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倭国は輝いていた  作者: 讃嘆若人
第一部
6/11

第六話 中臣勝海

 難波王は、池田大王と広姫の暮す館を後にした。


「それにしても、父上も使用人を全て叔母様の処に派遣されるとはね。」


 自分の舎人(とねり)(下男)に向かってそういうと、難波王は笑う。


「それだけ、大切にされているということでしょうか?」

「フフフ、父上はあんな女よりも、広姫様の方を愛しているだろうよ。あれは、蘇我氏への機嫌取りなんだろな。」


 難波王がそういうと、舎人は政治の闘争に巻き込まれたくないので、黙ってしまった。


「普段は宮殿にいる父の舎人も侍女も、みんな叔母様のところに行ってしまってさびしいものだ。」


 そう言いながら、しばらく歩くと母の館についた。


「難波王様、お待ちしておりました。」


 戸口で待っていた一人の男が、頭を下げる。


「おお、クイか。ありがとう、上がりなさい。」


 そういうと、難波王はクイと呼ばれた男を屋敷に上げた。


「お帰りなさい。あんた、この方はずっと門前で待っていたのよ?」


 母親で池田大王の側室の薬君娘が難波王に語った。


「そうか、それは申し訳ない。」


 難波王はそうクイに言うと、奥の部屋に彼を連れて行った。


「久しぶりに帰省した息子ともゆっくり話ができないのって、百姓の方が気楽かもね。」


 薬君娘は思わずそうつぶやいた。もっとも、その後、

(百姓のままだったら、もっと忙しかったでしょうけど。)

 と、気を取り直したが。


「忍阪の様子はどうだ?」


 難波王はそうクイに訊く。


「殿下にとって特に不都合な動きは、今のところはありません。しかしながら、最近、中臣勝海様が忍阪に良く来られているそうです。」

「やはり、中臣勝海殿の動きが不穏なのか。」

「はい。あたかも、新しい宗教の教祖であるかのように活動しています。」

「神官の家である中臣家の者がどうしてそのようなことを言うのであろうか?」

「わかりません。ただ、彼は今の神道に満足していないのでしょう。」


 その後、さらにクイは続けた。


「彼が敵視している最大のものは、やはり、蘇我氏でしょう。」

「では、兄上が彼と手を組まれる可能性は?」

「それはないですね。殿下の計画に影響はないと思います。」

「うむ。やはり、私を拒む最大のものは――」

「失礼ながら、広姫様ではないと思います。」

「なんと?」

「大王様ご自身が、障壁でございましょう。」

「父上か・・・・・・。やはり、父上は広姫を愛しているのか?私の母がどれだけ父上に尽くしているのかも知らず・・・・。」

「大王という身分の方は、私利私欲のために人を愛するということは、ございません。愛すべきものを愛するのです。」

「何が言いたいのか、わからん。」

「どうして大王様が無知で粗暴な百姓(おおみたから)を愛するのか、を考えてくださいませ。池田大王(いけだのおおきみ)様も若い頃は民を愛する方ではありませんでした。それが、大王に即位された途端に、嫌いな仏教の信徒をも愛されるようになったのです。」

「何が言いたいのかよく分からんが、父上にとっては妻子への愛情も同様なのか?若い頃は母上を愛しておられたが、即位されると広姫が一番になった、とでも?」

「簡単に言えば、そういうことですね。」

「しかし、クイよ。」


 難波王は声色を変えて、続けた。


「それは、あの女が存在するから、だよな?」






国津神(くにつがみ)の祭祀を怠ると何が起こるのか、ということは歴史が証明している。」


 忍阪の地で中臣勝海は自分の話を聴きに来た群衆相手にそう語った。


天津神(あまつがみ)というのは、天孫降臨、すなわち倭国建国の際に筑紫で祀られるようになった神である。元々、我が国にいた神様ではないのだ!我が国の元々の神様は、国津神である。」


 聴衆のうち、半分は理解できた、半分は理解できない、という顔をしている。だが、それも計算の内だ。

 こういう場合は、いきなりわかりやすいたとえを用いるのではなく、若干小難しい話をして「なんとなく、正しい」と思わせるのが肝要なのだ。


「はるか昔、御真木入彦(みまきいりひこ)大王はこの大和の地の昔ながらの信仰を抑圧していた。その結果、飢饉に冷害が発生し、多くの百姓が流民となった。しかし、三輪の地に大物主神を(まつ)ると災害はたちまち収まったのである。」


 いきなり歴史の話が始まる。

 勝海は、歴史的に我が国の大王がいかに国津神を軽視し、その結果、国の政治を誤らせてきたかを力説した。


「我が国の昔ながらの神様は国津神なのである。その国津神への祭祀をおろそかにして、世の中が良くなると思うだろうか?」


 そういう勝海の言葉に、群衆はうなずいていった。

 彼らの多くは、神々に関する知識はない。だが、神官の家に生まれた中臣勝海が言うからには事実のなのだろう、と判断する。

 彼らは、なんとなく、国津神が良い存在であり、天津神が悪い存在であると認識するようになっていく。




「国津神信仰?」


 押坂彦人大兄王が「なんじゃそりゃ」と言った顔をする。


「なんか、我が国の昔ながらの神様をお祀りしなかったらこの国が悪くなるんですって。」


 勝海の演説を聴いていた大俣王が夫に今日のことを話ししていた。


「そりゃ、別に地元の神様を祀ることには反対しないけど。それで?」

「要するに、私たち王族が祀っている天津神とか、最近広まっている仏教とか、あるいは韓国や中国、高句麗の神様を祀るのはダメだ、と言いたいみたい。」

「それを、中臣勝海が言っているわけ?」

「そう。」

「大和王権の祭祀を(つかさど)る中臣一族の人間がそんなことを言い出すと、影響が大きいな。」

「ええ。かなり、勝海のファンも多いみたいよ。」

「変なブームにならなければいいんだが・・・・。」

「これって、やっぱり、中臣氏の意思なのかな?」

「どうしてそう思う?」

「大王家は天照大御神様をはじめ、天津神を祀っているでしょ?これは、大王家にとって代わりたい中臣一族の計画じゃないの?」

「その割には、あまりにも露骨すぎる。こんなに堂々と大王家に反抗するような演説をするのならば、今頃とっくに中臣氏によるクーデターが起きているだろう。それをしないということは、中臣氏に反乱の意思はないということだ。」

「なるほど。だけど、支持者を増やしてから大王家と対立、ということもあり得るんじゃないの?」

「それもないと思う。だいたい、勝海は中臣一族の一員ではあるものの分家の人間だ。今回のは一族としての行動ではなく、彼の個人的な言動だろう。」

「ふ~ん、そういうものか。」

「だいたい、忍阪にはこの私がいるんだよ?そこで堂々と演説をするということは、私と敵対する気はないということだね。まさか、勝海も敵の本拠地に一人では乗り込まないでしょ。」

「なるほどね。彼、今はあちこちで演説しているみたい。」

「心配だなぁ。暴走しなければいいんだが・・・・。」

「ねぇ、彦人は中臣勝海様のことをどう思っているの?」

「う~ん、それは難しい質問だね。」

「そうかぁ。だけど、知り合いでしょ?」

「そうだな。知り合いとは言っても、彼は私よりも年上だけどね。」

「いや、そりゃそうですよ。彦人さんはまだ19歳なんですからね。」

「まぁ、正直言ってそんなに悪いイメージはないな。確かに本音をズバズバいう一面はあるけれども、それも良く言えば裏表がない人だし。」

「本音をズバズバ言うって、彦人に対しても?」

「そうだね。君を筑紫から連れて帰った時なんか、12歳児を妻にするとは何を考えている!ということは言われたよ。なんだけど、その翌日にはちゃんとお祝いの品も送ってくれたし、神道とか歴史のことについていろいろと語り合えて楽しかったな。」

「ウフフ、王族に対してそこまでいう人も珍しいですね。私なんかも、自分が王だからというので、みんな社交辞令ばっかりで嫌気がさしましたもん。」

「そうそう、だから裏表のない彼の人柄自体には好感を持っているんだが、問題は国津神信仰とかなんとか、大王家自体を否定する言説を言い出したことなんだよな。」

「だけど、大王家に本当に敵意があるのかまではわかりませんよね。」

「そうだよな。だいたい、彼に大王家と対立するだけの力はないしね。」






 2月1日。


「やっと大和の地に戻ってきたぞ!」


 蘇我馬子は、吉備から大和に帰ってきた。


「馬子様、お帰りなさい。」


 留守番をしていた書生の坂上(さかのうえ)駒子(こまこ)が馬子に挨拶をした。

 なお、坂上駒子は男性である。もっとも、古代では「子」が付くのは男性だった、と書いている解説書もあるが、布戸姫や糠手姫の母の菟名子のように女性名に「子」が付く場合もある。また、大俣王や宇治王も「女王」ではなく「王」であり、古代においては名前や称号で男女の区別があいまいなことも少なくなかったようである。


「駒子か。私がいない間の大和の様子はどうであった?」

「まず、既にご存知かとは思いますが、広姫様が正妃になられました。」

「うむ。そうだな。他には?」

「中臣勝海様の動きが少々不穏であります。」

「そうかぁ。広姫が正妃になったのも、彼の意思かね?」

「いえ。そもそも、中臣氏の中でも彼は少数派です。広姫様を正妃にしたのは、押坂彦人大兄様の圧力があったと聞いております。」

「そうか・・・。押坂彦人王、ついに動き出したか・・・・。」

「彼を消しますか?」

「いや、それは無理だ。彼を19歳の若造だと思っているとひどい目に遭う。事実、筑紫朝廷の官吏にも顔が広いわけだしな。」

「そうですか。では、どうされますか?」

「私は別に彼に恨みがある訳ではない。だが、彼が敵対すると脅威だ。」

「もしも、彼を無力化出来たら?」

「それが最高だね。」

「彼を無力化させるには、母親ですね。」

「ああ、足が残ったら困るがな。」

「いえ、足跡を残さないようにしますよ。というよりも、別の人間が代わりに足跡を残してくれるでしょうね。」

「どういうことだ?」

「中臣勝海様のことを調べていると、面白い(やから)に出会いました。」

「面白い輩?」

「ええ。同業者とでも言うべき存在でしょうか?」

「ほう、君の同業者が中臣勝海をマークしているのかね?」

「いや、忍阪に潜伏しているようですね。」

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