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倭国は輝いていた  作者: 讃嘆若人
第一部
8/11

第八話 荳角内親王

 伊勢の神宮の斎宮をしている荳角姫(ささげひめ)は、毎朝日が昇る前に神宮の神域を流れる五十鈴川(いそすずかわ)へ行き、体を浄めるのが日課だ。

 衣を捨てて沐浴(もくよく)に川に身を浸らせながら(つぶや)く。

「気持ちいい・・・・。」

 朝のすがすがしい気分で水を浴びる。冬は寒いが、今は少し水温も上がっている。

 これも、斎宮になったおかげだ。普通の女性みたいに、結婚して幸せになるという人生を捨てて、斎宮の道を歩んだのだ。

 だが、一方で、30歳を超えた今となっては「結婚したい」という気も出てきた。

「そういえば、最近、菟名子とも会ってないなぁ。」

 そう荳角姫が言った矢先のことだった。

「おはよう~。」

「キャッ!」

 すぐ隣に、一人の少女が同じようにして川に浸っていたのだ。

「怖がらせてごめんなさい。初めまして、荳角ちゃん?」

「・・・・貴女、何者なの?」

「わかる?」

「・・・・人間では、ないわね。」

 内親王にして斎宮である自分を「ちゃん」付けで呼んだり、何の気配もなく突如隣にいたり、この少女は明らかに普通の人間ではない。

「おお!さすが、斎宮さん、鋭いわね。」

「・・・・なんの気配もなく神域の川に現れるって、一体、何者なの?」

「もぅ、そう怖い顔しないでよ~。私のこと、娘と思えばいいじゃん!」

「む、むはっ!?娘!?」

「おかしいなぁ、律令によると人界での女子の結婚年齢は13歳以上だったはずなんだけど。それなら私みたいな子供がいても問題ないはずじゃ・・・・。」

「・・・・そうかぁ、もう私、そんな年なのかぁ。」

「やっぱり、結婚もしたかった?」

「う~ん、どうなんだろう・・・・。可愛い子供の顔を観たかったのかなぁ。だけど、その道を選んでいたら斎宮にはなれなかったし、私は今の人生に満足しているから。」

「へぇ、だけどそれって、相対的なものでしょ?」

「え?うん?どういう意味?」

「結婚して可愛い子供と一緒に居る人生と、斎宮として神様に使える人生と、比較した上で今の方がいい、と思っているわけでしょ?」

「え?まぁ。」

 荳角姫は、少し話についていけなくなってきた。

「どうしてそんなことを聞くのか、って?」

「・・・・そりゃあ、気になるわね。」

 一体、目の前の少女は何者なのだろうか?

「神様に仕えつつ、結婚して子供もできる人生を送れたら、文句はないということよね~。」

「そんなこと、出来る訳ないでしょ?」

 この少女は私をからかっているだけなのか?一瞬、そのような考えが脳裏に浮かんだ荳角姫の口調は若干厳しくなった。

「私は神よ?」

 少女は少し微笑(ほほえ)みを浮かべながら、言う。

「まぁ、今世での貴女の人生は自分で選んだものだから、変えられないわね。だけど、来世ならどうでしょ?」

「巫女は結婚してはいけない、という決まりなのよ?いくら神でも、それを変えられるの?」

「うふふ、何事にも例外があるのよ。」

「例外?」

「今ね、倭国は大変な時期なの。陰陽のバランスが崩れて国が亡びようとしているのよね。」

「そうなの?」

「そうなの、じゃないわ。これ、チャンスなのよ?」

「チャンス?」

「緊急事態ほど、特例が認められやすいものなのよね~。」

 その少女の口調に、荳角姫は背筋に冷たいものを感じた。

「陰陽調和は大事なのよ?このまま陰陽のバランスを崩すと、倭国は一体、あと百年もつかどうか。この国家存亡の非常事態だからこそ、『例外』も多くなるのよね。」

 そういうと、笑顔になって少女は言う。

「だから、安心して!貴女の夢もきっと(かな)えてあげるから!」

 今にも国家が亡びるかのようなことを言うかと思えば、それは百年後のことだという。そして、さぞかしそれが嬉しいことであるかのようにも言う。全く、神様の感覚はよく分からないものだ、と荳角姫は思った。

「倭国が亡びるって、どういうこと?」

「あれぇ?貴女って、政治に興味があったの?いが~い!」

「興味ないわよ!だけど、私がこうやって神に仕えているのも、国のためなのよ?国が亡びると聞いて、『ああ、そうですか』と引き下がるわけ、ないじゃない!」

「落ち着いて、落ち着いて。せっかく、貴女の願いをかなえてあげようとしたのにぃ。」

「一体、何者なの?」

「さっきから同じことばかり聞いているね。」

「同じことに答えてくれないからでしょ?」

「当ててみて?」

 少女は笑いながら言った。

「天照大御神様・・・・のわけ、ないわね。」

 というか、自分が使えている神様が、コレだったら嫌だ。

「川の中で現れたということは――」

 もしや――

「――龍女(りゅうにょ)?」

「正解~!さすがは、伊勢の斎宮さんだ!」

 何がそんなに楽しいのか、と荳角姫(ささげひめ)が心の中でつぶやくと、それが聞こえたかのように

「今日の私はね、機嫌がいいの。」

 といった。

「どうして?」

 当たりは次第に明るくなってきた。そろそろ日の出の時間なのだろうか?

「あ、テラちゃんだ!」

 いきなり、少女は東に向かって手を振った。

「テラちゃん?」

「そう、天照大御神、私達はテラちゃんって呼んでるの。アマちゃんだったら、アマから始まる神様はほかにもいるでしょ?」

 そう言いながら、少女は日の出に向かって手を振る。

「今日はね、大和によるついでに、テラちゃんの分霊(わけみたま)五十鈴姫(いすずひめ)に会いに来たの。」

「ちょっと、大神様に会うのが『ついで』って、失礼じゃない!?」

「今は非常事態だ、って言ってるでしょ?うふふ、国が乱れるとどうして楽しいのか、わかる?」

「え?」

「神様はね、良いことをすればするほど、神通力が上がるの。国家が亡びそうになった時に国を救うと、それはかなりの善業(ぜんごう)として神様の世界では評価されるのよ。」

「はぁ。それって、お医者さんが『病気の人が増えると稼げる』と言っているようなもんね。」

「私はつい最近まで常世(とこよ)の国にいたんだけど、倭国が大変と聞いたからあわててこちらに来たのね。で、大和に倭国の陰陽のバランスを調和させる使命を持った兄妹がいることを知ったの。」

「誰、それ?」

「貴女の従弟妹(いとこ)よ!」

 そう言いながら、日の出を背にして少女は笑った。

「あ~あ、いつまでも冷たい川の中で水を浴びる訳にはいかないわよね。」

 そういって、少女は立ち上がり、太陽をバックに荳角姫を見下ろす。

「私はね、ヒコちゃんと会ったことがあるのよ?」

「ヒコちゃん?・・・あ!広姫叔母さんの!」

「やっと気付いた?」

 そう言いながら少女は満面の笑みを浮かべた。

 すると、少女の体についていた水滴は見えなくなり、気が付くと少女は上質の絹で作られたかのような衣を着ていた。

(なんじ)従弟(いとこ)・押坂彦人大兄王は大和の大王となり、またその(いも)の宇治王は伊勢の斎宮となりて、倭国に陰陽の調和を回復せしめるのである。」

 そういう少女は、明らかに神の如き荘厳な声で語っていた。

「汝がその従姉(いとこ)としてこの二人を支えるのであれば、我は汝の夢を(かな)えん。」

 そう言った後、少女は元の声に戻って言った。

「というわけで、私は五十鈴姫に会いに行ってくるね。」

 次の瞬間、少女の姿は消えていた。

「何なの、あの龍女。結局、名前も言わずに消えていったし。」

 そうぼやきながら、荳角姫は川からあがって衣に袖を通し始めた。




 龍女自身は動いていなかった。だが、龍女を取り巻く光景が次第に天界のものへと変わっていった。

 天界の光景は、現世の光景と大きな違いはなく、龍女は相変わらず川の中で立っていた。川のほとりには、五十鈴姫がいた。

「五十鈴姫~!元気そうで何より。」

 龍女は、五十鈴姫に声をかけた。

「あ、瀬織津姫(せおりつひめ)!」

 五十鈴姫は龍女こと、瀬織津姫を見て驚いた顔をする。それを見た瀬織津姫は

「私が来るとだめだった?」

 と、首をかしげながら聞いた。

「いや、ダメとは言ってないやん。いきなりで驚くのは当たり前でしょ?」

「そうか、わかった。」

「で、今日は何か用事があるの?」

「ないよ。まぁ、あえて言うなら――」

 そう言って瀬織津姫が手を差し出すと、五十鈴姫もそれを握った。

「――わかった?」

 二神の霊気が手を媒介して交換されていく。お互いの霊力を高め合うのみならず、両者の持つ情報も同時に交換された。

「そうか、貴女はまた人間界に干渉に行くわけね?」

「ええ。それが、厩戸王(うまやどのおう)の守護神たる私の使命ですから。」

「厩戸王――ああ、ホホデミね!あの人は立派に育っている?」

「ええ。今のところはね。」

「どういうこと?」

「わかるでしょ?――あれだけ陰陽の気が乱れた家庭は珍しいわ。それでいて、両親は紳士・淑女を装っている。」

「確かに。両親のどちらかが問題を起こしそうね。」

「いえ、両方でしょ。というよりも、既に父親は暴走しているわね。」

「それで、本当に彼はちゃんと育つの?使命を果たせるの?」

「それはホホデミを信じるしかない。私たち以外、誰が彼を信じることができるの?」

「そうね・・・・。」

「やっぱり、私が彼の守護神だと心配?」

「・・・・正直に言うと、そうね。貴女は偏愛の女神だから。」

「偏愛の女神、とは失礼ね。私はちゃんと、倭国と世界のことを考えているわ。」

「だけど、貴女の言動に苦言を呈する神がいるのも事実よ。特定の人間しか愛していないんじゃないか、という意見は根強い。」

「そういう神たちは、私のしていることを知らないだけ。私は確かに国を守る人材に力を与えている。そのために下界にも干渉している。だけど、それは国のため。」

「わかった。まぁ、これ以上言っても仕方ない、楽しんできてね。」

「ええ、存分に楽しんできます!」

 そういうと、龍女はホホデミこと、厩戸王の居る大和の地へ向かった。

若干、スピリチュアルな文章が入りましたが、この話は(特にスピリチュアルな部分は)フィクションです。

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