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『何度目かの最後』

作者: タミヤケイ

何度目かの最後


 脚本家を目指し始めたから十数年間、誰にも求められず、誰にもほめられない物ばかりを書いてきた。

 そんな日々に今日終わりを告げる。私は気づいてしまったのだ。

 部活帰りの女子高生の二人乗り、背中でギターがキラリと光る。

 駅前で吠える若手議員、聞く耳持たぬ年寄りたち。

 劇団を作った後輩、居酒屋の卵焼きに飛び散る粘着性のつば。

 食うためと始めた仕事が板につき、何度目かの歓送迎会の帰り道、コンビニに配送されたばかりのジャンプを「ラッキー」と立ち読みしてる時、私は気がついた。

 私には何もない、空っぽなのだ。

 彼女たちの揺れるスカートの中にも、誰に届くか知れぬマイクを握る手汗の中にも、まるで未来を見てきたように夢を語る口の中にも。そして毎週当然のように届く週刊誌の中にも。得体の知れない、熱く、ドロドロと煌く何かがある。

 それを見てきた私が、今まで「自分には何もない」と言うことに気がつかないほうが不自然だったのだ。

 さぁ大変だ。このままでは死んでしまう。

 私は私の中に何かないかと、急いで自宅に帰り、なるべき切れ味のいい包丁で腹をかっさばいた。ひょこりと顔を出した腸が「だめ!このままじゃ死んじゃうよ」と心配そうに言うので、「大丈夫!そんなことより大事な事があるでしょ」とズルズルと退いてもらった。

 私は大きく開いた切れ目に向かい頭を突っ込んだ。台所の隅で、モンゴリアンデスワームのようになった腸が「ほんとにダメなのに…」と泣きべそをかいている。我ながら女々しい腸だ。

 腰を180度近くまげるのに少し手間取ったが、入ってしまえば後はがむしゃらだ。自分の中に「何か」残っていないか探し回った。右ひざの裏側と股間の辺りに、「青春」に似たものを見つけたが、それは良く似た搾りカスだった。

 両の足先に何かある気がして、手を伸ばしたが、股間に頭がつっかえて、後寸前のところで届かなかった。

「右手君、左手君。どうやら私はここまでだ!一緒に来れた事を光栄に思うよ。本当にありがとう!」

 そう言うと私の頭は自ら真っ二つにちぎれた。右手と左手は数秒、頭に黙祷の意を表してから、それぞれ右脳と左脳の中を調べ始めた、考えてみれば(この場合どこが考えた事になるのかはわからないが)頭は体の中でもかなり重要な器官だ。何かあるとすればここに違いない。

 そう意気揚々と右脳を調べていた左手に、右手の悲鳴が聞こえてきたのは、半分になった海馬をどかした時だった。左脳の中でからからのミイラになった「熱意」の屍骸が発見されたのだった。

 右手と左手は、頭中に何もなし。と散策をあきらめ、当初の目的であった、両足に戻る事にした。その時、右手の進行を阻むように飛び出したが、簡単に弾き飛ばされてしまった舌の裏で、「夢」が腐っていた事は誰も知る由もなかった。

 双方の持つ五本の指を重ね合わせるように、隅々まで調べたが、足の先からほこりのかけらも出てこなかった、その時あまりに、ぴったりと左手と左足がハマってしまい、左手は残念ながら二度と身動きが取れなくなってしまった。ほんの少しだけ左足よりサイズが大きい右足を散策した右手は、何とかその腕をよじりながら、体の外まで脱した。

 右手は手探りで目玉を見つけると、私の体を見渡した。そこには何の魂も通っていないただの肉塊が散らばっているばかりだった。

 そんな時、途方にくれながら佇む右手の持った目玉に飛び込んできたのは、中でも一番大きな肉塊、胴体だった。

「心臓…そうだ心臓だ!」冷蔵庫の下と、洗い場の中、それに右足の中でそれぞれ上と下の唇、そして舌がそう震えた。

 人体にとって頭と肩を並べて大事な器官。心臓ならば、そこにならきっとこんな私でも何かあるはずだ。

 そう信じて私の、いまやもっとも私自身となった右手は、頭を失ってぽっかりと開いていた首の中に滑り込んでいった。

 右手はまもなくして心臓にたどり着いた。最後の力を振り絞って、しかし確実にゆっくりと心臓を握りつぶした。

 そしてそれはあった。

 手のひらにちくりと、本当に小さなとげが刺さったのだ。

 私に最後に残されていた物、心臓に隠れ暮らしていた「絶望」だった。

 それを見つけた時、私は、私の体たちは喜びのあまり震えだした。ばらばらだった各部位はいつの間にか統率の取れた一つとなり小躍りをはじめ、体の穴と言う穴は、もてる分泌物を全て出して喜んでいた。

 私は空っぽじゃない。私には「絶望」がある。

 きっともっと大きくて立派な「絶望」を持った人は沢山いるだろう。でもそんなものは関係ない。あぁなんてかわいいんだろう。

 私は空っぽではない。それが知れただけで、私は普通に生きていける。他の人を羨みながら、それでもギリギリ道を外れない程度に。

 そうだ、この絶望を大事に育てよう。いつか大ヒット作や、そうでなくても話のネタに化けてくれるかもしれない。

 そう思いながら今週もジャンプを手に取る。

 

 もう何度目かの最後の日。


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