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異聞・妖刀百物語  作者: 痴れ者ラボ
憑キ者奇談
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蛇憑き 一




 天之麻早苗アマノマ・サナエは、立花宗太にとって遠縁の親戚である。


 今年で十五になる彼女は、宗太の実家がある某市の外れにある、天之麻神社という神社の巫女だ。

 天之麻家は天之麻神社にて代々の宮司を司っており、立花家の本家筋である臼木家にとって、主家筋となる。

 女系の家柄で、神道には珍しく天之麻家が担う代々の宮司もまた、女性が務めてきた家系であった。

 古くから怪異や神威と関わり、数少ない“効果的な”お祓いや祈祷を行う一族であるとその筋では有名であるらしい。

 一応の親戚である宗太が知らなかったのは、それだけ現在の立花家が怪異や神威から遠ざかっていたからなのだろう。

 今回の仕事に関し、宗像瑞紀にそう教えて貰った際、彼女の微妙な表情は未だ記憶に新しい宗太である。


 故に、立花家――ひいては宗太と早苗の血の繋がりはかなり遠い。

 現在天之麻神社の宮司を務めている早苗の母が、本家である臼木家の息子と婚姻を結んだが為に辛うじて親戚である、と言えるような関係であった。

 付き合いとしては年に二回、盆と正月の時期に顔を合わせていた程度である。

 すっかり家伝を失っていた立花家ではあったが、本家である臼木家には年始や節目の挨拶位は続けており、早苗と初めて出逢ったのがその席での事。

 宗太が小学校に上がったばかりで、早苗が幼稚園に通っていた頃だ。


 見知らぬ親戚の大人達が集まる会合は子供にとって退屈なだけで、年上の宗太が早苗の面倒を見る形でよく遊んでいたからか、宗太の印象としては早苗をどこか従姉妹のように感じていた。

 とはいっても、瑞紀に教えられるまで早苗は臼木家の縁者であると思っていたあたり、宗太にとって早苗への興味はその程度であった、とも言える。

 臼木で無く天之麻という珍しい名字も、臼木家から余所に嫁いだ人の娘だろう、程度の認識であったのだ。

 これについては立花家が家伝を失伝しておらず、あるいは神威や怪異に対し宗像瑞紀程に知識があれば、“天之麻”という名字の意味を理解し、彼女に対しての認識も変わっていたのかも知れない。


 そのような二人の関係性から、お互いに小さな頃からの知り合いということで、幼馴染みと言えなくはない。

 が、両人にはその言葉が浮かばぬ程付き合いが濃くは無かった為、そうでないとも言える距離が二人にはあった。

 だから、であろうか。


 数年ぶりに見た親戚の女の子はすっかり年頃の少女に成長していて、宗太を大いに驚かせていた。

 何より驚いたのは、その容姿。

 最後に会ったのは彼女が小学生の頃で、一応はその時も愛らしいとは感じていたのだが。

 しかし高校受験も間近となる年齢になった天之麻早苗は、その頃の記憶から大きくかけ離れた美少女に成長していたのである。

 それこそ、すれ違う者十人が十人振り返るような容姿を持つ、宗像瑞紀に匹敵する程の。


「もぉお! ホント、宗兄ぃ信じらんない!」


 惜しむらくは、炎天下で長時間待たされたが故に、怒りにその整った貌を歪めている事であろう。

 天之麻早苗は巫女服の肩を怒らせ、その小さな口から火を吐くように怒気を漏らす。

 勿論、その行き先は立花宗太である。


「ごめん……、ほんと、ごめん……。俺、運転慣れてないし、まさか、ここがあんな獣道みたいな車道通らないと来られない場所だとは思わなかったし、村人も道すら教えてくれないとか、色々あったんだよ……」

「だからって、普通六時間も遅刻するぅ?! そりゃ、ケータイの番号、宗兄ぃに教えてなかったのはわたしの落ち度だけど、宗像さんに連絡を頼むとか、色々あったでしょ!」

「……運転に集中してて、気がそこまで回らなかった」

「てか、ありえなくない?! なんで天之麻うちに頼らないの?! 親戚でしょ?! そりゃ、宗像さん家と立花家は赤の他人って程じゃないかも知れないけどさ、頼るならまず親戚でしょうに!」

「さなちゃん家がガチのお祓いしてる家だとか、知らなかったんだよ。それに、陣八さんの紹介もあったし」

「ぐぬぅ、陣八じーちゃんめぇ……」


 先程から宗太の隣でぷりぷりと怒りながら、巫女装束の天之麻早苗は忌々しげに持っていた缶コーヒーを煽った。

 露わになる喉元と細い腕が、やけに艶めかしい。

 よく冷えたそれは最近売りだされた新商品で、コクのあるミルクと夏らしい爽やかなコーヒーの後味が特徴的な品である。

 勿論、大遅刻した挙げ句炎天下に待ちぼうけを早苗に食わせてしまった宗太からの詫びの品だ。

 待ち合わせ場所にしていた、昔ながらのタバコ屋に置いてあった自動販売機で買ったのだが、このような辺鄙な場所ですら新商品が補充されているあたり、飲料メーカーの熾烈な競争と企業努力は相当なものであろう。

 缶コーヒーの前に同じ自動販売機で、ペットボトルのお茶も買ってもらっていた天之麻早苗であったが、こちらはその場で飲みあげてしまっている。

 にもかかわらず、白い喉を蠢かして飲む缶コーヒーの内容量は既に少ない。

 夏の太陽に照らされて、目に鮮やかな白と朱の巫女装束に身を包んだ少女はすぐにズ、という音を立てて飲み干してしまっていた。

 車から降りてとりあえず、今回の仕事を行う場所に向かって歩く二人、正午を一時間以上過ぎた昼下がり。


「っぷぅ。ふぇーい、やっと一息ついたぁ」

「……その、大丈夫? ずっとあそこで待ってたんだろ?」

「まさか。車を停めさせてもらったタバコ屋のおばーさんにチョイチョイ、中に入れてもらって涼んでたから」

「そ、そっか。流石にずっとあそこにいたら熱中症とかになるか」

「ん。で、車が通る度に外に出て、あつーい思いをしてイライラしながら怒りゲージを溜めてた」

「ぐ……ご、ごめんって」

「やだ。絶対根に持つから。忘れないから。帰ったら、ブンガク喫茶のスペシャルかき氷、奢って貰うかんね」

「わ、わあったよ……」

「うし、言質とった!」


 一転、年相応の笑顔を浮かべ嬉しそうにガッツポーズをとる天之麻早苗。

 ブンガク喫茶のスペシャルかき氷とは、某市にある喫茶店のスィーツで地域誌やローカルテレビ番組で何度か紹介され有名になったメニューである。

 かき氷でありながらフルーツやクッキー、アイスクリームがパフェのように盛りつけられ、派手な見た目とボリューム、そして豪華な外見とは裏腹な繊細な味わいが、訪れる女性客の心を掴んで離さない一品だ。


 一方で、三千円という強気でお高めの値段設定も有名であったりも、する。

 大学生という立場から無職の自称祓い屋家業に足を踏み入れたばかりの宗太に、スペシャルかき氷を奢るだけの経済能力があるかどうかは不明だが、隣を歩く少女の機嫌が直るのならばきっと、安いものであるのだろう。

 宗太はやっと安堵を手に入れつつ、担いでいた竹刀ケースを担ぎ直して、持っていたタオルで汗を拭きながらさりげなく話題を変える事にした。


「で、さ」

「んー?」

「仕事、調査って聞いて来たんだけど、具体的に何をするんだ?」

「あー、うん。えっと、基本的にはわたしの手伝いと、神威を“ソレ”で斬ってもらう、って事になると思う」


 言って、宗太より頭一つ低い身長の早苗が、現在宗太が担いでいる竹刀ケースを指差した。

 中に入っているのは勿論、怨霊刀である“傾国”だ。


「詳しくは……あー、宗兄ぃ、“蛇憑き”ってわかる?」

「動物霊に取り憑かれたってやつ? それとも、憑きもの筋の話?」

「お、そこで憑きもの筋って出てくるのは流石だね。いや、宗兄ぃの場合は宗像さんの調教の賜かな?」

「調教ってなんだよ、調教って」


 早苗の妙な物言いに、宗太は眉根を寄せ抗議した。

 しかし早苗は悪びれもせず、それどころか何か疑うように大きな目をむーんと半開きにして、意味ありげに唇を尖らせ、とんでもない根拠を口にするのである。


「だってー、宗兄ぃって宗像さんと同棲してるんでしょ? 連絡先、宗像さん家になっててビックリしたし」

「……知ってると思うけど、やむにやまれぬ事情ってもんがな?」

「ん。そのあたりはよーくわかってるよー。親戚代表として、キッチリ問い質したからね」

「代表って、うちの両親に聞けばよかったんじゃないか?」

「それはそれ、これはこれ。でも、事情を差し引いても宗兄ぃもやるよねぇ。“あの”宗像さんと同棲だなんてさ」

「だから、それには事情がだな……」

「その辺を差し引いても、凄い事なんだけど……もしかして宗兄ぃ、わかってない、とか?」

「……何がだよ」

「……うわぁ、わかってなかったんだぁ」


 宗太の反応に早苗はあちゃあ、と額に手をあてて大きなため息を一つ。

 何に落胆しているのか、彼女の言う“わかってない”とはどういう事なのか、さっぱり理解出来ず宗太は首を傾げた。

 どうやら自身の反応や宗像家に居候する事の意味と認識が、早苗が予想していたものとかけ離れていた為にこのような反応を招いている……とは理解出来る。

 しかし、そこから先がわからない。

 対外的に、宗像家にこのまま婿養子として迎えられる、という風に見られているのだろうか?


「……言っとくけど、俺と宗像は“そんなん”じゃねえぞ?」

「や、や、宗兄ぃと宗像さんが付き合ってるとかそういうんじゃなくて」

「じゃあどういうのだよ?」

「宗兄ぃ。宗像さんってさ、すっごい美人だよね?」

「なんだよ、いきなり」

「美人だよね?」


 ぐい、と迫るようにして向けられた早苗の問いに、宗太は一度宗像瑞紀の姿を思い起こし、戸惑うように頷いた。

 言われるまでも無く、彼女は美人である。

 細い手足、凛とした佇まい、未だに短く切り揃えられた髪は小さな頭を強調するようで、モデルのようなスラリとした体型と、整った顔立ち。

 強いて欠点らしい所を挙げるならば、薄い胸と愛嬌のない所であるが、それすれも彼女の魅力を損なうようなものではない。

 つまりは、宗像瑞紀はただの美人では無く、とびきりの美人であると言えるのだが、改めて認めるとなんだか気恥ずかしくなってしまい、宗太は居心地の悪さを覚えてしまった。


「そりゃ、まあ、あいつ、見てくれはすげぇイイけども」

「見てくれだけじゃないでしょ? 家は酒屋を経営してて、大きなお屋敷をもってるし。自身は名門女子校に通ってる才嬢でもあるらしいじゃない? 対外的にはパーフェクツな美少女。おーけー?」

「お、おーけー」

「んで、“その筋”じゃ赤目憑きっていう、ちょー強力な憑きもの筋の家系でさ。特殊な事情から、急いで子作りをしなくちゃいけないお年頃なのに、何があったか大上家との婚約を破棄したのね」


 思わず、宗太はギョっとしてしまう。

 宗像瑞紀の“事情”が何気なく早苗の口から語られた事が、意外であったからだ。


「特殊な事情って、“赤目憑き”の事、そんなに外部に知られてるのか?」

「そりゃ昔から憑きもの筋を乗っ取る程、怪異の血が濃い一族って有名だもん。その筋の、神威や怪異に関わるような関係者なら、大概は知ってると思うよ? 噂になるくらいにはね」

「……噂になってるんだ」

「うん。一応、宗像家も大上家も“憑きもの筋”ってのは秘密にしてるけど、名士の家柄だからね。そういった繋がりがある所だけじゃなくて、何も知らない一般の関係者にも婚約解消とかの話は広まってるし」

「マジか……。あ、勿論ホントの所は」

「説明できるワケないじゃん」


 ピシャリと即答する天之麻早苗に、宗太はそれもそうかと納得した。

 一般的に、憑きもの筋の家というものはそうで在る事を含めて、世間に向けては秘匿するものなのだ。

 怪異を身近に置き、忌むべき存在として、あるいは恐るべき存在として人々から忌避されてきた歴史もある。

 ともすれば、同じ憑きもの筋であろうと互いの素性は隠そうとする社会でもあるのは、宗像瑞紀と濃くも未だ浅い付き合いでしかない宗太にもわかる事情であった。

 まして、婚姻や生き死にを左右する個人的な決意や、怨霊刀を使役する秘術といった内情ならば尚のことであろう。


「大体、天狗とバトりたいんで婚約破棄しちゃいましたーって、成田離婚どころの話じゃないっしょ。何ワケわからん理由で婚約破棄しちゃってるの? これだからゆとり世代はって思われるのがオチだって」

「……俺ら、一応脱ゆとり教育、受けてるんだけどな」

「今のオジサン世代から見ればみーんな一緒らしいから、間違いなく言われちゃうね! ……そこは置いといて。表向きには、大上家のお相手のアホボンが何か失態を犯したから破棄されちゃった、って事になってるけどさ」

「ふは、アホボン、ね。アレは確かに酷かった」

「あ、やっぱり宗兄ぃもそう思う? わたしも前に一度会ったことあるけど――じゃ、なくて!」


 興が乗ってきたのだろうか。

 先程鎮めた怒りの余韻はすっかり消え失せて、天之麻早苗は年相応に軽やかな話題の脱線を繰り返し始めてしまう。

 宗太の記憶にある早苗の幼い頃もそうであるように、学校でも友人などとよく会話を交わすのだろう。

 コロコロと表情を変えながら話しかけてくる彼女は、なんとも楽しげである。


「ごめんごめん。すぐ話逸れちゃうの、悪い癖でね。で、話戻すけど、裏向きというか、“憑きもの筋”界隈というか、怪異に関わる人らに伝わってる話だと、結構すごい感じになってるのよ、宗兄ぃと宗像家」

「例えば?」

「今代の宗像家の“赤目”には、大天狗に打ち勝てる程の力があるらしい、とか」

「そりゃ事実とすこし違うな。確かに、宗像はかなり強いとは思うけど」

「事実が正確に伝わっていないから問題なんだけどね。いい? 宗兄ぃ」


 突如。

 声のトーンを少し落とし、天之麻早苗は歩みを止め宗太に正対した。

 決して背が高くは無い宗太を見上げながら、神妙に引き締めた顔を心持ち近付けて、柔らかな口元に一本白く長い指を立てる。

 思わず、ドキリとしてしまう様な愛らしい仕草。

 宗像瑞紀やサツキヒメによって美女には相当見慣れているはずの宗太であるが、生憎と天之麻早苗の仕草は二人とも縁の無いものだ。

 媚びて行っているならばまだ構えようはあるのだが、早苗の場合は懐いている親戚故にか、無防備でしかも無邪気に踏み込んでくる為、どうしても直視してしまう。


 相手は親戚の女の子で、世間一般的には手を出さばロリコンと呼ばれそうな年齢だ。

 しかも、もの凄い美少女であり、ともすれば甘い体臭が匂いそうな距離で相対ししている。

 汗ばむ巫女装束の襟元、無防備な首筋は汗ばみ、少しでも注視すればきっと男としての本能が欲情をかき立てるにちがいない。

 故に、立花宗太は酷く混乱とよくわからない罪悪感を覚えて、精一杯口元に力を入れ、早苗の眉間に視線を固定させた。

 心のどこかで、移り気な自身に幻滅しながら。

 誰に対して移り気なのか、自覚もないままにであるが。

 いつもならば宗像瑞紀かサツキヒメが宗太をなじってくる所なのだが、格好の攻撃材料を得て毒を吐いてくる瑞紀は側に居らず、嫉妬混じりになじってくるサツキヒメも“黄金の鳶”の一件以来、あまり外に出てこなくなってか姿を見せずにいる。

 実際の所、宗太は男として正しい反応をしているだけなのだが、そう思わないのは判断力の大部分を会話の内容に使用していたが為なのかもしれない。


「お、おう。どうしたん?」

「一般的にも、“憑きもの筋”的にも、超ハイスペックないいとこのお嬢さんが、突然フリーになりました。普通、いろんな所からお話が来るよね?」

「まあ、な」

「そうかと思えば、このお嬢さんがワケのわからない男を家に囲いはじめたわけだ。そこそこに権力あったり、物理的に力がある人らからしてみれば、排除しようって考えるよね?」

「それ、一気に論理が飛躍してねえか?!」

「甘い! 甘いよ、宗兄ぃ。わたしもさー、長らくこの界隈で美少女の端くれをやってるからわかるのよ」

「どんな界隈で、美少女端くれってなんだよ」

「うわー、そこ否定されちゃうんだ。いや、自分で言うのもあれかなーって思ってはいたけれど。でもまさか、そっこーで否定されると凹むわぁ……。やっぱ、宗像さんを墜とす人は違うよねぇ」

「ばっ、だから違うって! って、さなちゃん、からかってるだろ?」

「うひ、バレた?」

「バレバレ」

「焦った?」

「……ちょっとだけ、な」

「うへへ、ごめん。で、何がわかるかっていうと、金と権力、あと神威に匹敵する力かっこ物理を持ってる人ってさぁ、結構な確立でグイグイと力尽くでくるのよねぇ」

「……マジ?」

「マジ。今も昔も、女の美貌ってのは恐ろしいんだよ? で、ここでもう一度思い返してみて。宗像さん、相当な美人だよね?」


 自分で自分の事を美少女と言ってしまうのはどうかと思われるが、事実である場合なんとも言えぬ心地になるのを知った事はさておき、宗太は言われるまま宗像瑞紀を思い起こす。

 ――相当な美人ではなく、無表情であるがそこそこの、けっこうな美人の着物姿が目に浮かんだ。

 宗像瑞紀がかなりの美少女である事はわかっている。

 目の前の天之麻早苗も、それに匹敵するだろう。

 にもかかわらず、その美貌をもって宗太が『相当な美人』ではなく『けっこうな美人』止まりの印象しか持ち得ないのは、大怨霊である妖婦の美貌を常に側で見続けていた影響か。


「……ああ」

「そう、美人。しかもそんじょそこらの美人じゃ無くて、頭に超絶という言葉がオンするレベルの美人でしょ? 宗像さんって」

「そ、そうか? さなちゃんとそんなに変わらないと思う、けど」

「……むふ。そぉ?」

「おお、そう、思う」

「じゃ、確定だわー。わたしもあるもん、お金と権力と、物理的に力でモノにしようって手段を選ばずやって来るタイプの奴が襲撃してくるのよね」

「……誰に?」


 思わぬ衝撃的な発言に、宗太は言葉を失いかけながらも尋ねた。

 しかし天之麻早苗は事も無げに肩をすくめて首を振り、ただイロイロとだけ答えるのみである。

 早苗の様子を見る限りその悉く撃退しているようであるが、どうやら世間には宗太が思うよりもずっと、金と権力と力で女の子を手に入れようとする輩が多いらしい。


「お金と権力は宗像さん家に向かうかな? 勿論、宗兄ぃにはその両方に加えて物理的な方の力が向けられると思う」

「マジかよぉ」

「マジだよぉ」

「って、この話も逸れてるだろ。“蛇憑き”から話が進んでねぇぞ」

「あ、そだった。うへへ、ごめんごめん」


 たまらず、今度は宗太が話題を戻した。

 それから、どちらとも無く再び並んで歩き始める。

 何とも業の深そうな話題であったが、金と権力には基本的に縁の無い宗太にはどうしようも無い話だ。

 その上、自身に向けられるであろう物理的な力にしてもサツキヒメに憑かれている以上、絡んできた相手が悲惨な目に遭う未来しか想像出来ない以上、精神衛生上非常によろしくない。


「で? “蛇憑き”って結局どういうものなんだ?」

「んと。“蛇憑き”っていっても、文字通り蛇とかの動物霊に憑かれている状態から、得体の知れないモノに祟られている状態と色々あってね。共通する事は大体、異性にモテる、やけに金運が良くなる、物事、特にお酒や卵に執着するようになる、陰鬱とした雰囲気を纏う、腹痛や肩こりに襲われるようになるって所かな? 体に鱗ができる事もあるけど、その神威は基本的に、有名所の狐狗狸コックリよりも強力なの」

「へぇ」

「んで、今回の依頼なんだけど。ここは元々、“蛇憑き”の村なのよ」

「“蛇憑き”の、村? 村の人全員が“憑きもの筋”なのか?」

「ううん。正確には、蛇霊の神威がこの土地に言祝ぎ(ことほぎ)をもたらしていたのね」

「ことほぎ?」

「祝福、っていうのかな? 和魂ニギタマって言うんだけど、良い形の神威が土地とそこに住む人々に降り注いでいる状態ね。わかる?」


 問われ、宗太はむっと考え込んだ。

 和魂、荒魂アラタマという言葉は一応知ってはいる。

 たしか、和魂は穏やかな神様、荒魂は荒ぶる神様だったはずだと拙く記憶を掘り起こし、一つ頷く。


「何となく、だけど。さっき言ってた、金運が上がったり、モテたりする効果だけが現れるって事なんだよな?」

「おっけ、その認識でいいよ。で、この蛇霊なんだけど。何かキッカケがあって、荒御霊アラミタマに変じて、悪い形の神威が降り注ぐようになったわけ」

「悪い形っていうと、腹痛とか肩こりってやつ?」

「そ。蛇霊に限った話じゃないけどほら、神社なんかのお祭りって神様に感謝や祈願を捧げる意味合いがあるでしょ? アレって“お祀り”(オマツリ)でもあって、神威を起こす神様が荒御霊にならないようご機嫌をとって、和魂のままでいて貰う為の儀式でもあるわけなのね。勿論、この村もこれまではお祭りが行われてたはずなんだけど……」

「何が悪かったのか、荒御霊になっちゃったわけだ」

「そんなところ。色々端折って説明するなら、よくわかんないけど土地神様が怒って、村人に祟りを成している状態って感じかな」

「祟り、ねぇ……。腹痛や肩こりくらいでって思うけど」

「あ、違う違う。宗兄ぃ、勘違いしてる。この村で起きてる祟りは、原因不明の高熱とかだよ」

「高熱?」

「うん」

「インフルエンザとか、風邪とか、あと肺炎とかじゃないのか、それ」

「疑ってる人もいるけど、まず神威の影響で間違いないと思う。それも、かなりタチの悪い」

「なんでわかるんだ?」

「だって、何日も、何十日も四十度の熱を出し続けて、誰も死なないんだよ? 九十を超えたお年よりでもね。それに」

「それに?」


 不意に、沈黙が横たわる。

 余程続きを口にしにくいのか、天之麻早苗は先程までの爛漫な態度とは打って変わって、俯きもじもじとするばかりで宗太とは目を合わせようともしない。

 その様子に宗太の方も強く続きを催促できず、しばしその状態のまま二人は歩き続けた。

 やがて、目的地であるとある民家が見えた頃、意を決したように早苗が口を開いたのだが。


「それに、そんな高熱を出しているにもかかわらず、酷く、その……盛ん、なのよ」

「盛ん?」

「え、えええ、え」

「え?」

「え、えっちが」

「……は?」

「だっ、だから! えっちが盛んなのよ! へ、“蛇憑き”の神威の特徴の一つ! いくらなんでもおかしいでしょ! おじーちゃん、おばーちゃん、下はともかく上は九十才を超えたお年寄りがよ?! ビックリするくらいお盛んになってるのって、どう考えても神威でしょう?! 悪い?! もう、察してよ! 宗兄ぃの変態!」

「ごめん、ほんと、ごめんって!」


 羞恥に耳まで朱く染め、威嚇するように歯を剥き、理不尽な抗議をしてくる早苗の勢いに負けるようにして、宗太は思わず謝罪を口にしてしまった。

 確かに、そのような状況であれば年頃の女の子ではイロイロとやりづらい状況だろう。

 もしかしたらそういった理由もあって、助っ人を依頼してきたのかもしれない。

 暑く濃密な夏の日差しの下、再び気まずい空気をかき混ぜて早苗と歩く宗太がそんな事を考えた頃。


 二人はやっと神威の発生源とされる、とある民家にたどり着いたのだった。









拍手及び感想をありがとうございます。

非常に糧になりました。

やっと出張から帰って来ました…

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