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異聞・妖刀百物語  作者: 痴れ者ラボ
サムライ×フロンティア
4/76

Bullet◎4




 その日、結局留守を引き受ける羽目となった陣十郎は。


 アニーが連れてきた保安官シェリフのゴードンに根掘り葉掘り質問を受ける事となったが、彼女の取りなしもあってか特に問題は発生しなかった。

 ただ、やはり着物を身につけた陣十郎の出で立ちはかなり怪しく映るらしく、保安官のゴードンはしつこい程に陣十郎の旅の目的を詮索する。


 ――そう、この場違いな侍は。

 保安官になぜ此処に来たのか、との質問に、一言旅をしているからとだけ答えたのだ。

 目的も明かさないままに。

 ゴードンはどちらかと言えばその目的の方を知りたかったようであったが、町の仲間の命を救った陣十郎の手前、何よりアニーのとりなしによって深くは追求せず、面倒だけは起こすなと念を押すにとどめたのであった。


 日はその時随分と天高く登り、ジリジリと荒野を焦がして始める。

 多少の疑問は残しつつも、アニーを襲った一夜の騒動はそれですべて解決し、陣十郎は胸をなで下ろしアニーは牛の世話に思いをはせ始めた頃。

 あ! と強盗の死体と手首を失った男を馬車に乗せ、手配書の束を片手に検分を行っていた保安官助手のオリヴァーが声を上げた。


「どうした? オリヴァー」

「シェリフ! こいつら、『サンド・スネーク』の一味です」

「何?!」


 陣十郎を横目に、アニーと世間話をして検分が終わるのを待っていたゴードンは、顔色をかえながら助手の元へ駆け寄る。

 アニーも助手の言葉に、表情からさっと血の気を引かせていた。

 ただ一人、何がまずいのかよく理解できない陣十郎はボリボリと顎の無精ひげを掻いて、そりゃ、一体なんだい? と飄々とした体で尋ねた。


「あんた、知らないの?!」

「わしゃ、流れ者なんでな」

「強盗団よ。たちの悪い、ね」

「にしても……」


 少し焦ったかのようなアニーを尻目に、陣十郎は今度はジョリジョリと無精ひげさすりながら、馬車の方へ走っていった保安官を見やった。

 保安官のゴードンは助手と何やら、深刻な面持ちで話している。


「随分と怖がっているようだね?」

「当たり前よ。『サンド・スネーク』と言えば、この辺りじゃ一番厄介な強盗団ですもの」

「ほう? 頭数が多いのかの?」

「それもあるけど、とにかく凶暴なの。インディアンよりもね」

「む。ちと、ようわからんな。幾度かそのインデアとやらに世話になった事があったが、連中、気むずかしいがいい奴らだったぞ?」

「たまたまよ。南のチェロキー族は好戦的だって噂だし」

「そんなもんかの」

「そうよ。とにかく、『サンド・スネーク』はすごく凶暴でしかも狡猾なのよ。この辺りを荒らし回っててね、警察でも手に負えない有様」

「その、恐ろしい強盗団がなんで嬢ちゃんの家に忍び込んできたんだ? あれで全部と言うわけではあるまいに」


 アニーは陣十郎に嬢ちゃんと言われ、少しむくれて視線に敵意を込めた。

 年齢は知らないが、確かに陣十郎とは親娘ほども年が離れていよう。

 しかし、嬢ちゃんは無い。

 それは仮にも十六のあの夜から三年間一人で生きてきた彼女の矜持を甚だ傷つける言葉であったのだ。


「やめてよ。アニーって名前があるんだから。チンシュロ」

「陣十郎だ」

「チンシュロー?」

「……嬢ちゃん、わざとか?」

「残念。発音が難しいのよ、あんたの名前」

「ジン」

「ジン」

「ジュウ」

「シュウ」

「ジュ・ウ!」

「ジュ、ウ」

「ロウ」

「ロー」

「陣十郎だ」

「チンシュローね」

「うむ、わざとだな」

「そうよ。あんたがわたしをちゃんと名前で呼んでくれないからね」


 してやった、と意地悪な表情をうかべてアニーは笑う。

 代わりに今度は陣十郎がすこしむくれて、ジョリジョリと顎の無精ひげを少し強くなでるのであった。

 そんな二人のやり取りを尻目に、保安官は助手としていた話が終わったのか、こちらを向いて緊張した面持ちで声を張り上げてきた。


「アニー! 俺は町の皆に知らせてくる。オリヴァーをドッヂフォートまで走らせるから、軍が来るまでなるべく外に出ないようにしてくれ!」

「ちょっと! そんなの、“牛追い(キャトル・ドライブ)”の私には無理よ!」

「保安官命令だ! 命あっての物種だろ? じゃ、俺は行くぞ! 町の皆と自警団を作って見回りをせにゃならん」

「ゴードン!」

「いいか? 昼もそうだが、夜は特に気をつけろ! 鍵をかけて、決して外にでるんじゃない。銃を手に持って夜を明かせ! 今から寝ておけ!」

「じゃ私も町を見回るわ」

「女の出る幕じゃねえ! いいから言われた通りにしてろ! あー、それと。騒動収まったら保安官事務所に来てくれ。こいつらの分の賞金を渡すよ」


 ゴードンは有無を言わさぬ雰囲気で強くそう言い放つと、そそくさと馬に乗り込み、馬車を操る助手と共にその場を去っていった。

 アニーは先程よりも更に悔しそうな表情を浮かべ、しかし言われたとおりにするつもりなのかその後籠城の準備を始める。

 牛たちに水と餌を多めに与えて、クララベルを藁で拭いてやると早々に戸締まりをして家の中に引きこもってしまうのだった。

 その頃には日は大分傾いて、遅めの質素な昼食としてパンを囓りながらアニーはテーブルの上に銃を置き、終始無言で手入れを始める。

 なぜかそこに居続ける陣十郎は、同じく分けて貰ったパンを片手に彼女の様子を黙って見ているのであった。

 そんな彼をアニーはじろりと睨んで、だがどこか遠慮がちに手元に視線を落としたまま、声をかける。


「……あんたは関係ないんだし、さっさとこのミスフォーチュン(災難)の町から出て行った方がいいんじゃない? 賞金首のお金いらないんでしょ?」

「まあ、そうなんだが……命を助けて貰った恩人が困っておるのだ。見て見ぬ振りをするのは、“武士の名折れ”というものじゃしな」

「“BUSHINONAORE”?」

「この、刀を持つに値しない臆病者という意味じゃよ」


 陣十郎はそう言って、むふんと笑って見せた。

 皺のよった、傷のあるその笑みは不思議と柔らかでアニーを落ち着かせる。

 しかし、アニーはそれ以上陣十郎と会話を交わす気になれず、同時に彼を家から追い出す気にもならなかった。

 なんだかんだと言っても、男である陣十郎が側にいることが心強かったからだ。

 銃を分解し、油を差し、弾丸を一つ一つ入念にチェックするアニーの手元を陣十郎も又、沈黙を保って見詰め続ける。

 しばらくして、退屈したのかおもむろに陣十郎は懐からいくつかの道具を取り出し、アニーと同じように刀の手入れを始めた。

 テーブルの上に長めの脇差し“百合”を置いて、目釘を外し、器用に刀を分解する陣十郎にアニーは思わずその手を止める。

 真綿でゆっくりと裸になった刀身を拭き上げ、ついで別の綿で何やら粉を薄く、薄くまぶしてもう一度、別の真綿で拭き上げていく。

 最後に油が染みこませているであろう布でもう一度拭き上げ、陣十郎が再び刀を組み立てた所でアニーはやっと、口を開く気になった。


「……それ、随分とややこしい仕組みなのね。それに、手入れの仕方も変わってる」

「むふ、そうであろう? 刀はな、こうやって分解して丹念に手入れをしてやる必要があるんじゃ」

「へぇ。……ねぇ、そっちのカタナは手入れしなくていいの?」


 アニーはそう質問しながら立ち上がり、手入れの終えた自身の銃をホルスターに押し込んで、今度は奥からウィンチェスターライフルを持ってきた。

 レバーアクションで弾を装填するそれは、アニーにとって父親の形見の品であり、同時に苦い思い出が思い起こされる品でもある。

 彼女は再び椅子に座りながらも、少しだけ鈍く光るライフルを見詰め、徐に銃をあらぬ方向へ構えてみせた。

 照準の向こうには、あの十六の夜の出来事がよぎる。


 質問しておいて何であるが、この間の陣十郎の無反応はすこし有り難かった。

 思いがけず過去に感傷を刺激され、父と母、そして弟の幻を見た気がしたからだ。

 アニーはそのまま目を閉じて一瞬の幻を消し去り、構えを解いて何かを振り切るようにライフルに弾丸を装填する。

 彼女の持つ初期型のウィンチェスターライフルはイエロー・ボーイという名で、真鍮部が鈍く光っていた。

 手入れはまめにしていたが、久しく使う機会が無かったためライフルの予備の弾は少ない。


「ねぇってば」


 まるで、自身の記憶を追い払うかのように、彼女は陣十郎に先程の問いかけの返答を促した。

 陣十郎はテーブルの上に置いた脇差しの隣に“銘無し”の打刀を置いて、ただじっと開いた右目でその姿を見詰めている。

 それから徐に。

 まるで独り言のように、先程のアニーのように、その打刀の向こうに何かを見るように。

 男は口を開いた


「これには手入れの必要は無い。鞘から抜けぬ“祟り刀”だから、の」

「そういえば、呪われてるって言ってたわね、それ」

「うむ。正確にはこちらの言葉の“呪い”と祟りという物は少し違うのだがの」

「ふうん? どう違うの?」

「英語には説明に足る単語が無い故、上手くは説明できんのじゃが……まあ、呪いは悪い魔術師や悪魔が人に魔法をかけるようなもんじゃろ?」

「ん、おとぎ話でよく聞くあれね」

「そんな所だ。じゃが、祟りは違う。なんというかの、神の怒りと言うべきか……」

「え?! まさかキリスト様の聖遺物って言い出すんじゃないでしょうね?」

「まさか。神の怒りというのは比喩でな。こう、空から雨が降るように、日が昇るように当たり前に災難が降って沸く代物という意味かのぅ」

「……よくわかんないわ」

「ううむ、困った。わしゃ、口下手でいかん」

「そもそも、なんであんたが銃も持たずにそんな物を持ち歩いて旅をしているわけ?」


 質問に陣十郎の困ったように顎の無精ひげを撫でていた手が止まった。

 アニーのそれは意外であったらしく、しばし話すべきかどうか、悩みはじめる。

 元来好奇心の強い方であったアニーは、身の上話を無理強いするつもりはなかったが、何となくこの奇妙な東洋人に興味が沸きはじめている事を実感する。

 彼女に限った話しではなく、当時、何もない荒野で暮らす人々にとって旅人の話は又とない娯楽の一つであった。


 もっとも、野盗やアウト・ローが跋扈する荒れ地では警戒心もそれなりに、強く排他的になるのも無理からぬ話ではあるが。

 つまり彼女は、当初は陣十郎の様子を見て多少なりとも気を遣って聞けなかった事を、気を許すにつれつい、尋ねてみたくなったのである。

 果たして、陣十郎は重い口を開いた。


「そうだの、そもそもはこの、“祟り刀”が全ての始まりかの」

「それが? どうしてまた」

「こいつには……あるお伽噺があってな。そこから話すと長くなるぞ。それに面白くはない」

「はじめから聞かせてくれる? このまま夜を明かさなければならないのに、日はまだ暮れたばかりだもの、退屈して朝には死んでしまいそうだわ」

「はぁ、嬢ちゃんは物好きじゃのぅ」

「また! ……もう許さないわよ? 絶対、話して貰いますからね」

「とほほ、やぶ蛇になっちまったか」


 陣十郎はそう言いつつ、止まっていた顎の手を再び動かし始めてジョリジョリと無精ひげを鳴らした。

 そんな彼を横目に、アニーは暗くなってきた室内に明かりを灯すべく、ランプに火を入れテーブルの上に置く。

 ランプを挟んで陣十郎の向かいに三度腰掛けたアニーは悪戯っぽく笑い、さあ、話せとばかりに顎をしゃくって見せた。

 陣十郎ははぁ、とため息を一つついて、テーブルの上に置いたままの“百合”と“銘無し”を見つめる。

 それから、ぽつりぽつりとある、昔話を始めるのであった。

 そのお伽噺は今、陣十郎がそこに居る理由にまで連なってゆく。


 長い夜はこうして始まった。



 陣十郎の持つ“銘無し”は元々『鬼目一“蜈蚣”』(オニノマヒトツ“ムカデ”)と言う銘を持っていた。

 来歴を遡れば、ありふれた伝説にたどり着く。

 曰く。


 ――ある刀鍛冶の元に一人の若い男が弟子入りを希望してやって来た。

 刀鍛冶は跡継ぎがおらず、喜んで彼を迎え入れた。

 若者はよく師匠につくし、その技もみるみる内に吸収してゆく。

 やがて彼が独り立ちしようかという頃。

 刀鍛冶には一人の美しい娘が居た。

 若者はこの娘を嫁に欲しいと師匠に懇願する。

 娘も若者には満更でも無い様子であったが、彼女を目に入れても痛くないほど可愛がっていたこの刀鍛冶は、ある条件を出すのだった。


 それは。

 一夜で刀百振り打てたならば、嫁にやろうという物である。

 若者はそれを受け、早速刀を打ち始めた。

 ――師に決して鍛冶場を覗かぬよう、懇願して。

 果たして、刀鍛冶はその懇願を受け入れ約束し、鍛冶場からは夜を徹しての刀を打つ音が響いてきた。

 その勢いはすさまじく、次々と打ち上がった刀を持って外に出てくる若者を見て、一体どのように刀を打っているのか知りたくなった。


 そして、約束は破られる。

 刀鍛冶がそっと鍛冶場の入り口から中を覗くと、そこには若者の姿は無く、一匹の鬼が刀を打っていたのだ。

 これに焦った刀鍛冶は、このままでは化生に娘を娶られてしまうと思い、ついその場で鶏の鳴き真似をしてしまう。

 すると、ぱたりと刀を打つ音が止み、そして夜が明けた。

 一向に鍛冶場から出てこない鬼の様子を見ようと刀鍛冶が中に入ると、そこには鬼が打ちかけの刀を持って息絶えていた。

 その刀は後は銘を刻むばかりであり、丁度百本目であったという。


「ま、そこまではわしの国じゃありふれた話なんだがな」

「ONIって、デーモンか何か?」

「古き神々の眷属ともいうがの。ま、上手く言えないからそれでよい」

「そ。で、そのオニがそのカタナに呪いでもかけてるの?」

「ま、そんなところだ。その後、その鬼を不憫に思った刀鍛冶が、鬼を神の使いのように祀って供養したのだ」

「どうして? オニは悪い奴なんでしょう?」

「今の話で、鬼は悪さをしたか? ただ、鍛冶屋の弟子になり、よう働いて、娘に恋しただけであろ?」

「む……それはそうね。オニが悪い奴じゃなければ、悪いのは刀鍛冶になるわね」

「うむ。でな、この鬼はどうも最期の最期で、約束を破った師を恨んだらしいんじゃ」


 陣十郎はそう言って一度言葉を切り、再び“祟り刀”の物語を口にする。

 それは、哀れな鬼と娘の物語でもあった。

 想いを遂げられずに死した鬼を哀れんだ刀鍛冶は、この鬼の魂を鎮めるため祠を庭に建てた。

 それが長い年月をかけて神社となってゆくのだが、果たして鬼の想いは死んではいなかった。


 元来、鬼も八百万の神々の眷属である。

 故に、刀鍛冶は鬼の魂を鎮めるために祀ったのだ。

 古来より、八百万の神々には二つの側面がある。

 空に暴風を投げ入れ、海に嵐を呼び込み、大地を割り煉獄の炎を流し込む『荒魂』。

 あるいは、燦々と日をかがやかせ、船を順風で送り出し、大地に豊かな恵みを実らせる『和魂』。

 想いを遺した鬼はどちらになったのか、いうまでもない。


 鬼は師を恨み、娘に焦がれ、『荒魂』となっていた。

 やがてソレは祟りとなり、娘の子々孫々と遺した百本の刀に降りかかる。

 祟りは刀の数にちなんでか、百足の化生の姿となり、度々娘の子孫達に災いをなした。

 娘の子孫は全て女子しか産み落とせぬようになり。

 これに添い遂げる男子あらば、契った男の元に百足の化生が現れ、たちまちの内にこれを食い殺し。

 幾度もその時々の剛の者がこれを討伐するも、百足は決して滅さず、形を変え、祟りは続いてゆくのであった。

 やがて時を重ねた娘の子孫は。

 ある、忌まわしい風習を行い始める。


「――つまりだな。娘の子孫のおなごと添い遂げた男子は、遺された百本の刀の一振りを手に海の彼方へと追放されるようになったんじゃ」

「……意味がわからないわ。どうしてそうなるの?」

「百足は昔から水に弱いとされておるで。娘の子孫達は皆美しく、高貴な家に嫁いだのもあるしの」

「ますます、意味がわからないわ」

「つまりじゃ。娘の子孫は祟りによって必ず娘じゃろ?」

「ええ」

「その娘とどこぞのワケの分からん馬の骨と契らせてな、刀を一本持たせて海に追放し、野垂れ死にさせるのだ」

「そんな……」

「そうすると、その娘の代は少なくとも男はそれ以上祟られん。男子を産む者も出てくる。で、娘に子供が生まれるとまた……」

「バカじゃないの!」


 アニーは思わず声を荒げていた。

 そこから先は、聞かなくても分かったからだ。

 罵りは、話に出てくる娘の子孫に向けての物ではない。

 陣十郎に向けてのものであった。


「あんた、なんでそんな事になるって分かってて、そのカタナを受け取ったのよ! その娘とそんなにヤりたかったの?!」

「ヤりたいもヤりたくもないも、わしゃ、元々“馬の骨”となる事を義務づけられた一族の出じゃて」

「なによ、それ!」

「わしは祟りを引き受ける役。娘……百合は祟りをわしに渡すため、年が離れた狒々親父に純潔を散らす、哀れな娘。それだけの話だの」

「何がそれだけの話よ!」

「……まあ、形式の上では許嫁であったがの。年は離れていたが、お互い好いてもいた。が、の。結局、わしは馬の骨でしかなかったんじゃ」

「意味がわからないわ」

「だろうな。この話をするたびにそう言われちまう。武士として生まれたならば、家の宿命は何より重い。この国で生まれ育った嬢ちゃんには、ちと理解に苦しむだろうが」

「……あなたの言うとおり、まったく理解できないわ。そんな迷信、よくも信じられるわね」

「迷信、か……」


 陣十郎はそう言って力なく笑い、閉じた左目に手を当てた。

 アニーは対照的に、目に怒りを宿しギリと歯をかむ。


「まあ、怒らんでくれ。迷信ならそれで良いではないか。所詮お伽話じゃ。理由は何であれ、わしが海を渡った理由はここからなんじゃし」

「……それで?」

「ふむ。とりあえずはまあ、百合と契っての。しきたりに乗っ取って、この刀を渡され海に放逐された」

「ふん、意気地なし」

「そう言うな。での? わしがもろうた“祟り刀”は丁度、最後の一振りでな。鬼の想いが強いんだろうな。死ぬ前に偶然、アメリカに向かう船に拾われたんじゃ」

「……で?」

「最初は刀と共に海へ身投げしようかと考えた。でもな? 船に乗り込んでいた、ある船員に簡単な英語を教わりがてら面白い話を聞いたんじゃ」

「どんな?」


 徐々に怒りのボルテージを下げ、続きを促すアニー。

 自分の見知らぬ土地を旅してきた者の話は、荒野に住む者にとって極上の娯楽となり得るのだ。

 陣十郎の物語に共感し、怒りを抱いてはいても根の部分では他人事でもある。

 海に出て船に拾われた話というのはそれだけで冒険譚になる時代、陣十郎の語りはアニーの怒りを打ち消すとは行かぬまでも、好奇心を刺激していた。


「なんでも、インディアンとやらの聖地にはあらゆる呪いを解く者がおるらしい、とな。まあ、半信半疑ではあるが、天候をも操るとまで聞いては捨て置けぬようになっての」

「それで此処まで来たってわけ?」

「うむ。どうせ、一度は捨てた命じゃ。カリフォルニアの、サンフランシスコと言う所で下船させて貰い、言葉を覚えがてら路銀を溜めた後、延々とここらまで歩いてきたと言うわけだな」

「じゃあ、あんたは元々南に行くつもりだったんだ?」

「む、それがの。最初はただ闇雲にあちこち、西へ東へとウロウロしておった」

「いい加減ねぇ。よく荒野で野垂れ死ななかったわね」

「むふ。そこはほれ、悪運が強いというか。とにもかくにも、あっちにインディアンがおると言われれば赴き、こっちに移動したと噂を聞いては引き返しを繰り返しでの」

「……なんだか、気が変わったと言うわりには何時死んでもおかしくないような事を繰り返していそうね、あんた」

「そうでもないが……まあ、それは置いといて。結局少し前、ここから更に南に行くとオクラホマとゆう、インディアンの居留地があると知ってな? そこで情報を集めようかとおもうての」


 陣十郎はそう言って、他人事のように可可と笑う。

 対照的に、アニーは呆れ半分、不機嫌な表情を浮かべて彼をにらみつけていた。

 彼女には陣十郎の話が納得のいく物ではなかったからだ。

 冒険譚としては面白かった部分もあったが、聞き終えるとそれらを差し引いても、やはり納得の行かないものが多すぎる。

 なぜ、娘と最初に契った者が迷信の犠牲にならなくてはならないのか。

 なぜ、追放される為だけの一族が存在するのか。

 なぜ、陣十郎は己の命を「それだけの話」として割り切るのか。

 なぜ、この厳しい荒野を征くのに他人事のような口ぶりで語れるのか。

 アニーには全てが不快であった。

 同時に、陣十郎が“貧乏で、こういうもんじゃないと高価な刀は手に入らなかった”と嘘をついてまで話したくなかったものが、こんなつまらない話であったのかと落胆すらしていた。


 そんな、彼女の強く激しい視線に晒された陣十郎は、どこか寂しげでしかし飄々とした風情のまま、ジョリジョリと無精ひげを撫で続ける。

 その姿がやけに癪にさわり、アニーは何か、罵倒のための言葉を口にしようとした。

 ――瞬間、視界から陣十郎の姿が消える。

 それからすぐに自分の視界も回り、気がついたら陣十郎によって家の床に押し倒されていた。

 混乱の最中、何を! と怒りにまかせて叫ぼうとしたときである。


 彼女の家に、無数の銃弾が飛び込んできた。





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