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倭国は輝いていた  作者: 讃嘆若人
第一部
5/11

第五話 賭け事

貝蛸姫ネタ、引っ張っていますね。(笑)

「そうねぇ、私も息子のことは少し心配になるわ。」


 広姫もそう言って苦笑した。


「私を強引に正妃にしたのも、余程のマザコンなのか、それとも、自分が太子になりたいのかは知らないけれど、いずれにせよ良いこととは言えないわ。」

「あれ?だけど、広姫様が正妃になることは、蘇我大臣(そがのおおおみ)様がいなくなった以上、既定路線ではなかったのですか?」

「実はね、私が成りたかったのは大王の妃じゃなくて、伊勢の斎宮だったのよ。」

「伊勢、ですか・・・・・。」


 菟名子は伊勢の大鹿(おおか)氏の者だ。父親は伊勢大鹿首(いせのおおかのおびと)小熊(おぐま)である。


「菟名子も伊勢が実家だったわね。」

「ええ、斎宮様にいつもお世話になっております。」

「そう、荳角(ささげ)内親王の・・・・。」

「はい。斎宮様は広姫様の姪でしたね。」

「そうよ。私の姉は筑紫の天王の側室となり、その娘は伊勢の斎宮になったのよね。あの子は、私の代わりに夢をかなえてくれたのかも、知れない。」

「と、いいますと?」

「筑紫王家の者が伊勢の斎宮をするなんて、前代未聞じゃないの。これまで、伊勢の斎宮は大和の大王の一族がしていたのだから。」




 伊勢には九州王朝の祖先神である天照大神が祭られている。天照大御神は、九州王朝の分家である大和大王家の祖先神でもあった。

 現在、九州王朝は中興の祖である与止姫(よとひめ)月読尊(つくよみのみこと)の化身であるという信仰に基づき、月の神を主に祀っているが、伊勢の天照大御神も重要な神であることには違いない。

 その伊勢で天照大御神をお祀りする女性が「斎宮」である。

 天照大御神は女性神であり、伊勢神宮の祭主が女性であることも特に不思議とすることではない。大和大王家では大王に血縁の近い女性を斎宮として伊勢にたびたび派遣してきた。

 ただ、大和と伊勢は陸路が悪路なため女性の足では遠いため、斎宮が置かれないこともあった。さらに、前代の欽明天皇の代には斎宮になる予定の女性が不幸に見舞われ辞退することになった。

 そこで、筑紫朝廷では九州王朝から斎宮になる女性を派遣することを検討した。伊勢湾と筑紫は海路では往来が盛んであり、どうしても大和が斎宮を派遣できないのであれば代わりに派遣してやらないこともない。


 九州王朝の王族である息長真手王の娘であった広姫は、幼いころから天照大御神が好きであった。

 そのため、伊勢の斎宮になることが年来の夢であったが、中々そのような機会はない。そうこうしている内に、大和大王家の王族から求婚された。若き日の池田大王である。

 伊勢に近い国・大和――そんなイメージを漠然と持っていたこともあり、広姫はその縁談に乗った。

 その後、九州王朝から斎宮を派遣することが検討された際、姪の荳角(ささげ)皇女から使いが来た。


「荳角内親王殿下が伊勢の斎宮をしたいとおっしゃられております。」

「あら、いいじゃないの。こんな機会、滅多にないわよ。ぜひ、お受けなさい。」

「あの・・・女性一人で筑紫から伊勢まで行くことに、心配なさらないのでしょうか?」

「大和には私もいるのだから、それは大丈夫だわ。せっかくの機会を棒に振っちゃだめよ!」


 こうした広姫の後押しもあって、荳角皇女は伊勢の斎宮となった。




「そうそう、菟名子、私の娘も伊勢の斎宮になりたがっているようなの。遺伝なのかしらね。」

「そうなの?どちらのお子さん?」

「次女の方よ。」

「宇治王様?」

「はい!私は母に天照大御神のことを教えていただき、ぜひ、天照大御神様にお仕えする人になりたいと思っています!」

「・・・こんな感じだから、妹は私よりも美人なのに縁談が来ないのです。」


 逆登王が若干の嫉妬をにじませてそういうと、菟名子は笑った。


「私の実家は代々斎宮様にお仕えしている家だから、いつでも相談に乗るわ。」

「ありがとうございます!」

「いえいえ、この前も、大俣王様から『伊勢の海鮮物を食べたい!』と連絡があり、慌てて手配したところですから・・・・。」


 それを聴くと、広姫の顔色が変わった。


「何ですって!?うちの子の嫁がとんでもないことを!申し訳ございません!」

「お義姉(ねえ)さん、菟名子さんにも迷惑をかけちゃって、全く・・・。」


 そういう宇治王に逆登王が言った。


「お兄様がワガママを言って、それにお義姉様が悪乗りしただけかもね。全く、あの夫婦は・・・・。」

「ねぇねぇ、お姉ちゃん、お兄さんをここに呼んでみない?」

「それは面白うそうね。」

「いえ、本当に気にしなくていいですから!大俣王様も娘のように私を慕ってくれて、嬉しい限りですよ。私の娘もあの夫婦にはすっかり懐いていますし。」

「一体、あの子たちは何を食べたかったのかしら?」

「貝と蛸を食べたかったようですよ。」

「額田部女王の娘の貝蛸姫にあやかって食べたつもり?そもそも、貝蛸って、カイとタコじゃなくて葵貝(アオイガイ)のことだし、そんなに食べたいのなら自分たちで伊勢に行くべきだし、全く、どこから突っ込んだらいいものやら・・・・。」

「まぁまぁ、伊勢にはそう簡単に行けるものではありませんし・・・・。」

「私は姪に会いに伊勢に行ったことがあるけれどね。一度、丹波と近江に行きたいものだわ。」

「距離的にはそちらの方が遠いですもんね。」

「息子の家も少し離れたところにあるけどね。」


 二人が長話をしていると、布戸姫と糠手姫がすっかり退屈してしまった。それを見て、宇治王が


「ちょっと、布戸ちゃんと糠手ちゃんと遊びに行っていい?」


 というなり、二人を連れて部屋から出て行った。


「お姉様はどうして『宇治王』って名前になったの?」


 三人で屋敷の庭を歩きながら、布戸姫が不思議そうな顔で聴く。


「宇治ってところに私の領地があるからよ。」

「宇治って、どこにあるの?」

「う~ん、私は一度だけいたことがあるけど、ちょっと遠いよ。」

「領地なのに一度しか行っていないの?」

「領主だからと言って、必ずそこに赴任するとは限らないからね。まぁ、いつかは宇治に住むつもりでいるけれど。布戸姫も13歳ぐらいになればどこかの領地が与えられるわ。」

「お兄さんの領地はどこなの?」

「兄さんは忍阪ね。」

「じゃあ、歩いてこれる距離ね。」

「兄さんは反抗期なんでしょうね、きっと。」


 二人がそう話をしている間、糠手姫は庭の花でも摘みながらゆっくりと二人の後をつけていた。


「あれ?」


 糠手姫は、庭を歩きながら、なんとなく違和感を感じていた。


「どうしたの?」


 布戸姫が声をかける。


「う~ん、女官(にょかん)の人がいないみたい。」

「ああ、そういえば、舎人もいないわね。何か用事でもできたのかした?」


 宇治王が反応する。


「おやおや、姫君たちはごゆっくりと花を摘まれておられるのか。」


 ふと、上の方から声がした。

 見ると、屋敷の回廊から難波王が声をかけていた。彼は17歳で池田大王と側室・薬君娘(くすりこのいらつめ)の間に生まれた、薬君娘の長男である。

 彦人大兄からすると異母弟、宇治王たちからすると異母兄だ。


「これはこれは、難波王殿下、任地に赴かず宮殿でのんびりしているとはつゆ知らず、失礼しました。」

「おやおや、宇治王殿、私は貴殿の母親が正妃に立后されると聞いて難波から飛んできたのであるが、貴殿の方こそ大王の屋敷で怠惰な生活を送っているのではないかな?」

「妹とはいえ、私はこれでも宇治の領主です。『殿』呼ばわりとは、甚だしく礼を失するのではありませんか?」

「おお、さすが兄上と腹を同じくした妹、その誇り高き血は兄上と寸分違わぬと見た。」

「ええ、春日の百姓の娘の子と一緒にしてほしくはないわね。」

「そうか、そうか。私の母はただの百姓なのか。それにしても、ただの百姓であるにもかかわらず、伊勢の豪族の娘よりも上の地位にある私の母上は素晴らしい女であるなぁ。」


 そう言いながら、彼は布戸姫と糠手姫の方をちらっと見た。

 側室の中にも序列がある。正妃の広姫に次ぐ第一夫人が額田部女王、そして、第二夫人が難波王の母である薬君娘だ。

 布戸姫と糠手姫の母の菟名子は、夫人と比べてはるかに低い位の「采女(うねめ)」である。采女は使用人兼側室と言った扱いで、側室の中でも引くい地位であった。


「さすが、父上は人を見る目がある。実家を自慢する女よりも、ちゃんとした中身のある女を愛していたわけだ。」

「その基準で言うと、一番中身のある女性は父上の正室になられた私の母ね。」

「そうそう、重要なことを言い忘れた。私の舎人(とねり)(家来)から知らせがあったのだが、もうそろそろ額田部女王が産気ついたとのこと。兄上が賭けに語れるかどうか、見物であるな。」


 いきなり話を逸らした難波王に、宇治王も平然と答えた。


「そう、わざわざそのことを伝えに来てくれたとはご苦労様。兄上も母に似て中身のある男ですから、あんな女との賭けに負けることはありませんわ。」

「誤解されるな。私も別に兄上の負けを望んでいるわけではない。ぜひ、妹たちの期待に応えてほしいものだ。」


 そう言いながら笑うと、難波王は去って行った。


「へぇ、もう額田部女王の三番目の子供が産まれるのか。」


 若干棒読みな口調で宇治王が言う。


「賭けって、何のこと?」


 布戸姫が宇治王に訊いた。


「額田部女王の産んだ子が男の子なら兄さんがあの女の言うことを聞く、その代わり、女の子だったら兄さんに差し上げるという賭けよ。」

「え?えええ!?あのおばさん、自分の子供を賭けの対象にしているの!?」

「そうよ。全く、どうしようもない女だわ。」


 そう言いながら、宇治王は糠手姫と一緒になって花を摘み始めた。


「お姉様って、花を摘む趣味はあったっけ?」

「暇つぶしよ。」






「さすがは彦人大兄、この私との賭けに勝つとはね。」


 そう言いながら、額田部女王は微笑んだ。


「こら、あんた、子供を産んだばかりの時に下らないことを考えない!」


 産婆さんが女王に向かって言う。


「それにしても、こんな整った顔の女の子は珍しいね。」

「産婆さんから見てもそうなの?」

「うん。あ、こらこら、もっとゆっくり動きなさい!全く、出産直後にここまで元気な女は珍しいもの。」

「私をそこら辺の女性と一緒にされては困るわね。」


 額田部はそう言いながら、赤ちゃんを抱く。そして、何かを待っているかのように外を見た。


「誰を待ってるんだい?」

「甥っ子よ。甥っ子との賭けに負けちゃった。」

「あんたねぇ、産まれてくる子供の性別で賭けをするって、神をも恐れぬ(わざ)だよ。とんだ因縁を抱え込んだもんだ。」

「不思議なものね。私って、悪いことは何一つしていないのに、いつも神に挑戦しているだのなんだのと言いがかりをつけられるんだから。」

「全く、近ごろの若い者は・・・・・。神に歯向かうことが悪いことじゃなくて何なのじゃ。」

「私は人生を楽しんでいるだけ。舎人にも侍女にも優しく接しているし、夫には民のための政治を進言している。叔父様の国政へのアドバイスもしているわ。それなのに正妃になれないとは、不条理なこと。」

「はいはい、赤ちゃんの発育に悪いから愚痴をそこまでにしな。」


 そこへ侍女が部屋の外から声をかけてきた。


「女王様、彦人大兄様は丁重に訪問をお断りになられました。」

「あら、そう?せっかく、この可愛い娘の顔を見てほしかったのに。」


 そういいながら女王は余裕のある微笑みを浮かべた。

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