橋姫・上
『流れ橋』、というものがある。
その昔大雨などによって橋が流されぬよう、橋桁(橋脚の柱間に横たわる、梁。この上に人や荷車が移動する為の床となる板などが敷き詰められる)をあえて固定せず、洪水の際には橋脚を残してすべて流れてしまうように造られた橋だ。
なぜあえてそのような脆い造りにしているのかと言えば、河川の氾濫が収まった後、最も手の掛かる橋脚工事を行う事無く速やかに復旧出来る様にする為である。
無論、高度な土木技術で橋を架ける現代では無用の技術であり、各地に残る『流れ橋』といえば文化財としての側面が強い。
また手すりすらない、しかしどこか優美なその佇まいは、多くの人々にとっての原風景となり得て、多くは愛され今日まで大切に保存されてきたのであった。
そんな『流れ橋』であるが、某市にも数カ所存在し、その内の一つを陣太郎はここの所よく利用するようになっていた。
時節は文化祭まであと一週間と少し、といった頃。
文化祭の準備を行うクラスの“大道具係”という肩書きを手に入れた陣太郎は、学校から最も近いホームセンターへ毎日のように買い出しの為繰り出していた。
買い出しの品目は日によって変わり、ある時は木材やボンド、それに釘やネジ。
またある時は布や電球と行った品で、酷い時には他のクラスの買い出しまで頼まれる始末であり、学校の周囲には碌に店も無いせいもあってホームセンターへ連日通う羽目に陥っていたのである。
ホームセンターは郊外型店舗にありがちな、周囲に何も無い田んぼばかりの土地に建てられており、学校からはかなりの距離がある。
更に最短距離で向かう道は車には狭く、もっぱら自転車や歩行者専用と化していた。
その途中に、世良川という大きくも小さくも無い川が流れていて、ここに世良橋と名付けられた流れ橋が架けられていたのである。
この世良橋、来歴は古く老朽化も著しかったが利用者が殆どいない為であろう、そこかしこの木材は腐り、素人目にも手入れは成されていないと見て取れた。
一見世良川の岸向こうとこちら側に広がる、周囲の田畑の所有者が利用しそうなものであったが、狭い道から十数メートル程の所に農業用道路があるので皆そちらを利用しているようだ。
陣太郎も本来ならばそちらを利用したかったが、農業用道路の方も軽トラック一台分の幅員しかない上、高校生や中学生が自転車で走ると学校へ苦情が寄せられる為、生活指導の教諭からきつく使用禁止令が出されていた。
従って、ろくに舗装もされていない、田畑の合間に延びる道を陣太郎は自転車で移動せざるを得ない状況であったと言えよう。
「ああ、クソ、毎日毎日面倒臭ぇ。買い出し係なんて立候補するんじゃなかった……。あれだ、大道具じゃなくて小道具にしとくんだったな。小道具なら、店も学校から近かったのに」
周囲には人影は無し。
見渡す限りの、無人の田畑。
視界の中で動く物と言えば、遠く見えるバイパス道路の、ミニチュアのように小さく見える車が数台と茜の虫。
だからこそ遠慮無しにできる、声に出しての愚痴である。
夕暮れの空は茜に染まり周囲に田がある為か、それとも世良川が近いからか、某市でもすっかり見かけなくなった赤とんぼがちらほらと飛び回っていた。
毎日のように見る景色は日を追うごとに赤く美しく変わっていると感じられたが、同時に物寂しさを覚えて日増しに独り言が増えてもいた陣太郎であった。
自転車の前籠には今では有料となった、ホームセンターのロゴが入った大きなビニール袋が二つ押し込められている。
中には様々な金物や紙テープ、木工ボンドなどが入っており、陣太郎が買い物帰りであると見て取れた。
「――うぉ!? わっぷ、ぷ、ぷっ! ああ、もう!」
そんな学校への帰路、世良橋に差し掛かった辺りか。
突如として陣太郎は声を上げ、漕いでいた自転車を止めてしまった。
迂闊にも“ブヨ”という、道ばたで煙のように浮かぶ小さな羽虫の大群の中へ突っ込んでしまい、鼻や口の中に入り込んで軽いパニックに陥ったからだ。
ブヨとはブユ、ブトとも呼ばれ、田のあぜ道やキャンプ場などでよく見られる小さなハエ科の昆虫である。
一匹ではコバエ程の大きさでそうでも無いが、夕暮れや朝間、これが丁度人の顔の高さほどび空中に何十匹も集まって、一所に留まる習性があるのだ。
田舎住まいの者にとっては馴染み深い生き物であり、移動中早々にはこれらの中に突っ込んだりはしない。
が、ここの所急速に日が落ちるのが早くなっていた為か、不覚にも陣太郎はこれを見落としてしまったようだ。
「ああもう! 最っ悪!」
忌々しげに声を荒げ、脇の田の中に入らぬよう気を使いながら道ばたに唾を吐く陣太郎。
それから下を向き、数度ぷっ、ぷっと口中の異物感を吹いた後、顔を上げた時である。
ほんの数メートル先、手すりの無い『流れ橋』である世良橋の端に、先程までは確かに居なかった人の姿が見て取れた。
――女である。
女は蹲り、橋の上からせせらぐ川の水面を見つめて、もうずっと、そうしていたかのようにそこに在った。
晩夏はとうに過ぎて秋の始まりを感じさせる昨今、女の格好もゆったりとした長袖のブラウスと細身のデニムジーンズであり、ブラウスの茶とジーンズの紺が不思議とよく風景に馴染んで見える。
髪は黒くサラサラとしたストレートで、その長さが橋の下をのぞき込むのに邪魔になるのだろう。
時折頬から耳に掛けて掻き上げる仕草は妙に艶っぽく、ちらりと見えた横顔はかなりの美人であると伺えた。
にもかかわらず。
時を止め、絶句してしまう陣太郎。
女を見とめたその時から彼女の美に見とれ、あるいは情けない姿を見られた事や独り言を聞かれた事を恥じ、言葉を失っていたわけではない。
彼が息を飲むほど気を張っていたのは、この時強く感じられた、“あの”気配のせいである。
それは天之麻神社の拝殿で、通名川の河川敷で、墓地で、キャンプ場で感じた、あの神威の気配。
いや、女から感じられた“それ”はそのどれよりも濃く、そしてより強く何時の間にか世界に満ちていた。
それまで経験したどれよりも、比較にならぬ程強い神威の気配に、陣太郎は思わず足を竦めさせて居たのだ。
――何者、だ?
いや、それよりも、逃げなきゃ……
辛うじて繋ぎ止めていた思考は、身の安全を最優先として回り続けていた。
陣太郎は女が何者か、何故そこに現れたのかすら考える余裕も無く、ありったけの気力を集めて身を翻そうとしたのだが。
「もし」
機先を制するようにかけられた女の声は、やはり綺麗な響きであった。
女は陣太郎が一瞬目を逸らしていたその間に立ち上がり、ゆっくりとこちらへ近寄って来る。
改めて見るその姿は人外であると知って尚、いやむしろ人外であると納得出来るほど美しく、少年の目を惹き付けた。
陣太郎はいよいよ逃げる事も叶わぬかと短絡に結論付け、肩に引っかけた竹刀ケースの重みに気を向ける。
得体の知れない女とは意思の疎通が可能なようであるが、同時に神威を前にして交渉事など無意味である事を良く知る陣太郎だけに、せめてもの抵抗として鬼目一“蜈蚣”を抜く隙を伺っていたのだ。
ゆっくりと近寄って来る女から感じられる神威の気配は、目に見えるのではないかと思えるほど濃く、本能を揺さぶって恐怖を駆り立てる。
背からは脂汗が吹き出て、激しく打ち鳴らされる心音は陣太郎の呼吸を著しく乱していた。
「ごめんなさい、呼び止めてしまって」
「あ……」
「あなた、最近、毎日ここを通っているね」
「は、い」
「……これ」
女は陣太郎の尋常ならぬ様子に何を思ったのか。
不意に、しかしゆっくりと手を差しだして薄く笑った。
優雅に折りたたまれた細い指が摘んでいたのは、折りたたまれた和紙である。
陣太郎は目と鼻の先から叩きつけられる神威の猛威に体の芯を振るわせながらも、そっと両手で女から和紙を受け取った。
同時に、あれ程強く立ちこめていた神威の気配が消え去る。
安堵に体を弛緩させた陣太郎は、和紙を持ったままその場にへたり込んでしまった。
それから直ぐに我に返って顔を上げたのだが、そこにはもう女の姿は何処にも無い。
「なん、だったんだ?」
呟きと同時にこめかみから顎先にかけて、汗が流れ落ちる。
その感触に陣太郎は、今更ながらに全身から汗が吹き出ていた事に気がついて、大きく息を吐いた。
手の平で拭ったうなじの感触は冷たく、まるで冷水を頭から浴びたように滑る。
――あんなに強い“神威の気配”は初めてだ……
恐怖を思い起こしながら、世良橋の中央、女が佇んでいた場所を茫と眺め陣太郎は初めて生きた心地を得ていた。
女は、確かに人では無かった。
一瞬の間に姿を現し、同じように消え去った業は勿論、明確にそうで無いと思える気配は過去幾度も神威に遭ってきた陣太郎に確信を持たせる。
ただ、腑に落ちない事が一つ。
それは神威が前触れも無く、突如現れた事ではない。
鬼目一“蜈蚣”に祟られたその日から、幾度も偶然に、あるいは必然に出遭って来ている為、今更“何故か”と自問する陣太郎では無いからだ。
陣太郎が首を傾げたのは、あれ程強烈な神威の気配を放つ存在が、何の害意も無く、何事も無かったように消え去った理由が思い浮かばないという点である。
足がすくむほど感じた恐怖は、死の予感の為だった。
如何に修羅場を潜り抜け、剣の修行を行っているとて陣太郎は凡庸な高校生である。
一目で相手の力量を計れるような境地には遥か届いておらず、ましてや相手は人外の存在。
故に恐怖を感じたのは、業として相手の恐ろしさを読み取ったわけでは無く、本能から来るもの。
それは生まれて初めてネコを見るネズミのよう。
或いは初めて鷹を見るウサギのように。
そんな絶望的な逃れ得ぬ死の予感に支配されていた陣太郎が、女が何事も無かったかのように消えた後、“何もされなかった”と考えるには少々無理があった。
あるいは一年と少し前、“雷獣”に遭った時のように後から祟りが降りかかるのであろうか?
考えて初めて、陣太郎は女から受け取った和紙の事に思い至る。
和紙は綺麗に四つ折りにされており、手汗で端を滲ませながら開くとそこに筆書きで和歌がしたためられていた。
――夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の
知らえぬ恋は 苦しきものそ――
万葉集にある、大伴坂上郎女の歌である。
彼女は大歌人・大伴家持の叔母にあたり、作は恋歌を詠った物が多く、したためられた歌も恋歌であった。
が、悲しいかな陣太郎にはそれが理解出来る程の学は備わってはいない。
更には古めかしい文字で書かれた歌を詠む事すらままならなかった為か、内容を吟味する事無く再び和紙を折りたたんで懐に仕舞ってしまった。
先程感じた恐怖の余韻もある。
一刻でも早く学校に戻り、“これから起こるかもしれないナニカ”に備えて甘菜に相談したくもあった。
慌てて跨がった自転車をあらん限りの力で漕ぎ出した陣太郎は、世良橋を後にして一目散にその場を離れて行く。
だが仕方無かったとは言え、今回ばかりは陣太郎がこの場で考え、どうにかすべきだったのかもしれない。
いや、少なくとも、もっと真剣に手渡された和紙をこの場で読むべきであったのだろう。
陣太郎がそう後悔したのは、一週間程後での事だった。
◆
「陣ちゃん、モテモテじゃない」
死ぬかと思う程の恐怖を感じた出来事に対する、幼馴染みの感想である。
すっかり暗くなった学校からの、いつもの帰り道。
陣太郎はさりげなく甘菜と都合を合わせ、家路を共にしていた。
途中相談があると持ちかけて共に自転車を降り、早速今その日買い出しに出た折、出遭った出来事を相談した結果、第一声がそれだったのだ。
「モテ……ってなんでそうなるんだよ」
「これ、恋歌じゃん。陣ちゃん、告白されたんだよ。ヤッタネ!」
「しっ、しらねってそんなの!」
つい強く否定してしまったのは、相手が神威である為か、それとも甘菜を前にしているためか。
言葉の上ではいつものようにおどけていた甘菜であったが、先程手渡した和紙を見ながら隣で自転車を押す幼馴染みの横顔はどこか冷たい。
いや、どちらかと言えば機嫌が悪いのであろう。
張り付いた表情に色は無く、故に透き通るような青白い美貌は、甘菜の内側に湧き出る苛立ちを良く映し出していた。
そんな彼女の表情は、いつも陣太郎の心をざわつかせる。
だからか、どこか後ろめたさを覚えながらも、意味も意義も無い“いいわけ”を探し始めてしまう陣太郎であった。
「大体、俺、その子、初めて見たし。って、モテモテって言っても相手は神威だぞ? “ゆり”さんの時だって基本人違いだし。今回も別の誰かと間違っているんじゃないか?」
「……なに必死になってるの? アヤシィ……」
「あ、いや。そうじゃなくて、だな……。お前、ドン引きしてるじゃん? 顔、笑ってねぇし」
「そりゃ引くわよ。まさか陣ちゃんが毎日“あの”世良橋に通ってたなんて」
「は? なんかおかしいのか、それ」
「……はぁ。これも鬼目一“蜈蚣”の祟りなのかしらね」
言って甘菜は深く、ため息を吐き出した。
どうやら彼女の不機嫌は、なにやら陣太郎の予想の他に思う所があってのものらしい。
少なくとも、陣太郎が誰かに告白されての物では無いようだ。
そんな事を甘菜のため息から読み取った陣太郎は、安堵と落胆を抱えて気を取り直した。
「なぁ。……その、世良橋ってヤバい所なの?」
「ん。まぁ、ね。うう、しかしまいったなぁ……。流石にあの辺は特に注意しなくても大丈夫って思ってたんだけど」
「いや、言おうよ?! 俺、バカだし、なんも知らないから何処で神威を拾ってくるかわからないよ?!」
「うん、バカなのは知ってる。っていうか、そういうとこ市内には結構あるんだよねぇ」
「尚更言ってくれよ! って、知ってるって非道っ!」
「誘い待ちしたの、陣ちゃんの癖に。それはともかく、“危ない場所”は近場以外はどうせ行かないような所ばっかだから、今まで端折ってたのよ。――どうせ覚えきれないだろうしね、陣ちゃんおバカだし」
「ぜってーマジでバカだって言ってるだろ? ……面と言われると、ちょっと傷つくんだぞ」
「バーカバーカ」
「違う! これは誘い待ちじゃないぞ?!」
「ウソ、マジ? む、難しいお年頃ってやつだね。うー、しかしホントまいったな。帰り道と反対側だし、まさかあんな狭い所を陣ちゃんが通るとは……。流石の私もそんなの予想できないよ。そもそも、なんであんな所通ってたの?」
いつものおどけ合うような会話であったが、甘菜の言葉尻にはどうしても深刻な色がつきまとっていた。
勿論陣太郎は敏感にその空気を察して、胸の中で膨れあがってゆく不安を必死に押さえ込もうとする。
――そうだ。
おどけている場合じゃ無い。
そう考えてはいるものの、今回ばかりは甘菜の様子から話を先に進める事がどうにも怖く、ついじゃれ合うようにして冗長な会話を続けてしまう陣太郎である。
いやむしろ、本当に不味い状況であるならばこうはいかないだろう、とも思えて、陣太郎は遠回りな会話を良しとすらしていたのだ。
なにより、このまま要点を突いて会話を続ければ、甘菜の機嫌が目に見えて悪くなりそうであった。
「ほら、俺、大道具係だしさ。ホムセンに買い出し行くのに、な?」
「……脇に新しい道、あんじゃん」
「学校に苦情入れてくるおっさんいるし」
「あー、あのボロっちぃ軽トラ乗ってる?」
「そそ。すっげぇむかつくあのおっさん。農道ったって、チャリで通る位いいのにな。しかもあれ、税金で整備したんだろ?」
「私や陣ちゃんが払った税金じゃ無いけどね」
「そうだけど。家の近所の農道は何にも言われないんだぞ?」
「あれ、前は何にも言って来なかったらしいんだけど、私達より二つ上の先輩の時、アッチから通う学生が多くてさ」
「うん」
「毎朝毎夕、その農道一杯に広がってチャリ漕いでたもんだから、学校指定で禁止になったんだって」
「迷惑な先輩だよな……」
「でも、通学時間帯じゃないし陣ちゃんひとり位なら大丈夫だとおもうけれど?」
「んなこと言っても、もし見つかったら先生に怒られるじゃないか」
「……自分の命の方が大事だと思うけど、陣ちゃんの価値観って不思議よね」
「い、いや、流石に知ってたらそっちに行くって!」
ここで会話が途切れる。
その先はどうしても世良橋についての話題にしかなりそうになかったからだ。
甘菜の方も半ば呆れながら口を一旦つぐんでいるのは、今の陣太郎がどのような事態に陥っているのか計りかねて居るのかも知れない。
と、いうか、明らかに先程よりも甘菜の機嫌は悪くなっている。
どうやら寄り道をしながらの会話は逆効果であるようだ。
そう感じ取った陣太郎は、意を決して方針を変え核心に触れる事にした。
「なあ、甘。世良川ってどうやばいんだ? 確かに今日遭った女の人の形をした神威は、シャレにならない感じがしたけど」
「……あのね、そもそもは、古い橋ってのは何かと“アレ”なの知ってる?」
「“アレ”って……あれか? 辻とか、浜辺みたいな境界って意味? でも、そんなの言い出したら、そこら中“境界”だらけだぞ?」
「陣ちゃんが“境界”に近寄ったからって言いたいわけじゃ無いよ。今回は余計な事してないんでしょ?」
「うん、まあ……」
「“アレ”ってのはね、んと、どう説明したら良いだろう……」
言って甘菜は考え込んでしまった。
それから直ぐに、常世と現世の境界について陣太郎に覚えているかどうかを確認する。
常世とは、所謂あの世のようなもので、現世とはこの世の事である。
その境界は至る所に存在し、十字路や浜辺、村の出口などが時折二つの世界を繋ぐとされてきた。
勿論その存在を肌で感じた事のある陣太郎は、甘菜の質問に神妙な面持ちで頷くのであるが。
「じゃあ、橋もその境界の一種だってのはわかるよね? さっき言ってたし」
「うん。、まあ……」
「んじゃ、十字路に岐神のお堂があるように、橋にも守護神がいる事、知ってる?」
「……いや」
「じゃ、この橋の守護神ってのが、結構危ないって話は?」
「それも、知らない」
「でしょうねぇ……。いい? この橋の守護神って言うのは、基本的に女神なの」
「うん」
「で、この神様、どうして女神が多いのか、知ってる?」
幼馴染みの勿体ぶったような質問に、答えられない陣太郎である。
甘菜はそんな陣太郎にもう一度ため息を吐いて、頭を二度振った。
陣太郎に失望していたり、呆れからくる仕草では無い。
急速に広がる嫌な予感を振りほどく為だ。
「橋の神様に女神が多いのはね、“人柱”に選ばれるのが女性が多かったからよ」
「ひとばしら、って……あの、橋が流されないようにって生け贄にするアレか?」
「そ。“人柱”は大体十五になる娘が選ばれて、橋を架ける前、水神に捧げられるのよ。――その橋が決して流されないように、ね」
「うへぇ……」
「そして“人柱”は橋の守護神となるの。“橋姫”って言ってね? 怪異の外敵や様々な災害の侵入を食い止める神様になるってわけ。――おとねさんに少し似てるかな?」
「あ、確かに」
言われて陣太郎は“生き神”であるおとねの事を思い起こした。
彼女も又、過酷な仕打ちの後に“神”となった者の一人である。
その過程で筆舌に尽くしがたい苦痛を味わったのであろうが、“橋姫”とは違い命までは失わずに済んだ存在でもあった。
「でね? 陣ちゃんが遭ったのは、この“橋姫”だと思うんだけど」
「うん」
「問題は、“橋姫”が荒魂なのか、和魂なのか、なのよ」
「俺、襲われなかったし和魂なんじゃねえの?」
「うん、私もそう思う。だから、今すぐにはどうにかなると思わないし、このまま何事も起こらない可能性も高いとは思うんだけど……」
「ど?」
「“橋姫”に関しては、和魂でも安心できない所もあって。そりゃ、その加護はものすごく強力よ? 多分、今の陣ちゃんなら鬼目一“蜈蚣”を抜いてそのまま仕舞っても、蜈蚣に喰い殺される事はないんじゃないかな。でも、この“橋姫”が荒魂になると……」
「な、……なると?」
「悲惨よ。何せ、『丑の刻参り』の原型ともなった神様だからね? その祟りは鬼目一“蜈蚣”もメじゃないかも」
「うげっ! ま、マジ?!」
「そもそも、日本の女神様って基本的には嫉妬深いから。加護を受けた者がちょっとした言動で不興を買い、祟り殺されたなんて“ざら”よ、ざら。ううん、そんな事よりも、一番の問題はね?」
甘菜はそこで一拍間を置いた。
美しいその顔に浮かぶのは、深刻な表情である。
僅かな時間に続く沈黙が、陣太郎に重くのしかかる。
甘菜の話は、陣太郎が思ってた以上に悪い方向へ行くらしい。
しかし、これ以上悪くなるとすればどのようなものか。
果たして聞かされた甘菜の台詞は、あの死を覚悟するほどの神威の気配の正体を的確に現して、陣太郎に恐怖を思い出させる。
「一番の問題は、今までの神威は……神威は神様の力のかけらに過ぎなかったんだけど、今回は神様そのものが相手だって事よ」




