思わぬ行動
「……で?お前は此処に泊まるのか?何故帰らない?」
茫然としていたら、そんな言葉が耳に入ってきた。
泊まるといっても、此処は荒れた城内。
特に割れたガラスを片付けないと、横になる事など出来ない。
それ以前に、座る事も出来ないだろう。
彼がいる椅子にだけは何もないけれど、他のに座れそうな場所はない。
「人界に帰る為の転移魔法が施されたペンダントが割れてしまったの。私一人で、境目まで無事に辿り着けるとは思えないし……」
ひび割れていただけだった石は、ポケットから取り出すと完全に割れていた。
それなりに耐久はあるものの、何度も使うと割れてしまうと聞いていた。
それがたまたま今回だったのだろう。
「……つまり、他の人間が来るまで、此処にいるつもりなのか?」
「…………」
咄嗟に返事が出来なかった。
此処から境目までは、かなりの距離がある。
私一人では、辿り着ける可能性が限りなくゼロに近い。
だけど、誰かが来る保証なんてない。
魔王の側に、いつまでも勇者がいるのはおかしいというのは分かっている。
……だけど、やっぱりまだ死にたくない。
でも、此処にいたって、生き長らえる訳ではないだろう。
食料などもそんなに持って来ていない。
簡素な保存食と、水があるだけ。
「どうせ死ぬなら、潔く戦って死のうと思ったのに……駄目ね」
自嘲の言葉が口から出た。
往生際が悪いとは解っている。
でも……それでも、生きたいと思う。
“女勇者”なんて、誰も必要としていない事だって分かっているのに。
「……仕方がないな。境目まで連れて行ってやる」
椅子から飛び降りた魔王。
耳が尖っていなくて、髪が黒色でなければ、人間の子供にしか見えないのに……
五歳くらいの背丈だろうか?
「今の俺は、本来の仕事が出来ないからな。退屈しのぎに、人界へ行くのも良いか」
「……えっ!?」
聞き間違いかと思って魔王へ視線を向けたけど……どうやら聞き間違いではないようだ。
「……人界に行くの?捕らえられるわよ?」
殺される可能性の方が高いけど。
「平気だ」
だけど、全く取り合わない。
簡単に魔王を殺せる力があるなら、それだけ強いって事なんだろうけど……
でも、人界には勇者が沢山いるのに。
「ついて来い」
歩いていく小さな背中を、慌てて追いかける。
その小さな体では、歩幅が狭い。
すぐに追い付く事が出来た。
子供と考えると早歩きだけど、やっぱり大人からすれば遅い。
彼に合わせてゆっくり歩いていると──
「おい。俺を抱き上げろ」
急に振り向いた彼に言われ、戸惑ったけれど、恐る恐る抱き上げた。
魔王を抱き上げるなんて……当然、今まで想像した事もない。
「やっぱりこの体は使い勝手が悪いな」
どうやら魔族は、話を聞いていると大人の姿で生まれるようだけど、それ故彼は今の姿でいる事に慣れていないのだろう。
自身の小さな掌を見ている。
境目に向かって歩いていると、ある事に気付いた。
(魔族に遭わない……)
遠くでその姿が見えても、此方へ来ない。
それどころか、此方を見たかと思ったら逃げていく。
「……貴方、魔族に恐れられているの?」
腕の中にいる魔王へ、思わず尋ねてしまった。
でも、どう見ても怖がっているように見える。
「魔族は、魔王に歯向かわない。死んだっていつか蘇るんだから、その時に殺されるだけだからな。……奴等は特に、俺には何もしない。蘇りを阻止出来るのは、俺だけだからな」
「え……」
信じられない話を聞いた。
死んでもすぐに蘇るって情報にも驚いたけど、彼だけがそれを阻止出来るなんて……
「それは本当なの?」
「俺自身の蘇りを阻止していたからな。……儀式のせいで、無理矢理蘇らせられたけど」
思わず尋ねた言葉を肯定され、何と言えば良いのか戸惑う。
彼が全ての魔族の蘇りを阻止してくれたら、魔族を根絶する事が出来るんじゃないんだろうか?
……だけど、相手は子供の姿とはいえ、魔王。
私一人で、どうにか出来る相手ではない。
今殺されていないだけでも奇跡で。
でも、今こうして助けられているのも事実で。
此処から出られて、すぐに彼を売るような事をするのは、良心が痛む。
人界に来るようだけど、周りは人しかいないのに、どうするのだろう?
“平気”と言う根拠はあるのだろうか?
────
──
「境目……」
此処に来るまでに、一度も魔族に襲われなかった。
普通なら、こんな事はあり得ない。
彼が──魔王がいたからこそ、近付いて来なかったという証だろう。
でも、境目を通る事に躊躇してしまう。
この魔王をどうしよう?
(瞳が赤くないから、魔界の者だとバレない……?いや、耳が尖っているし、流石に解ってしまうか……人間と魔族のハーフに、見えなくもないし……)
私は見た事がないけど、魔族と人族の血が半分ずつ混じった人がいるらしい。
彼も周りにはそんな風に見えたりするのだろうか?
……流石に、魔王とは分からなさそうだけど。
彼の誤魔化し方を考えるけど、良い案が浮かばない。
どう言って説明すれば良いんだろう?
魔王を人界へ連れて行って、何も咎められないとは思えないし……
「何をしている?通らないのか?」
腕の中から見上げてくる、真っ黒な瞳。
何も考えていないのだろうか?
「貴方の容姿は魔族にしか見えないわ。……どうするの?」
「?別にどうもしない。魔王だと言ったところで、人間が俺を捕らえる事も出来ないし、俺は人間の攻撃など効きはしない」
やけにキッパリと言い切られて、二の句が告げられない。
人間の攻撃が効かないというのは、どういう事なんだろう?
痛みも感じないんだろうか?
勇者達がいくら挑んでも討伐出来なかった魔王を複数倒した事から、力の差があり過ぎるというだけ?
色々な情報を与えてくれるのに、そういった事は何も言おうとしない。
……訊けば教えてくれるんだろうか?
魔王なんだから、人間に情報を与える義務はないんだろうけど……
境目を通る。
すぐに人界の景色が目に入った。
この境目は、誰でも通れる。
少し体力を奪われる感じがあるけど、それだけ。
初代の勇者の為に、女神が設置したと言われている境目。
初代の勇者には、女神が武器を与えたという話もあるけれど、今はその武器が何処にあるのか、知っている者はいない。
何度も蘇っているらしい魔王達なら、初代勇者の事を覚えているんだろうか?
──この、腕の中にいる魔王も。
(ひとまず、国王陛下に報告しなきゃ……だよね)
魔王を人界に連れてきた事を報告していないと、隠していたとしても、露呈した場合、私へ謀反の容疑がかけられる。
そうなれば、私は処刑される。
「王城へ行っても、大丈夫なの?本当に、攻撃が効かないの?」
でも、やっぱり訊かずにはいられない。
相手が何を思って助けてくれたのか分からないけれど、そんな相手を簡単に売りたくない。
……勇者なんだから、陛下を裏切る事なんて出来ないんだけど。
「俺は魔王という肩書きだが、勇者の討伐対象の魔王じゃない。……そもそも、お前達は本当に勇者なのか?確かに女神の祝福は感じるが、“女神の加護”は、どの勇者からも感じない」
「女神の加護?」
それって、何?
聞いた事がない。
「魔王を討伐出来る力を与えられた者が持つものだ。いってみれば、女神の祝福なんて、強運を授けたってだけだろうからな」
(えぇっ!?)
それがないと、魔王を討伐出来ないの?
それって……今まで人族がしていた事は、無駄だったって事?
何故、そんな情報、私達が知らなくて、魔王が知っているの?
──嘘、じゃなくて?
それに……それなら、私は“勇者”でいる必要がないって事になるんだけど……
──散々悩んできたのに。
「……本当の“勇者”を見た事があるの?」
「女神の加護を与えられた人間は、今までにたった一人だけだな」
(たった一人!?)
それって、初代勇者の事?
それ以降に現れた勇者は、“勇者”じゃなかったの?
思わぬ言葉に、驚き過ぎて……
私達はただ、勘違いしていただけなの?




