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異聞・妖刀百物語  作者: 痴れ者ラボ
遭神記
37/76

神妾




 古今、得体の知れぬ噂話というものは真実の如何を問わず、人々の興味を刺激する代物だ。

 

 特に怪談や都市伝説などはその代表とも言えて、ある者はそれは真実だと口にし、またある者は作り話だと笑う。

 が、いずれにしても真偽を確かめようとする者は多くとも、答えを得る者はそれほど多くは無いだろう。

 瓜生桐子うりゅう・とうこもまた、得体の知れない噂話に深く関わり、真偽を求める者と“成った”。

 今年で十五歳になる彼女の身長は、百五十センチメートル、体重は四十キログラム。

 飾り気の無い、しかし艶やかな直毛の黒髪は肩口まで伸びて清潔感を漂わせる。

 世間一般で言えば彼女は中学生にあたる身分だが、人並み外れたその容姿から瓜生桐子は芸能タレント・『瓜生キリコ』としての顔も持ち合わせていた。

 もっとも、世間一般的にはかなりの美貌であるという評価は、必ずしも本人の評価とは一致する者所では無い。

 瓜生桐子曰く、自身の常に他者を睨むような、見上げるような三白眼はコンプレックスに感じているのだとか。

 だからなのだろう、彼女は芸能界に入る前からグリーンのフレームの、伊達メガネを愛用して人前で外す事は無かった。

 しかし、『瓜生キリコ』のファンに言わせれば、その評価はまるきり違う物であるようだ。

 清楚な美貌と常に上目遣いにジットリと睨むような目、それを強調するような、和らげるような緑縁のメガネは、確かに『瓜生キリコ』最大の個性と魅力といっても差し支えないだろう。

 芸能界において、兎にも角にも個性は武器となる。

 だからか本人の自己評価はさておき、他のアイドル達とはやや毛色の違う瓜生キリコは、アイドルの低年齢化が著しい昨今の風潮に後押しされるようにして順調に人気を獲得していたのだった。



 芸能タレント『瓜生キリコ』である瓜生桐子の転機は約一年前、『街の噂大検証!』という番組の収録から始まった。


 収録は“巷の噂話を検証する”といった趣旨のもので、瓜生キリコの下に舞い込んだ仕事は番組内での一企画だった。

 その内容とは、瓜生キリコの他新人アイドルらを数名集め、霊の存在を検証するというものである。

 収録そのものはスタジオでなく曰くアリげなマンションの一室で行われ、瓜生キリコの他二名のアイドルがそこで一夜を明かすというシンプルなものだ。

 後日のスタジオ収録でその様子を収めたVTRが紹介され、様々な“演出”の甲斐あってか番組は無事に成立して放送されたのであるのだが。

 結果として瓜生キリコにとってのこの番組は誰よりも大きな意味を持つようになり、しかしそれを認識するようになったのはごく最近での事だった。


「あの、斉藤さん」

「なに? キリコちゃん」


 都内はとある芸能プロダクションの事務所内。

 打ち合わせ室で二人きり、瓜生キリコはスケジュール調整を報告していた自身のマネージャーの言葉を遮っていた。

 その声色は不機嫌というよりも、どこか不安げに聞こえる。


「ミヤちゃんの件、なんですけど」

「……何か知ってたりするの? それとも、まさか、関係あるとか?」

「い、いや! 多分、違うんですけど、ね?」


 ミヤちゃん、というのは瓜生キリコと同じ事務所に所属“していた”アイドル、『後藤ミヤ』の事を指す。

 過去形なのは今はもう、彼女は瓜生キリコと同じ芸能プロダクションに所属してはいないからだ。

 どういう事かと説明するならば、二月程前、世間を大いに騒がしたある事件について触れねばならない。


 『後藤ミヤ』は瓜生キリコの二つ年上になる事務所の先輩であり、ここ半年程で人気が急上昇した“時の人”でもあった。

 その人気はすさまじく、スケジュールは過密を通り越して殺人的となり、休む暇どころか寝る時間すら取れない有様で収録現場で倒れてしまうこともしばしばあったようだ。

 そんな状況を見かねた事務所の社長が、大切な“商品”が壊れぬようスケジュールを調整させ、強制的に休養させたのが丁度二ヶ月前。

 休暇は僅か一日であったが、その日以降のスケジュールは調整され、わずかでも体に掛かる負担を軽減するものに変更されていたのである。


 果たして幾人ものトップアイドルを世に送り出してきた社長の目論見通り、『後藤ミヤ』はもう数年はトップアイドルとして君臨する筈だったのだが。

 休暇明けの朝、担当マネージャーが彼女の部屋まで迎えに行くと、そこに居たのは見る影も無く無残な姿と成り果てた『後藤ミヤ』であった。

 新進気鋭のトップアイドル『後藤ミヤ』の死はたちまちあらゆるメディアが取り上げ、今でも週刊誌や番組で特集が組まれる有様だ。


 警察発表では“他殺”。

 彼女の部屋が密室であった事。

 (本人や周辺すら把握出来ていなかった)常に熱狂的なファンのストーカーまがいな“監視”下、目撃者が一人も居なかった事。

 後藤ミヤの死体が何故か、腐乱が始まっていた事。

 話題としてはそれだけでも事欠かないのだが、それら以上に“異常”なのはその死因にあるだろう。

 つまり、なにより人々の興味を引いたのは、“全身の皮を剥がされて失血死”するという、あまりに凄惨なその死因だったのだ。


「その……ミヤちゃんがですね、ほら。一年位前、丁度ブレイク前にね? 一緒に番組に出たじゃないですか。オカルト番組」

「えっと……ああ、『街の噂大検証!』? あのマンションに泊まってオバケを確かめる奴だね」

「はい。小村ちゃんと一緒に収録したヤツ」

「それがどうかした?」

「いえ、ちょっと、最近になって気になっちゃって。あの収録の時にですね、ミヤちゃんの録れ高の内、あとでカットされたシーンあったじゃないですか?」

「うーん、ごめん。流石にどこがカットされたか覚えてないな。キリコちゃんの録れ高なら担当マネージャーだし大体覚えているけど」

「……あの収録の時ミヤちゃんがですね、“そういえばこんな都市伝説あったなあ”とか言いながら、深夜一時位だったかな?」

「うん」

「鏡に向かって“うりこひめ”って言ったんですよ」

「ああ、知ってる。そういうと、鏡の中に天の邪鬼が見えるっていう都市伝説だね、それ」

「はい。わたしも小村ちゃんもマネしてみたんだけど、何もおこらなくて、リアクションもしなかったからお蔵入りになっちゃったシーン」

「うーん。その後、四時位かな? ラップ音とかの“演出”に現場に入って俺がやったから、そこからなら覚えてるけど」

「……あの時なんですけど、わたしと小村ちゃんは素だったけど、ミヤちゃんはリアクションしなかったんじゃなくて、“出来なかった”程驚いていたんじゃないかなあ、って思うんですよ」

「ん? ……でも、リアクションがイマイチな所はどんどん編集されちゃうし。驚いていたって言ってもね」

「そうじゃなくて」

「個人的にはキリコちゃん、他のシーンでももうちょっとオーバーに怖がった方がウケたと今でも思うかな」


 やや会話をすれ違えさせながらのマネージャーの指摘に、黙り込む瓜生キリコ。

 暗に他の二人の方が良かった、とも取れる内容に不快感を覚えたのでは無く、そこから先を口にするのを躊躇っているのが見て取れる。

 だからか、マネージャーの斉藤も彼女の気持ちを推し量ってか、それまでの事務的な口調をやや崩し、きちんと話を聞くことにした。


「どうしたの、キリコちゃん。なんか、変だけど。笑わないから、気になることは言ってみなさい」

「はい……」

「それとも、俺のような中年の男に相談出来ないような事? だったら、他の女性スタッフに聞いて貰うけど」

「いえ。あの、ですね? あの、収録の後……ミヤちゃんにですよ? あの時“見えてしまった”って聞いたんです」

「見た?」

「ええ。ホントに“天の邪鬼”を見たんだって本人から」


 瓜生キリコの台詞に、斉藤は黙り込んでしまった。

 “夜中に鏡に向かって『うりこひめ』と呟くと、鏡の中に天の邪鬼が現れる”という都市伝説を信じているからでは無い。

 仕事の関係上、オカルト番組の演出や進行の検討をする事もある為、『うりこひめ』についての説話を知っていたからだ。

 『うりこひめ』と天の邪鬼の関係性は、日本全国で見聞きすることができる。

 伝承には幾つかパターンがあるが、その内の有名な物の一つをこの時、斉藤は思い出していた。

 どのようなものかというと、嫁入り前のうりこひめを天の邪鬼が殺害し、その“生皮を剥いで”被りうりこひめに成り代わる、というものである。

 『後藤ミヤ』は生前、“天の邪鬼”を見たと言い、『うりこひめ』の伝承をなぞるように全身の皮を剥がされて“失血死”した。

 ただ生きながら生皮を剥がされて、ショック死したのではない。

 “失血死”なのだ。

 マスコミには公開されなかったが、部屋中にはのたうち回った生々しい跡があり、如何に凄惨な殺され方をしたかがうかがい知れる。


 ここで都市伝説を信じるならば“その通り”となったと考える事も出来たが、斉藤が真摯に受け止めていたのは“誰が殺したか”という点であった。

 つまり誰かはわからないが、未公開のVTRの中身を知る者がいて、後藤ミヤと天の邪鬼の都市伝説との関係性を知った上で、そのような猟奇的な殺害を行った者が――それも関係者の中に居る事になるかもしれない。

 斉藤はそう考え、しばしキリコの事も忘れ思い当たった事を警察に相談するべきか否か、悩んでいた。


「あの、斉藤さん?」

「――ああ、ごめん、キリコちゃん。その話、誰かにした?」

「してません。気味が悪いし」

「一緒にいた小村ちゃんも知ってる?」

「いえ。わたしとミヤちゃんの二人きりの時にした話だから……。ミヤちゃんと小村ちゃんはあんまり仲良く無かったし、ミヤちゃんも話はしてないと思います」

「そうか。じゃあ、以後誰にも話しちゃだめだ。これ以上、ミヤちゃんの周辺で変な噂話を立たせたくないし。小村ちゃんもここの所ブレイクして大切な時期だから、変なゴシップになるのもまずい」

「はい、わかりました。 わたしも、小村ちゃんの邪魔をするつもり無いから安心してください」

「うんうん」

「それで、ですよ? ここからが本題、なんですけど……」

「あ……うん」


 斉藤の微妙な返事は、瓜生キリコの相談などすっかり忘れていたが為。

 業界内の、それも身内に近い者が後藤ミヤ殺害の犯人であるかもしれない、と考えが至ったのだから仕方無いと言えば仕方無いのだが。

 そんな斉藤の事情など意に介する必要の無い瓜生キリコにしてみれば、不快に感じるのもまた仕方無い話だ。

 ため息と共に一拍、すこしむくれながらも瓜生キリコは“本題”を切り出すのだった。


「その。小村ちゃんの事、なんですけどね?」

「うん」

「昨日の収録、小村ちゃんとわたしで同じ現場だったでしょう?」

「そうだね。あの新番組は中々手応えあったと思う。今は小村ちゃんがブレイクしたけど、キリコちゃんもあの番組が切っ掛けですごく人気出ると思うよ」

「ありがと、斉藤さん。でも、そうじゃ無くて。ほら、あの番組の収録って、何故かわたしと小村ちゃんの楽屋が一緒だったじゃないですか」

「ああー、うんうん。ごめんねぇ、小村ちゃんの希望で相部屋になったんだよ。ほら、今や小村ちゃんはポスト・ミヤちゃんとまで言われてる売れっ子だから、ワガママが通っちゃうんだよね」

「はい、それは気にしてません。っていうか、小村ちゃん、わたしに聞いて欲しいことがあるから相部屋をお願いしたらしいし」

「まあ、大丈夫だよ。キリコちゃんも直ぐ小村ちゃんに追いつけるから。社長もミヤちゃんの一件から、売れっ子になっても一定のお休みは保証してくれるようになったし。お陰で最近の小村ちゃんも体調不良で現場に来ることは殆どなくなったみたいだしね」

「だから、それはいいんですって。――その時にですね」

「あ、うん?」

「小村ちゃんにも、言われたんですよ。“最近、鏡の向こうに小鬼のようなものが見える”って。……勿論、冗談じゃ無くてマジメに」


 瓜生キリコは最後の台詞を一段、意図せず低くしながら消え入るようにそう口にした。

 俯いている為か、彼女の睨むような眼差しも心なしか怯えている風に見える。

 これには流石の斉藤も肝を潰し、生唾を飲み込む音を鳴らしてしまった。

 ――一体、どうなっているんだ?

 まさか、本当に“天の邪鬼”を……後藤ミヤと小村ユウカは見たのだろうか?

 斉藤はしばし混乱を来した後、我に返って冷静に自分の出来る事や疑うべき事を考えた。

 とてもでは無いが、放っておけるような状況ではないのは確かであろう。

 だが残念ながら幾つか浮かんだ対策の中に、“天の邪鬼”の存在を強く信じる物は無く、結果としてそれが後の悲劇に繋がるのだった。


 それから、瓜生キリコの相談より一週間経った頃。

 同じ事務所に所属し、ここの所人気が急上昇していた『小村ユウカ』が、自宅で無残な姿に成り果てて発見された。

 同じ事務所に所属していた、『後藤ミヤ』と同じく全身の生皮を剥がされ、しばしのたうち苦しんだ形跡を残して。

 警察発表では“他殺”。

 彼女の部屋が密室であった事。

 最近増えていて対策準備中であった、熱狂的なファンのストーカーまがいな“監視”下、目撃者が一人も居なかった事。

 後藤ミヤの死体が何故か、腐乱が始まっていた事。

 いずれも『後藤ミヤ』と同じような状況と殺害方法がとられていた。

 否、同じというには少し語弊があるかもしれない。

 なにせ、瓜生キリコの話を聞いた斉藤が小村ユウカのマネージャーと相談し、キリコも含めた身辺の警備や身の安全に万全とも言える対応をとっていたのだ。

 特に小村ユウカの場合、人気上昇に伴いストーカーじみたファンの急増と相まって、住まうマンションの両隣の部屋を借りてボディーガードを住まわせたり、マンションの出入り口を交代で見張る者を雇ったりと手を打った矢先である。


「……大丈夫? キリコちゃん」


 小村ユウカの自宅があるマンションのとある一室。

 殺害現場となった部屋の隣、ボディガードらの詰め所的に使用していたその一室で、瓜生キリコとマネージャーの斉藤、そして小村ユウカのマネージャーは警察の事情聴取を受けていた。

 なぜその三人がそのような所で事情聴取を受けているのかと言えば、三人が小村ユウカの遺体を最初に発見したからだ。

 経緯はこうである。

 ある世、小村ユウカから彼女のマネージャーの下に電話が掛かってきた。

 内容は支離滅裂で、半狂乱で助けを請うものであった。

 電話は一分もしない内に切れ、その後直ぐ小村ユウカは瓜生キリコに電話を掛けたらしい。

 小村のマネージャーは即座にボディーガード達が詰める部屋に連絡を入れ、様子を見るよう指示を出そうとしたのだったが、何故か現場付近に居る筈の者達に連絡が付かない。

 仕方無く急いで小村の自宅へ駆けつけた所、同じく心配した瓜生キリコとマネージャーの斉藤とに鉢合わせ、合流して合い鍵を用い小村ユウカの遺体を発見したのである。

 あとでわかった事だったが、小村のマネージャーが連絡を付けようとした者達の通信機器は、不自然なほど“偶然に”故障を引き起こしていて、しかし、マンションの入り口に詰めて居た見張り達は口を揃えて不審人物おろか誰一人としてマンション内に立ち入ってはいないと主張したのだった。


「うぐ、ひっ、小村ちゃん――」

「……ごめん、俺達がもうすこし、気をつけていれば」

「うう、ひぐ、うう、ん」


 厳しい風の吹く芸能界にあって活躍するとはいえ、瓜生キリコ――瓜生桐子はまだ十五歳だ。

 人の、それも無残な死を目の当たりにして冷静で居られようはずは無い。

 泣きじゃくる彼女に対し、斉藤は優しく背をさすってやりながらも、先程警察の事情聴取で話してしまったことを思い返していた。

 質問された事以外に話したのは、『街の噂大検証!』での収録の際、お蔵入りとなったVTRの事。

 そこに映っている都市伝説の検証行為は、『うりこひめ』における“天の邪鬼”に関連している事。

 『後藤ミヤ』と『小村ユウカ』の殺され方は、『うりこひめ』の伝承を連想させる部分がある事。

 そして、殺された二人の共通点とも言える“お蔵入りVTR”を知る者、見る事が出来る者は、ごくごく限られている事。

 ――恐らくは、自分の証言を元に明日にでも『街の噂大検証!』の製作に関わったスタッフを始め、大物プロデューサーにまで警察が押しかけることだろう。

 斉藤はそう考え暗澹とした心地に陥り、しかしやはりもっと早く警察に話して置くべきだったのかも知れないと人知れず後悔をした。


「ううう、うぐ、ひっく、斉藤さん」

「どうした? キリコちゃん」

「わたし、わた、わたし、小村さんの、言葉が頭から離れないんです」

「かかってきた電話の事?」

「はい、うう、ひく、ふぐぅ、小村さん、なんども助けて、助けてって。“成り代わられてしまう”って」

「成り代わられて?」

「はい、『聞こえる、耳元で聞こえる』って、怯えた声で、何度も!」


 瓜生キリコは泣きながらもなんとかそう話し、そのまま床に膝をつき蹲るようにして泣き崩れてしまった。

 斉藤はそんな彼女の脇に屈み再び背をさすってやりながら、遅まきながらも“腑に落ちない点”を思い返す。

 『後藤ミヤ』と『小村ユウカ』の殺害には、『街の噂大検証!』の製作に関わった人物で間違いないのでは無いか、というのが斉藤の見解だ。

 しかし二点。

 皮を剥がれた遺体が腐りかけていたという事実と、瓜生キリコが二人から聞いたという、鏡に映る“天の邪鬼”についてはどうにも思い当たる節は無かった。

 無論、斉藤としては本当に“天の邪鬼”が現れたなどというオカルトじみた推理を、採用するつもりは微塵も無い。

 またそれらを調査し真実を突き止めるのは警察の役割であるとも理解しては居たのだが、どの様な動機があれ“犯人”が『街の噂大検証!』にて『うりこひめ』の都市伝説をなぞるように犯行を繰り返していたら――

 次に狙われるのは間違いなく瓜生キリコである。

 故に斉藤はどうしてもその辺りを考えずには居られなかった。

 ――密室である事や周囲を守っていた者達への連絡が出来なかった事、侵入経路がまったくわからない事は……調べればいつかはわかることだ。

 腐りかけた遺体……は皮を剥ぐときに特殊な薬品を使ったからそう見えるのかも知れない。

 ……やはり一番不可思議なのは“鏡に映る天の邪鬼”か。

 これだけはどうやって居るのか、見当もつかない。

 ……いや。

 犯人が業界関係者だとしたら、定期的に差し入れなどの飲み物に薬品を混入させればもしかして……


「うう、ぐす。あの、斉藤さん?」


 不意に、泣き崩れていた瓜生キリコに話しかけられ、斉藤ははっとした。

 どれ程の時間が経ったのか、瓜生キリコは我を取り戻し、緑縁メガネの奥、三白眼の目を赤く腫らしてこちらを見ている。


「……落ち着いた? キリコちゃん」

「はい。あの、わたし、ちょっと顔を洗って来たいんですけど」

「ああ、そうだね。ごめん、アイドルなんだから俺が気をつけないと。――あ、あの、刑事さん!」

「はい?」

「洗面所は使ってもいいですか? 一応、こっちの部屋も現場検証をするかもしれないって言ってましたが」

「かまいませんよ」

「いいって。キリコちゃん」


 斉藤と近くに居た刑事のやり取りを聞いて、キリコはこくりと頷き、よろよろと立ち上がって洗面所の方へ歩いて行った。

 その後姿を見送った後、斉藤は再び今後の瓜生キリコへの身辺をどの様に守るべきか考え始めて、しかしすぐにそれは中断させられる事となる。


「きゃああああああああああ!」


 耳をつんざくような悲鳴は洗面所の方から。

 声の主は間違いなく瓜生キリコだ。

 斉藤とその場に居合わせた警官らは慌てて洗面所に殺到し、そこには果たして腰を抜かして床に座り込む瓜生キリコの姿があった。


「どうした!?」

「大丈夫か!」

「何かあったんですか?!


 矢継ぎ早に掛けられる安否の確認に、瓜生キリコは真っ青にして床にへたり込んだまま、洗面化粧台を指差す。

 それから、斉藤が最も危惧していた言葉を口にした。


「か、鏡に……小鬼が、“天の邪鬼”が見えたんです」


 呆気にとられる、刑事や警官達。

 只一人少女の言葉を真摯に受け止めていたのは斉藤だけであった。

 その言葉の重みは、鏡の中に“天の邪鬼”を見る事の意味を知るのは、瓜生キリコを除けば斉藤がもっとも理解しているだろう。

 やがてそれから一時間程過ぎた頃。

 関係者は全員開放され、それぞれが後味の悪い家路に就くこととなった。

 斉藤は瓜生キリコを自宅に送り届けた後、彼女の自宅の前に留めた車を動かすでも無く、しばし思案に耽っていたのだったが。

 やがてどんな結論に達したのか、携帯電話を取りだし、事務所の社長に電話をかけたのである。

 時刻はもう夜中の三時を周り、朝といっても差し支えない頃だ。

 が、数時間後に出回る朝刊や朝のワイドショーにて、『小村ユウカ』惨殺事件が明るみになる事は確実であった為、既に一度小村のマネージャーが社長と連絡を取り、事務所として徹夜で対策に奔走する方針が敷かれている。

 ネットなどでは既に第一報が出回っている昨今、これでも対応が後手に回っていると言えるのかも知れない。

 よって社長は“直接の関係者”である自分の電話には出るはずだと、斉藤は確信していたのだった。


「――もしもし。斉藤です。社長、すこしご相談したいことが。――ええ、瓜生キリコについてです。今夜の事件と関係があると思いまして」


 果たして、斉藤がとった行動はどの様な結果となるのか。

 答えは騒動も下火となった、二月程後に示されることとなる。



 『後藤ミヤ』と『小村ユウカ』の相次ぐ猟奇的な“連続”殺人事件の後、一月が経った頃。


 どういうわけか瓜生キリコの人気が急騰し、たちまち彼女は“時の人”となりつつあった。

 しかし、『後藤ミヤ』と『小村ユウカ』がどの様にして死に至ったかを知る本人にしてみれば生きた心地がしない事態であろう。

 二人ともまるでナニかに取り憑かれたかのような人気の上がり方をして、その後絶頂期に生きながら皮を剥ぎ取られ、死に至っているのだ。

 他に共通している事は、鏡を覗く度に“天の邪鬼”が見える、と言う事。

 それから自身が実際に“そう”なって初めて気がついたのだが、鏡を覗く度に見える“天の邪鬼”は、日が経つにつれて徐々に奥から手前に近寄って来るようだ。

 それも、何かを呟きながら。

 ――瓜生キリコの予想に過ぎないが、恐らくは直ぐ側まで近寄られた際、その呟きの意味を知ることになるのだろう。

 『小村ユウカ』が言っていたように、“お前に成り代わってやる”と。

 それを理解した上で、瓜生キリコは気丈にも毎日鏡に向かい、アイドルとしての仕事をこなしていた。

 一方マネージャーの斉藤はその姿を見守りながら、あの夜、事務所の社長に相談した事の結果に未だ納得出来ずにいた。


 斉藤が相談した内容とは、オカルトを認め、瓜生キリコが得体の知れないナニカに巻き込まれている、という内容だった。

 小村の事件と瓜生キリコが“天の邪鬼”を見るようになった事を切っ掛けに、いよいよ人智の及ばぬ事態であるかも知れぬと考えるようになって、それまで報告していなかった天の邪鬼の件も含め相談したのだ。

 三人に共通するのは過去に収録した番組の事、その収録中三人とも『うりこひめ』と鏡に向かって口にした事、鏡に映り込む“天の邪鬼”の事。

 それらを説明した斉藤は、一度瓜生キリコにお祓いを受けさせましょう、と申し出たのである。

 とどのつまり神頼みであるが、しかし、事務所の社長の対応は斉藤の予想と大きく違う物であった。


 時節は少し戻り、『小村ユウカ』が死亡してから三週間も過ぎた頃。

 社長である田島が突如失踪するという事件があり、事務所は大いに混乱を来していた。

 幸い副社長兼事務所の稼ぎ頭であった女優の恵比寿アカネの奮闘もあり、仕事への影響は少なかったが、斉藤と瓜生キリコの不安は大いに膨らんだ。

 件の連続殺人が人間による犯行ならば、それは業界内の人間である可能性が強く、社長が何かを掴んだがために殺されたのでは、と考えられる。

 また、人間の犯行で無い場合はそれこそ、防ぎようも無い呪いのようなものと思えて、いよいよ瓜生キリコへ災いが降りかかろうとしているのか、と気が気でない事態に思えたのだった。

 しかし当の本人は失踪から三日後、ひょっこりと姿を表して、一通の封筒を瓜生キリコに手渡し「これでもう心配する必要はない」と宣言したのである。


 当然わけがわからないのは、瓜生キリコ本人と斉藤だろう。

 訝しがる二人に、社長は中に入っている手紙を読むよう指示を出して、マスコミ対応に追われる恵比寿アカネの元へ向かったのだった。

 瓜生キリコと斉藤は狐につままれたような心地のまま、二人して打ち合わせ室に移動し、徐に封筒を開けたのである。

 果たしてその中身は、二枚の紙が収められていた。

 一枚は手紙のようで、美しい文字で今瓜生キリコに何が起きているのか、これからどうすべきかが詳細に書かれている。

 もう一枚はまるでお札のようで、墨か何かで不格好なハトの絵が描かれていた。

 手紙の内容は以下の通り。


 ――天の邪鬼は『うりこひめ』で出てくる小鬼のイメージが強いですが、古くは天稚彦あめのわかひこ天探女あまのさぐめなどと同一視されたり、スサノオから生まれた九天の魔王の母・天逆毎あまのざこを祖とする神の眷属です。

 これの神威とも成れば非常に強力で、祓うとも成れば本人を始め周囲の方々、祓おうとする者を含め相当の犠牲を覚悟せねばなりません。

 よって、今瓜生さんが置かれた立場は非常に危うく、如何なる霊能者であっても迂闊には手を出すことは出来ないでしょう。

 残念ながら、私の知る限り瓜生さんを天の邪鬼から解放する術は無いと判断するしかありません。


 ――しかしながら、瓜生さんが助かる方法はあります。

 不幸中の幸いと言ってもよいのか、瓜生さんが神威に祟られた背景に『うりこひめ』という言葉を切っ掛けとなっている事が有利に働くのです。

 一応の確認ですが、瓜生さんが『うりこひめ』という言葉を発した際、童話の『うりこひめ』を連想しましたか?

 もしそうであるならば、瓜生さんに降りかかる“天の邪鬼”の神威は『うりこひめ』での“天の邪鬼”であり、そこに一定の制限――縁が発生している筈です。

 つまりは、童話の通りに“天の邪鬼”の神威を予測し、対応する事ができるはずです。


 ――田島さんから聞いておりますが、『後藤ミヤ』さんと『小村ユウカ』さんもまた、“天の邪鬼”の神威に遭っていた筈です。

 神威とは神の力を表し、良い側面と悪い側面が存在します。

 良い側面は和魂ニギタマといい、悪い側面は荒魂あらみたまといいます。

 お二人の場合、人気が出てトップスターになれた事が和魂による神威であり、うりこひめのように凄惨な死を迎えたことが荒魂の神威に遭ったと言えましょう。

 『うりこひめ』において、“天の邪鬼”はうりこひめに恋をしたり、その存在を妬んだりもします。

 端的に言えば、神様に見初められ幸運を授かり、それを他ならぬ神様が妬んで凄惨に殺してしまった、というわけです。

 勿論、これは瓜生さんにも言えることです。

 対応すべきはこの“天の邪鬼”の神威・荒魂となるのですが、ここでひとつ『うりこひめ』の物語を思い出してみてください。

 東日本と西日本では『うりこひめ』が死んだり死ななかったりするのですが、どちらも共通して“天の邪鬼”はうりこひめに成り代わり、カラスや小鳥の声によってその正体を暴かれております。


 ――これは逆説的に鳥が“天の邪鬼”を追い払う事を意味するのですが、瓜生キリコさんにもこれが当てはめられます。

 つまり瓜生さんが常に身に付けていられるような品で、“鳥”を象ったものがあれば良いのです。

 恐らくはそれだけで効果があるとは思いますが、確証は無いので当神社より霊験あらたかな八咫烏の絵紙を同封しておきます。

 効果は一年、それを過ぎたら田島社長を通じて当神社よりご購入ください。


「……この黒いハト、八咫烏だってキリコちゃん」

「一応、脚が三本ありますね」

「どこかの神社で社長が購入……というか相談したみたいだけど、あまのあさ神社? 聞いた事無いな、こんな名前の神社」

「社長、ダマされたんじゃ……」

「でも、書いてることは一応、それっぽいし信用できそうな気もする、か」

「そうですね。ま、まあ、社長がお金を出してくれたみたいだし、一応身に付けておいても損はないと思います」

「そう、だな。キリコちゃん、この後の仕事の前にちょっと買い物に行こうか」

「え?」

「鳥グッズを持っておくと良いみたいだから。ストラップとか、ネックレスとか、買っておこう」

「そう、ですね。もし書いてることが本当なら、悪い事の他にわたし、これからもっと大ブレイクするかも知れないし。買い物する暇もなくなっちゃうかも知れませんね」


 瓜生キリコはそう言って、メガネの奥、目の下のくまもそのままに三白眼を細めニッコリと笑う。

 流石に疲れて居るのか生気は感じられないが、それでも十分魅力的な笑顔はファンを喜ばせるに十分な出来だ。

 が、直ぐに非常に胡散臭い手紙の内容と、やたらファンシーな八咫烏の絵が描かれた紙を見つめながら、脱力する二人。

 この時は半信半疑であったが、やがて瓜生キリコの人気が日々急上昇して行くのを目の当たりにし、その内容を信じることにした瓜生キリコと斉藤である。


 そして、『小村ユウカ』殺人事件の後、二月が経った現在。

 瓜生キリコによれば相も変わらず鏡の向こうに“天の邪鬼”の姿が見えるようであるが、その距離は“ほんの少し”だけ近寄ったまま動かないのだそうだ。

 その“ほんの少し”の距離こそが斉藤にとって非常に納得の行かない理由でもある。

 つまりは、試しにあの封筒に同封されていたファンシーな八咫烏を身に付けずに置いた所、“天の邪鬼”は多少戸惑いつつそれまでとは少ないながらも、じわり距離を詰めてきたのだ。

 どうやら、あちこちで購入した“鳥グッズ”の数々よりまるで落書きのような、絵心も感じられない八咫烏の絵の方が効果は高いらしい。

 ――こんな、落書きのような物が最も効果あるなんて……

 事情を知る者がいれば、なんとも贅沢な不満である。

 しかしその紙を得るために必要な金額を知れば、斉藤の不満は理解出来るだろう。


 こうして瓜生キリコは神威の虜となり、生涯の栄華と鏡の向こうの凄惨な死を約束されたのであった。





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