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異聞・妖刀百物語  作者: 痴れ者ラボ
憑キ者奇談
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狸憑き 上




 立花宗太の恋愛観は、どちらかと言えば受け身であった。


 奥手な人物の傾向がそうであるように、宗太もまた自分から行動を起こし、恋人を作ろうとあらゆる努力をする性格ではない。

 大学やいきつけのコンビニで可愛い子を見つけては、その娘と恋人同士になったら、と妄想して一時の心の慰撫を行うのが精々である。

 一応恋人は欲しいと思うのだけの健全さはあるのだが、それ以上に悩み、決心し、告白に至るまでの苦悩とフラれた時のダメージを秤に掛けた時、日々の安寧を選んでしまう心の弱さが存在した。

 だからか宗太にとって恋人というものは、遠くしばらくは縁の無い存在だと認識して、どこか現実味のない言葉であった。

 まして、目も眩むような美少女と“そのような関係”となり、周囲から羨望どころか憎悪すら向けられる環境下に身を置こく事になろうなど、今の宗太に予想できるものであろうか。

 たとえそれが偽りの関係であるとはいえ、出来の悪い喜劇のような騒動は、そんな宗太の恋愛観を大きく変える結果となった。


 それはまだ日も昇らぬ、冬の朝。

 宗太はすっかり見慣れた幼女のような見てくれとなったサツキヒメが散らかした部屋に布団を敷き、穏やかな睡眠を貪っていた。

 朝の四時。

 しんしんと冷える部屋の中、布団の内側は心地よい人肌に温まって眠りの園からの帰還を妨げる。

 加えて、布団の中には何時の間にか潜り込んだサツキヒメも居て、人肌の心地よさも相まり宗太は決して目覚めぬ心地出逢ったことだろう。

 もっとも、目覚めれば目覚めたで、潜り込んだサツキヒメと一悶着あるのは必至なのだが。

 ――そんな、のどかなで幸せな一時、宗太の安眠は不意に終わりを迎える事となる。

 終わりを告げたのは、矢鱈大きな音がする玄関からのチャイム。


「おはようございます、宗像瑞紀です」


 いきなりガャチャリと玄関ドアが開いて土足のまま、ガッ、ゴッと音を立て部屋に上がり込んで来た人物が、ガバと宗太が寝る布団を剥ぎ取りながら最初に口にした言葉である。

 玄関のチャイムボタンを押し、家人の返事を待ち、挨拶をしてから家の中へ招き入れて貰うというのが一般的なプロセスなのだろうが、それを無視するのは常識を持ち合わせてはいないわけではなく、彼女なりの嫌がらせなのは間違いない。

 これから学校へ行くつもりなのだろう。

 畳の上で学校指定であろうローファーを履いたまま仁王立ちをする宗像瑞紀は、制服姿で大きなバッグを抱え、やや短めのスカートから伸びる足が相変わらず寒々と白く見える。


「……やぁ、みずきたん。おはよう。ウチに来るのは二週間ぶりくらいか? ……一応教えとくけど、挨拶はいきなり家の中に土足で入ってきてからするものじゃないぞ? あと、時間を考えろよ、クソったれ」

「何を水くさい。私と立花様の仲ではないですか。ああ、気持ち悪い」

「少なくとも、親しい間柄なら大丈夫な訪問の仕方じゃないな。それと、どさくさ紛れに気持ち悪いとか言うの、辞めてくれない?」

「みずきたん、という呼称を辞めていただけるなら検討しておきましょう。そんな事より、立花様の方も玄関に鍵位かけて置いた方がいいですよ?」

「……そうだな。いきなり土足で上がってくる女子高生の無法者がいる位だし、最近の世の中は何かと物騒だ」

「そうですよ。今の世の中どこに“目”があるのかわかりませんし。小さな女の子と同衾している上、一緒に寝ているとか変態ポイント、高いです。その上女子高生を土足のまま部屋に連れ込んでいる所を見られては、流石の立花様も刑務所で“難行”に挑むしかなくなりかねません」

「俺が裁判で負ける事は決まってるのか……って、おわ! サツキヒメ?!」

「うう、む……そうた、寒い」

「こ、こら! くっつくな!」

「よいではないか、よいではないか……。ここもこう、固くして喜んでおる」

「やっ、やめ――いや、違うんだ! 宗像、これは……」

「世知辛い世の中ですからねぇ。――十分待ちますから、さっさと済ませて用意してください。“傾国”のケースはありますね? 私、外でまっていますから」


 そういって瑞紀は踵を返し、再びガッ、ゴッとローファーの音を立て玄関へと歩いて行く。

 すっかり目が醒めた宗太は慌てながらも、様々な不満や抗議も忘れて寝ぼけるサツキヒメを引きはがし、服を着替えるのであった。


 新たな“難行”に挑むにしては、最悪と評しても良い朝である。



 宗像瑞紀の通う三門みかど女子高等学校は、県下でも有名な由緒ある高校である。


 今年で創立九十周年を迎える歴史があり、受験偏差値も高く、県内おろか県外からも優秀で家柄も良い生徒が集まる所謂お嬢様校だ。

 基本的には全寮制で、毎朝寮から学校まで規則正しく列を為し優雅に登校する女生徒達の姿は、近隣では朝の風物詩として有名であった。

 一方、特に優秀な生徒や特別な事情がある生徒については自宅などからの通学を認められており、そういった生徒の通学風景は寮から通う生徒達よりも更に目を引く事で有名でもある。

 わかりやすい所で例えれば、リムジンで送迎される地元有力国会議員の娘であったり。

 または、ベンツから厳ついSPと共に降りて来る、大企業の創業者一族の娘であったり。

 そこまでは行かなくとも、毎朝ハイヤーで登校する生徒や家付きの使用人らしき者が運転する高級車で学校に通う生徒の姿は、三門女子高等学校の格式を雄弁に語る光景であるのかもしれない。


 宗像瑞紀の登校風景はどうか。

 彼女は元々近くはない実家から徒歩で通っていた生徒であり、容姿はともかくとして登校方法としては特に目立つものではなかった。

 が、しかし。

 学校内での人気がそうさせるのか、家から学校までの通学路上において常に彼女を先頭とした車の渋滞が発生していたのである。

 というのも、毎朝様々な車で登校する生徒の殆どが彼女とすれ違う時、一旦車を横付けして朝の挨拶と同乗を誘って行く為だからだ。

 その為至って“普通”の登校方法を採っている宗像瑞紀であるが、その実三門女子高等学校の中で最も人目を引く登校風景を生み出していると評されるであろう。


「……なぁ」

「後にしてください」


 そんな宗像瑞紀の登校風景に、異変が起きていた。

 ある冬の朝での事。


「ごきげんよ……う? 宗像様」

「――あ、違います、こちらのことで。改めて、ごきげんよう、斉藤さん」

「あの……そちらの殿方……は?」

「親戚です」

「親戚、ですか」

「ええ。朝練に参加して貰うんです」

「……立花と、もうします」

「え、あ、う、あ。斉藤です。どうぞ、よろしくお願いします」

「……こちらこそ」

「あ、あの……宗像様?」

「後、つかえていますよ? 斉藤さん」

「――あ。申し訳ございません、宗像様、立花様。また、後ほど……」

「ええ、また後ほど」


 瑞紀の会釈を合図に、斉藤さんは困惑の表情を浮かべたまま、せり上がってくるスモークガラスの向こう側に消えていった。

 やがて瑞紀の歩くスピードに合わせていた斉藤さんが乗る黒塗りの高級車はスピードを上げて去って行き、その後に居た今度は白い塗装が為された高級車が瑞紀の隣をゆっくりと徐行し始める。

 同時にうぃーんと僅かな音を立てて後部座席のスモークガラスがせり下がり、上品な顔立ちの少女が顔を出して、しかし先程の斉藤さんと同じ表情を浮かべるのであった。


「ごきげんよ……う? 宗像様」

「ごきげんよう、吉野さん」

「あの……そちらの殿方……は?」

「親戚です」

「親戚、ですか」

「ええ。朝練に参加して貰うんです」

「……立花と、もうします」

「えっと、あの、う……。吉野です。どうぞ、よろしくお願いします」

「……こちらこそ」

「あ、あの……宗像様?」

「後、つかえていますよ? 吉野さん」

「――あ。申し訳ございません、宗像様、立花様。また、後ほど……」

「ええ、また後ほど」


 瑞紀の会釈を合図に、吉野さんは困惑の表情を浮かべたまま、せり上がってくるスモークガラスの向こう側に消えていった。

 やがて瑞紀の歩くスピードに合わせていた吉野さんが乗る白い高級車はスピードを上げて去って行き、その後に居た今度も白い塗装が為された高級車が瑞紀の隣をゆっくりと徐行し始める。

 同時にうぃーんと僅かな音を立てて後部座席のスモークガラスがせり下がり……


「おい」

「――ごきげんよう、月形さん」

「おいって」

「――親戚です」

「なんだよ、これ。なんなんだよ、これ。いつまで続くんだよ、これ」

「ええ。朝練に参加して貰うんです」

「おいって――あ、その……立花と、もうします」

「えっと、あの、う……。月形です。どうぞ、よろしくお願いします」

「……こちらこそ」

「あ、あの……宗像様?」

「後、つかえていますよ? 月形さん」

「――あ。申し訳ございません、宗像様、立花様。また、後ほど……」

「ええ、また後ほど」


 宗像瑞紀の台詞は既に十回以上は繰り返されている。

 ほぼ一言一句変えずに使用出来ているのは、宗太への第一印象が皆同じであるからなのかもしれない。

 やがて瑞紀の会釈を合図に、月形さんは困惑の表情を浮かべたまま、せり上がってくるスモークガラスの向こう側に消えていった。

 瑞紀の歩くスピードに合わせていた月形さんが乗る白い高級車は、スピードを上げて去って行く。

 そこが渋滞の最後尾であったらしい。

 終わりの見えない宗太と瑞紀の“朝の挨拶”は、やっと途切れたのであった。


「……立花様。知らないのかも知れませんが、他人との会話中に割り込んで声を掛けるのはあまり感心できる行為ではありませんよ?」

「……悪いな。みずきたんには日常なのかも知れないけど、俺には何が起きているのか理解出来なかったもんで」

「気持ち悪い。辞めてくださいって言ってるじゃないですか、その呼び方。気持ち悪い」

「うっせ。ならせめて、最低限の説明位しろよ」

「それとこれとでは話は違うでしょう? 他人が嫌がることをするなんて、最低だと思います」

「……朝の四時にいきなり土足のまま上がりこんできて、『丁度良い“難行”があるので、今から一緒に来て下さい』と言い残し、玄関ドアを開けたまま部屋の外で待つ奴のいう台詞とは思えんな、それ」

「仕方無いでしょう。始発の電車に乗らないと朝練には間に合わないんですから」

「そういう問題じゃないだろ。せめて前の晩とかに言えば早起き位――じゃない! そこじゃなくてだな!」

「どこでしょうか?」

「何から何まで、全部だ!」


 その日、はじめて宗太はうがと歯を剥き、隣を歩く宗像瑞紀に感情をぶつけた。

 前回の“鎌鼬”の一件より、彼女が自分の為を想い“難行”についてあれやこれやと世話を焼いてくれている事は、理解している宗太である。

 また、彼女が通う高校が如何に学業のレベルが高く、生半な努力では授業についていく事すら大変である事も知って居た宗太であった。

 住居を変更してまで自分の身を案じてくれている事は言わずもがな、必要とあらば“難行”に関わる金銭的な援助も辞さない姿を前にして、少々の不満など口にする事すら憚られると宗太は考えていた。

 だからこそ。

 早朝の非常識な訪問には愚痴の一つ、二つで出迎えるにとどめて、多くの疑問は封じ込めて、瑞紀の言う通りにした。

 講義があるにも関わらず大学を休み、始発電車に揺られ、道中気怠げな瑞紀に遠慮して“難行”の中身についての質問を後回しにもした。

 『寒いから嫌』と言い残し、姿を消した小さなサツキヒメを恨めしく思いながらも、寒風吹く中黙って三十分以上も瑞紀の後をついて歩いたのである、が。

 しかし宗太は彼女が単に学校へと登校しているだけだと悟り、度を超えた登校風景を目の当たりにし、まるで珍獣でも出くわしたかのような“お嬢様方”の態度に不快感を膨らませて、行き場のない苛立ちをつい、溢れさせてしまったのだった。


「……失礼しました。そういえば“難行”について、何もご説明していませんでしたね」

「いや。“難行”もまあ、説明して欲しくはあるけどその前にだな」

「はい?」

「お前、ただ学校に登校しているだけ、なんだよな?」

「ええ。しかし、今回の“難行”の地も――」

「ああ、いい。そのあたりは理解している。今回の“難行”はお前の学校か、その近所でやるんだろ?」

「ええ」

「じゃ、なくて。そうじゃなくて。そこよりも、説明して欲しい事が、な?」

「はい?」

「まず、アレはなんだ?」

「アレ、とは?」

「なんで高級車が列を成して乗ってるお嬢様っぽいのが、お前に挨拶していくんだ? ……最初の子の金髪縦ロールな髪型なんて、俺初めて見たぞ」

「――気にしないで下さい。この道、学校関係者しか使わないんで渋滞しても大丈夫なんですよ」

「いや、だから。そういうことじゃなくて。なんで、車で学校に行くようなお嬢様が、お前に、列を作ってまで挨拶していくんだって事。おーけー?」


 宗太の丁寧な質問の仕方に、やっと意図が瑞紀に伝わったらしい。

 驚いた事に宗像瑞紀はこれまでも真面目に回答していたらしく、質問に細い指を口元にあてううむ、と考えはじめた。

 そうかと思えばすぐに顔を上げて、至って真剣な面持ちで横を歩く宗太の方を向き、ふっと表情を曇らせたのである。


「……自分で言うのもなんですけれど、私、学校じゃ“ある趣味”を持つ人達から見て、人気があるからだと思います」

「お、おう……まあ、否定はしないけど、な?」

「ウチ、女子校ですから。私みたいに武道をやってる女子って、“需要”があるらしくて」

「……あ、ああ、需要、ね」

「ボーイッシュとは違うんですけどね。ネコとタチとか、知ってます? まぁ、私はそういう趣味じゃないんですけれど、とどのつまりは男性の立ち位置の代わりを務められそうな、オンナノコの需要が――立花様?」

「いや、いい。なんかその、悪かった。お前も大変なんだな」

「いえ」


 徐に手を瑞紀の顔の前に翳して説明を遮った宗太は、疲れたように謝罪した。

 今度もその意図は正確に伝わったらしい。

 瑞紀は求められた説明を理不尽にも強制停止された格好となったが、嫌みを言うでもなくアッサリと口を閉じた。

 再び前を向いた表情は曇ったままである所、彼女の心情がうかがい知れる。

 それから気まずい間が、二人の間に横たわる。


「……さっきの子達、あれ全部“そう”なの?」

「はい、まぁ、全部が全部、というわけでも無いと思いますが。先程の月形さんなどはガチと言う事で校内でも有名ですね」

「マジか」

「基本、車で通っている“お嬢様方”レベルの生徒ともなると、取り巻きの生徒も居るのですが、月形さんの所はみんな彼女に“食べられている”という話です」

「食べ……って、殆どの生徒は寮から通ってるんだろ? さすがにそれは……なあ?」

「そのあたり、いくらでも方法はあると思いますよ? 例えば気に入ったコをお泊まり勉強会と称して何人か、あの大きなリムジンに乗せての帰路。月形さんのご自宅。次の日の朝、登校中の車内。機会は作ろうとすればいくらでも作れます」

「車内はさすがに盛ってるだろ、車内は。運転手とかいんだろうが」

「取り巻きの子が話しているのを聞いたことがありますが、運転席側と後部座席側は仕切りが上下する、防音密室タイプらしいです、アレ」

「……月形さん、ご実家は暴力団かなんかなのか?」

「まさか。“普通に”大層な資産家ですよ。ご商売は東京を拠点にしているようですけど。アレくらいになると、車内で密談をする事も多いようで、そのお下がりだそうです。勿論、防犯的な意味合いであの車を使用しているんだとか」

「それでも、百歩譲って車内はいいとして、登校中はありえんだろ」

「……以前、挨拶をしていただいた時の事です」

「ん?」

「窓の向こうから覗く月形さんの更に向こう、暗いリムジンの車内が見えた事がありました。その日は月形さんも“お疲れ”だったのでしょう。窓もいつもよりすこし大きく開いていました」

「まさか……」

「ええ、見えたんです。半裸の取り巻きの方が二人ほど。彼女らも死角に移動していたつもりでしょうが、私も“赤目”なんで視覚や嗅覚は鋭いですからね。混じり合った体臭とかも、それはもう、生々しく」

「Oh……」

「月形さんもその時の私の様子から何か感じ取ったのか、以降“そういう日”は見せつけるように窓を開けてきて――

「いや、いい。もういい。なんかその、悪かった。お前も大変なんだな」

「……いえ」


 先程と同じ台詞を口にして宗太は表情を引きつらせた。

 あえてもう一度、どこか気まずい話題に触れる事によってお互い気持ちを仕切り直し、そこからさりげなく話題を変えるつもりであったのだが。

 わかってつついた藪から蛇どころか虎が飛び出してしまい、更に気まずい心地となってしまった格好の宗太である。

 瑞紀の歩調で進む通学路、校門はまだ見えない。

 流石に瑞紀とは打ち解けているとは言え、しかし友人や恋人とはちがう関係性から、宗太は雑談をしようにもどう接したら良いか今更ながらにわからない事に気が付いた。

 ついでに、宗像瑞紀が住まう世界は自分が住むソレとは、まったく違う事にも。

 このままでは間が持たない。

 宗太はそう判断し、瑞紀を相手に唯一鉄板とも言える話題に触れる事にした。


「ところでさ。今回の“難行”ってどんなのなんだ?」

「私、剣道部なんです」

「ん?」

「とはいっても、正式な部員とかじゃなくて。練習に参加するだけの身分といいますか……」


 一見、会話が成り立っていない瑞紀の言である。

 悪意の有無は別として、普段から宗太には辛辣な態度を取ることが多い瑞紀だ。

 しかし彼女が“難行”については真摯な姿勢を取ることを良く知る宗太は、これを必要な会話だと判断し、付き合う事にした。


「試合には出ない、練習生みたいなものか」

「そんな感じです。“赤目”の剣とは勿論違いますが、学校でも素振りや稽古の相手が居るというのは何かと便利ですので」

「え?! 剣道部にお前の相手が勤まるようなスゴイのがいるの?!」

「居るわけないじゃないですか。一人で素振りをずっとやるよりかはいくらかマシですから、相手をお願いすることもある程度です」

「うわぁ……」

「……言っておきますけど、木刀で打ち合ったり、“赤目”を使ったり、まして相手の骨をヘシ折って怪我をさせるような死合はしていませんから」

「だよな、うん。流石に竹刀だよな」

「立花様。もしかして、私の事を頭のおかしい剣鬼かなにかと勘違いしていませんか?」

「マサカ」

「ですよね。良い機会です。今日の朝練で、相手をしてください。その誤解を粉砕して差し上げます」

「……粉砕って骨折る気マンマンじゃねぇか。やめてくれ、俺まだ手の甲完治してねぇんだぞ」

「手の甲ですね、わかりました」

「狙う気だ! ぜってー狙う気だコイツ!」

「冗談ですよ、冗談。マジメな話、どの道必要な事ですし。そうでもしないと、朝練に参加するのは不自然ですから」

「……そういや、そんな事をさっき言ってたな」

「ウチの高校は、生徒の親族でない付き添いや関係者が出入りする事が多いですからね。だからか、部活動用の施設は学校の敷地外にあるんですよ」

「へぇ」

「剣道部が使う道場もそうなんです。校内は流石に部外者の立ち入りは禁止されていますが、こちらは“理由”があれば立ち入りは許可されます」

「って事は、“難行”はその剣道場でやんのか?」

「……多分。今回もとある憑きもの筋に関わる“難行”なんですが、相手の氏素性や事情は把握できておりますので、まず荒事にはならないと思います。詳しい事は本人から直接聞いて下さい」

「直接って……お前、内容知らないのかよ」

「いえ、大体は把握しています。ですが一応学校じゃ私、憑きもの筋って事は秘密にしているんですよ」

「……まあ、色々と偏見とかありそうだもんな」

「名家に連なる方々も多いですからね。その辺り気を付けてないと、噂なんてすぐに広まりますから」


 瑞紀がそこまで説明したところで、やっと校門が視界に入ってきた。

 彼女が言うには、剣道場は校門を過ぎてすこし歩いたところにもう一つ、入り口があるのだとか。

 いずれにせよ目的地はすぐそこで、視界には寮から登校してきているのだろう、他の部活の朝練の為か女生徒の姿がチラホラと見えてくる。


「そろそろこの話題は止しときましょうか」

「わかった。あんま、他人に聞かされる話でもないだろうしな」

「理解いただけているようで、助かります。あとはそれとなく誘導しますので、適当に相槌を打って下さい」

「わかった。――いっこ、いいか?」

「何でしょう?」

「今回、何の憑きもの筋なんだ?」


 宗太の質問に、宗像瑞紀の形の良い左眉がぴくり、と上がった。

 彼女には珍しく、肝心な所を失念していたらしい。

 必要な事とはいえ、宗太と親戚と称し学校へ連れてくる事に対しての緊張もあったからなのかも知れない。

 やがて瑞紀は周囲に気を使いながらだからか、ポソリと簡潔に憑きものの名を口にした。


「コックリさんの“リ”、狸です」





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