クローゼットの中の貧乏神さん
自己評価、というものがある。
読んで字の如く自分で自分を評価する行為だ。
多くの場合、この自己評価を正確に行うとすると中々難しい所があるのだが、青年・三ノ原ユウスケ(サンノハラ・ユウスケ)の場合は違った。
年齢二十五才。
身長百六十五センチメートル、体重六十八キログラム。
小太り気味な彼は引き籠もりではないが、かといってコミュニケーション能力が高いわけでは無い。
現在何度目かの失業中。
ニートではなく“無職”ではあると主張するものの、両親から金銭的な援助を受けて居る為微妙な所。
従って金は無く、これといった趣味も、ついでに運も無い。
何より何事も面倒くさがる性格で、だからだろう、彼女というものが居た試しも無い。
三ノ原ユウスケには既に無い無い尽くしの感があるが、ここから更に才能や学を否定する言葉が続く。
例えば、浅学非才。
くず。
ろくでなし。
ダメ人間。
ややロリコン。
以上のように三ノ原ユウスケの自己評価は正確で現実を良く理解し、また事実彼自身そのような人間であった。
一方でそんな彼を無理矢理にでも褒めようとするならば、他人様に迷惑を掛けるような犯罪だけは、犯しては居ない事が上げられるだろう。
が、これもそろそろ怪しいかもしれない。
なにせ道端ですれ違い目を奪われる女性の年齢が年々下がって来ていて、遂には先日、ランドセルを背負った少女に目をやり始めた始末なのだ。
見るにも聞くにも憚られるような、いかがわしい妄想を伴って。
およそ遠くは無い将来、ややロリコンという自己評価の項目が単にロリコンという呼称に変わる日が来るだろう。
妄想を実行に移すかどうかは、彼の性欲自己処理能力次第である。
ただ、今の所は大人の女性への興味も失っては居ない為、自己評価には嘘偽りは無い。
そんな三ノ原ユウスケが、ある平日の昼下がり。
自宅である安アパートの一室はクローゼットを前にして、人生最大の戸惑いを覚えていたのだった。
「……誰?」
十秒ほどの絶句の後、絞り出すようにして口にした言葉は至極真っ当なものである。
何故ならば暑くなってきた昨今、そろそろ扇風機でも出そうかと思い立ち、クローゼットの折り戸を開くと見知らぬ少女がそこに居たのだ。
少女は年の頃十四かそこらであろうか、痩せて顔色も悪く、ボロのような浴衣を身に纏ってちょこんと正座している。
クローゼットの中は以前から殆ど荷物らしい物は入れていなかったが、流石にみすぼらしい少女を収納するような用途ではないし、ユウスケも決して妄想を現実に変えたワケではない。
だから勿論ユウスケは酷く驚き、一瞬声を上げて騒ぎかけた。
しかし、昨今は何かと児童虐待や少女性愛への風当たりが強い。
否、強いどころでは無くそれはもう台風もかくやとばかりに強い。
いたいけな少女のみならず、線と点で描かれた少女や0と1で構成された少女すら保護の対象に入れようという動きすらあるのだ。
したがって、前述のような人間であるユウスケが押し入れに見知らぬ少女が居たと騒いだ結果、どのような事態になるのかは明白である。
だからこそユウスケは何とか冷静さを保って、眼下の少女へ質問を投げかけたのだが――
「……お初にお目に掛かりヤス、あたし、旦那に憑いている貧乏神でございヤス」
等と開口一番意味不明なことを口走られ、先程の人生最大の戸惑いをアッサリと更新してしまった。
そも、“貧乏神”と言えばボロを纏った薄汚れた老人の姿を思い浮かべる者が多いだろう。
加えて体は痩せこけ青ざめた顔に悲しそうな表情を浮かべ、押し入れの中に棲み着くのがまあ、定番では無かろうか。
対して少女はというと、成る程、着ている物はどのようにして汚したのかと思える程ボロボロの浴衣である。
そこから覗く足や手、細い首元は細く、俯く顔色も蒼白で年齢を除き“貧乏神”を名乗るにはまあ、相応しい姿なのかもしれない。
コスプレとしてみればソコソコの完成度であろうが、如何せん、うら若い少女の姿だとどうしても意図せぬ効果も付随してくるものだ。
例えば、俯きつつも遠慮がちに見上げて来る、爛々と輝いた眼。
悪く無い顔立ちと相まって、意味の分からない不法侵入と衣装の不気味さよりも、倒錯した情欲をユウスケにかき立てさせていた。
――この時点で少女のみならずユウスケにも多分におかしい部分があるのだが、人の性質は千差万別、そういうものであると注記したい。
「貧乏神って……、あの、さ?」
「急な話で信じて頂けないかとは存じますが、そうなのだから、そうなんでヤス」
「そんな馬鹿な。貧乏神ですって言われてハイそうですかと信じる人間なんて、今時いるとでも思ってる?」
「ううう、それはそうでございヤスが、あたしにものっぴきならぬ事情がありヤして……。あ、柿渋で染めた団扇ならありヤスが?」
少女はそう言うや、やおら懐から茶色にくすんだボロボロの団扇を取り出した。
確かに貧乏神にはつき物とされるアイテムではあるが、生憎そういう物に興味が無く、貧乏神の設定など知らないユウスケには当然通じない。
「……どうでもいいよ。それより、さっさと出て行ってくれない? 警察には言わないから」
「信じて頂けない、と?」
「当たり前だろ。どう見ても不法侵入者。ってか、ドロボウ?」
「まさか。貧乏神はそんな事しヤせん」
「なんでもいいよ。出て行ってくれ」
「ううう、それが出来ればどんなに楽か」
顔に両の手を当て、しくしくと泣き始める少女。
一方、いよいよ体裁の悪いのはユウスケである。
今誰かにこの光景を見られでもすれば、彼は間違いなく獄につく羽目に陥るだろう。
だから流石に焦ったユウスケであるが、しかしそうかといって無かった事には出来ぬ状況でもある。
そこでとりあえずは貧乏神と自称する少女の話をキチンと聞くべく、茶を用意してやり、押し入れの中から出てくるよう促したのだった。
「うぐ、ひぐ、なんかすいヤせん」
「……いいよ」
果たして少女は素直に押し入れの中から這い出てきて、テーブルの上に置かれた湯飲みを手に取り、いまだ鼻を啜りながらズズと茶を飲んだ。
ユウスケはそんな少女を眺めながら、後は頃合いを見て家に帰るよう諭そうと考えて、落ち着くまでは無言で座っていたのだが。
邪念、と言うべきか、少女の背まで垂れたボサボサの黒髪を勿体ないだとか、小綺麗にしておけば可愛いかもしれない等と考えが湧き出てくる。
観察は次第に妄想へと変わって行くのだが、女っ気のない男の一人暮らし、どうしてもいかがわしい方向へと進んでは首を振ってを繰り返す。
――さて、そろそろいいかな。
――え? あ、な、何をするんですか。
――男の部屋に忍び込んどいて、何をするんですかは無いだろ
――ひゃ?! や、やめ――んん!
――こういうの、期待していたんだろう?
――やぁ、んん、だめ、そういうつもりじゃ……
――ここをこんなにしておいて、今更そんな台詞は……
「旦那? まあ、あたしで好色な妄想をするのは構いヤせんけれど、あたし、もうちょっとおっぱいは大きいでヤスよ。貧乳にはちがいねぇでヤスが」
「ほえ?! な、なん」
「言ったでしょうに。あたし、貧乏神なんでヤス。旦那に取り憑いてるもんで、旦那の考えている事がよっく“見える”んですよ」
「何を急に……」
「今妄想してたの、最近購入したスケベ漫画の奴の女ノ子をあたしに改変してヤしたよね。ええ、ええ、よっく存じておりヤスとも」
言葉が出ない。
羞恥と驚きに、ユウスケはあんぐりと口を開けた。
確かに彼女の言う通り、妄想は愛読している逸品の登場人物を自分と少女に差し替えたモノであったからだ。
「タイトルも当てヤしょうか? えっと、『ストーカー娘には体にお仕置きだ!』 ……なんだかひねりの無いタイトルでヤスね」
「あ……う、な、なんで……」
「貧乏神は取り憑いた相手のことを何でもわかるんでヤス。ていうか、頭の中も外も四六時中見張っているようなもんでして」
「う、うそだ!」
「嘘なもんですか。寝ている時も起きているときも、風呂の時もクソしてる時も、自分で自分をお慰めになるときもいつも側にいヤス」
そう言って貧乏神は、ここ数日のユウスケの行動をこと細かに報告し始めた。
何を食べたのか、何時頃起きて何時に寝たのか、登下校中の女学生や女児を見てどのような劣情を催したのか、それをどのように発散したのか。
旦那は最近チチの小さなキャラクターもオカズにしていヤスね、だとか立ったまま後からヤるのが夢なんですかい? だとか“おなほ”の購入を検討したネットショップのお気に入りのページ、一般公開設定になってヤスぜ、等と下世話な方向を中心にして。
プライバシーも何もあったものではないが、流石のユウスケもコレには取り乱してしまう。
「――で、昨夜の旦那はこう、このあたりでこういう体勢で、左手を本に、右手をイチモツに宛がって上下に数度しごいた後、ページをめくりまたアレを優しく握りしめた右手を上下に」
「わかった! 信じる! 信じるからやめてくれ! 頼む、後生だから!」
「本当でヤスかい?!」
「ああ! ホント! だからもうやめろって!」
「ううう、よ、よかったぁ……。これで話を前に進められヤス」
再び、よよと泣き始める貧乏神。
泣きたいのはどう考えてもユウスケの方であったが、泣いた者勝ち、女の涙にロクデナシのダメ人間など敵おう筈も無い。
だからユウスケは居たたまれない気持ちのまま、貧乏神が泣き止むまでは甲斐甲斐しくも、お茶のおかわりを注いでやりつづけていた。
「グズ、ありがとうでヤス。落ち着きヤした」
「……で? 貧乏神ってのが、なんで急にうちのクローゼットから出てくるんだ?」
「そりゃあ、貧乏神の住処は暗く陰気な押し入れの中ってのが相場でヤスし。あたしは旦那に憑いて居るんで、この部屋のクローゼットが住処でヤス」
「つぅか、何の用だよ――おい、泣くな! 話が前に進まないだろうが」
「ううう、すいヤせん」
「……お前、俺に憑いて居るって言ったな? 何時からだ」
「そうでヤスね、もうかれこれ十年になりヤしょうか」
「――! じゃ、じゃあ、俺がこれまで何をしても失敗ばかりだったり、今無職だったり友達が少なかったりしたのは――」
「あ、それは私のせいじゃありません」
はっとして指摘したユウスケの台詞を、極めて簡潔かつ事務的に、この時ばかりはやたら綺麗な現代標準語で否定してみせる貧乏神。
つい先程まで涙に濡れ感情も露わになっていた様子からは想像も付かない程、ドライな声と態度だ。
「といいますか、今回あたしが旦那の前に出てきた理由ってのがそこなんでヤスよ」
「……何がだよ」
「旦那旦那、貧乏神ってのはどういうもんか知ってヤス?」
「そりゃ、まあ。取り憑いた人間をビンボーにしてしまうんだろ? なにやってもダメになって不運がつきまとうってかんじで」
「そう、そうなんでヤス。ついでに言ってしまえば、貧乏神ってのはですね旦那。取り憑いた相手の幸福や財産を食い物にして腹一杯になったら、どっか別の人間に取り憑くんでヤス」
「……十分食い物にしてるんじゃねえか。俺自慢じゃ無いが、かなりダメな人間になっちまってるし」
その通り、自慢にはならない事実を口にしたユウスケである。
だがそれを聞いた貧乏神はフルフルと肩を振るわせて、再び俯いてしまった。
――全くうっとうしい。
また泣くのか、とユウスケが思った次の瞬間。
「出来ねぇんでヤスよ旦那!」
「うわ?! 何急に大声だしてんだよ」
「だから、出来ねぇんでヤス! 旦那にゃ、食いもんにできる“幸福”なんてこれっぽっちもねぇんでヤス!」
「な、何言ってんだ。世の中、俺みたいな奴なんてゴロゴロと居るだろうが。もっとひでぇ奴もいる……はず」
「ありゃあ、全部お仲間の貧乏神が憑いてるからですよ。……しかしね、旦那。旦那の場合は違うんでヤス」
「何が?」
「旦那はぜぇんぶ、自力でダメになっているんでヤス。お陰で取り憑いたこっちはたまったもんじゃ無くてですね、ほとんどメシにありつけねぇ始末。そのくせ、自殺するでもなくだらだらと生きるもんだから、友達の死神に聞けば旦那、九十まで生きるっていうじゃありヤせんか。……旦那、一体どんだけダメ人間なんでヤスか!」
まさかの事実である。
よもや貧乏神にまでダメ出しされるとは、思っても見なかったユウスケであった。
と、いうかコレまでの不運な人生や自業自得な人生は、少なからず自己責任であるとは思っていた。
だがそれが、似た境遇の他人は貧乏神が憑いて居るせいで、自分だけが自己責任だとハッキリ言われてしまえばどうなるか。
心はボキリと音を立てて折れ、ガクリと地に手をつくほど落ち込むのも無理からぬ話ではないだろう。
いくら自分のダメさを自覚していたユウスケとて、流石に文字通り肩を落として落ち込んでしまい、暗澹として呆けてしまうのである。
「あたしもね、本当なら設定通り小汚ぇ爺ぃの姿で威厳たっぷりに登場したかったんでヤスよ? しかしながら、十年も殆ど飲まず食わずだったもんで、それも出来なかったワケで」
「……お前、よく死ななかったな」
「コレでも神の端くれでヤスからね。いいんだか悪いんだか、死ぬ思いはしても死なないのが貧乏神ってもんでヤス」
「まて。お前、爺ぃの姿って……もしかして男?」
「誰が男の娘ですか」
「言ってねぇ!」
「しかしそう思ったのは事実のようで」
「読むな! 頭の中を!」
「こりゃ失礼。この姿はですね、旦那が数年前買ったっきりの抱き枕てぇ奴を依り代にしたんでさ。ほら、干すにしても近所の目があってしまい込んでしまったアレでヤスよ」
「ああ、アレ……なのか?」
「最初は同じ頃に買った、ビニール製のいかがわしい風船人形にしようかと思ったんでヤスがね。どうも洗っても洗っても、股間のパーツの臭いが取れなくて難儀しヤしてねぇ。ほら、パッケージイラストと中身が全然違う奴。覚えてヤせんかい?」
「うぁ……あ、ああ……」
「そいつに比べりゃ、こっちの枕はちぃと恥ずかしいシミがありヤスが、“使用”回数は少ないでヤスからね。この姿は描かれたキャラクターをベースにしてやっとの思いであたしの神威を顕現させたんです」
言って、てへへと笑う貧乏神。
こちらもまさかの事実である。
というか、精神的な拷問に近いのかも知れない。
顔色の悪い笑顔はえげつない秘密の暴露を行ったにしては、やけに愛嬌のある代物だ。
「まあ、その辺は余談って奴でヤスがね。こっからが本題――旦那?」
「うう、ぐ……、なんでもない」
「まぁまぁ、後悔先立たずでヤスよ。なに、あたしに見られて無くとも、旦那を守護してらっしゃるご先祖様の守護霊“達”にだって性活は丸見えなんですし気にすることはないでヤスよ」
「それマジなのか?! っていうか、一人二人じゃ無くて?!」
「ええ、マジでヤス。っていうか、旦那に限らず基本守護霊は一人二人じゃなくて縁者全部、団体さんでヤス」
「うわあああ!」
「……話、進めてもいいでヤスか?」
「お前が言うな!」
思わず怒鳴りつけてしまうユウスケ。
対して、ヤレヤレとばかりに肩をすくめる貧乏神である。
先程までの謙虚さと愛嬌は成りをひそめ、中々に小憎らしい仕草だ。
「……もういい。考えないようにする」
「それがいいでヤス」
「ぐ……それで?」
「えっと、つまりですね。あたしら貧乏神は憑いた相手の幸福をある程度いただけねぇと、次に行く事が出来ヤせん」
「それはさっき聞いた」
「所が旦那は真のダメ人間でヤス。あたしが食えるような幸福なんて、これっぽちもありヤせん」
「それもさっき聞いたよ、ケンカ売ってんのかこの」
「つまり、旦那がダメ人間であるかぎり、あたしは旦那から離れられねぇんでヤス。あんまりでヤス!」
「お前があんまりだ!」
「お願いでヤス旦那! どうか、どうか真人間になってください! 真人間になって幸福をあたしに食べさせて下さい! 同じ不幸になるならそっちの方がマシでヤス!」
「やかましい! 意味ねぇしそれ!」
「お願いでヤス! お願いでヤス!」
長い前置きの割に貧乏神の要求はアッサリと終わり、後はユウスケがそれを受け入れるかどうかという段になった。
正確には縋る貧乏神と感情にまかせ罵倒をするユウスケという図であるが、果たしてそれで問題が解決する訳でも無い。
やがて二人が落ち着いた頃、改めて話し合いが持たれて結果とある条件の下ユウスケが何とか更正(?)を試みる方向で決着を見たのである。
然るに、その条件とは――
◆
「旦那、メシが出来たでヤスよ」
「んー」
「ちゃっちゃと食って下さい。あたしはこれからパートなんでヤすから」
とある昼下がり。
少女の姿をした貧乏神がエプロンを脱ぎつつ、未だ寝ているユウスケにそう声をかける姿があった。
「くぁ……、ん、何時だ?」
「一時でヤス。昼の」
「そうか」
「そうか、じゃありヤせんよ旦那。もちっと、まともな生活はできねぇんでヤすかい?」
「そんな事いったって」
「どうせ夕べ遅くまでネットでもしてたんでしょう」
「バカ、ネットなんてもうとっくに止められてるよ。“お前が俺に幸福を感じさせた結果”な」
伸びをしながら起き出したユウスケは、そう言ってもう一度大きなあくびを吐いた。
真人間になる事は諦めてはいないとは言え、弛緩しきった表情にうら若い姿の貧乏神は露骨に軽蔑の表情を向ける。
およそ数週間前の話し合いにて、確かに貧乏神はある条件を飲み、ユウスケの更正を待つ事にした。
条件は一見貧乏神にとっては有利なように思えて、その時はしめたものと思い飲んだのだが。
だがまさか、当のユウスケが日に日に“条件”の上に胡座をかき、あろう事か貧乏神に幸福を吸われ続けることを望むとは、思っても見なかった貧乏神である。
その条件とは、つまり貧乏神が一時的にユウスケを養い、身の回りの世話をして発生する“幸福”を吸いつつ、彼の更正を待つと言うものだ。
コレならば貧乏神は多少の食事にありつけ、尚且つユウスケも当面の生活を物理的にも支援を受けることになる。
流石に貧乏神が憑いていて、いきなり最底辺からの脱出は難しいだろうという判断が成された結果だ。
勿論そうは言っても最終的には貧乏神に幸福を吸われるため、ユウスケ自身何もしなければ焼け石に水というか、状況は悪い方へ進む。
結果生活の質は徐々に悪くなり、電気が止められたりガスが止められたり、水道が使えなくなったりする日が多くなりつつあった。
幸い両親からの金銭的な援助は相当目減りはしていてはいたが供給は続けられていたので、ライフラインが完全に途絶えることは今の所無い。
しかし驚いた事にユウスケは、ここに至って尚“気が向かない”と言ってはその状況に胡座をかいて何もしないため、必然、貧乏神がこれをなんとかする羽目に陥っていたのである。
ユウスケの生活を維持してやっては彼に“幸福”を感じさせ、一時凌ぎの食料としていたのだが、その様はまるで貧乏神がユウスケを通して自給自足の生活を行っている赴きすらみてとれる。
無論貧乏神としてはユウスケを養ってやる義理は無かったが、かといって養ってやらねば前には進めないのも事実。
いい加減幸福を吸わねばたまらぬほど腹は空いていたし、自給自足同然とは言え少しでも幸福を吸ってしまえば、その味は中々手放しがたい美味であるようだ。
神とて背は腹にかえられぬ事もあるらしい。
「そうなんで? しかし、旦那は夜中まで起きていたようでヤスが」
「よくわかるな」
「まあ、一応憑いてる相手の事は距離を置いても大体、わかりヤスし」
「お前は夜のバイトに出ていたから知らねぇだろうけど、最近この部屋、夜中に“出る”んだよ」
「“出る”?」
「クローゼットの中からな、なんかガサゴソと音が鳴るんだ」
「ネズミか油虫じゃないでヤスか?」
「違うよ、もっとでけぇナニカだ。しかもそいつ、ススリ泣きやがる。おかげで眠れやしない」
「あ-、もしかしてあれかも」
「心当たりがあるのか?」
「ええ、あたしもこう見えて神の端くれ、一度依り代としたモノには何かと縁がうまれますから」
「つーと……抱き枕か?」
「それは今の依り代。そのまえに一度、試したやつが……」
「……あれか、大人のオモチャ的な、しまい込んだヤツか」
「でヤスね。大方、ビニール製のいかがわしい風船人形が付喪神にでもなりかけているんでしょう。まあ、そうなったらそうなったでソイツにも旦那の生活維持を手伝って貰いましょうか」
「やめろ! 気の迷いで買ったダッチワイフに養って貰うのは、流石に死にたくなる!」
「大丈夫でヤスよ、旦那は九十まで生きるまで死にやしやせん。それに、貧乏神ならいいんで?」
「……これからハローワークに行くつもりなんだよ」
「それはよかったでヤス」
「しかしアレ、どうしよう。これ以上へんなもんが増えても困るぞ……。かといって捨てるに捨てられん」
「なりかけの付喪神なんぞ、保管場所を変えれば元に戻ることもありヤス。旦那、どうです? いっそ引っ越しでもしてみれば」
「引っ越しって……金がかかるじゃねぇか」
「そうでヤス。勿論、あたしの稼ぎじゃたかが知れておりヤスからね。旦那がさっさと真人間になりゃ、引っ越すまでならあたしも食事を我慢しやすよ」
「……これからハローワークに行くつもりなんだよ」
「それはさっき聞きヤした」
「いい職、見つかるまで待ってくれ。俺の真人間ロードはそっから始まるんだから」
「……パート、行ってきヤス」
「応。あ、晩飯は久しぶりに肉がいいな」
「期限切れのヤツ余ってたらコッソリもってきヤス」
果たして辛気くさいため息を残し、貧乏神は昼のパートに出かけていった。
彼女(?)が通うスーパーの経営が無事であるのかは不明であるが、日に日に持ち替える“期限切れ”の食品が増えるのはユウスケとしては有り難い話だ。
やがて一人残された三ノ原ユウスケは、ふあ、と三度あくびをして、貧乏神が用意した朝食兼昼食を口に運びはじめる。
電気は止められてしまっているのでTVは点かず、無音の室内に丁度奥の布団が敷いてある部屋からカタコトとナニカが動く音が聞こえてきた。
遠からず、働き手がもう“一人”増えそうな気がするユウスケだったが、不思議と先程よりも悪い気はしない。
状況を正しく理解した上で堕ちて行く感覚は、思いの外慣れる物であるのだ。
それは貧乏神にとって美味なる幸運であるのか、不味い不運であるのか。
只言えるのは貧乏神自身の不幸が、まだまだ続くと言う事であろう。




