは、ゼノア。
“勇者が安心して眠れない”と言ったのは、この事を瞬時に悟ったからなのかも知れない。
「……アイツを土に還すのは、奴に言われた通り、無理なのかも知れないな」
ボソッと呟かれた内容に、首を傾げる。
「奴って?」
“アイツ”が勇者だとは分かったけど、“奴”って誰なんだろう?
「勇者」
「……同じ勇者?」
「そうだ」
「魔王を討伐した勇者の事だよ?」
「だから、そうだと言っている」
え?
じゃあ、死ぬ前に言っていたって事?
「奴は勇者だが、人間だからな。俺よりも人間の事に詳しいのは当然だ」
「それは、そうだろうけど……」
私が言っているのは、そういう事じゃなくて……
「で?いつまで此処にいるんだ?」
城の中にいるのは、もう飽きたんだろうか?
それとも、外に行きたいだけなのか。
とにかく、此処から移動したいようなのは分かった。
「失礼致します」
陛下へ頭を下げ、引き留められる前に退室する。
────
──
家に戻ってきた。
いつも一人で過ごしていた小さな家に、ゼノアがいる。
……本当にいるだけなんだけど。
「私は裕福じゃないけど、良いの?」
贅沢なんて出来ない。
私一人でも、ギリギリなんだから。
「俺は飲食する必要がない。服も魔力で出現させるから、必要ない」
だからそう言われた時、ホッ……とした。
……でも、どうやって生命の維持をしているんだろう?
私達は、魔族や魔王の事を詳しく知らない。
ゼノアは、人間の事について、どれ程の事を知っているんだろう?




