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クランケ・コシバ  作者: 中田
13/19

浮かび上がった疑惑

 次なる面談がいつもより延びてしまったのは、十二日前に行ったワード・アソシエーション・テストの分析と今後の試案作りにそれだけの時間を要したわけではなく、クマ男と私の都合が合ったのが前回の十二日後になったというだけのこと。この日、クマ男が注文してきた飲み物はアイスコーヒーでした。

「すっかり暑くなってきましたね。部屋の温度はどうですか? ご希望なら温度を調整しますが」

「大丈夫です。丁度いいですよ」

 これまでのクマ男と明らかに違うのは、作業着が夏仕様の半袖になっていたことです。この半袖が再び長袖へと戻る前に治療が終わるのか。もっと言えば、師走に行う次の清掃依頼のときに、患者という肩書は消え、業者の一人として来てもらえるようにしなければならない。そんなことを強く感じました。

「日常で何か不具合や変化、またはお気づきの点はありましたか」

「まぁ、いつも通りですかね。俺自身は何も変わっていません」

「周りの方から何か言われたりしたことは」

「特にないです」

 実際に何かあっても彼の性格からして積極的に言うことはないでしょうし、何かあるとしても嘘を並べるだけだと思います。それでも一応、相手を気遣う姿勢を見せるためにもこの決まりきったやりとりが必要でした。本来であれば落語の枕みたく、この場の空気を馴らすためにも軽い話から入りたいところですが、クマ男にはそれが望めないのも承知の上なのです。

「それでは早速ですが、前回行った連想ゲームの分析結果についてお話しますね」

 話が重々しくならないように、私は努めて明るい口調でそう言うと、クマ男はさも期待していないような、いつもの冷静な態度で私の目を見てきました。まるでこちらの心理を読み取っているようなクマ男の重厚な視線。外見は隠しきれたかもしれませんが、私の心の内は定かに動揺しました。実はこの後、クマ男にテストでわかった分析結果についてすべては伝えない腹積もりだったのです。

これから嘘をつこうとしている私を見破っているのではないか。虚言癖であるクマ男であれば、他人の嘘を見抜く力もあるのではないかと。もちろんそんな能力がクマ男にあるはずもないのですが、私の感情はそれだけナーバスになっていたのだと思います。

このような心境の状態でクマ男に話したのは、テストの分析結果でわかった表面的な事実だけです。前回のテスト後に話をした延長で、細かい分析からもクマ男に精神の異常性がないことがはっきりした事実を最初に伝えました。これはクマ男の不安を取り除く理由もありますが、テストが無駄ではないことを強調するためでもあります。

ただその流れで、異常性こそないものの、前回のテスト結果を踏まえてもっと深くクマ男のことを知るために、もう少し時間をかけてテストをやらせてほしいというお願いをしました。クマ男の反応を見るのが怖かったのですが、意外とあっさりと、いえ、これまでわかってきた彼の性格からしたら意外ではありませんね。クマ男はあっさりと「いいですよ」と了承してくれました。


 精神分析には目的に合わせたいくつもの手法があり、患者に応じて適材適所で行われています。クマ男の場合は夢診断と美術療法を組み合わせたものを最初に取り入れ、次に前回のワード・アソシエーション・テストを行いましたが、その他にも決められた大きさの箱に砂を敷き詰め、そこを一つの庭としてミニチュアの人間や動物、植物などを自由に置いて表現させることで心の内を読み解く箱庭療法をはじめ、インクを落とした紙を二つ折りにし、そこに現れた形について自由に発想させるロールシャッハテスト、また、患者自身が自覚している問題や悪い癖について医師と共に振り返り、一緒に突き詰めて原因やきっかけを見つけ出し、正面から向き合うことで問題や悪い癖を克服していく認知行動療法などが有名です。

 このようにいくつもある精神分析のうち、クマ男に合う療法は何なのか。彼が重度の病的な虚言癖患者であれば、薬物療法を組み合わすことで効率良く、そしてある意味では迷うことなく治療を進めることができるのですが、そうもいきません。

 考えた末に私が出した答えは、過去にやった効果的と思われる二つの検査を繰り返し行っていくことでした。現在のおぼろげな予想を確実なものにするためには、あらゆる手法を試してクマ男に緊張感や不安を抱かせないためにも、手応えのあった方法で少しずつでもいいから進めていくべきではないかと考えたのです。

 これらのことをクマ男に説明したところ、「あ、そうですか」と、何ともつれない対応でした。クマ男らしいと言えばクマ男らしいですが、いつも以上に感情のない様子が気になったのは確かです。

 前半の二〇分で最近の記憶に残っている夢の絵を描いてもらい、残りの時間で前回より質問数を半分に減らしたワード・アソシエーション・テストを行いました。一度の来診では詰め込みすぎの気もしますが、クマ男の焦りを慮ると、一度の来診で一度の検査だけでは満たされないでしょう。スローで進度のわかりにくい診療で恐いのは、クマ男がマイナス思考に陥り、宜しくない方向に思い詰めてしまうこと。もちろん、私自身に焦りがあることも事実です。

 やり方もできる限り前回の方法と同じ形で行い、絵を描いてもらっている間は一人の空間にし、ワード・アソシエーション・テストのときも前回と同じく治療室に移動しました。そしてこれらのテストを行った後、残りの時間で気になったことを質問し、次の診察までに分析をするということでこの日の〝治療〟は終了します。


 ここで今一度、クマ男が絵を描き終えた時間に戻り、そこからは時間軸通りに詳しく記録していきましょう。

 私が診察室に戻ると、クマ男は今回も絵を仕上げて私を待っていました。そして描かれていたその絵にまず驚愕します。前回とはタッチがまるで違うのです。日本画風の簡単なデッサン調だった前回と違い、今回は子供の漫画、もっと言えば落書きのようなタッチ。そのような夢を診たのだからと言われてしまえばそれまでなのですが、私は彼が明らかに手を抜いているように感じました。だからと言って「手を抜きましたか」とも聞けません。描かれた内容だけでその点も併せて分析しなければならないのです。

 続いて治療室へと移り、前回より核心に導くことができるような言葉を五十個新たに用意して入れ換えをしたワード・アソシエーション・テスト自体は滞りなく終わったのですが、その中身は首を傾げざるを得ない内容でした。前回はこちらが呈した言葉に対し、クマ男が連想した言葉はほとんどが説明いらずの「合点がいく」結果たったのが、今回はまったくその正反対。ほとんどの解答が、何故そこに辿り着いたのか合点がいかないものばかりだったのです。しかも、テスト後に回答の詳細を聞き取りしても頭に浮かぶのは「?」ばかり。

 いくつか例を挙げてみましょう。「卒業」に対するクマ男の答えが「マトリョーシカ」だったので、その理由を聞いてみると、「剥いても剥いても切りがない」でした。これではマトリョーシカの答えにしかなっていません。消化不良の私は、それはまだ何かに卒業しきれていないことなのかと重ねて聞いてみると、「今の年齢で卒業すべきものはすべて卒業してきたつもり」だと言い切られました。マトリョーシカはロシアの民芸品なので、過去の発言が事実なら、クマ男はロシアの血が流れていることに負い目があるのかもしれないとも思ったのですが、さすがにそれは深読みのしすぎですし、話も飛躍している。話が線になりません。こんなことは前回、一つもありませんでした。

 他にもあります。「仲間」についてクマ男は「エルドラド」と答えました。エルドラドというのは、かつて南米にあるとされた黄金郷、理想郷のこと。私は新しい発見を望んでいるクマ男が仲間との冒険や旅を夢見ているものと判断し、エルドラドには到達できたかを聞いてみたのです。すると「エルドラドは到達するものじゃなくて噛みしめるもの」との答え。そのエルドラドと「仲間」がどう通ずるのかを聞いてみると、「俺もそれが知りたくて『夢の探究者』などという割の合わないことをやっているんです」と意味不明な発言をしてきます。

 聞けば聞くほど泥濘に嵌っていくようでした。「恋人」というわかりやすいストレートな質問にも、「曼荼羅」と難解な答えをし、どうしてそこに繋がったかを聞くと、「俺にもよくわかりません。ただ、『恋人』と言われて『曼荼羅』が浮かび上がったとき、その曼荼羅の宇宙で両羽を広げてエーテルを浴びながら求愛のダンスを踊るゴクラクチョウが見えました」と、想像するのも難しいくらいの奇天烈な場面を語ってくるのです。

 こんな調子で質疑応答を繰り返しているうちに時間が来てしまい、まだまだ聞きたいことがいっぱいあるにも拘らず、途中で話を切り上げることになります。検査前は見方によっては不機嫌にも見えたクマ男も、去り際には達成感にも似た満足そうな表情を浮かべていたように見えたのは、私の単なる思い過ごしだったのでしょうか。

 クマ男が診察室を出て行ってからの私は体中の力が抜けてしまい、しばらくは体が椅子に張り付いたまま立ち上がれませんでした。今まで見られなかった支離滅裂な解答は、ともすると振り出しに戻ってしまったのではないかという危機感すら覚えたほどです。しかし、手元にある情報だけで次のステップに進まなければなりません。これはクマ男を安心させるためというより、私の意地でした。やや強引にも近い形で独り立ちした精神科医としての。


 研修医時代にお世話になった教授の紹介で赤坂にある大学病院の精神・神経科で働いていた私は、「いち早く独立するためには」ということを常に意識して仕事をしていました。条件は親の力を借りないこと。父から「名古屋へ帰ってこい」と言われることはあっても、その言葉にかつての力と重みを感じなかったのは、ここまで自分の力でやってこられたことの自信が私を東京に留めていたのだと思います。

 東京は好きですかと尋ねられれば、「好きではありせん」と答えるでしょう。できることなら、どこかの漫画みたいに離島へ行って、のんびりと診療所でも開きたいのが本音です。しかし、それは私の専門分野では叶いません。いくつもある医療分野の中で、人が少ない場所で最も需要がないのが精神科医ではないでしょうか。その代わりに、精神病患者が離島のような自然溢れる穏やかな場所に根差して治療を行えば、都会で生活をしながら治療をするよりもずっと効果的なのは数々の実例からも立証されています。

 そのような理想はあっても、現実的に私が離島で診療所を開けるかと言ったらまず無理です。離島は極論にしても、都会から離れた田舎町に診療所を開いたところで、わざわざ都会から来てくれる患者がどれだけいるでしょう。それが効果的だとしても、精神的にも金銭的にも、そこまでできる患者(家庭)は少ないはずです。そもそもこちらに心とお金の余裕がなければ、田舎町に最初のクリニックを開くことなどできません。ただ、「いつかは」という理想は今も抱いています。先の見えない空虚な理想ですが。

 現在のクリニックを開くために本格的な準備を始めたのは、開業する二年ほど前からでした。ただの偶然なのか、私の周りは独立志向がない同僚ばかりだったこともあり、開業準備は人知れず、水面下で行うことになります。それから一年ほど経って見通しが立ち始めたところで、初めて直属の上司である山縣先生に独立を目指して動いていることを話しました。そのとき山縣先生から言われた言葉に私は動揺し、またその様子を精神科医の上司である先生には見破られていたことでしょう。

「他人への私怨や現状から逃げるための独立なら応援できないけど、前向きな自己投資目的の独立なら、俺は精一杯応援するよ」

 山縣先生は私の生い立ちや、ここまでの経緯もよくご存知の数少ない一人で、普段の仕事ぶりも最も近い場所からご覧になっていました。そして人間の心理を読み解くということでは、ここに書くまでもなく私などよりも数段上です。事実、私は両親や同僚たちへの見栄や対抗心、さらに大学病院独特の決まりやしがらみ、面倒な人間関係に辟易していて、一刻も早く独立したいと思っていました。先生には完全に見透かされていたのです。

 私は「もちろん自分のためです」と嘘をつき、それからは開き直るように準備を加速させました。ありがたいことに、私の見え透いた嘘など見破っていたであろう先生は、その後もあらゆることにご尽力して頂き、今も定期的に連絡を取り合っています。

 このような半ば強引な独立は、時期尚早だったのかと思い悩むことも常です。クリニックを訪れる患者は千差万別で、それぞれが個々の性格と歴史の中で問題を抱え、心を患います。経験が生きることはあっても、通り一辺倒の治療は通用しません。それでもクマ男と出会うまでは、蓄えた知識と経験だけで何とか自分なりにクリニックをやってきました。逆に言えば、自分の知識と経験だけで何とかなったものが、クマ男には通用しない。

 私的な感情で飛び出した時期尚早にも思える独立ですが、自信はあったのです。大学病院で働いているときから壁に当たることはあっても、それは一瞬の立ち止まりでしかなく、ここまで悩むことはありませんでした。何よりも悔しいのは、クマ男の症状が決して重いはずがないということ。これは油断ではありません。私の確固たる分析結果による揺るぎない確信なのです。しかし、その確信は揺らぎ始めていました。

 

 間もなく日付が変わろうとしているのに、私は一人で事務室に残り、クマ男が描いた絵を眺めていました。

左下の角から小さなお尻が突き出され、その割れ目からは紙テープや紙吹雪と一緒に、万歳をしながら上半身裸の男が笑顔で飛び出さんばかりの様子が描かれており、その右横には薄っすらと亡霊のように浮かび上がる薄気味悪い男の顔。上部には左側に腕や足が絡み合う雲のような物体があり、そこから滴が落ちてお尻から飛び出した男に降りかかっています。残りの右側上部から中央部にかけてはモアイ像のような石像が適当に描かれているだけ。いずれのポイントにも繋がりが感じられず、まったく夢の内容が読めません。

クマ男はこの絵を次のように説明しました。

「右下にあるのは俺のケツで、そこから飛び出したのが誰かはわかりません。でもこんなようなヤツが俺のケツから飛び出したんです。ここまではしっかりと覚えているんですが、夢の中の状況がコロコロコロコロ変わって、断片的に構図も意識せずに思い出した順番に描いたんですが、右下の男は延々と『一緒に修善寺へ行かないか』と誘ってくるんですけど、俺はそれを頑なに断り続けて、別の場面では歩いているときに上空を見上げたら左上の物体が浮かんでいて、冷たい滴をポタポタと落としてくるんです。その隣のモアイについては俺もよくわかりません。ただ単にモアイが出てきて執拗に『たまには誘ってくれよ』と俺に声をかけてきただけでしたから。これらがどう繋がってストーリーになっていたかも思い出せないですね」

 夢の内容が辻褄の合わないことは健康体である私たちにもよくあることで、記憶が途切れ途切れなこともまったく問題ありません。問題は絵の内容で、前回の検査では夢の一場面を真面目に描ききってくれたのですが、今回はあまりに話が散漫で、タッチが稚拙すぎるのです。私はクマ男に、何故、いくつもの場面をここに描いたのかを聞いてみても、「そういう気分だった」と言うだけで、深層にある本音を語ってくれそうな気配はありません。

 これが重症患者であれば私も気に留めないのですが、私の見立てだとクマ男はこちらが何を求めて検査をしているかを理解できる精神状態にあると思っていたのです。それは前回、夢の絵を描いてもらった後も、すんなりとやりとりができていたことをクマ男本人も覚えているはずですし、そうであれば、このような不誠実な絵は描かないはず。それは今回のワード・アソシエーション・テストの結果にも言えることです。

 それではクマ男がこの数週間で、私への気遣いもできないほど症状が悪化してしまったかと言えば、それはないと。いや、そう信じたかっただけかもしれません。そのような身勝手な私の願望が邪魔をして、なかなか分析を前に進めることができませんでした。

 暗中模索に陥っていた私は、本来だったら押したくはなかった頭のスイッチに手を掛けようかと迷い始めます。そうすることで「結論」が導きやすいのは明らかだったのですが、そこに手を掛けるにはあまりに安易で軽率すぎる。それまでは自制心が働いていたためにそのスイッチを見て見ぬふりをすることで、何とかスイッチを押すことは思い留まってきたのですが、どうしても「理由」という過程が見えず、その先にぼんやりと浮かんでいる「答え」に辿り着きたいあまり、私は遂にその禁断のスイッチを押してしまいました。すると案の定、これまで悩んでいた時間が嘘のようにこんがらがっていた糸がスルリと気持ち良くほどけ、ある結論に至るのです。

 

クマ男はわざと、そして意識的に私を混乱させようとしているのではないか――。


 どう考えても私と接しているときのクマ男は正常な精神状態を保っている。つまり彼はまだ自分の感情をコントロールできる段階にあると私は判断したのです。では何故、私を困らせようとするのか。

それは三つの理由が考えられます。一つ目は、私への怒りや恨みです。なかなか思うように治癒へと向かっていかないことへの不満を私にぶつけている可能性。二つ目は、私を混乱させて治療が延びれば、仕事の時間にクリニックへ行き続けることができ、さらには毎回渡している寸志、報酬をずっともらうことができるという損得問題。最後の三つ目は、小さい子が好意を抱いている子に意地悪をするのと同じ、私への特別な感情。つまりは前述にもある反動形成の心理から生じた反発です。

 二つ目の理由は今回のクマ男の件が特別だとしても、一つ目と三つ目はこの仕事をやっていると避けては通れません。特に患者が男性の場合、三つ目の理由はかなりの高い確率で私は直面してきました。これは医師が男性の場合でも、患者が女性なら大いに有り得ることです。それでも我々は、医師と患者という距離感を忘れることはないし、忘れてはいけません。患者に必要以上の情を持ってはいけないし、持たれてもいけない。そうしなければお互いが冷静で正確な判断ができなくなってしまうからです。

 例えば医師によっては患者に自身のプライベートを語ったり、診療時間以外の相談や来診を認めるケースもあります。そうすることで患者との信頼関係を深め、効率良く治療を進めていくことができる場合もあるのです。しかし、私はこの方法は禁じ手だと考えていました。医師と患者との保つべき一定の距離感を破ってしまうと、患者は医師に「依存」することを覚え、もし快方に向かったとしてもそれは一時的なものにしかならないと考えていたからです。そのような遠回りをするよりも、決められた距離感で適切な治療を行っていくことこそ患者のためになります。私はそう信じていますし、これまでもそうやってきたのです。

 ふと事務室内の掛け時計に目をやると、深夜三時を回っていました。夕方にチョコレートを口にしただけで、あとは飲み物しかお腹に入れていないのにもかかわらず、時間を忘れて懊悩していたことになります。しかしそのおかげで次にクマ男と会う機会にすべきことがわかりました。次回はクマ男が私を困らせている理由を確かめるため、とことんクマ男と向き合い、とことん話をする。表面上の言葉はまた嘘で固められるでしょうが、そこは私の観察眼と質問のあやでクマ男の深層心理を読み取るのです。禁じ手を初めて使う覚悟もできました。これからの治療が遠回りになろうと、帰結する場所が「完治」というクマ男が望む場所であれば、遠回りでも良いではないかと。

 自分なりの結論が出た途端、急にお腹が空いたことを思い出した私は、椅子に座るまでは重たかった足を軽々と動かして、颯爽とクリニックを後にします。人間の心理とは何と単純で、また難しいのでしょうか。でも、だからこそ面白く、夢中で惹き込まれていくのでしょうね。

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