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異聞・妖刀百物語  作者: 痴れ者ラボ
サムライ×フロンティア
5/76

Bullet◎5




 強盗団『サンド・スネーク』は約四十人程の無法者で構成されている大集団である。


 神出鬼没でカンザス州を荒らし回り、軍隊にまで手配書が回り始めた頃。

 リーダーである“指撃ち”バートが、白人の立ち入りを原則禁止としている南のオクラホマ州へ逃げることを決意してより二日。

 ミスフォーチュンという田舎町に差し掛かったときに、ばったりと町の保安官と遭遇してしまい、銃撃戦となった。


 最初はお互いに何事も無く、ただすれ違う筈であったのだ。

 ミスフォーチュンは町、といってもその大部分は荒野と牧場であり建物もまばらである。

 今まで荒らし回った都市の多い北部とは違い、住民は彼らのことなど詳しいはずもなく、強盗団は特に問題無く通過できるはずであった。

 ただ、運の悪いことに南へと進む荒野の道無き道すがら、よりにもよって保安官と強盗団は出会ってしまったのだ。

 この時バートは以前この辺りで“仕事”をしたことのあると言っていた手下の言葉を信用してしまった自分を呪い、保安官も己の不運を呪った。


 なにが、「このルートならば人気もなく、途中に小さな牧場があるだけで誰の目にも触れずに南へ行ける」だ畜生。

 バートは内心舌打ちをして、保安官のバッジが光る男が乗る馬車には手を出さぬよう、手下に無言で指示を出す。

 数はこちらの方が遙かに多い。

 向こうはたった一人だ。

 無謀な戦いを仕掛けてくるとは思えない。

 恐らくは、この場は見逃すだろうという判断が彼の脳裏に働いた。

 なにより、保安官を手にかけると、ハクがつくが各地での仕事が一層やりにくくなる。

 バートの判断は果たして、保安官のゴードンの考えと一致した。

 ゴードンも又、目の前の集団が薄々は強盗団『サンド・スネーク』であると気がついていた。

 当然である。

 広い荒野、外から人が滅多に来ない田舎町、昨夜現れた強盗が『サンド・スネーク』の一員であった事。

 幸い町の住人に被害が発生しなかったが、返り討ちにした者の数は明らかに少ない。

 普通に考えれば独断で行動してしまった斥候と、誰しもが思いつくであろう。

 そして、強盗の死体と生き残った者の身柄を受け取ったその帰り道。

 鉢合わせてしまった、ガラの悪そうな集団。

 その幾人かは、強盗の素性を調べるために持参した手配書の顔と一致していた。


 ゴードンは全身に冷や汗を吹き出させて、正義感と生存本能の狭間で思考を重ねる。

 こちらは一人。

 助手のオリヴァーはドッジフォートに向うため、別ルートを走っているから銃撃の音を聞いて助けに来ることはないだろう。

 相手は……畜生、数えるのもばかばかしい。

 だが、逆にこの数の差は有利に働くかもしれない。

 強盗団がミスフォーチュンを襲うつもりならば、昼間からこうやって移動するはずはない。

 恐らくは、南のインディアン居留地に逃げ込む途中なのだろう。

 だとしたら、無用な争いは嫌うはずだ。

 それに、凶暴な連中だがリーダーのバートはそれ以上に狡猾な判断をすると聞く。

 ここで俺を殺してもなんの得にもならないし、逆に保安官を殺したとあらば、司法の追っ手も更に激しくなるだろう。

 当然、奴らはそれを嫌うはずだ。

 ……アニーの事は気がかりだが、ここは無視しておけば恐らくは、こちらには手を出してこないはず。

 そう判断をして、ゴードンもまた前方からやって来る集団を見て見ぬ振りをする事にした。

 彼はこの時、後で自警団を編成し、アニーの無事だけを確認する為彼女の牧場へ急行するつもりだったのだ。

 そして、奇遇にも考えが一致した両者は何事も無くすれ違う。


「――! アニキ! た、助けてくれ!!」


 息も絶え絶えに声を張り上げ、保安官の馬車から“指撃ち”バートに声をかける者がいた。

 陣十郎に手首を切り落とされ、しかし命だけは助かった強盗の男である。

 奇妙な沈黙と緊張が、荒野を満たす。

 一拍おいて、最初に発砲したのは保安官であった。

 お互い“分かっていて”素通りするはずであった。


 しかし。

 バートにしてみれば、保安官に捕まった部下を見捨てることはできない。

 そんなことをすれば、他の部下達の信頼を失うからだ。

 彼自身としては、保安官に捕まるようなマヌケは必要とせず、できることならば無視をしたかったであろう。

 だが目の前で助けてくれ、とはっきり言われてしまえば、見て見ぬ振りをするわけにはいかない。

 保安官も又、目の前で捕まえた強盗がアニキ、助けてくれと叫ばれては無視するわけにも行かない。


 そもそも、そもそもだ。

 助けを求められた方も、無視などできょうはずもないとゴードンは考えた。

 どうする?

 馬車を走らせる?_

 ダメだ。追いつかれてしまう。

 では、捕まえた強盗を馬車から蹴り降ろして逃げる?

 ダメだ。降ろしてやる間に蜂の巣になるだろう。

 特にリーダーの“指撃ち”バートが、そんな隙を見逃すはずがない。

 なにせ、決闘した相手が銃把を握る前にその指を打ち抜いた逸話があるほどの腕前で、“指撃ち”の二つ名が付けられるほどだ。

 では、どうするか。

 ――“こうする”しかないではないか。

 かくして、保安官のゴードンは撃鉄を起こし、引き金を引いた。


 それから間もなく、彼は荒野にその無数に穴が空いた体を横たえることになった。



 保安官のゴードンが不運にも強盗団『サンド・スネーク』と鉢合わせ、命を落としてより数時間後の事。

 右手首を陣十郎に切り落とされた男は、かつて牛泥棒を働こうとした牧場へと仲間達を案内していた。

 そう、彼こそがアニーが十六の時、彼女の家族の命を奪い逃げ去った最後の一人だったのである。

 男は当時牛泥棒を行うためにミスフォーチュンの町をいくらか下調べを行った事がある経験を買われ、『サンド・スネーク』の斥候隊の一員として先行していたのだった。


 果たして数年ぶりに再びミスフォーチュンを訪れたその男は。

 昔の仲間を失ったあの牧場の事を思い出し、意趣返しとばかりに現在の仲間に“つまみ食い”を提案する。

 アニーの牧場は町の外れであり、『サンド・スネーク』本隊が通るルートとも近い。

 他の男達は本隊の通過を気取られるかもしれない、と大義名分をでっち上げ、男の狙い通り“つまみ食い”に興じることにしたのだった。


 その結末は町の名に相応しいものとなり、男は己の右手首を失うこととなる。

 彼にとって幸いだったのが、外で見張りをしていたもう一人の生存者であるトビーが逃げたまま本隊には戻らず、自分達の失態をリーダーが知らなかった事であった。

 もしリーダーのバートに“つまみ食い”がばれれば、『サンド・スネーク』を裏切った行為として粛正されてしまう。

 いくら無法者の集まりとはいえ、勝手な行動を取れば彼らの法により裁かれるのだ。

 『サンド・スネーク』では特にその辺りは厳しく、それ故神出鬼没に各地を荒らし回れるだけの組織力を保てていたのだった。


 見張りのトビーが逃げて本隊に戻らなかったのも、そういった事情があってのことだろう。

 彼は保安官の死体を横目に、他に誰かに顔を見られなかったかとバートに聞かれ、内心ほくそ笑んだ。

 バートが自分達の失態を把握してはいないと理解したからだ。

 とにかく助かりたい一心で保安官の馬車から声をかけた時は、どういいわけをしようか悩んでいた彼だったが、この時は己の幸運を素直に喜ぶのであった。

 そして、男は唯一の目撃者が居る場所としてアニーの牧場へと仲間達を導く。

 それが、それこそが最大の不運であるとは分からずに。

 牧場へ着く頃にはすっかり日も暮れて、月が荒野を照らし始めた頃。

 男達は手にした銃の撃鉄を起こして小さな家を取り囲み、一斉にその引き金を引いたのだった。


「きゃあ!」


 アニーは陣十郎に押し倒されながらも、雷雨のような銃弾の嵐に思わず口から悲鳴を漏らした。

 しばらくして銃声が落ち着き、顔を上げると壁という壁に丸い親指の先程の穴が空いて、そこから月明かりが入り込んでくるのが見える。

 テーブルは陣十郎がアニーを押し倒した時に倒され、床には彼女の銃と陣十郎の刀が散らばっていた。

 ランプは銃弾によって破壊されたのか、無残な破片と一緒に油を床にぶちまけている。

 その油に火が付いていないのは不幸中の幸いであろう。


「嬢ちゃん、大丈夫か?」


 体の上から、陣十郎が声をかけてくる。

 アニーは軽く陣十郎の脇腹に膝蹴りを入れ、それから床を這って落ちているライフルを手に取った。

 陣十郎は蹴られた脇腹が丁度アニーに撃たれた場所であったらしく、少し悶絶しそれから息も絶え絶えにと言った様子で、アニーと同じように這い始めた。

 程なく、転がってしまっていた愛刀を二本拾いあげ不満げな表情を浮かべながらも、今度はアニーの側へ這って移動する。


「おお、痛ぇ。ひでぇな、嬢ちゃん」

「嬢ちゃんはヤメテ」

「今はそんなこと言っとる場合かの?」

「嬢ちゃんはヤメテ、ジュウロウ。私もほら、今あなたの名をきちんと呼んだわ?」

「わかったわかった。しかし、うぉお?!」


 陣十郎があきれ顔で何かを言おうとした時である。

 アニーがその言葉を最後まで聞かないまま、不意に手にしたライフルを構え、穴だらけとなった入り口の扉に向けて発砲したのだった。

 結果、その返答とばかりに再び嵐のような銃撃が始まり、部屋中を弾丸が行き交うようになる。


「ば、ばかたれ! むやみに銃を撃って、どうなるというんじゃ!」

「撃たなきゃ、家に連中が入り込んでくるわ!」

「連中って、一体なんのことなんだ?!」

「あんた、私をかばってくれたのに“連中”が誰なのかわかってないの?!」

「わかるわけなかろうが! わしゃ、殺気を感じたで、嬢ちゃんを押し倒したんじゃ!」

「だ、か、ら、嬢ちゃんは、やめて」


 嵐のような銃撃の中二人は大声で言い争いを始め、陣十郎が再び嬢ちゃんと口にした事により激高したアニーは這いつくばった姿勢のまま陣十郎の着る服の肩口を掴んだ。

 どうしても名前で呼ばない陣十郎に、一発鉄拳をお見舞いしてやろうと思ったからだ。

 しかし。

 その手の感触は。

 いつか父親の、母親の、弟の死体に触れたときに手に付いたそれの感触は。

 生暖かく、彼女の手のひらを深紅に染める。


「あんた……」

「心配ない、いきなり死ぬるような傷じゃあない」

「何馬鹿なことを言って――」

「今は。それどころじゃないんじゃろ?」


 始めて聞くような、陣十郎の低い声であった。

 アニーは思わず口をつぐんでしまい、未だ止まぬ銃弾の嵐の中ぐっと言葉を呑み込む。


「……外に居る連中は、恐らく『サンド・スネーク』よ」

昼間保安官シェリフがゆうとった強盗団か?」

「ええ。たぶん、ゴードンかオリバーが連中と鉢合わせたんだと、思う。たぶん……ゴードンね。そうじゃないと、ここに来るはずがないもの」

「だからなんで保安官と連中が鉢合わせたら、ここにやって来るん……ああ、あれか。一人生かしておいた奴が居たの」

「それか、昨日逃げた奴ね」

「ふむ。しかし……」


 陣十郎は床に這い、アニーと顔を合わせる格好のまま視線だけを上に向けた。

 少しでも頭を上げようものならば、四方から飛んでくる銃弾に頭を引き飛ばされそうな状況であったからだ。


「どちらにしろ、相手の数は相当なもんだな、こりゃ」

「……これじゃ夜明けどころか、あと十分と持たないわね」

「おいおい、縁起でも無いことを言うんじゃねぇよ」

「ジュウロウ、あんたも折角助かったのにほんと、ついて無い男よね。折角命を拾ったのに」

「おい」

「……まぁ、私も本当なら昨日の夜散々犯されて殺されてただろうし、そう考えればすんなり此処で死ねるだけ、楽なのかも」

「おい、嬢ちゃん」

「……嬢ちゃんは、やめ……」


 陣十郎の目の前にある顔は。

 少女のようなあどけなさを垣間見せながら、絶望と涙をその瞳に浮かべていた。

 アニーは恐怖と悔しさからか、やがて目から涙を溢れさせて口汚く、彼女が知る限りの言葉で運命を呪い始めた。


「糞! 糞! どうして! どうして、わたしばかりがこんな!」

「嬢ちゃん……」

「ねぇ?! そんなにわたし、悪いことした?! 先週牛の体調が良くなくて、教会に行かなかったのがわるいの?!」

「落ち着くんだ、嬢ちゃん」

「それとも、口説いてくるビルを内心嫌っていたから?! ねえ、これが、これが十六から一人で生きてきた私への仕打ち?!」

「なぁ、嬢ちゃん」

「ひどいわ! こんなの、ひどすぎる! 神様はパパもママも、パーシーも奪っておいてこんな、こんな、こんな!」


 アニーは未だ止まぬ銃弾の嵐の中、半ば錯乱したように泣きじゃくり始めた。

 辛く、貧しく、孤独の日々。

 必死に生きてきた彼女の中の何かが、この時切れてしまったのだろう。

 死の気配を強く感じ取った彼女は、生の感情をむき出しに神を、運命を、自分の矜持さえ罵倒しはじめる。

 その声は辛うじて言葉となり、くしゃくしゃの泣き顔は大人びていた彼女を少女のそれへと変えていく。

 陣十郎はそんな彼女を黙って見ていたのだったが、やがて弾丸の嵐が再び止んだ頃合いを見て、彼女の目の前に脇差しを差し出して見せた。


「聞け」

「嫌よ、こんなの……どうして、どうしてわたしばかりが……」

「聞くんだ、アニー」


 低くも強い口調で始めて呼ばれた自分の名に、アニーはしゃくり上げながらも陣十郎の方を見た。

 目の前には“百合”と名付けられた、脇差しが差し出されている。


「いいか? お前は助かる。わしが保証して進ぜよう」

「あん、あんた、何、いって」

「聞け。今から、わしが外の連中を片付けてくる」

「――、あんた、一体、何を」

「お前はこれを持っていてくれ。そして、わしが此処に戻ってきたときに――」


 陣十郎の言葉は、果たしてアニーの脳裏に焼き付いた。

 それは、とても奇妙で。

 どうにも意味不明であり、この時アニーは陣十郎の言葉を微塵も理解してはいなかった。

 ただ、その言葉を口にした後、陣十郎は徐に立ち上がり、ゆっくりと先程よりも更に穴だらけとなった扉へ歩いて行く姿が印象的で。

 何より、壁の向こうから差し込む月の光がソレに反射して、一瞬ではあるが、全てを忘れて見とれてしまうアニーであった。


 それほど美しかったのだ。

 陣十郎が抜き放った、“祟り刀”の刀身が。

 しかし、アニーは知らない。

 陣十郎の左目がこの時、“開いて”いたことを。

 “祟り刀”に捧げられた筈のその左目に瞳孔は無く、代わりに血の色をした百足がとぐろを巻いて、蠢くその瞳を。


 そしてアニーにとっては奇跡の夜が、陣十郎にとっては幾度目かの“祟り成す”夜が始まったのである。





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