後悔
あがく姿もむなしくかすみは落ちた。地面に落ちて、壊れた人形のようで気持ち悪かった。元気なかすみにはこんなのは似合わない。やめてくれ。なんだこれ。こんなのは望んでない。僕はただ……ただ……。誰か助けてくれ。
啓介は涙と嗚咽に溺れた。
金井先生の息が荒い。啓介は必死で逃げようとするが、芋虫のようにしか動けない。すぐに首に糸が巻かれた。金井先生の脳内のリミッターなど、どこかへ飛んで行ってしまったのだろう。もう何の躊躇いもないようだった。
苦しい。首を掻きむしりたい。しかし、縛られた両手は、暴れると糸が食い込んで自身を傷つけるだけだった。何もできない。肺は許容範囲を超えて、空気を欲していた。
もう駄目だ。
意識を失う寸前、扉が大きな音を立てて吹き飛んだ。ドドドと近づいてきた大きな塊は、ダンプカーが人をはねるかのような勢いで、金井先生を反対側の壁にぐしゃりと打ち付けた。糸を巻き付けてあったであろう木製の持ち手がコロコロと転がる。
息が吸える。人間らしい論理的な思考はすべてどこかに飛んでいって、本能の赴くままむせ返りながら啓介は息を吸い込んだ。
「かすみを助けて」
啓介はそれだけを何とか発する。すると、今度はみぞおち周辺に巨大なハンマーで殴られたような衝撃が走る。ぼきりという音が自分の内部から耳まで響いた。また息が吸えない。勢いで宙を舞った後、背後にあった三角コーナーに突っ込んで埋もれた。蹴られたということは、悶絶を二、三度うってからやっとわかった。あばらが折れた気持ち悪い感覚が、また啓介を混乱に追いやる。
「死ね、この害虫が」
害虫未満のものに放つようなひどい口調だった。殺されるのか。そう思いきや、それはかすみを抱えてすぐに走り去った。
その後ろ姿は、かすみの父親だった。これで少し希望が繋がった。お願いだから助かって欲しい。かすみが最後に向けたまなざし。悲哀の滴。啓介のまぶたの裏に焼き付いて、どんどん熱さを増していった。
あの父親は、かすみの殺人仕草とは全然違う。激しいし、容赦がない。胸に受けた衝撃は際限なく痛覚を責めたて続ける。そして、冷徹な兵器としか思えない人物の必死に走り去る姿が胸を締め付けた。
先生の死体と放置された一晩の間、嗚咽のたびに、啓介はあちこちがひどく痛んだ。




