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異聞・妖刀百物語  作者: 痴れ者ラボ
怪談長屋騒動記
53/76

高女ノ二.送り後家




 冬の月は冷たく、しかし清廉とした気高さをもって浮き世を照らし出す。


 夜四つは半時(二十三時頃)の鐘が江戸の夜に鳴り響いた時、永代橋にあった二つの影は唐突に一つとなった。


「……梅吉、殿?」

「すまん、もうすこし……いや、そうでなく、ほんの少しだけでいいから肩を抱いてはくれねぇか? ――後生だよ、旦那」


 突如陣衛門の胸に倒れ込んだ辰巳芸者・梅吉は、言葉尻を震わせてそう呟いた。

 果たして陣衛門は僅かな逡巡の後、そっと羽織の上からもわかる小さな肩を言われるがまま抱いてやるのである。

 月光は五代将軍・綱吉公が天命知命の祝いに掛けた永代橋と二人に降り注ぎ、その下の大川(隅田川)の水面に映し出され何とも言えぬ情緒を醸し出していた。

 あるいは、そんな風雅な状況がさばけた気風のよさを売りとする辰巳芸者を只の女に戻してしまったのかもしれない。

 梅吉は懇願の言を口にして、堰が切れてしまったのだろう。

 今更恐怖からか、それとも溜まっていた物が吹き出たのか、陣衛門の腕の中で寒さでなく怯えたように両の肩を震わせ続けて居た。

 一方、困ったのは陣衛門である。


 ――よりにもよって“橋”の上で、か。

 これは……ううむ、タキにばれたな。

 心中でそうごちながら、浮かぶ苦笑いは奥歯でかみ潰す陣衛門。

 思う“これ”とは、永代橋の上でつい、女芸者を腕の中に納めた事。

 時刻を思えばその姿を誰かに見られた可能性は少なかったし、もし見られて居ようとも日本橋界隈で噂となりタキの耳に入る可能性は先ずありえぬと断じることが出来る状況だ。

 勿論、これにはこれで理由もあるからして、陣衛門にしてみれば十分“言い訳”が立つ状況である。

 陣衛門が妻・タキも無論それは十分承知であるが、ただ、この時は“場所”が不味かった。


 ――つまりは。

 梅吉が陣衛門の胸に飛び込んだのが、“橋”の上であること。

 その“橋”の上で陣衛門が他の女に僅かでも優しさを見せたこと。

 余人には理解出来ぬ事であれど、それはタキを激怒させるに十分であると陣衛門は理解していたのである。

 恐らくはこれこそがタキの言っていた“女難”なのだろう。

 そんな陣衛門の後ろめたさをとうとう腕の内で感じ取ったのか、梅吉は突如すっと身を引いた。


「すみませんね、立花様。芸妓の身を預かるのがそんなにお嫌でしたかい?」


 媚びず、男のように低く発した女の声。

 ともすれば大店の若旦那よりも凛々しい物言いは、さぞ彼女が人気の辰巳芸者(態度・言葉が男勝りである事を売りとする芸妓。春は売らない)であると誰もが聴いて取れるだろう。

 同時に、陣衛門に残る女の香は確かに彼女の男言葉を否定して、故にか、えもいわれぬ心地を男に抱かせる妙香となりうるのだった。

 が、果たして、その香は妖婦の夫にどれ程通用するのか。


「嫌、と言えば角も立つがそうでなくてな」

「……ああ、もしかしてお嫁さんが居るんで?」

「うむ、そうなのだがそういう事でなくて……いや。気にするな」


 月明かりに見える精悍な、変わらぬ表情と素っ気ない答えは、男物の羽織を着た梅吉を少なからず落胆させた。

 梅吉自身、深川界隈ではそれなりに評判の辰巳芸者であると自負していたし、実際そうでもあったのだが。

 深川の木場で細々と商いをしていた夫に先立たれ、唯一残された小さな船宿を切り盛りしながら芸妓を磨き、最近では“送り後家”などと根も葉もない悪評を立てられるほど誰かの嫉妬を集める彼女だったのだが、目の前の朴念仁の侍にはその価値がわからないようである。

 そんな陣衛門に、否、陣衛門の心を不動にしているであろう彼の妻に、梅吉は軽い嫉妬を覚えつつもおくびにも出さず、評判の辰巳芸者・梅吉として先程捨てた筈の面を拾わせるのだった。


「はは、立花様。奥方様の怒りが怖いと、そのお顔にかいてありやすよ」

「ふむ? ……うん。否定はできぬ、か。だが同時に安堵もある」

「へぇ、随分と余裕のあることで。こいつは、あっしの思い過ごしでしたかね。あいや、立花様は亭主関白ってやつですかい? 一見、優男にみえやすけどねぇ」

「いや。俺も女房が怖い口さ」

「はは、旦那……すいやせん、職業柄、つい。ここはお座敷じゃあなかったですね」

「禄もはまぬ浪人だ。旦那でかまわんよ」

「そうですかい? じゃあ旦那。悋気(嫉妬心)を起こせど表に出さぬが江戸っ子ってもんですよ。ちょいと位なら奥方様も怒りゃしませんよ」

「生憎、俺も女房も江戸の生まれ出なくてな。つい最近、人を探して出て来たばかりなのだ」

「へぇ。そうでしたかい。こりゃ、ますますあっしも運がいい」

「運がいい?」

「だってそうでしょう? 徳丸一家の奴らにかどわかされたあっしを偶々こんな時刻に通りかかった旦那が助けてくれるだけでも運が良いといえるのに、その旦那は偶々、江戸に出て来ていたばかりってんだから」


 梅吉はそう言ってニヤリとして見せた。

 流石は辰巳芸者と言うべきか、月明かりに照らし出されるその笑みは男勝りで中々様になっている。

 対する陣衛門はむ、と言葉を飲み、確かに言われてみればこれも縁であるのかもしれぬと思わず納得をしてしまっていた。

 その態度に梅吉は気を良くしたらしい。

 改めて襟元を直しながら、陣衛門にふと湧いた疑問をぶつけてみるのであった。


「所で旦那。助けて貰った口でお尋ねしてよいのかわかりやせんが、どうしてこんな夜中にウロついていたんです?」

「理由は言えぬ」

「……まさか辻斬る相手を物色、って訳じゃあ無さそうですが」

「はは、武蔵坊じゃあるまいし、やるならこんな橋の上ではせぬよ」

「かといって同心、というわけでもありやせんね」

「うむ。俺が同心ならばもう少しマシな着物を着るだろうからな」

「ですが、深川の船宿に遊びに行くには遅すぎる時刻ですし……まぁ、八丁堀の木戸を潜って来たなら悪党じゃないでしょうけども」

(※八丁堀には町奉行所に務める与力や同心の官舎があった)

「いや、それで正解だ」

「え?! 旦那は悪党だったんですかい?!」

「違う。俺はこれから深川の船宿に向かう所だったのだ」

「あ――」


 思わずやった早とちりに梅吉は知らず頬を染める。

 月光が降り注ぐ永代橋の上であるが、その朱を陣衛門は見て取れたのか、そうでないのか、苦笑いを浮かべ応えた。

 梅吉は陣衛門の反応に益々恥ずかしくなってしまい、半ば誤魔化すように会話を回す事にした。


「そ、そうでやしたか。いや、失礼しやした」

「悪党、といえば俺も悪党かもしれぬがな」

「まさか。悪党が拐かしにあった女を助ける訳ないじゃありやせんか。旦那は間違いなく善人ですよ」

「おだてても何も出ぬぞ。見ての通り、座敷に梅吉殿のような芸妓を呼ぶ金など持ち合わせてはいない」

「ふふ、旦那なら只でいいですよ。何時でも呼んでおくんなさい。喜んで三味線片手に相手しますぜ。なんだったら、これからあっしの店に来てくれたっていいんだから」

「いや。船宿には遊びに繰り出すのではなく、人と待ち合わせをする為だ」

「待ち合わせ? こんな時刻に?」

「まあ、な」


 言葉を濁す陣衛門の声色に、僅かながら後悔が混じる。

 芸者と話した事自体あまり無かった為か、つい言うつもりの無かった事が口から滑り出したからだ。

 ――否、この場合は流石は芸妓の話術、と言う事かもしれぬ。

 陣衛門は心中で苦笑いを自身に向け、口の端を結び刹那に己を制した。

 無論、僅かに乱れた思考を御して落ち着かせる為である。

 また、梅吉も陣衛門の心中を察してか、あえてそれ以上は疑問を口に出したりはしなかった。


「……そうでしたか。いや、根掘り葉掘りすいやせん」

「気にするな。それより、送って行こう」

「いいのですか?」

「物騒な江戸の夜に女一人歩かせる訳にもいくまい。それに、先にも言ったが俺はこれから深川のとある船宿に用があるのだ。ついでだよ」

「ありがとうございやす。ですが、ついでだなんて言わず、用が終わったらうちの船宿にも足を運んでくださいやし。お礼をさせていただきやす」

「そうか。だが、暫くは寄れそうに無いぞ」

「あら、残念。――ああ、そうだ。だったら旦那が用があるって言う船宿を教えて差し上げましょうか? あっしだって深川芸者ですしね、深川の船宿なら知らねぇ所はありやせん。旦那は江戸には出て来たばかりなんでしょう?」

「む、それは助かる。丁度木戸番に通して貰う時、事情を話して場所を教えてもらうつもりであった」

「はは、水くさいですねぇ旦那。それくらい、あっしに聞いてくださいよ。で、旦那が用があるって店の名はなんです?」

「『えぼしや』という船宿だ」

「『えぼしや』――ですかい?」


 先程とは違い、今度は月下にあってわかる程さっと梅吉の顔色が変わった。

 目を開き驚いたような、怒ったような、戸惑ったような表情は徐々に柔らかくなってゆく。

 それから唐突に、梅吉は腹を押さえくくくと笑い初めてしまった。


「くく、ふふふ、す、すいやせん」

「……どうしたというのだ? 俺にはなぜ笑われているのか、検討もつかぬが」

「いや、これが笑わずにいられますか。あ、いや、旦那を莫迦にしているわけじゃあありやせんよ?」

「では、どういった理由で笑うのだ?」

「いえね、今夜のあっしはほんと、“ついて”いるって事ですよ。『えぼしや』ってのは、あっしの店なんです」


 今度は陣衛門が目を丸くする番となった。

 縁とは実に奇妙なものである。

 否、この場合は先程感じた“女難”が更に降りかかる前兆なのかもしれない。


 陣衛門はどうも妙な事になったと頭を掻きながら、長屋で待つタキを後日にどう宥めるか思案に更けて、深川へ向け永代橋を渡るのであった。



 高原藩主が一人娘、鶴姫の度重なる襲撃については、とある噂話がまことしやかに囁かれていた。


 噂話とは、未だ子に恵まれぬ藩主・松井上善の正室である芳のよしのかたこそが、鶴姫襲撃の黒幕であるというものだ。

 高原藩に嫁いで早十と五年になる芳の方は非常に気位が高く、良くも悪くも武家の女と言えるような女性にょしょうであった。

 だからか正室として高原藩に嫁いだ彼女は己の役目を誰よりも厳しく理解しており、一向に恵まれぬ子宝についての焦りは相当なものであったのだろう。

 嫁いでより一年、二年と経つ内にその心の在り様は彼女の生活にもよく現れて、何時しか奥女中おろか松井家の家中では誰もが知る所となったのである。

 子宝に恵まれやすくなるという触れ込みの食物があらば、遥か西国おろか出島を通じて異国より寄り寄せ、安産に効くとされる神社仏閣へ積極的に足を運び、果ては針、灸、漢方を試し、最近では妖しげなまじないすら手を出しているのだとか。

 こと、松井上善の溺愛する鶴姫が歳を重ね婿を取れる年齢に達した昨今、縁組の話でも持ち上がろう物ならば“男子の世継ぎ”を一度も生めなかった正室の立場はどうなるか。

 実際松井家家中では鶴姫には早々に婿を取って貰うべきであるという意見も散見されて、それらが芳の方の耳に入らぬ道理はなかったのだ。

 ただ、藩主・松井上善とて家を第一としながらも、人の心がわからぬ男であるわけでもない。

 正室・芳の方の心情を慮ってか、これまで鶴姫の周囲ではそういった話が具体的な形となった事は全くなかった。


 しかし、だからといって芳の方の心が慰撫されていたかというと、それはそれで別の話でもある。

 その心中は武家に身を置く者ならば誰もが容易に理解出来、また誰も理解出来ぬ闇を孕む。

 幾度目の襲撃の後であろうか、“噂”は瞬く間に家中に広まったのは正にその闇を計れぬが故と言えよう。

 曰く『芳の方が最近入れ込んでいる法師の類が子宝に恵まれぬのは鶴姫が居るからだ、と入れ知恵して、追い詰められた芳の方が妖術師を雇い、鶴姫を亡き者にしようとしている』というものだ。

 無論、この噂は鵜呑みに出来るような類のものでは無い。

 かといって、一笑に伏せるには些か躊躇われるような人物が芳の方の元に出入りしているのを、江戸屋敷に詰める者は誰もが知っていたのだった。


「まて」


 夜四つは半時(二十三時頃)の鐘が鳴る少し前。

 八丁堀を抜け永代橋を渡っていた陣衛門は、すれ違った駕籠を制止していた。

 与力・斉藤真之介を通じて“仕事”を請け負い、前述のような“前振り”とされる噂話を話を持って来た同心・宇喜田宗虎から一善茶屋で聞かされて、三日後の夜である。

 タキの状態からすぐにでも仕事に取りかかりたかった陣衛門であったが、その後宇喜田はタキの怒りに当てられたのか、原因不明の高熱にうなされ寝込んでしまったのが三日前の事。

 困った陣衛門は結局は与力・斉藤真之介の元へ出向き、宇喜田の事を説明すると共に高原藩への“渡り”となる人物の紹介を依頼して、顔合わせに指定されたのが『えぼしや』であった。

 この夜も陣衛門が永代橋を深川へ歩いて居たのは、相手方の指示が『えぼしや』で一泊し、偶然を装って朝に宿内で言葉を交わす取り決めであったからだ

 ――もっとも、ここまで刻限が遅くなってしまったのは、タキが名残惜しみ執拗に引き留めたからなのだが。


 ともかく、本来ならば急いで『えぼしや』に向かうべき所、陣衛門は突如として足を止め駕籠を呼び止めたのである

 駕籠は宿駕籠で時刻を考えれば少々珍しくもあったが、大概の者には呼び止める理由など見当たらないだろう。

 が、立花陣衛門には呼び止めるには十二分の理由があったらしい。

 果たして、駕籠を担ぐ駕籠かきの足はは陣衛門の制止に応じ永代橋の上でぴたりと停まった。

 側には同心・宇喜田宗虎の姿は見えず、陣衛門ただ一人。

 一方、駕籠の方はと言うと二人の駕籠かきの他、遅い時刻である為か駕籠に乗る人物を守るかのように屈強そうな男が四人。

 よく見れば駕籠かきを含めた六人はひょっとこの面をしているという出で立ちで、なんとも言えぬ異様さを湛えている。


「その駕籠に乗った者をどうするつもりだ?」


 陣衛門は男達の方を見もせず、深川の方を向いたままそう言った。

 内容は言いがかりと言われても仕方無いほど、断定的であり一方的だ。

 しかも陣衛門は同心であるでもなく、その物言いは彼には珍しく挑発的でもあった。

 男達はどうか。

 皆一様に面をした顔だけを陣衛門の方へ向け、強い問いかけに怒るでも困惑するでもなく、感情の見えぬ視線を投げかけてくるのみ。

 永代橋の上はまるで時が停まったかのようであったが、かろうじて足下を流れる大川の水音と駕籠の中から僅かに漏れ出る女のうめき声が、冷たい外気をかきまぜた。


「悪い事は言わん。駕籠を置いて去ぬるがいい」


 静かにそう言うや、陣衛門は腰に差した“傾国”の鯉口を切った。

 面の男達から向けられる敵意が明確な殺意と変わり、素早く懐から匕首を取り出すの察したからだ。

 同時に、鞘から走った銀閃は真横に、縦に、袈裟に弧を描いて結界の如く襲いかかって来た男達を退ける。

 月光に煌めいた斬撃は三つ。

 しかし白刃は既に半分程、残心する鞘に納められつつあった。

 それから、こん、という音と共に六人の男達全員の面が割れて地に落ちる。

 ――全ては刹那の中、彼らは未だ、懐で握った匕首を抜いてすらいない。


「な、て、てめぇ……」

「次は面でなく腕を斬り落とす」

「あ、兄貴! こいつは……」

「身逃してやる。駕籠の中身をここへ置き、駕籠だけを持って行けばこの先の八丁堀の町木戸を潜るに何かと言い訳もし易かろう」


 そう言いながらも陣衛門は“傾国”を鞘に納め、しかし鯉口を切ったままの柄の頭は男達に向けられていた。

 佇まいは自然体で殺気も敵意も発せられていなかったが、男達は悲鳴を上げ、言われた通りに手足を縛り駕籠に乗せていた女を永代橋の上に放り出して一目散に走り去ったのである。

 陣衛門は柄の頭を押して完全に納刀しながらそんな彼らをしばし見送った後、徐に乱暴に駕籠から放り出された女の方へ近寄り、縛られた手足と猿ぐつわを外してやった。


「大丈夫か?」


 へたり込み肩で息をする女に言葉をかけると、女はビクリとして陣衛門の顔を見て、状況もわからぬままコクリと頷く。

 それから女は、陣衛門の手を借りて立ち上がり、乱れた着物と羽織を直して初めて簡単な礼と己の名を口にした。


「梅吉、とはまた女性にしてはおかしな名であるな」

「あっしは辰巳芸者なんだ」

「辰巳――ああ、深川界隈の」

「ああ。本名は別にあるんだが――いや、それよりも、お侍様のお名前を聞いても?」

「俺か? 俺は立花陣衛門と申す」

「立花様、ですか。重ねて危ない所をありがとうございました。もし助けていただけてなかったら、あっしは……」


 言葉を切って、梅吉と名乗った辰巳芸者は身震いをしてしまう。

 もしかしたら辿ったかも知れぬ運命を想像し、寒さも相まって怖気を感じたのだろう。

 しかし気丈にも梅吉は辰巳芸者らしく男言葉のまま、怖気をかみ殺してぺこりと頭を下げて見せた。

 その仕草はなかなか粋であり、見る者が見れば梅吉の美しさも相まって目を奪われたかも知れない。

 だが陣衛門はそんな梅吉には目もくれず、しばし足下に目を配ってあるはずのソレが消え去って居る事を確認していたのである。

 つまりは、先程斬った筈の面――男達がしていたひょっとこの面の行方を追って、“何も無い”永代橋の上を彷徨っていたのだ。

 面はすべて消え去って居た。

 斬った六つの面全て、がだ。

 ――共に怪異の気配も消えて行く、か

 そんな事を陣衛門は考えていた時、夜四つは半時の鐘が鳴る。

 同時に、不意を突かれるようにして、女が胸の中へ飛び込んで来た。


 こうして陣衛門は“女難”に遭い、気を抜いてしまった己を人知れず恥じ苦笑いを噛みつぶすのである。





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