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異聞・妖刀百物語  作者: 痴れ者ラボ
怪談長屋騒動記
52/76

高女ノ一.きんとん




 立花陣衛門が『松屋』にて絵怪を斬った夜から、数えて一月程経った頃。


 朝夕どころか日中の寒さも身を切るような季節となり、雪もちらほらと舞うようになった江戸は怪談長屋。

 すっかり怪談好きの大家・権六から『松屋』での下りを話して聞かせよとせがまれなくなった陣衛門は、特に外に出るでもなく住まう長屋の部屋に篭もる日々を送っていたのだった。


「タキ。具合はどうだ?」

「ほほ、このように旦那様に気をかけられ、良く無い訳がありますまい」

「いい。起きるな。――“喰う”か? 腹が減っているのだろう?」


 言って陣衛門は部屋の奥、枕屏風(寝具隠しや間仕切りとして使う、背の低い屏風)の向こうで寝込む妻・タキの側に座り込み、逞しいかいなを差しだした。

 タキが寝込んだのはつい三日程前の朝。

 果たして目の前に差し出された腕にタキはゆっくりと首を振り、華やかさの見る影も無い、しかしぞっとする程艶やかな微笑みを浮かべて目を細めるだけであった。


「なりませぬ。過ぎれば、旦那様もわらわも身を滅ぼしましょう」

「だが、このままではお主だけが逝く事になりかねん。それは嫌だぞ、タキ」

「うふ、あなうれしや。旦那様からそのようなお言葉を頂けるとは」

「茶化すな。良くないのであろう」

「……確かに、良くはありませぬ。ですが、不思議と腹は空いておりませぬ」

「ふぅむ。参ったな。この地は“生き馬の目を抜く”と言われるだけあるのだからと期待していたのだが……どうして、人とは違い魍魎の類は賢しく也を潜める」


 珍しく弱音のようなものを陣衛門は吐いて、差しだした手を袖の中へ仕舞い、ううむと唸った。

 その姿をタキは床に伏せったまま見上げて、何かを言おうとして口を開き、息だけを吐いて薄い唇を結んだ。

 陣衛門はその意味する所を読み取り、苦々しく笑いながら再び袖の中から腕を出して、今度はその無骨な掌を白いタキの頬へ添えて一つ二つと撫でてやるのである。


「らしくもない。気を回すな」

「しかし旦那様」

「何。ここには人が大勢居る。勿論、悪党の類もだ。探せば一人や二人――」


 何やら物騒な事を口に仕掛けたその時である。

 どんどん、と薄い戸襖を叩く音が言葉を遮ぎった。


「陣衛門! あいや、立花殿はご在宅か!」


 薄い長屋の壁である為、一層小声であった陣衛門の台詞を履き散らすように、突如として野太い大声が夫婦の間に割り込んだ。

 時刻は夕の正刻(十六時)の鐘が鳴って少し経ったあたりか。

 声は江戸にあって一月、随分と聞き馴染んだ男の声である。

 陣衛門はタキと視線を合わせ、互いの心中に区切りをおいてやおら立ち上がり、一度土間の方へ移動してから枕屏風を奥に伏せるタキを隠すように直して、来客の為の空間を設けた。

 そうでもしなければ狭い長屋で布団を敷いていると、男二人上がって座ることも出来ぬのだ。

 来客が戸板のような大きく幅のある体躯を持つ者ならば尚更の事であろう。


「宇喜田か? 今開ける」

「おお、かたじけない。いや、突然すまぬな陣衛門」

「気にするな」

「む、長屋の女将衆の話通り、タキ殿は伏せっておるようだな」


 等と、戸を開けた陣衛門とやや気忙しくやり取りをしながら入って来たのは、同心・宇喜田宗虎その人であった。

 宇喜田は厳めしい四角い顔を神妙な面持ちにしながら、奥の枕屏風の端から覗く夜具かいまきを見て取り、粗末な畳間へ上がるよう促す陣衛門に首を振ってみせる。

 それから下げ緒を解き、腰の刀を抜いてそのまま上がり框に腰掛けるや、陣衛門にタキの具合を訪ねるのである。


「良くは無い。ここの所“喰って”おらぬからな」


 そう言いながら陣衛門は狭苦しい土間より畳間に上がり、先程作った空間に胡座をかいた。

 同時に奥からケホ、と小さく愛らしい咳き込みが陣衛門の言葉を裏付ける相の手のように聞こえて来る。

 実際の所、タキが伏せってはいても寝てはおらぬと宇喜田に知らせる意味があったのだが、宇喜田はこれを陣衛門の説明の裏付けとして誤解したようだ。


「ううむ……これはかなり具合が悪いようだな。大丈夫、なのか?」

「もう少しは持つ。だが、いよいよともなればなりふり構っては居られなくなるだろう」

「そうか。なれば、拙者は丁度良い時に来たのかも、しれぬな」

「む。と、いうことは……」

「ああ。斉藤様の紹介が……いやこの場合は斉藤様を通じて、だな。陣衛門とタキ殿に“良い話”が持ち上がってので、推参した次第なのだ」

「それは助かる。探し人は見つからぬ所か話一つ舞い込んで来ぬし、タキは寝込むしで、いよいよ持って辻斬りでもせねばと話しておった所だ」


 陣衛門はそう言って、宇喜田にニヤリとしてみせた。

 それから、絶妙な間を置いて再びケホ、と奥からタキの相の手のような咳が出る。

 対する宇喜田は、陣衛門の言葉を冗談か本気なのか計りかねたらしい。

 さっと顔を青ざめて、慌てたように首を振った。


「お、おいおい。冗談なら止してくれ。浪人が迂闊に物騒な事を言うもんじゃないぞ」

「いや。割合、本気でもあった」

「やめろ。いくら事情を知る拙者とて、流石にそれは看過できぬ」

「そうであろうな」

「笑い事ではないぞ、陣衛門。お主の事だから悪党の類を狙うのだろうが、それでも公儀から見たら罪人とかわらぬ」

「と、なると宇喜田が俺を捕らえるのか」

「そうなる」

「それは敵わんな。もしそうなったらどの様な甘味で買収されてくれるか?」


 珍しく冗談めいた、だがどこか真摯な陣衛門の問いである。

 宇喜田は腕を組み、四角い顔を更に四角くしてみせて、ううむ、としばし唸ってしまった。

 私心を見るならば、せめてたとえ話では買収などされなくとも陣衛門を身逃してやりたい宇喜田である。

 が、それでも身逃してやると見え透いた嘘であっても即答できぬ所がまた、宇喜田宗虎でもあった。

 しかしそこは不器用な武士もののふとて、廻り同心である以上融通が効かぬわけでもなく、真に受けて怒り出すような事はない。

 結果宇喜田は半ばはぐらかすように、素直に今一番欲しいと思える物を口にした。


「そうだな。……『かちや』のきんとんならば考えよう」

「きんとん?」

「そうだ。上菓子でな、白砂糖と白小豆でこさえた白餡を寒天でこう、赤子の拳ほどに固めたものだ。内、『かちや』のきんとんは特に絶品であると聞く」

「そうか。ではそのきんとんを渡せば俺を身逃してくれるのだな?」

「いや。身逃さぬ。だが武士の情け、その場で腹を斬れば介錯して進ぜよう」

「はは、きんとん一つで俺の首を刎ねてくれるか」

「その前に、妾が宇喜田様のお命を奪いましょうかなぁ」


 割って入ったタキの声は、枕屏風の向こうから。

 声の位置が少し高いのは、彼女が半身を起こしているからであろう。


「タキ。無理をするな」

「いいえ、旦那様。そのような剣呑な話、妾が聞いて黙っておれましょうや?」

「や、や、タキ殿。これはあくまで、例えの話故」

「例えであろうがそうでなかろうが、旦那様に仇なす者をこのタキめが赦しておくとでも?」


 瞬間、場の空気が変わった。

 宇喜田は胸を締め付けられるような威を部屋の奥から感じ取り、思わず顎を引いて頬を引きつらせる。

 枕屏風の向こうから感じるのは、腹を空かせた猛獣の殺意のような、獰猛な敵意のような、刺すような強烈な意思である。

 通う道場の師範が発する剣気すら足下にも及び着かぬそれは、修羅場をいくつか潜った武士である宇喜田すら、蛇に睨まれたカエルのようにすくませるのであった。


「よさないか、タキ。やはりお前は腹を空かしておるな。その気の立ちよう、はしたないぞ」


 しかし何時もの調子で窘める陣衛門の言葉は、圧倒的にも思えたソレを容易く霧散させる。

 同時に宇喜田の金縛りも解け、やがて実感する安堵は全身の脂汗を認識させた。


「すまぬ、宇喜田。俺が不用意であった」

「いっ、いや。拙者も、その……まあ、莫迦な話をした」

「お主は悪く無い。タキ、宇喜田殿に謝れ」

「……ほんに、申し訳ありませんでした。病床の身故、ここから失礼いたしまする」

「あいや、タキ殿。拙者も、タキ殿の前であるという事を忘れておりもうした故、勘弁を」

「宇喜田」


 宇喜田がしどろもどろにタキの謝罪の言葉を受け取っていた時、陣衛門は立ち上がり、湯飲みに水を汲んで手ぬぐいと共に宇喜田へ手渡した。

 気遣いは宇喜田にとって、中々ありがたいものであったらしい。

 宇喜田はまず湯飲みを受け取り、中の水を一気に煽ってからもう一つ受け取った手ぬぐいで着物の中をまさぐった。

 先程かいた冷や汗はべっとりとしていて冷たく、早くも真冬の寒さに鳥肌が立ってきていたからだ。


「して、話を戻そうか。タキ、お主は伏せっておれ」


 その間、陣衛門が場を取り持つようにそう言って、宇喜田から湯飲みと手ぬぐいを受け取り脇に置く。

 奥のタキは不満があるのか陣衛門の言葉に返事はしなかったが、しゅるりを衣擦れを音を残しやがて低い位置から一つ、ケホと咳き込んだのだった。


「で、宇喜田。“良い話”とは?」

「あ、ああ。そうであったな。いや、えらい目に逢た。では、改めて……」


 言って、同心・宇喜田宗虎は姿勢を正し、持って来た話をはじめる。

 その内容は、以下のようなものだ。


 ――高原藩の藩主・松井上善は非常に女好きとして知られ、その相手は貴賤を問わない程である。

 そんな松井上善であるが嫡男に恵まれず、成した子は鶴姫という娘が一人きりであった。

 この鶴姫、側室・タカとの間に生まれた娘で、松井上善も目に入れても痛くは無いと言うほど溺愛していた。

 家臣には主君の溺愛ぶりはやや目に余って見えたが、欠点はあれど暗君でも無かったのが幸いであったのだろう。

 江戸屋敷で暮らす鶴姫の周囲には信頼の置ける有能な乳母やお付きの武士が宛がわれて、今日まで心身共に健やかに育てられたのだそうだ。


 その鶴姫がある夜、何者かに襲われるという事件が起きた。

 今年で十二となる鶴姫の寝所は警備が行き届いた大名屋敷の中であるにも関わらず、である。

 賊徒は深夜音も無く警備をかいくぐり、鶴姫の寝所へと忍び込み、あろうことか鶴姫の命を狙って首を絞め殺そうとしたのだ。

 幸いこの凶行は江戸屋敷詰めの家老が厠へ向かうべく偶々鶴姫の寝所の近くを通りかかった際、僅かに漏れ出た鶴姫の呻きに気が付いて未遂に終わった……のだが、以後“襲撃”は幾度か繰り返されているのだとか。


「ちょっとまて宇喜田。高原藩の家老は賊に逃げられたのか? いや、それ以前に二度、三度と襲撃を許しておいて、近習の者はよく腹を斬らされぬな」

「そこなんだが……斉藤様の話によるとな。下手人は都度捕まえていたらしいのだ」

「む。それは……なあ、宇喜田。江戸には大名屋敷の警備をかいくぐり、一粒種の姫君の元へたどり着けるような者がごまんといるのか?」

「居るわけがないから頭を抱えておるのだろう。無論、賊は高原藩藩士達によって厳しく責めたてられ、果ては絶命に追いやられたのだが……言わぬのだ」

「雇い主の名を、か」

「うむ。それどころか、素性を調べ上げた所皆何処にでもいる破落戸でな。今日まで四名の賊が侵入したらしいのだが、ただ一つを除き、繋がりらしい繋がりはないそうだ」

「うむ?」

「そのただ一つの繋がり、というか共通点なのだが……皆、般若の面をつけて事に及んでおった、らしい」

「ふむ、らしい、か」

「この面がまた妙でな。最初の襲撃の後、奥女中が薙刀片手に姫君の寝所に詰めるようになったのだが、賊は不思議とこの者らを眠らせ、首を絞めておる最中に外に控えている近習の侍に見つかり取り押さえられる、というのを繰り返しておったのだが」


 宇喜田はそこでもう一度一息入れ、辺りをまさぐった。

 どうやら先程陣衛門に湯飲みを返してしまった事も忘れ、喉を潤す水を探しているらしい。

 その様子に陣衛門は気を利かせ、すくと立ち上がり土間へと降りたって、もう一つ湯飲みを取り出し、今度は二つの湯飲みに水を汲んだのだった。

 それから陣衛門は背後の宇喜田に湯飲みの一つを渡し、もう一つを奥で伏せるタキの元へ持って行った。

 やがて宇喜田が渡された水を啜り一息ついた頃、陣衛門も戻って来て元の位置に再び座ったのである。


「すまぬ、気が利かなくて。生憎、このような貧乏侍の住まう長屋には茶どころか水差しもなくてな」

「いや、こちらこそかたじけない」

「それで?」

「うむ。なんでも、賊は取り押さえる前までは、確かに、般若の面をしていた……のだが、取り押さえた後これが忽然と消え去ると言う話だそうだ」

「文字通り、面妖な話という奴か」

「高原藩の藩士には切実な話だ。斉藤様によると、一度目の襲撃の後、警備に当たっておった者らの処分を検討している所へ二度目の襲撃があった故、処分が有耶無耶な内に兎に角、警備を厚くする方針となった事が唯一の救いであるらしいが……」


 言葉をそこで切り、宇喜田はずずと湯飲みに入った水を啜った。

 外よりもマシであるとはいえ、長屋の中も中々に寒い。

 先程は極度の緊張の後であったが為、一息に飲んだ水であったが今は体を冷やさぬよう、少しずつ喉を潤せれば良いのである。


「――が、話は奇妙な方向に向いてな。妖しげな妖術師が、面を使って破落戸を操り、鶴姫様を殺そうとしているのでは無かろうか、という嫌疑が持ち上がったらしい」

「ほう。それは思い切った推理だな」

「なに、これには前振りというものがあってな。……これ以上はちと、ここでは言えぬ故、“在るべくしてそうなった”と今は納得して貰いたい」

「……タキ?」

「ケホ、ええ、旦那様。先程から……音は外に漏れてはおりませぬ」


 江戸の長屋の壁は非常に薄い。

 隣近所の生活音どころか小声での会話ですら筒抜けとなる。

 まして、タキのような目立つ者が住まう長屋であれば悪気がなくとも誰が好奇心から壁に耳を当てているのかわかったものではないのだ。

 故に宇喜田はあえて肝心な所を口にしなかったのだが、どうやったのか、それはタキによって今の今まで無用の心配とされていたらしい。


「だ、そうだ、宇喜田」

「いや、タキ殿にこれ以上無理をさせるわけにはいかぬ。兎に角、その妖術師に絡みいくつかの“仕事”が高原藩から内密に斉藤様へと依頼があったそうなのだ」

「で、それを俺に?」

「うむ。相手が妖術師であれば、タキ殿にとってそれなりの“馳走”となるのでは、とおもうてな」

「……どうだ? タキ」


 陣衛門はもう一度、枕屏風の向こうへ声をかけた。

 勿論、宇喜田の話をどう受け取るか、という意味も込められている。


「……その話が、いえ、その妖術師が本物ならば、手下の怪異もまた多いでしょうなぁ。話を聞く限り、“蠱惑魔”を使うておるじょうじゃし」

「それは喰いでがありそうか?」

「喰いでがあるのは妖術師のほうでしょうなぁ、旦那様。“蠱惑魔”の方は、うふ、差し詰め宇喜田様にとっての“きんとん”でありましょう」

「――だ、そうだ。宇喜田、この話喜んで受けようぞ」

「おお! では早速」

「あいや、お待ちください、旦那様」


 意外にも、喜色を浮かべ刀を手に立ち上がった宇喜田と立ち上がろうとした陣衛門を制したのは、伏せっていたタキ本人であった。

 タキはシュルシュルと衣擦れの音を立てながら立ち上がり、枕屏風の向こうからその日初めて宇喜田の前へ姿を現した。

 この時、長屋の女将衆と同じ質素な着物にかいまきを羽織ったその姿は、かつて朱が挿していた白い頬は青く、気怠い表情は美しかったがどこか危うい空気を湛えて、まるで生気の感じられぬ幽鬼かなにかのようである。


「どうした、タキ。無理はするな」

「今回、タキめは旦那様の後を付いて征けませぬ」

「で、あろうな。そう弱っておっては、自制で手一杯であろう」

「ですから、この仕事、受けるに当たって宇喜田様にお願いがございます」

「む? 拙者、にか?」

「はい」


 一番驚いたのは宇喜田であろう。

 まさか、あの凜然とした、しかし傲慢なタキが自分に願い事をするなど夢にも思っていなかったからだ。


「妾がこうして弱っている以上、必ずや旦那様に女難が降りかかりましょう」

「女難……」

「宇喜田様には妾の名代として、これを退けていただきとうござりまする」


 俄には信じがたい話であった。

 その内容も漠然として、なんともつかみ所の無い話だ。

 ともすれば単なる惚気のろけで終わる話なのかも知れないが、この夫婦の場合、そのような認識を抱いて側に在ってはえらい目に合いかねない。

 ――ふと、宇喜田はそこで陣衛門がタキの言葉を否定しなかったことに気が付いて、恐らくはそれが本当の事となるのだろう、ととりあえずは納得をしておくことにしたのである。


「……未だ要領は得ぬが他ならぬタキ殿の頼み故、相わかった」

「ありがとうございまする」

「しかし、どの様に陣衛門からその……女難とやらを退ければ良いか、拙者にはとんとわからぬが……」

「その辺りは追々わかりますれば。旦那様に必要以上に近寄って来るおなごがあらば、それとなく遠ざけていただければ良いのです」

「左様、か?」

「うふ、左様にございまする。ねぇ、旦那様?」

「む、そうだな。まあ、このような貧乏浪人に入れ込む娘やおなごはおらぬだろうが、それでタキの気が済むのならば宇喜田、面倒だろうが頼まれてくれ」


 或いは宇喜田宗虎の考えすぎで、単なる惚気で在るのかもしれない。

 どこか困った風に頭を下げた陣衛門を見て、宇喜田はすっかり自分は先程のタキの様子に呑まれていたのだなと頭を掻いた。

 兎も角、陣衛門と宇喜田はそのまま“仕事”の話に取りかかったのだが、時刻も下がり夕餉もまだであると言う事で、二人して近くの一膳飯屋(定食屋)へと繰り出し、続きはそこでという運びとなった。

 無論、これは寒い冬の宵に備えるべく、体に酒を入れる方便である。

 が、どうもこの言外に息の合った二人の謀みがいけなかったらしい。

 半時程経った後、すっかり日も暮れた頃にほろ酔いで長屋に戻ってきた陣衛門を待っていたのは、一人取り残され拗ねたタキであった。

 そんな妻を宥めるに、陣衛門は酒で火照った体を行火の代わりとすべく、弱った妻の寝具の中へと投じる羽目に陥るのである。


 食が進まぬタキにとってそれは、極上の“きんとん”となり得たのだった。





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