帰還
「うおお。飛んでる…。本当に空飛んでる…」
アッシュが下を向いてそう言った。もうスタアさんたちはアリより小さく見える。
飛行機とは違って、開放感があり、風を感じれれる。
少し高所恐怖症の方にはおすすめできなそうだが、何かのアトラクションと思えば面白い方だろう。
この開放感はなかなか体験できないと思う。
(お前は生身で空飛べるじゃないか)
まあ言っちゃうとそうなんだけどさ。でもこれの方が断然いいと思う。ロマンが詰まりに詰まってると思うよ。
あんな反則級の空の飛び方より疲れないし、眺めもいい。
後は何事もなければいい。それだけだ。なんだかんだでこのパーティーは結成前からトラブルしか起こしてきてないようなもの。安心しろという方が無理な話。
文字通り泥舟に乗った…なんてことにはならないように気をつけなければ。
「「……….!!」」
ソニックもチビッタも、決して口に出すことはないが、空の旅に大満足なようだ。
目を輝かせて遠ざかっていく大地を凝視している。
チビッタは船の手すりをやさしくさすりながら、普段より少し顔を緩めていた。
チビッタは冒険者に憧れていたようだが、魔法船に乗るというのは、冒険者にとってある意味ステータスのようなものになるのだろうか?
現代日本でもよくある話、初めて東京に行ったのは何歳の時だ?とか、飛行機に初めて乗ったのは何歳の時?とか、そういうような感じなのかもしれない。
このような魔法船に乗るには、とてつもないお金を持って行かれるという話は聞いている。そんなことからも、どれだけこの体験が貴重なものなのかが分かる。そう思うと、自慢の一つくらいしてもいいような気がしてくる。
それにしてもレニウス公、かなりひょいひょい船を出してくれたように見えたが、実際かなり経費かかっただろうなあ。
下を向いて船をまじまじと見つめてみると、細かいところにも装飾が施されていて、船だけでおいくら万円かかったのか気になってしまう。
金の装飾もあり、一つ一つが一体いくらかかるんだろうか?と、思うと、触るのはまずいかな?と、思ってしまう。
何よりもこの魔法船は、一般的なものとは違う。小国とはいえ、国のお偉いさんの船だ。
それこそぶっ壊したりした暁には、無茶苦茶な金額を請求されそうで怖い。
ああ…。お金って怖いよね。
閑話休題。
もう空高くまで上昇した船は、ある程度の高度を保って目的地へと向かっている。
飛行機ほどの高度はさすがに出ないらしく、雲より上には行けない。
だが、手を伸ばせば雲に手が届きそうだ。
そういえば、気温とか気圧とか、あと酸素とかその他もろもろの空気の件は大丈夫なのだろうか?
いくら空飛ぶ船と言っても、所詮は船。
飛行機のようにある程度密閉されているわけでもなく、かなりオープンな、普通の船が空を飛んでいるようなもので、甲板に出てしまえば大気は薄い、酸素も薄い、気温は低いと、人間が生きていくにはちょっと無理がある環境になっていておかしくない気がするのだが。
というより甲板に出なくても駄目なきがするし。
(それはあれだ。この船の周囲を防護魔法で守っているから平気だ)
防護魔法っていうと、バリア的なやつか。
(そうだな。もともとこの船の動力源は魔力で、船に搭載された魔石って呼ばれる魔力を貯められる石の力を使って稼働しているわけだ)
魔石は電池みたいな役割ってわけか。
魔石に溜まった魔力を動力に変換するとは…。なんかこの世界きて初めてハイテクだと思ったわ。
科学的なものかは置いといて、便利だな。
(その溜まった魔力を使えば、船は浮くし、障壁で守られるし、その他いろいろなことができるわけだ。まあ魔石に魔力を充填させるのに、魔術師を何人も集めたり、石を魔力が濃く空気中に含まれた土地に持って行って染み込ませたりしないといけない。基本的には前者の方法で充填するのだが、労力がものすごいからな)
だから船に乗るだけでもそれだけ高いのか。
(ついでに言うと、魔石も数が少なくて貴重だからな。その分一般人に使い道がほとんど無いわけだ)
魔石を集めることがまず金持ちじゃ無いとできないのか。
その上で燃料費もバカにならない。
なんか燃費がものすごく悪いけど人気の外車みたいな存在だな。
だが、それだけ高価な魔石なるものも見てみたいと思う。
こういう世界に来たからには、魔石と呼ばれる石もあるだろうとは思っていたが。
ある意味石大先生の方も魔石っぽいけど、石大先生は吸収するだけみたいだし、全く別物なのだろう。
また今度機会があったら見てみたいものだ。
アザゼルと脳内会話しながら時間を潰していると、気がついたら夕方になっていた。
以外と飛行機にはないオープンな感じが、景色を邪魔しなくてとても良い。
雲は頭上にあるので、下を覗けばミニチュアサイズの世界が広がっていて、覗くたびに景色が変わっているので意外と飽きない。
日が傾き始めた頃には下には大海原が広がっていたが、その中から島を探すというのもなかなか面白かった。
だがさすがに日が沈んでいくにつれて、下の世界どころか、目の前すらもよく見えないほどに真っ暗になってしまった。
上空だからだろうか?船の周りは光魔法(やはりこれも魔石の力のようだ)で照らされていて、船の中はそれなりに明るいが、少し外を見ると、そこはたとえではなく文字通りに漆黒だった。
一昨日見た街の景色よりももっと黒い。
これ以上は俺たちが起きていても何にもならないため、シャワーを浴びてベッドに向かった。シャワーの水までも魔石の魔力によって補われているらしい。
魔石万能説が浮上してきた。
ベッドに入ると、すぐに睡魔が俺を襲い、すぐに眠ってしまった。
ーーーーーーーーーー
「ちょっとガリュー!いつまで寝てんの!起きなさいったら起きなさい!」
「…ん?んん…?な、なんだよカルエル…痛いよ。痛いって。痛いって言ってるだろもう起きるから!」
カルエルに往復ビンタされて目がさめる。
頬が軽くヒリヒリする。
「なんだよ?いきなりビンタなんて」
「もう着くわよ!リコナに!もう見えてきてるんだから早く準備しなさいよ!」
カルエルに連れられて寝間着姿のまま甲板まで連れてこられる。
朝日に目を細めながら、カルエルに習ってカルエルの向いている方向を見ると、そこには街があった。
周囲を海、森、川で囲まれている街だ。
大きな城がよく目立つ。
その景色を見て俺も眠気が飛んだ。
「もう着いたのか!」
「だからさっきからそう言っているじゃないの!早く準備してよ!」
「へいへい」
自分の部屋に戻って着替え、荷物をまとめてもう一度甲板に出る。
もう皆も甲板に荷物を持って集まっていた。
「久しぶりだな」
街を見ながらJrが言った。
「やっと第四大陸まで戻ってこれた…」
アッシュはそう言うと途端に手すりに体重をかけてだらけた。
「すごい…」
カロンは初めての第四大陸に感動しているようだ。
今になって思い出したが、カロンは家族を探しているのだった。
すぐに見つかると良いが、どうなるのだろうか?
「長かった…のかしら?」
「いや。たった数日の出来事だ。俺たちが思っているほど長くなかったんじゃないか?」
カルエルの質問に答えながらも、自分自身ものすごく長い旅をしてきたのではないかと思うぐらいの疲労感に襲われた。
それでも、俺たちはついに第四大陸に戻ってこれたのである。
だがこれで終わりではない。最後まで気を引き締めていかねば、いつどこで誘拐されるか分かったものではない。
もちろん脅威は誘拐だけではないが。
何事も最後までしっかり。ぬかりなく。
学校は、目標達成は、もう目の前までやってきているのだ。
もうあと一歩。
頑張ろう。