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異聞・妖刀百物語  作者: 痴れ者ラボ
サムライ×フロンティア ~前日譚~
41/76

LordBullet◎1




 二十世紀初頭、アメリカは西海岸のサンフランシスコ。


 十九世紀にグアダルーペ・イダルゴ条約でメキシコよりアメリカに割譲されたこの地は、要衝ではあれど当初は小さな軍事拠点に過ぎなかった。

 しかしカリフォルニア・ゴールドラッシュが始まると、僅か二十年もしない内に世界で最もエネルギッシュな街へと変貌を遂げていたのである。

 この時既にサンフランシスコはアメリカ西海岸でも有数の都市となっており、カリフォルニア銀行の設立はじめ、多くの成功者を輩出していた。 今日では後にジーンズを世に送り出すリーバイ・ストラウス社が有名であるが、他にも様々な企業家が成功を手にし、当時では文字通りアメリカンドリームを強く体現した都市であったと言えるだろう。

 故にアメリカ国内やヨーロッパのみならず、世界中から一攫千金を夢見る者達がここへ集まり、街は既に人種の坩堝と化していた。

 アメリカは東部から入植してきた者達は当然、メキシコ系、スペイン系、ドイツ系もいればイギリス、ロシア系も居て皆が一旗揚げようと目をギラつかせていたのだ。

 そして、主に大陸横断鉄道の敷設に尽力した中国系もまた、ここサンフランシスコに多く見られる人種である。

 彼らはこの時期には早くもチャイナタウンを作り、そこに同郷の者達で寄り添って鉄道工事の他、金鉱山や銀鉱山で働き生計をたてていた。


「ホンファ夫人、チャンからダラスより手紙が届いております」

「そう」


 チャイナタウンの一等地、異国の地にあって清国の豪邸にある庭と変わらぬ景観をもつソン家にて。

 庭に面した部屋、ゆったりとした椅子に腰掛け一人飲茶を楽しんでいた元女当主であるホンファは、使用人頭より一通の手紙を受け取っていた。

 手紙はやっと掴んだ“ある男”の消息を伝えるもので、齢七十はなろうかという老女は目を細めて読みふけったのである。

 彼女はサンフランシスコの中国人を裏に表に統べる家の元当主であり、その絶大な権力と財力は家督を息子に譲り第一線から退いた今でも健在であった。

 そんな、欲しい物はなんでも手に入る力を持つホンファ夫人が、長年多くの部下をアメリカ大陸中に派遣して、やっと手に入れたものが手の中にある手紙だった。


「……ヤン」

「は」

「今日はとてもいい気分だわ。この飲茶を下げて、上等なお酒を用意して頂戴」

「かしこまりました。清国より取り寄せた紹興酒で良いでしょうか?」

「いいえ。……そうね、バーボンがいいわ。“あの人”が好きだと言ったお酒」

「かしこまりました。丁度、先日の会合で市議会議員のタイラー様よりいただいた上等な品があります」

「結構」


 手紙には何が書いてあったのか。

 夫人は薄くしか見えなくなった目を遠く庭の先に向けたまま、いつもよりもやや低く使用人頭の男・ヤンに頷いた。

 その日は確かに良い陽気ではあったが、かといって昼間から酒を嗜むような習慣は彼女にはない。

 恐らく手紙には彼女が長年探し求めていた人物の事が書かれていて、追憶の供に酒を求めたのだろう。

 ヤンは気を利かせ、少々念入りに指示について確認を取ってから、しかし必要以上には干渉せずそのまま部屋を後にした。

 ――良く出来た男ね。

 扉の向こうで他の使用人達に、自分の指示があるまでは決して奥様に近寄るな、と指示を出す声を聞いてホンファ夫人は僅かに笑いヤンをそう評した。

 それからもう一度、手紙に目を落として皺だらけの顔を少し歪め、柔和な笑顔を作る。

 笑顔はまるで少女のようでいて、普段の彼女の厳しさを知る家族がみれば腰を抜かすであろう。


「……もうどのくらい経つのかしらね、貴方が居なくなって」


 懐かしむような、寂しげな、老女の呟き。

 彼女の胸に去来する想いは遠く過去から戻って来た、かつて忘れようとした眩く輝く乙女心。

 同時に思い起こされるのは、男の無精髭とおぞましい気配を放つ白い刃。

 ――臼木陣十郎。

 老女となったホンファの胸に、深く刻まれた男の名である。


「シーラン(十郎)、貴方は本当に酷い人。私の事なんか忘れて、あちこちで“よろしく”やっていたなんて。新聞で“センチピードの男”の記事を読む度に嫉妬したものだけど、まさか記事になっていない記録がこんなにあったとは思わなかったわ」


 二度目の呟きに、怒りのようなものが混じった為か。

 チチチ、と庭先から小鳥が鳴いて飛び去って行く。

 が、それを見送るホンファの表情は穏やかで、手にした手紙は読み終えたのか既に元通りに折りたたまれていた。


「……どうやら、私はとうとう貴方の旅の果てを調べることが出来なかったようね。結局貴方が何処で果てたのか、それとも生きて居るのか、突き止めることが出来なかった」


 言葉は追憶の彼方に向けられたもの。

 見上げた空は青く、潮風が雲を運んですがすがしい陽気である。

 ――そう。

 私がシーランに初めて出逢ったのも、こんな潮風が心地よい日だったわ。

 ホンファはそう考えながら、ヤンが酒を運んでくるまでの間しばし思い出に浸ったのだった。



「ちょっとあんた、大丈夫?」


 時は十九世紀、一八六九年のアメリカ。

 この年は最初の大陸横断鉄道が開通した年である。

 そんなアメリカはカルフォルニア州、様々な国籍の船が行き交い、マストが所狭しと並ぶサンフランシスコの港。

 時刻は午前十時を回った頃か、鮮やかな青い空と穏やかな潮風が心地よい日である。

 港から少し離れたストリートの片隅、路地の奥で蹲るみすぼらしい男に声を掛けた少女は、中国系の移民であった。

 彼女の名はソン・ホンファ(宋・紅花)。

 両親はチャイナタウンに居を構え、鉱山経営者や鉄道会社へ中国人労働者を斡旋する組合業を生業とするソン家の一人娘である。

 今年で十五になるホンファはチャイナタウンの内外に容姿端麗・頭脳明晰として名高く、若輩ながらも同郷の者からの人望も厚い令嬢であった。

 故に物心ついた頃から家業を手伝う事が多々あって、この日も中国(清国)本土からの移民労働者の受け入れに港へやって来ていたのだ。


「小姐。どうしました? 急に路地なんかに入って」

「ん。これ」


 ホンファの供の者であろう、それまで一緒に歩いていたらしい屈強そうな中国系の大男が、彼女の側にやってきて声をかけた。

 いかついその顔と額の大きな向こう傷、サンフランシスコでは既に珍しくも無くなった便髪は、年頃の少女が間近で見れば悲鳴を上げそうな威圧感を覚えさせる代物だ。

 しかしホンファは慣れた体で、背後から迫る大男にん、とやや小生意気に見える仕草で、足下に転がる襤褸ぼろのような男を指差したのだった。

 男は先程と同じ格好で蹲ったままで、ホンファの呼びかけに応答どころか何かしらの反応を示しては居ない。

 見ようによっては死体である可能性はあったが、すえた体臭はすれど死臭はせず、僅かに上下する肩から生きて居ることが見てとれる。


「……物乞いがどうしましたか?」

「む。これ、物乞いじゃないよ」

「しかしどう見ても物乞いですよ?」

「物乞いが昼間からこんな所にいるわけないでしょ。大体、物乞いをするなら広場や港の目立つ場所でやった方が稼げるはずだよ」

「それはそうですが……病気か何かで動けないのかもしれません」

「だったら尚更だよ。ダードゥ、担いでくれる? 連れてかえろう」

「いけませんホンファ小姐。こんな、得体のしれない者を連れ帰っては、大旦那様にお叱りを受けます」

「バカだねぇ。逆だよ、逆。連れて帰らなきゃボクらが叱られちゃうよ」

「何故そう思うのです?」

「簡単な話。只でさえ、ここらじゃ清国からの移民者が多く働いてるんだよ? それを良く思わない白人も相当いるのはしってるよね?」

「はい」

「特に、バーバリコースト地区の連中にしてみれば、ボクら清国人チャイニーズは気に入らない存在のはずさ」 


 そう言いながら、ホンファはダードゥと呼ばれた大男に向かって肩を大仰にすくめて見せた。

 サンフランシスコでの暮らしは長いのだろう、仕草は西洋人のそれと変わらない。


「しかし、それが小姐……大旦那様がこの物乞いをお助けになる“利”にどう繋がるので?」

「お父様が斡旋した同胞がどうなろうと、ボクだって知った事では無いよ。だけど、同胞が“斡旋もしていない”内から、しかもチャイナタウンの外でこんな物乞い同然に、行き倒れてたら?」

「……?」

「『サンフランシスコで中国人チャイニーズを取り仕切るソン家は、労働者だけでなく役に立たない物乞いまで本国から呼び寄せている』という噂が立ちかねないでしょ? そうなってはソン家の面子が立たないし、商売に障るじゃないか」

「……つまりは、清国人が“この土地”で行き倒れるならば、ソン家の斡旋を受けた後でなくてはならない、と?」

「そういう事。ソン家は労働力を取り扱う商家だからね。この街風に言えば“企業家”かな? だからこそ、ボクらはこの国で受け入れられているワケさ。第一……」


 一旦言葉を切り、再度足下の男に視線を向けるホンファ。

 男は相変わらず蹲って、ピクリとも動かない。


「こんな、ボクのような“身なりの良い”人物がすぐ側まで来ているのに、物乞いが無視なんてするはずが無いじゃないか。だからコイツは、物乞いじゃ無い」

「……病気の為、動けない物乞いかもしれません」

「なら尚更、ソン家の者として助けてやらなくてはね。行き倒れた同胞の病人を見捨てたとあれば、面子に関わるし」

「小姐、犬や猫を拾うのとはワケが違いますよ?」

「ああもう! ダードゥは心配症なんだから」

「それが大旦那さまから頂いた仕事ですし。私がそれを疎かにするわけにもいきません」

「いいよ、病気が治るまで世話してやって、そのあとは仕事を“格安”で斡旋するか、屋敷の小間使いに使って元をとるから。それならソン家は損はしないでしょ?」

「……もしこの者が本当に物乞いで、何処にも斡旋できない程の役立たずだったら?」

「その時は……そうだね、内々に“処分”するか、最近ボクにちょっかいを出してくる、バーバリコースト地区の破落戸どもを“引っかける”エサにでもするよ。人間の使い道なんて、死んでなけりゃいくらでもあるもんさ」


 なんとも物騒な事を口走りながら、ホンファはむふんと得意げに胸を張った。

 それから、ダードゥにさっさと言われた事をやれとばかりに路地の端によって男を担ぎ上げるよう促す。

 どうやら彼女は可憐な見た目とは裏腹に、相当我が強いらしい。

 ダードゥはため息を一つ、またか、という表情を渋面に込めて一歩二歩と足を踏み出してホンファの足下、ぼろきれのような男を担ぎ上げた。

 同時に、意外と重かったのか、ぐ、むと呻いて片膝を突く。

 ――否。

 片膝を突くどころか折角担ぎ上げた男を地に落とし、何故かそのまま倒れ込んでしまった。

 その背には、先程まで刺さってはいなかったナイフの柄がそそり立って、じわり服に赤い染みを作り出している。


「ダードゥ!」

「小、姐。逃げ……」

「これはこれは。こんな所で珍しいお嬢さんに遭っちまったなぁ」


 いやみたらしい英語と、下卑た複数の男の笑い声が路地の入り口から聞こえて来る。

 ホンファは背に投げナイフを刺され倒れてしまったダードゥに駆け寄りながら、声が聞こえてきた方を見ると、元来た道を塞ぐようにして男が三人立っていた。

 彼らはこれ見よがしに銃を下げ、中身の入った酒瓶を片手にもう片方の手で如何にも破落戸である風体で、恐らくはダードゥにナイフを投げた張本人であろう、内一人はナイフをポンポンと投げて弄んでいる。


「あんたら……バーバリコースト地区の破落戸だな」

「おっと。変な真似をするなよ? コイツの投げナイフはそこらのガンマンが銃を抜くより速く心臓に刺さるんだ」


 路地を塞ぐように立つ三人の内、真ん中のリーダー格と思わしき男がそう言って、持っていた酒瓶を煽った。

 一方ホンファは足下で呻くダードゥの様子を確認したい気持ちを抑えながらも、目は男達から離さず身を低くして危機に備えている。

 彼女は護身術として一応武術の心得はあったが、無論それは銃をぶら下げ投げナイフの妙手である男らに対して有効ではない。


「……なんのつもり? ボクがチャイナタウンのソン家の者だと知っての無法なのかい?」

「ひひ、気丈だねえ」

「――、それ以上、ボクに近寄るな」

「そうは言っても、なあ?」


 恐怖を煽る為か、それとも“これからする事”を想像してか。

 男達はホンファの反応に何かの期待を膨らませ、互いに顔を見合わせて再び下品な笑いを浮かべあった。

 瞬間、ホンファは踵を返して路地の奥へと駆け出す。

 彼女には、男達が只の暴漢でないとわかっていたからだ。

 彼らは無法者が多くたむろするバーバリコースト地区の男達で、ここの所執拗に中国人を襲撃していた一味である。


 襲撃の理由は明白。

 自分達が金鉱山での仕事にありつけないのは、急速に増えつつあった清国からの移民が原因だと主張しており、とりわけチャイナタウンに住まう者らを標的として度々騒動を起こしていた。

 そんな彼らにしてみれば、チャイナタウンを取り仕切るソン家の令嬢など格好の的となり得るだろう。

 故にホンファの外出には常にダードゥが付き添っていたわけなのだが、肝心の護衛役はホンファの不用意な行動の隙を突かれる形で無力化されてしまっている。


 ――ごめん、ダードゥ。

 ホンファはじわり涙を浮かべながら心中で謝罪の言葉を幾度も繰り返し、“あらかじめそう決めて居たように”ダードゥの事は構わず全力で逃亡を計った。

 護衛を付けたソン家の令嬢が暴漢に襲撃され、しかも助からなかったのではソン家の面子が丸つぶれとなってしまう。

 一方、彼らへの復讐はあとでいくらでもやりようがある。

 “これ”はこの街における勢力争いでもあるのだ。

 せめてこの場は自分だけでも無事に助からなければ、今後大きな禍根を残す事になるし、なによりダードゥがソン家の令嬢を護れなかったという不名誉を抱えて命を落とす事になるだろう。

 そのような思考が刹那に働いた末のホンファの逃亡であったが、しかしそれも呆気なく中断させられたのだった。


「あぐ!」


 小さく悲鳴を挙げ、どっと湿った路地の地面に倒れ込むホンファ。

 突如左足に激痛を覚えバランスを崩したのだが、果たして左足のふくらはぎに深々と小さな投げナイフが刺さっていた。

 あの、ナイフを得意とする男が投げたのだろう。

 ホンファは動転し、思わずナイフを引き抜こうとした。

 ナイフは刃渡りが小さなものであったらしく、思いの外すんなりと引き抜くことができた。

 が、痛みと出血は思いの外激しく逃亡する気力を容赦無く奪って行く。

 やがてホンファは路地の奥で男達に囲まれ、リーダーらしき男に無理矢理立ち上がらせられて、小さな体を壁に押しつけられた。


「言ったろ? 変な真似をするなってな。英語が難しかったか? チーナ※」(チーノの女性形・差別語)

「ぐ……、はなせ、この……」

「まあ、そう焦るな。すぐにおうちに返してやるよ、その綺麗な顔がある頭だけだがな」


 ホンファを押さえつけている男はそう言って、黄ばんだ歯をぞろりと見せ笑う。

 すぐそこに見える目には獰猛な光が宿って、それが脅しなどでは無いとホンファは悟り息をのんだ。

 ――知らず、脚が振るえはじめる。

 幾ら大家の令嬢であり、権力を持ち、冷徹な物言いが出来、護身術を扱えようとて彼女はまだ十五になったばかりだ。

 薄汚い無法の暴力を予告され、絶望的な状況に置かれれば年相応に恐怖で心と体を強ばらせるのは当然であろう。

 そんな、さっと青ざめたホンファの表情に嗜虐心を刺激されたのか、男は徐にホンファの着ていた服の襟首に指を差し入れた。


「心配するな、すぐには殺しゃしねぇよ」

「や、やめ――」

「へへ、さっさとはじめようぜ?」

「そ、そうだ、さっさと“終わらせろ”。切り刻むのはお、おれの仕事なんだから、よ?」

「慌てんな、もうコイツは逃げられやしねぇ――よっと!」


 言葉尻を合図に、ホンファの服を一気に襟首から腰の辺りまで引き破る。

 露わになった胸元に、ホンファは今更ながら死の恐怖より先に貞操の危機を強く感じ取って、悲鳴を上げようとした。

 が、その叫びも酒臭い男のごつい手によって口を塞がれ、脚に刺さったままのナイフの痛みもありホンファの自由を瞬く間に奪う。


 ――助けて!

 誰か、誰か、誰か!

 それでもホンファは必死に抵抗し、何とか逃れようと手足を動かす。

 しかし多勢に無勢、まして男三人に少女が一人ではどうしようも無い。

 やがて体中をまさぐる不快な臭いの舌と複数の手は遠慮なしに白い肌を蹂躙してゆく。

 抵抗虚しく少しずつ衣服を剥がされていく度に、ホンファの絶望は深く暗く膨らんでいくのだが。

 ――不意に絶望から生まれた闇は、形となって彼女の前に現れた。


「……なんだてめぇ?」


 突如現れた“それ”を他ならぬホンファが最初に気付き、抵抗する力が一瞬消えたからか。

 次いで彼女を押さえつけていた男が“それ”に気が付き、良い所で邪魔をされた腹立ちも露わにドスの効いた言葉をかける。

 “それ”は男であった。

 先程の無法者らがそうしていたように、路地の出口から差し込む光を遮るように立つ黒い影。

 物乞いのような身なりはみすぼらしく、黒いローブのような衣服はまるでボロのようだ。

 “それ”は、先程ホンファが助けようとしていた、行き倒れの男であった。

 逆光になって表情は見えず、背も低い男の体躯はしかし、大きく路地全体を覆う闇のよう。

 何より目に付くのは左の腰の所、帯に差し込まれた二本の――恐らくはサーベルかなにかだろう、この辺りではあまり見かけない鞘に納められた奇妙な武器。

 武器の名は“カタナ”と呼称するが、この時代の異国の地にあってそれを知る者はいない。


「……こ、こいつも東洋人か? つ、ついでに殺しとこう」

「構わんがなるべく銃を使うなよ? “楽しむ”事ができなくなっちまう」

「USERO、IMAHA、TEKAGEN、GA、KIKANAI」


 男達の内、邪魔者を屠るべくナイフを得意とする者が一歩前に出て折。

 行き倒れの男は英語で無い言葉を発した。

 勿論、ホンファを含めてその言葉を知解出来る者はこの場には居ない。


「あん? こいつ、何いってんだ?」

「いいからとっとと始末付けろ。気が散って仕方ねぇ」


 言いながらホンファを押さえつけていた男は憐れな獲物に視線を戻し、余った手で未発達な胸を乱暴にまさぐりながら首筋に舌を這わせようとして――突風が吹いた。

 同時にバランスを崩した男は、ホンファを押さえつけ続けることもままならず、そのまま路地の地面へと倒れ込んでしまう。

 ――くぞ、酒の飲み過ぎかよ。またチーナを押さえつけるところからやり直すのか。

 そう愚痴を吐こうとして、男は気付く。

 ――喋ることができない。

 否。

 先程まで少女の肌を舐めまわしていた自分の“舌がない”。

 それだけでなく、少女の乳房を思うままに嬲っていた、右腕も無くなっている。

 何が起き――

 刹那の間を置き、やっと自身の身に何が起きたのか理解した男は、周囲を見渡した。

 果たして男が見たモノは、破れた衣服もそのままに壁に寄り添い呆然とする少女と、首を地に落として尚立ち続ける手下二人、そして何時抜いたのか薄暗い路地にあって銀光煌めく白刃を携えた行き倒れの男である。

 信じられない事にあの男は、一瞬の間に自分の舌と腕、手下二人の首を悲鳴も上げさせず切り落としたらしい。

 それも、少女には少しの傷を負わせずに。

 一体どうやって?

 痛みによる悲鳴よりも、反撃よりも、何よりまず疑問が浮かび上がってきた男であったが、次の瞬間には首が胴と離れて思考は停止した。

 そんな男の消えゆく意識の中、ただ一つ理解出来た物。

 それは自身の命を奪ったのが、あの見たことも無い曲刀であるという事実である。


 以上がソン・ホンファ(宋・紅花)と臼木陣十郎の、出会いの顛末であった。





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