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異聞・妖刀百物語  作者: 痴れ者ラボ
月に叢雲花に蟲
28/76

蜈蚣・三




 ロストバレーの町はかつて聖地と呼ばれていた窪地を中心にして、建物が荒野の中寄り添うように集まる場所であった。


 窪地はその昔、今よりもずっと深くえぐれて水の流れる谷であったが、何時の頃からか水は途絶え谷もなだらかになったらしい。

 だからか町の名をロストバレー(失われた谷)と誰と無く呼ぶようになり、豊かであった土地も水源が無くなった今では見る影も無く、荒れ果てた荒野が続くばかりの土地となっていた。

 町に伝わる歴史によれば、この土地に入植させられたインディアン達がやって来た頃はまだ水はあったようだが、ある日を境に突如水が涸れ、土地は痩せてしまったらしい。

 その原因は天変地異とする学者の研究もあったが、町の者は皆口を揃えて“儀式”の失敗にあると信じているようだった。

 この“儀式”とは彼らが怖れまた敬う魔神との交渉で、入植の折、守護神として元の土地からこの場所に自分達と共に移住させようとし、これに失敗したが為に魔神は荒ぶり、災厄が町を襲ったのだとされていた。


「この“魔神”を『ヴィメクラク』とここの人は呼ぶようだ。ワニのような姿で荒ぶれば水害や干ばつを起こし、人々を自身と同じ姿に変えてしまうそうだ。逆に恵みをもたらす事もあって、丁度兎のような動物を食料として遣わす事もあるらしい。……甘菜に憑いたのはこの魔神かもしれない」


 ロストバレーの町の外れに建つ、とある民家の中。

 暖炉がパチパチと音を立てるリビングにて、陣太郎とエミリィは家主の話を通訳する天之麻悟郎の言葉に耳を傾けていた。

 いや、エミリィは英語が母国語であるので、悟郎の通訳は陣太郎の為だけに成されているのだろう。

 一行を出迎えた家主の男は老人で、かつてこの居留地に送り込まれた部族のシャーマンであったらしい。

 だが白人達にロストバレーへと押し込められた際、“儀式”が失敗してしまった事からその地位を追われ、現在では別のシャーマン一族が町長を兼ね、“儀式”の業を継承しているようだ。

 とはいっても、部族のつまはじき者とされた彼の一族もまた“儀式”の内容を今日まで継承しており、貧しい居留地での生活でもとりわけ困窮していた為か、悟郎が申し出た“報酬”を伴うロストバレーでの協力の依頼には、すんなりと応じてくれていた。

 リビングにはかつて一族を導いたシャーマンの名残からか様々な道具が雑多に置かれており、そのどれもが古めかしく、また中には人の髑髏も幾つか見当たる。


「……、ぅ、……ぁ」

「ふむ……。彼の話によれば、現在でも年に一度、年が変わる丁度今の時期にヴィメクラクに祈りを捧げ、次の年は荒ぶらず恵みをもたらして欲しいという“儀式”を行うそうなんだが」

「ぅ、……、ぅ、ぅ、ぅ、……ぁ」

「今年はどうも町の様子がおかしい……、“儀式”はまだ行われていないのに、皆どこか心ここにあらずといった感じで……、精霊が、いや悪霊? かなにかが“偽りの聖地”から溢れているようだ、と言っているね」

「その“儀式”ってどういうものなんですか?」

「まちたまえ、今聞いてみよう――」

「ぅ……、ぅ、ぅ、……ぁ」

「……再現? ああ、部族に古くから伝わるヴィメクラクについての伝説を再現するものだそうだ」


 陣太郎の質問に悟郎の口を通して語られる老人の言葉は、以下のような物であった。

 それは部族とヴィメクラクを繋ぐ物語。

 部族がまだ居留地へ押し込められていない頃、白人達がやって来る遥か昔。

 暮らす土地は豊かで、綺麗な水と豊穣な土と鮮やかな緑がそこら中に溢れていたという。

 特に“大いなる川向こうの土地”は動物も多く、矢を射れば必ず獲物に当たる程であると伝えられていた。

 だがこの“大いなる川”にはヴィメクラクという魔神が棲み、何人たりとも渡ることを許さなかった為、実際に川を渡り恵みを手にする者は居なかった。


 ある日の事。

 当時部族を率いていた酋長の娘が、婿を取ることになった。

 酋長には息子がおらず養子を得るための婿取りであったが、娘は部族で一番美しかった為、多くの男がこれに手を上げ我こそはと名乗りを上げた。

 この事態に困ったのは当の酋長である。

 彼は誰を婿にすべきか考え、やがて朝早く若者達を集めこう言った。

 ――娘と結婚する者は最も狩りが上手い者で無くてはならない。今日の日没までにより多くの獲物を仕留めた者が娘を手にするだろう、と。

 若者達は酋長の話を聞くや、こぞって弓を手に山へ、平野へ、森へと散っていった。


 ここに、とある若者が居る。

 彼もまた娘に心を寄せる部族の若者であったが、弓の腕は今一つでお世辞にも狩りは上手くは無かった。

 だがどうしても娘と結婚したかった彼は、なんとかして多くの獲物を得られる方法がないかと考え、悩んだ末に“大いなる川向こうの土地”へ行こうと結論を出した。

 己の弓の腕では決して他の者に及ばぬと知っていたからだ。

 しかし、“大いなる川”にはヴィメクラクが棲む為生きて渡れた者は居ない。

 賢かった若者は一計を案じ、家に仕舞っていた兎の毛皮をかき集めて上着を作ることにした。

 バッファローや狼の大きな毛皮があれば楽であったが、弓の腕も勇気も足りなかった男は、日頃から兎のような小動物しか狩れなかったのである。


 急ごしらえながら兎の毛皮の上着を作った男は、意気揚々と“大いなる川”に赴き何を思ったのかヴィメクラクの名を呼んだ。

 果たして現れたヴィメクラクに若者はこう言った。

 ――自分は人間に追われている兎だ。どうか人間から逃れるために“大いなる川向こうの土地”に行かせて欲しい、と。

 ヴィメクラクは若者の言葉を信じ、召使いのワニを多く遣わして橋をつくってやった。

 若者は意気揚々とこれを渡り、“大いなる川向こうの土地”へと足を踏み入れた。

 だがその瞬間、突風が吹いて着ていた兎の毛皮の上着が脱げてしまう。

 バッファローや狼の毛皮とは違い、兎の毛皮は軽いからだ。

 兎の正体を知ったヴィメクラク大いに怒り、若者の姿を召使いのワニへと変え、“大いなる川”を氾濫させ部族に水害をもたらした。

 これに困った酋長は“大いなる川”へと赴きヴィメクラクに謝罪して、以後決して“大いなる川向こうの土地”には何人も立ち入らせぬ事を約束したのである。

 その証として娘は生け贄として捧げられ、怒りを収めたヴィメクラクは年に一度だけ“大いなる川向こうの土地”に立ち入る事を許したのだった。

 以後、“大いなる川向こうの土地”は聖地と呼ばれるようになり、ヴィメクラクの伝説と共に部族に伝わる事になる。


「この伝説のように、“偽りの聖地”の中心にヴィメクラクへの捧げ物を置いて、町の者が……ワニの姿に扮した、仮装した町の者が並び、部族の長が……シャーマンが“偽りの聖地”の外から駆け抜けるんだそうだ」

「……なんだか『因幡の白兎』に似た話ですね」

「イナバの城ウサギ?」

「日本のお伽話だよエミリィ」

「む? そういえばそうだね。しかし『因幡の白兎』のように何かしらの人や動物が大河ないし海を渡るため、その主を騙し酷い目にあう伝承は世界各地にあるから珍しいものではないよ」

「じゃあ、甘に降りかかった神威を祓うヒントには……」

「ならないかもしれないし、なるかもしれない。臼木の、鬼目一“蜈蚣”の先代の持ち主だった方のメモと内容が一致しない部分もあるし……。もしかしたら時を経る内に“儀式”も変わってしまっているのかも。もう少し話を聞いてみようか」

「……お願いします」


 悟郎はそう言って、聞き取りにくい老人の言葉に耳を傾けながら器用に陣太郎へ通訳をしていった。

 老人は様々な言い伝えを口にしたが、そのどれもがヴィメクラクの恐ろしさを伝える物ばかりである。

 陣太郎も甘菜へと繋がる手がかりとなるかもしれぬとなれば、真剣に耳を傾けていた。

 特に陣太郎のその姿には“猿候”の時とは違って“人を殺めた”という重圧と後悔は感じられない。

 甘菜を取り戻すという強い意思が罪悪感を霧散させているのか、それとも陣太郎の心に何らかの神威を働いているのか。

 理由はどうあれ、抜けなかった祟り刀が抜けた事や体が勝手に動いた事は気になれど、この時、陣太郎自身驚くほどに昨夜の出来事自体は心に影響を与える事が無かったのである。


 とはいっても強盗二人の命を奪った事には変わりなく、朝方モーテルへ戻って来た悟郎に事の経緯を説明した二人であったのだが。

 死体はとうに鬼目一“蜈蚣”への贄となって血の一滴、衣服や銃まで跡形も無く喰われており、また強盗を手引きしていたのだろう、モーテルの管理人の姿も消えていたことから、悟郎はそのままロストバレーの町へ入ることに決めたのである。

 既に警察への通報は済ませていた悟郎だが、事情の説明が難しい上死体も存在しない為、対応に時間を取られるよりも甘菜の救出を優先し先に進む判断をしたのだ。


「む……結局、今の甘菜と関係のありそうなのって“偽りの聖地”か“大いなる川向こうの土地”位かな。……甘が消える時もたしか『セイチニ』って」

「ウン、ワタシも危機ましタ」

「……、ぅ、……ぅ」

「“偽りの聖地”はこの保留地に移住させられた際、それまでの聖地の代わりとして……精霊が集う、大岩を仮の聖地にしたことからそう呼ばれている、だそうだ。それはこの街の北、ロストバレーの中心にあると言っている」

「じゃあ、そこに行けば甘菜が!?」

「デモ、“セイチ”はもう一つ蟻マスよ?」

「いや、恐らくは“偽りの聖地”で合っているだろう」

「どうしてですか?」

「洋の東西を問わず、神は祀る者が居てこその神だからね。少なくともこの地で封じた何かが解き放たれ甘菜に祟ったのだから、口走ったセイチはこちらの方であると考える方が自然だよ」

「成る程……じゃあ、早くそこへいきましょう!」

「ぅ、ぅ、ぅ、……ぅ、……ぅ」

「いや、陣太君。甘菜が居るかはともかく、今すぐには立ち入る事は出来ないようだ」

「ドウしテ、ですか?」

「“儀式”だよ、エミリィ君。間の悪いことに今夜“儀式”が行われるらしい。本当ならば年の瀬に執り行われるそうなんだが、何故か町長――今代のシャーマンが今夜行う事にしたのだそうだ」

「そんな!」

「まぁ、まちたまえ。“儀式”が始まればそこへ立ち入る事ができるそうだから、それまでここでお世話になろう」

「そんな悠長な事! 甘に今何が起きているのかわからないんですよ!」

「陣太君。この辺りは治安が良くない上、ここの居留地の人々は排他的だ。居留地の保安官は当てにできず、何かあって警察に通報してもやって来るのは数時間、下手をすれば半日位かかる。昨夜それを実感したはずだ。エミリィ君を危険に晒すわけにもいかないだろう?」


 諭すような悟郎の台詞に、陣太郎は言葉と共に焦りを呑み込んだ。

 責任感からか、半ば自分はどうなっても良いという勢いの陣太郎であるが、その行動に他人を巻き込む事を良しとはしないのである。

 また、エミリィも悟郎の台詞に申し訳なさそうに俯いて視線を泳がしてしまった。

 彼女自身、罪の意識からか同行を申し出ていたのだが昨夜の件や今の会話から自身が足手まといであると受け取って、居たたまれない思いを覚えているらしい。

 そんな二人の様子に悟郎はため息を一つついてから何やら老人に話しかけ、老人はすぐに身振り手振りを交えながら家の奥を指差し悟郎に頷いた。


「二人とも、空いている部屋をお借りしたから、そこで寝ておきなさい。昔このご老人の息子が使っていた部屋だそうだ。少しほこりっぽいかも知れないが、昨夜のモーテルよりも安心して眠ることができるだろう」

「……はい」

「わかリま下。あの、ミスタ・アマノマは?」

「私はここでご老人と話をしているよ。皆して寝るのは流石に不用心だろうからね。食事は……そうだな。“儀式”は大体夜の八時位から始まるそうだから、六時過ぎ位にしようか。それまでには起こしてあげよう」

「今十時ですから、昼の二時に起こして貰えますか? おじさんも夜通し運転して寝ていないでしょう?」

「……ありがとう、陣太君。ではお言葉に甘えてさせてもらおう」

「……ぅ、……ぁぅ?」


 言葉は理解していないが会話が一段落付いた事はわかったのであろう、家主の老人は立ち上がり、部屋に案内すべくついてくるよう一行を促した。

 陣太郎とエミリィは立ち上がり、悟郎に見送られながら老人の後をついて家の奥へと立ち入って行く。

 案内された部屋はリビングから納戸を挟んでそう離れていない場所にあり、中はベッドと机が一つずつあるだけだった。

 予想していたよりかは埃っぽくないのは、老人が時折掃除をしているからであろう。

 だが室内は案外快適に過ごせそうではあるが、問題が無いわけでもなかった。

 たった一つのベッドの扱いを巡り、陣太郎とエミリィの意見は対立してしまったのだ。

 エミリィの主張は役に立てない自分でなく、陣太郎こそゆっくり休息をとるべくベッドを使うべきだというもので、合理的でさえあった。

 一方陣太郎は、エミリィは女の子なのだからベッドで寝るべき、という紳士的な対応でこれに応じ、両者とも一歩も引かなかったのである。


 議論はその後貴重な睡眠時間を浪費して平行線を辿り、何がどうなってそのような流れになったのか、二人でベッドを使えば良い、という主張がエミリィの口からなされ始めた頃。

 睡眠不足で血走った目をぎらつかせ意見を受け入れるよう迫るエミリィを陣太郎が狼狽えながらも否定していると、二人の様子に寝具が足りないと気が付いた老人が予備の毛布を持って来て、受け取った陣太郎がさっさと床に寝転がり、議論はやっと終了したのであった。

 たった一つしか無いベッドを押しつけられた形になったエミリィは不満げな表情を隠そうともせず、眼下に転がる毛布を蹴飛ばしたくなる衝動を抑えながらも、しぶしぶベッドに潜り込む。


 程なく二人はそのまま寝入ってしまい、安らかな寝息が二つ部屋を満たしたのである。



 泥のような微睡みの先、夢を見た。


 場所は先に同じく茜に染まる天之麻神社の境内。

 季節は春頃であるのか、桜の花が風に舞っていた。

 再び在りし日の夢を見ているのか、と眠りの中認識した陣太郎であったが、そこに居たのは甘菜では無く思いがけぬ二人の人物であった。

 一人は見覚えのある巫女装束の女。

 外見こそ甘菜とうり二つだが、すぐに幾度かまみえた百合という女であると見て取れた。

 もう一人は見覚えの無い男。

 百合と寄り添うようにして並び立ち、同じく古めかしい着物を身に付けた男はどこか懐かしさを感じさせる雰囲気を湛えている。

 年の頃は三十半ばから四十程か、無精髭をたくわえた表情は柔らかで、陣太郎と同じく不自然に閉じられた左目が印象的な男であった。


「よぉ」


 声を掛けてきたのは、男の方である。

 無精髭をじょりじょりと弄っていた手を軽く上げ、口の端を上げて作った笑みは不敵なものだ。

 いや、そう感じられたのは開かれている右目の中に見た強い意志の為かもしれない。

 陣太郎は男の挨拶につられて頭を下げながらも、百合の方へ視線を投げ暗にそこの人は誰だ、と問おうとした時。


「わしのこたぁ、後回しだ。お前さん、今はそれどころじゃないんじゃろ?」

「え? あ、そう、ですけど……」


 陣太郎の目配せを目ざとくみとめた男は、少し呆れたように陣太郎の言葉を遮り肩をすくめた。

 その態度は飄々として緊張感などまるで感じられない。

 一方陣太郎はどういう反応をして良いのか答えを見つけられずにいて、ただ状況に流されるがまま狼狽えていた。

 そんな陣太郎の様子は男にとって不服なものであるらしい。

 弄っていた無精髭から手を離し、腕組みをしながら男は深くため息を吐いて首を振るのだった。


「おいおい、なんだその反応は。折角化けて出て来てやったと言うに。――今代の臼木は大丈夫か」

「ふふ、わたくしが幼き頃に焦がれた、若き日の陣十郎さまも“ああ”でしたよ」

「む、そうかの?」

「はい、陣十郎様」

「あの……」

「むふ、よかったのぅ。百合がそう言うのなら、きっとそうなのじゃろ。お主、きっといい男になる」

「まぁ、陣十郎様ったら」


 ――なんとも現金なものである。

 男は百合の言葉に突如機嫌を直して、人懐っこい笑顔を陣太郎へ向けた。

 一方男の態度に百合は楽しそうに声をかけて、ころころと笑い、それまで陣太郎が見たことの無いような幸せそうな表情を浮かべている。

 なんとも仲むつまじい二人ではあるが、一人取り残された陣太郎はというと微睡みの世界にあって思考を働かせ、一つの答えを得ていた。


 ――陣十郎。

 その名に陣太郎は聞き覚えがあり、記憶を探った結果、男が鬼目一“蜈蚣”の前の持ち主である自分のご先祖様だと気が付いたのだ。

 即ち、彼の者は。

 長きに渡る天之麻の祟りを引き受け続けた臼木の男達にあって、唯一そこから逃れた人物であると同時に、恐らくは甘菜を襲った神威を祓う方法を知る者である。

 幾度も神威に触れ、既に“これ”が只の夢で無いと確信する陣太郎は、その事実に表情をどのように変えたのか。


「むふ、その顔。わしが誰か、ようやく気が付いたようだの。……ちと、顔に出すぎるのはいただけぬが」

「はい……じゃなくて、あの! 聞きたい事が――」

「わかっとる。なんもかんも、の。一応は鬼目一“蜈蚣”の中で全て見ておったし」

「え? それは……」

「まあ、今はそっちの話をしとる暇は無い。――急げ。穏やかに夢を見るには、刻がかかりすぎじゃ」


 陣十郎の台詞に、今度は焦りを表情に張り付かせる陣太郎。

 どうやら意識が急激に覚醒へと向かっているらしい。

 ――くそ! 何がどうなっているのか把握もしていないっていうのに!

 心中でごちながら陣太郎は手短に、今必要な情報だけを話して貰えるよう、どう質問をしたものかと全力で思考を走らせた。

 しかし皮肉にもその行為は自身の覚醒を加速させ、焦りばかりが募る結果となってしまう。

 折角の手がかりを前に、様々な疑問を抱え何も得ぬまま意識を取り戻すなど、なんとも締まらない話である。

 そんな陣太郎に陣十郎は、百合や周囲の風景と共にその身体を履き消しながらも言葉を置いてゆく。


「よいか? “儀式”には――が必要じゃ。――を捧げて魔神もろとも――を封じれば――って事だ。いいか? 間違うなよ? 必要なのは――」


 陣十郎の言葉は果たして陣太郎に届いたのか。

 程なく陣太郎は意識を現世に移すと同時に、勢いよく上体を持ち上げる。

 驚いたのは陣太郎を起こそうと体を揺すっていた悟郎だ。


「陣太君? 随分とうなされていたようだが……」


 悟郎の問いかけに、陣太郎は何も応えなかった。

 かわりにこの時、陣太郎の頭の中では夢現の中で聞いた陣十郎の言葉が幾度も反芻されていた。

 壁にかけられた時計が示す時刻は、丁度午後の四時を回った頃。

 約束の二時から、二時間も余計に寝てしまったらしい。


「陣太君?」


 悟郎の再度の呼びかけに、陣太郎はやっと我に返る。

 それから一瞬、夢の中での出来事を悟郎へ伝えようとしたのだったが、何を考えたのか出しかけた言葉を飲み込み、代わりになぜ二時に起こしてくれなかったのかという問いが口を突いていた。

 そんな陣太郎の様子に悟郎は僅かに困惑して、二時間も寝れば十分だと答えたが、それが彼なりの思いやり方だと陣太郎は読み取って、それ以上は何も言わず立ち上がり、あっさりとくるまっていた毛布を差し出したのだった。


 かといって悟郎の気遣いに納得していたかといえばそうでなく、もやの掛かる感情を持てあましながら陣太郎は鬼目一“蜈蚣”を手にして悟郎と入れ違いに部屋を後にし、リビングへ移動する事にした。

 リビングは無人で点けっぱなしのTVからはニュースが流れており、とりあえずソファーに腰掛ける陣太郎。

 どうやら老人は出かけているらしく、平屋の屋内からは人の気配はしない。

 陣太郎は脇に鬼目一“蜈蚣”を置きながら、悟郎に伝えかけた夢での出来事について、改めて思考を重ねようとした時。

 ふと人の気配を感じて顔を上げると、いつ起き出してきたのかエミリィの姿がそこにあった。


「エミリィ?」

「……ワタシも目が冷めチャッテ。ミスタ・アマノマにベッドを使ってもらいま下」

「もういいのか?」

「ええ。となり、いいデスか?」


 エミリィの問いに陣太郎は夢での出来事を一端脇に置き、ソファの端に寄ってこれに応えた。

 ソファは大人三人がゆったり座れそうな大きさであったが、女性と同席するにあたり肩が触れ合う事を避ける意図が陣太郎には有る。

 しかしそんな気遣いは逆効果となってエミリィを不快にさせ、ボスン、と彼女をやや乱暴に座らせる結果となってしまった。

 彼女にしてみれば同席する申し出をした時点でそのような気遣いは無用であり、逆にその気遣いは自分を避けているように感じられたのである。

 とはいえ、エミリィは不機嫌さをそれ以上態度に表すわけでもなく、不快感も更に大きな感情によって押し込められ、すぐにそれまでの彼女に戻った。


「……心配、デスか?」

「え?」

「アマナチャン」

「……うん」

「……あの。ジンタロウチャンとアマナチャン、は、コイビト、同紙、デス?」


 ぶっと思わず感情を吹く陣太郎。

 その様子を笑いもせず、エミリィはじっと見つめていた。

 表情は思い詰めたようであり、困っているようでもある。


「い、いや。違うよ。どっ、どうして急に?!」

「ジンタロウチャン、スゴク必死だから」

「エミリィだって必死じゃないか。本当なら、こんな危ない所までついて来ることはないんだしさ」

「……ソレは……ワタシのせいでみんなが」

「それは昨日話しただろ。エミリィのせいじゃない」

「デモ、納得、して内デス」


 そう言って、黙り込むエミリィ。

 俯く横顔は険しく、ありありと自己嫌悪が見て取れた。

 が、陣太郎が見て取るそれはほんの一部にしか過ぎない。

 言葉は一連の騒動の根が自分にある、とする言であったが、この時エミリィが抱いていた自己嫌悪は実は他の所にあった。

 ――誰かに縋りたい。

 ――もっと自分を慰めて欲しい。

 そういった物が心の中確かに潜むのを見て、エミリィは己の醜さに眉根を寄せていたのだ。

 いや、そうはいっても昨日までならばここまで苦しむことは無かっただろう。


 しかし、あの夜。

 生まれて初めてみた“サムライ”の姿は、彼女は心を激しく揺さぶっていた。

 思い出されるのは、暗闇に浮かぶ赤い左目と白刃の煌めき、そして頬の痛み。

 恐怖とおぞましい神威に震える体とは裏腹に、強く惹き付けられるその姿はエミリィを知らず虜にしていたのだ。

 恋、ではない。

 どちらかと言えば、強い存在への憧れに近いだろう。

 だがエミリィ自身それが憧憬なのか、それとも恋なのかを判別できずに、しかし甘菜を心配すべき自分がそちらをさておき、何かと陣太郎を気に掛けてしまう事だけは気付いて、己を責め立てていたのである。


「……おじさんも言ってただろ。後悔は後でも出来るから、今はやるべき事をやろう」

「デモ、ワタシ……何もデキま栓。昨夜ダッテ、ワタシ……」

「いいんだよ、居てくれてさえいれば。あ! ほら、俺を“天目一命”で斬ってくれたじゃん!」

「アレ、どういう意味、デスカ? ただジンタロウチャンを傷つけたダケに鹿……」

「えっとほら、あの……強盗達、虫に集られて死んだだろ?」

「ハイ……」

「あれ、この刀の祟りでさ」

「TATARI?」

「えっと……呪い、みたいなもの。で、これを使うと女の子の唾で湿らせた刃物で自身を斬る必要があって」

「アレはソウイウ意味、デシ鷹……」

「そうそう。それに、甘菜を助けるためにまたこのおっかない刀を抜く必要があるかも知れないからね。エミリィが居れば心強いんだ」


 陣太郎の説明に、エミリィは黙り込んでしまった。

 元より、この状況下で遠い親戚の男の子に惹かれてしまっている事に端を発する自己嫌悪である。

 自身に価値を見出したとて、消え去るような物では無い。

 いや、それどころか陣太郎に気を使わせた自分への嫌悪は更に強くなり、エミリィを無言で立ち上がらせていた。

 陣太郎にはそれが、一定の慰めになったからだと受け取れたが、事実は違う。

 間を置かずエミリィはもう少し寝ると言い残し、リビングを後にした。

 その背を見送る陣太郎は思い違いをしたまま、再び思考を夢での事へと向けて陣十郎に与えられた“答え”を反芻する。


 “答え”とは、エミリィの嫌悪と同じく陣太郎の胸の内にだけ仕舞われるべき物であった。





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