城での宿泊(デジャブ)
宿を取るという名目でスタアさんと別れた俺だったが、いざ城に戻って皆と合流しようとすると、衛兵の人たちに呼ばれ、幾つかの部屋が並んだ場所へと連れてこられた。
なんでも国を救った英雄として、丁重に迎え入れさせてもらうとのこと。人数分の部屋が用意されていた。
皆は既に集められた後らしく、其々が各々の部屋でここ数日の信じられない大冒険の疲れを癒しているようだ。
ここ数日の俺たちは頭がどうかしてしまうは無いかというくらい多くの案件に取り組んできたからな。それなりに疲れもたまっている。肉体的にも、精神的にも。
俺も自分の部屋に入り、部屋の奥に綺麗にシーツの整えられたベッドにダイブする。
まさか人生で二回も城に寝泊りすることになるとは。
ただこのペースで行くと自分でも信じられない回数城に今後宿泊するようなな気がする。つい数日前に隣の国の城で寝たのは記憶に新しい。というより実際につい最近中の最近の記憶だし。
前回は城に泊まる前日に森の中で野宿していた事もあって、城での宿泊はまさに天国そのもののような気がしていたが、もう二回目、昨日も別に野宿だったわけでもなく、チャリー商会の、城と違って堅苦しい雰囲気のない、いたって普通(結構豪邸)の家での心地よいベッドでの就寝だったからか、二回目ということでそのありがたさを感じなくなってしまったのか、もう一回目のような天国感は感じられない。
こうして人は贅沢に慣れていってしまうのだろうか。なんか怖いわ。
ひとり心の中でひたすら呟いている間にも、陽は傾き、夕焼け空は闇に包まれた。
この世界では貴重だと思われる濁りのないガラス窓で覆われた窓から外を見ると、もう暗すぎてほぼ何も見えない。
この世界の技術的に電気という存在がないことも一つの理由だが、何よりも今回の戦いで建物がなくなり、人がいなくなり、魔法や炎で火を灯すものも、人もいないのだ。
暗いだけでなく、この街は静かで寂しげだった。
そんな最早何がどうなっているのかすら全くもってわからない景色を眺め続けること数十分。
夕食の用意ができたと言われ、夕食を頂いた。どれも非常に美味しかった。俺の知らない食材も入っていたが、明らかに安い食材でないことは分かった。
食事を終えると湯浴みの準備ができたというので、風呂に入らせてもらった。
ライコウ王国の城では、なんとも思わなかったが、考えてみると城の風呂には湯船がある。
学校の風呂にも湯船があったが、それに比べると一回りも二回りも大きく、かつ豪華な風呂だ。
温かい食事に豪華な風呂、それに豪華な部屋が用意されて、ふかふかのベッドがそこにはある。
だが、今回の戦いから避難し、それぞれ近くの街に行った人たち、今回の戦いで家を壊され失った人たち、そんな人たちは今、どうしているだろうか。
昨日、街の裏路地で避難してきたであろう人たちがいたことを俺は覚えている。
お金もないであろうあの人たちは、部屋はおろか屋根すらもないところで一夜を明かすだろう。
風呂に入るどころか、飲み水を確保できるかの方が問題だろう。
食事?最低限の食事すらまともに食べられるかどうか…。
俺は風呂から上がり、服を着替えて自分の部屋に戻る。
そのまま俺はベッドの中に入る。
戦争や戦いというものは恐ろしいものだ。
実際元日本人である俺からしてみると、戦争というものはどこかずっと遠く、下手したら時代や次元を超えたその先にあるものだと思っていたかもしれない。
今こうして自分の目で見て、実感したとき初めて、戦争の恐ろしさを知った。
今もどこかで苦しんでいる人がいるのに、俺はあこんなに贅沢をしていていいのだろうか?
俺もいつかは贅沢に慣れて暮らしてしまう日が来てしまうのだろうか?
それともあの人たちのように何かに怯えながら、苦しい生活を送ることになるのだろうか?
社会的地位の高い人間が贅沢をすること自体を咎めるつもりはないし、それに対して何か疑問をもったりすることは無い。何故ならそれなりにそれらの人は働いていることが考えられるからだ。
いくら貴族が勝手気ままに生活しているというイメージがあっても、それだけで国が成り立つわけでは無い。
必ずその人たちは何かしら仕事をしているのだから。
ただ俺は、普通の人の、何の罪も無い一般人の、いつもそこにあった日常を奪っていくやつが許せない。
それは今回の戦いの首謀者だと思われる革命軍だけで無い。盗賊、黒、この世界に悪は数え切れないほどいるのだろう。
もちろん、先ほどの貴族とは違う、悪徳政治家的貴族もいるかもしれない。
それらをすべてひっくるめて俺は、許せない奴らだと思う。
いつか絶対そんな奴らを倒してやろうじゃないか。
そう思いながら、俺は眠りについた。
ーーーーーーーーーー
目覚め。
明るい日光が目に入って俺は起きた。
朝7時前後。
そろそろ他の人たちも起きてていい時間だろう。
自分の部屋を出て周りを見渡すが、誰もいない。
ひとまず部屋に戻って服を着替える。
毎度おなじみ、学校のローブだ。
着替えたはいいものの、特にすることも浮かばない。
今からギルドに行って、依頼を取りに行こうと思っても、それには時間がなさすぎる。
かといって10時まで何もしないというのは辛い。
魔法の練習しようにもできそうな場所がない。
何もただでさえ荒れてしまった街をもっと荒す気など全くない。
何よしようか悩んでいたら、それを考えるだけで時間が経ってしまったようで、朝食の用意ができたと給仕の人に言われ、朝食をとった。
ここで今日初めて皆と顔を合わせた。
そこにはスタアさんもいた。
昼食を食べ終わると、スタアさんがやってきた。
「ガリュー君昨日は有難う。まだムーナの意識は戻らないけれど、少しずつ石化が治ってきているみたいなんだ。本当に有難う」
「気にしないで下さい。人の命を救うことは何よりも大切なことじゃあないですか」
「ところでガリュー君。今日のレニウス公へのお願いは何にしようとしているんだい?」
「ああ…。船に乗って第四大陸に向かわせて貰えるようにしてもらうつもりです。できるだけ早く」
「船?船っていうと、魔法船のことかな?」
「はい。少しでも早く第四大陸に戻れるようにしてもらおうと…」
「戻る?戻るっていうと、もともと第四大陸の出身なのかい?」
「はい。ちょっと訳あってこの大陸まで誘拐されてしまったようで」
「ああ…聞いたことがある。毎回じゃあないけれど、魔導師学校で大きなイベントがあると、その度に成績のいい生徒が神隠しにあうとか、誘拐されることがあるとかなんとか…」
「ああ…。まさにそれですね。もう目が覚めたら変な組織の建物の中でしたよ」
「じゃあガリュー君達は、そのアジトをぶっ壊して逃げてきたんだ」
「…よく分かりましたね」
「もうなんて言うかな。そういう姿が容易に想像できてしまう自分が…いや、君が恐ろしいといえばいいのかな。誘拐と聞いた時も、ガリュー君ならあり得るかもって、本気で思っちゃったからあんまり驚かなかったしね」
「はははは…」
スタアさんの言葉に、乾いた笑いしか出なかった。
他の人からしてみると、俺達ってそういう風に思われてるのか…。
色々と怖いな。
その後もスタアさんとかなり色々なことを話した。
こっちが滅茶苦茶暇していたというのもあるが、同じくらいスタアさんも暇してたらしい。
スタアさんはムーナさんが完全回復するまでの間、この街に残っておくつもりらしく、ギルドの方で依頼を受けようか迷ったらしいが、朝早くにギルドに入った時にはまともな依頼がなかったようで、当面の生活費ぐらいならまだ十分にあるからと、諦めてきたそうだ。
こうしてスタアさんと話している間に、時間は流れ、10時直前となった。
一度俺はスタアさんと別れ、レニウス公の元へと向かった。