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「腹痛ぇ」
よくわからない命のベットを叩きつけたあの日からしばらく。
春休みもちゃくちゃくと消化し真ん中らへんまで経過したある日。気が狂ったかのごとく晴れ輝いていた昨日とはうってかわり、季節特有の別れをいまさらになって悲しがり始めたがごとく、低い気温の中、小雨が降っていた。そして俺は、突如急接近した寒波によってもたらされちまった腹痛によって、布団の中でもがいている。
{不摂生がたたってるんじゃない?]
「だとしたら十全お前が原因だろうな」
携帯に飛んできたチャットに、じゃっかんの恨みを込めつつ口頭で返答をすると、新規メッセージがほぼロスなしで飛び込んできた。
ちなみに、いまチャットを飛ばしてきたこいつが、俺の生命を一方的に掛け金に設定し、真剣勝負を強いている人物(?)だ。この[メリーさん]なる未確認伝説的妖怪のたぐいっぽいものさんは、ベッド挟んで俺の下にいる。――最近、ヤツの気配をそこはかとなく察することができるようになったが、この特技ははてさてプラスなものなのかいなか……。
どうやってあの狭い隙間に身を滑り込ませてるのかはしらないが、とりあえず俺の位置的関係上、そこにいるしかないらしい。
{私が何したっていうの]
「バカヤロウ、毎晩毎晩チャットラッシュかけて俺を寝かせないのは誰だ? 誰だろうねぇ……お前だろうが」
{あなたがさっさと死んでくれれば、ずっと規則正しい生活ができるよ? 安眠をお約束いたします。じつに健康的だね!]
「健康的通り越しでおダブってるじゃねぇか」
{寝る子は育つっていうじゃない]
「来世の健康約束されても困るわ」
{私メリーさん。今あなたの後ろにいるの]
「知っとるわ」
何度それを聞いた……いや、見たことか。
履歴をさかのぼれば、約一週間にわたっての濃密な会話(?)を確認することができる。日常会話的なものが約三分の二ほど、それ以外は例の常套句、あとは『こっち向いて』だとか『トイレ覗かせてくれないと許さん』だとか、もはや訳のわからない内容がズラズラ……あれ、そういえば気になったことがあるんだが。
「俺がトイレしてたり風呂入ってるあいだってどこいんの?」
{だいたい後ろにいるよ]
「後ろって壁とほぼ密着してる状態だぜ?」
{お風呂場だったら脱衣所、トイレなら庭。さすがに壁で阻まれるとゼロ距離たもてないんだよねぇ]
「……」
おおう、マジか。考えてみるとやっぱり気味悪いなおい。
ここで俺は、改めて不気味さを認識させられたと同時に、どうあってもこいつが背後にいられない状況がある、と確認することができた。もしや、俺の人生縛りプレイモードをわずかながらでも和らげるヒントが隠されてるんじゃないか?
「壁、か……ふむ。コンクリ……」
{ちなみに、壁一枚挟んでるからって油断して振り向いたりしたら、あなたの負けだよ?]
「は? まさか、さすがにコンクリをブチ抜く刃物なんて――」
――ザンッ!
「ヒョッ?」
{硬軟関係なく、私のエモノは逃がさない]
マットレスを貫通して俺の両サイドに生え佇んでいるいるのは、まるで裁ちバサミを十倍くらいに巨大化させたかのような、肉厚な刀身だった。薄暗い室内で淡く輝くそれは、まさに命を刈り取るかのような鋭さをたたえており、二双の白刃がいま俺の命を断とうとそこに――
「いやいやいやいや、ちょっとまってなにこれェー!」
{やっぱりベッドだったら、巨大バサミが鉄板だよね]
「そうじゃないっしょ、そうじゃないっしょ! このベッド、結構頑丈なんですが……てか下にいるんですよね? こんなもん振り回すスペースなんてありませんよねぇ!?」
{貧乳と申すかこの不届き者]
「待ってくださいどういう流れでその結論に――やめぇ、挟もうとするな!」
{さあ、こっちを見て! そうしたらなんの外傷もなくあなたを心臓麻痺にでもしてあげるから!]
「オカルト特有の謎の死を遂げたくないですぅ!」
双刃の軌道上からなんとか逃れようと身を起こした瞬間、背後で『シャクッ』と金属がこすれたような音がして振り向――きかけたやっべぇあぶねぇ!
{惜しい! もう少しだったのに]
「俺は命が惜しいわ! くっそてめぇなにしくさってくれんだよ!」
横目で窓を睨みつける。塔と化しているオオバサミが、吹かれた砂のごとく形状を崩しているトンデモ映像と、消えていくそれと入れ替わるように俺の背後へ瞬時に現れ、心底悔しそうな表情を浮かべたこいつの横顔が映っているではないか。野郎、本気で殺しにかかってやがったな……!
{なにって、証明してあげたんじゃない。私の刃が届く範囲じゃ、あなたは逃げられないんだよって。わー、私ったらチョ~親切ゥ]
「おのれチクショウが! ぶん殴りてぇ、ものっそくぶん殴りてぇ!」
{暴力反対!]
「どの口がそれを言うか!」
{私はね、暴力って嫌いなんだ。中途半端だから]
「よぉし決めた、絶対一発食らわしてやるぞ! オラァ!」
出し抜けに肘を引いてみたものの、虚しくも空振りで終わったようで、手応えはまったくなかった。
{肘打ちだなんてそんなのあたりましェェんwwwwwwwwww]
「オラァ! 草生やしてくれてんじゃねぇぞオラァ! だったら――」
バタンッ!
「バタバタ騒がしいわ! 公人あんた何してんの!」
闖入者の不意な登場に、俺の心臓が口からぶっ飛ぶんじゃないかというくらい驚いた。ビクっと体を震わせつつ反射的に目を配ると、開いたドアの向こう、鬼のもかくやと言った感じで睨みを聞かせているオカンの姿があった。
***
「く、せっかく雨が上がって晴れてきたってのに、外出る前に体力浪費しちまったじゃねぇか……」
{『ひとりでに話したり腕振り回したり……やっぱり頭、見てもらう?』っていうのは名言だよね。あなたのお母さんはいい人だねぇ。見てもらったらいいと思うよ]
「どれもこれも、全部お前がきっかけだろうが! くっそ、どっちかっつったら厄祓いに行きたいわ……やれやれ、驚きのあまり腹の虫もおさまったよチクショウ」
しきりに心配してくる母上をなんとかいなしつつ昼食を摂った俺は、春の雨にしては珍しく晴れ間をのぞかせた空をみるやいなや、足早に外へ逃げ出し、現在はビルやら人やらで大賑わいの駅前を歩きさまよっていた。
はたから見たら、携帯片手にひとりごとをしゃべっているようにしか見えない俺を、街ゆくピーポー共が興味心全開で見てくるのにも、もう慣れたわ。悲しいけど。まあ、うん、そうだよね何も知らんやつから見たらヤベェヤツにしか見えないよね。わかってる、わかってるんだけどさ……。
{それにしても、ほんと大きな街だよね]
そして感傷に浸る間もくれないすべての元凶様は、脳天気と来た。
{目的地向けて突っ走ってたから、まじまじ見るヒマなんてなかったんだよ]
「ごゆるりと観光なさってそのまま迷子にでもなってくれればよかったのに……」
{ああ、いるよそういう子。突拍子もない飛んでっちゃって帰れなくなったりとか]
いるんだ……。
{たいていは組合の迷子センターとかで保護されて、もとの持ち主に返されたりするんだけどね]
「迷子センター!? 組合!?」
{運が悪いと、そのままゴミ捨て場とかで現世アディオスしちゃったりするよ。ままあることあること。まあ、私はあなたの背中にたどり着いたけどね]
「なんかロマンチックな言葉をもらってる気がしてるのになんでだろう、この泣きたくなる気持ちはなんだろう」
{私はあなたを見ているのに、あなたは私を見てくれない! ねえ、どうして?]
「命の有無に響くので」
{私メリーさん。いまあなたの後ろにいるの]
「見ないから」
{ちぇー]
そこはかとなく物悲しくなるやりとりをしているうち、はために看板の文字が見えて足を止めた。七十八度くらい頭を傾けてようやくてっぺんが見えるだろう大きなこの建物の中は、全部大型家電店が埋めているのだ。ここら一体の電化製品はだいたいこの店が吐き出している。この携帯を買ったところでもある。……となれば、約二週間ぶりくらいか。
{なにここ?]
家電眺めてるだけでなんであんなに楽しいんだろうなぁ……。さして詳しいわけじゃないけど、雰囲気でなんとなく楽しめる不思議な力があるよね。
ああ、足がふらりふらりと吸い寄せられていくぅ。
{ちょっと、無視しないでよ!]
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