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倭国は輝いていた  作者: 讃嘆若人
第一部
10/11

第十話 始まり

大鹿(おおか)菟名子(うなこ)さん?――ああ、布戸姫(ふとひめ)糠手姫(あらでひめ)のお母様ですね!」


 そう言いながら、彦人大兄王は目の前の女性を見た。どことなく、父親好みの女性という感じがする。


「はい。彦人様が幼い頃にお父上・池田大王様の采女(うねめ)となり、彦人様と幾度かお会いさせていただいたと思います。」

「そうか――あ、思い出した!ごめん、しばらく会っていなかったから顔を忘れてました。」

「別にそれはいいですよ、思い出してくれたなら。いつも、布戸姫や糠手姫がお世話になっております。」

「いえいえ、あの二人は妻に遊びに来ているだけで、残念ながら私目当てはないんですよね。」

「大俣王様にもお世話になっております。今日は皆様の料理を作るために来たのですが、彦人様や大俣王様もいると聞き、娘たちも喜んでやってきました。」


 采女は、大王家の侍女で大王やその家族の料理や家事の世話をするのが一番の任務であり、大王の事実上の側室となっているものもいる。菟名子も彦人の父・池田大王の側室の一人で、「夫人」の位を与えられていた。


「あ、菟名子さん、言葉はもう少し崩されてもいいですよ。」

「じゃあ、昔みたいに『彦人ちゃん』と呼んでもいいかしら?」

「あ、それは嫌です・・・。」

「でしょうね。」


 そう言いながら、菟名子は微笑(ほほえ)んだ。


「それでは、私は夕食の準備がありますので。」

「え?もうそんな時間?」

「ええ。彦人様はかなり寝ていましたよ?」

「そうなのか・・・・。」

「それに、今日はお客様が来られるのでしょ?準備は早めにしておかないと。」


 そういうと、菟名子は部屋から出て行った。




 広姫の屋敷の守衛長である五百山(いおやま)清道(きよみち)は、明日から久しぶりの長期休暇が与えられる、ということで帰宅の日を楽しみに待っていた。

 本来ならば、農繁期のこの時期は守衛と云えども休みが増えなければおかしいのであるが、広姫が暗殺組織に狙われているということで、なかなか休めなかった。特に、守衛長として広姫護衛の責任者であった清道には長期休暇など、もってのほかだったのだ。

 しかし、今日、物部氏の軍勢が到着すれば、清道たちも休むことが出来る。清道は来る休暇を待ち望んでいた。


物部守屋(もののべのもりや)って、どんな人なんだろうか?」


 清道は時間つぶしに部下の兵士に聴いてみた。


「隊長、それは大和の軍隊の長なのですから、強い人ではないのですか?」

「俺たちとどっちが強いんだろうなぁ。」

「・・・・戦わないのが一番ですね。」

「なんかなぁ、物部守屋のことを知っている人はいないもんかね?」

「・・・・暇つぶし、ですか?」

「いや、仲間の戦力をちゃんと把握するのも守衛長の仕事だ。俺たちと仕事を交代する以上は、彼がどういう人間か、知っておかないとな。」

「はいはい、そんなに気になるのなら彦人様の舎人(とねり)にでも聞いたらどうですか?彦人様が彼に依頼したのでしょ?」

「おお、そうだな!というわけで、俺は彦人様の舎人を探してくるから、あとはお前にませたぞ!」

「・・・・承知しました。」


 清道は部下に現場を任せると、屋敷の庭を歩いた。

 守衛長があまりほろほろ歩いていると、周りの視線が厳しくなる。散歩したいのも山々だが、はやく知り合いの舎人を見つけなければ!

 五百山清道には、彦人大兄王の舎人の中に迹見(とみ)赤檮(いちい)という知り合いがいた。彼ならば少々雑談をしても問題あるまい。


「迹見殿はどこだ~。」

「清道殿、何をされているのですか?」


 ふと、回廊の上から少女の声がした。


「あ、逆登(さかのぼり)王様!」

「お兄様の舎人を探しておられるのですか?」


 逆登王は、16歳の少女にしては落ち着いた声で語りかけた。


「はい、物部守屋様が来られるということであれば、今後の打ち合わせもしたいと思いまして・・・。」

「そうですか、遊ぶ約束をするために会いたいわけではない、と。」

「え?いや、さすがの私もこの期に及んでは――」

「そうですね。母上の命が狙われている時に遊ぶなどということは、あり得ませんものね。」


 そう言いながら、逆登王は微笑んでいた。幼い頃に五百山に遊んでもらった記憶を思い出したのだ。


「そう言えば、私が幼い頃は清道殿に三輪山に連れて行ってもらいましたね。」

「そう、あの頃は三輪だけでなく押坂にも行きましてな、そこで迹見殿とお会いしたのですよ。」

「そうだったのですか、私の幼い頃なので記憶にありませんわ。」

「あの頃は彦人様もまだ子供でしたからな。」


 そう二人が話をしていると、一人の男が清道の横から声をかけた。


「五百山殿ではないか!久しぶり!」

「おお!迹見殿!」

「失礼、逆登王様とお話し中であったか、無粋な真似をして申し訳ない。それでは。」

「いやいやいやいやいや、ちょっと待て!俺は貴様を待ってたんだぞ?」

「何?お前がこの私を待ってただと?正月にお祝いの品の一つもよこさないお前が、か?」

「それは貴様も一緒だろ!正月どころか、俺の子供が産まれても挨拶すらしないくせに!」

「なんだ、お前はその事を根に持っていたのか。申し訳ない。逆登王様とのお話を邪魔したことも、重ねて申し訳ない。じゃあ、またな。」

「違う違う違う!貴様が振った話題だろうが!貴様が見つからなかったから、時間潰しに逆登王様と話をしていただけだ!」

「なんとまぁ、レディを暇つぶしに使うとは・・・・・お前がそのような男だとは思わなかった。絶交だな。」

「いや、そういう意味では・・・・なぁ、いつまでこのやり取りを続けるんだ?」

「すまんすまん、あ、逆登王様、御前でしょうもないやり取りをして申し訳ございませんでした。」


 そう言って迹見が逆登王に向かって頭を下げると、五百山も一緒に頭を下げた。


「いえいえ、こちらこそ二人の邪魔をして申し訳ありません。」


 そう言いながら、笑いをこらえた顔で逆登王は去って行った。


「ところで、赤檮(あかい)、物部守屋様ってどんな方なんだ?」

「う~ん、柔軟な考えの持ち主だよ。蘇我馬子様の義兄ということもあって蘇我氏とも仲が良いし、彦人様とも仲が良いからな。」

「そうなのか。」

「仏教にも賛成の立場だが、排仏派の池田大王様の信頼も得ている。優秀な政治家だと思うぞ?」

「政治のことは俺にはよく分からんが、軍事面ではどうなんだ?」

「そりゃあ、今の大和で物部守屋様を超える軍事力を持ったものは存在しないだろ。今回はその中でも精鋭部隊をこの屋敷に配備するという。だからこそ、お前も長期休暇をもらえるんだ。」

「おお、それは有難いことだ。だが、武人としては出番がなくなることは寂しいものがある。」

「武人が活躍するということは、世の中が平和じゃないということだ。活躍する必要がないことに感謝しないと。」

「まぁ、それはそうだな。」


 その後、二人は近況に関する雑談をしながら門の方へ向かって歩いて行った。

 二人が屋敷の門までくると、清道の部下が出てきた。


「もうそろそろ、物部守屋様が着くという噂を近所の人がしていました!すぐそこで、馬を休ませていたようです!」

「そうか、もうすぐ我々も休暇というわけだな。御苦労!」


 清道がそう言った矢先に、視界に百騎ばかりの軍団が入る。


「うん?あれか?」

「そのようですね。」


 物部守屋が来たことを確認すると、清道たちは帰宅の準備を始めた。




「お兄ちゃん?」


 夕食を食べ終わった押坂彦人大兄王の部屋に、逆登王が入って来た。


「うん?どうした?」

「今朝、部屋で大声で独り言を言っていたけど、あれはなんなの?」

「え?いや、それは・・・。」

「もしかして、神様と話していたの?」

「な・・・・・・。」


 その反応を見て、逆登王は自分が図星を言ったことに気付いた。冗談だと思っていた母の言葉だが、事実だったのだ。


「ウソ!本当に話をしていたのね!」

「ちょっと待て!誰に聞いたんだ?」

「それは、秘密。フフフ。」

「まさか、母か?」

「ところでお兄ちゃん、菟名子さんのご飯、美味しかった?」

「う~ん、妻の方が美味しいかな?」

「やっぱり、お兄ちゃん、ヤンデレね・・・・。」

「違う違う!冗談だって。菟名子さんのご飯、さすが采女だけあってとても美味しいよ!」

「そうかぁ。ところで、お兄ちゃんに聴きたいんだけど。」

「なんだ?」

「ねぇ、お兄ちゃんって常世の国で何をしていたの?」


 その時、部屋の外から迹見赤檮の声がした。


「物部守屋様が到着されました!」


 それを聞いた彦人は、逆登王相手に「ごめん」と一言言ってから、


「わかった、すぐに行く!」


と大声で返事をした。




 橿原に久米部(くめべ)の本拠地がある。

 彼らと大和王朝の関係は深い。神武東征の時に初代大王である神武天皇とともに大和の地を得るため戦ったのだ。

 従って、久米部は大和王朝が出来たころから大王家を支えていた、と言える。

 久米御縣神社くめのみあがたじんじゃには、そんな久米部の中でも特に精鋭の男たちが三十人ほど集まって、久米部の守護神である天久米命(あまつくめのみこと)天櫛玉命あめのくしたまのみことに祈りを奉げていた。


「よし!全員、準備せよ!」


 一人の青年が、男たちに命令する。男たちは直ちに近くに用意してあった武具を身に着け、軽武装の兵士に変身した。

 あっという間に、神に祈っていた人間が、百戦錬磨の兵士の如き風貌(ふうぼう)となる。その手慣れた動きは、まさに精鋭にふさわしいだろう。


「この戦いは、私が守護する闘いであるから、物部の兵士と言えども恐れることはない。天櫛玉命の力を信じてほしい。」


 青年がそういうと、兵士たちは平伏した。そう、兵士は彼が天櫛玉命と一体の存在であると信じているのである。


「それでは、天久米部(あまつくめべ)弥栄(いやさか)!」


 青年がそう叫ぶと、兵士たちも「弥栄!」と連呼して、出発した。

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