1章 「ハジマリ」5
「基本的な魔法なのに、距離が離れるだけでこうも違うんだ……。ソニアちゃんやってみる?」
ソニアも出来るだけやってみようと、構える。
魔法の呪文を唱え、遠くをイメージし集中する。
しかし、数分経っても水魔法すら出現させることは出来ない。
「……」
「……落ち込まないで!難しい魔法だし、練習しよ!?」
ティアはソニアの背中をポンと軽く叩き励ました。
それからずっと二人は喋ることなく黙々と自分の練習に励んだ。
ティアはだんだんコツを掴んだのか、合格ラインに近いところまで水魔法を出現させることが出来てきた。
しかしソニアは距離を縮めるという問題の前に、水魔法を出現させるところまで至っていない。
出来たら先生の前で実際にやって見せ、合格を貰えた者から授業を終わりにしていく。
授業終盤には、まだ合格を貰っていない者は半分以下となっていた。
「……」
しかしソニアはまだ魔法を出せていない。
「やった!出来た!」
ソニアの横で喜びの声が聞こえた。ティアがどうやら出来たらしい。
「ソニアちゃん!あたし出来たよ!先生の前でやりに行ってくるね!」
「うん」
ティアは早速先生に見せに行った。
ソニアはその背中を少し見届けてから、再び魔法に集中する。
「…………」
出来ない。
試しに、基礎魔法を使ってみる。
手を前に出し、そこから魔法を出すイメージをし、呪文を唱える。
ボコボコ……。
手を差し出したすぐ先に水玉が出現した。
魔法は普通に使える。
魔法が使えることで自信が少し出たので、ソニアは再び挑戦しようと思えた。
(大丈夫。基礎魔法の応用だ。複雑な魔法じゃない。高度な魔法じゃない。難しく考えなければ大丈夫)
目を閉じただ魔法を出すことだけに集中する。周りの雑音をシャットダウンし、出来るだけ何も考えないようにする。
そして呪文を丁寧に唱えた。
「ロー、 ウォー 、イクル」
すると、今までと違った手応えを感じた。
体が熱くなる。
体全体から魔法を出しているという感覚だ。
(これなら……)
と、ソニアがもっと魔法を出そうとしたその時。
パキッ。
何かにひびが入るような音がした。
ソニアが音がした方向を見ると、自分の左腕に付けている腕輪にひびが入っていた。
「……」
ソニアは一気に気が逸れてしまった。
多分これ以上魔法を使うことは出来ないだろう。
なぜなら、腕輪はユーリがソニアが魔法を使えるようにするために作ってくれた発明品だったからだ。
ソニアはこの腕輪がないと上手く魔法を出すことも、持続することも出来ない。腕輪なしでも魔法は出すことは出来るが、腕輪つけている時の倍時間と体力を使う。
腕輪はソニアの魔力をあげるための道具だった。
ユーリの説明ではただ無限に魔力あげるだけじゃなく、もっと複雑なことを言っていたがソニアは思い出せなかった。
結局、ソニアは体調不良と先生に言ってこの授業をやり過ごした。
※※※※※
「あ、ソニア壊したな」
「……ごめん」
壊してしまってユーリに怒られると思ったら、ユーリの反応は意外にあっさりしていた。
ソニアは5時間目を抜け出し、すぐに寮に戻るとユーリの部屋を訪れていた。
ユーリの部屋には色んな道具や、魔術や悪魔に関しての本が部屋の大半を占めていた。お世辞にも女の子らしい部屋とは言えない。どちらかと言えば研究室に思える。
「まぁ、今まで壊れなかったのが不思議よー。高一の時からつけてるでしょこれ」
「うん」
「まぁ、寿命は二年の終わりころかな?って思ったけど、ちょっと長く持ったね」
「なんで壊れた?」
「ああ、腕輪に仕込んである魔活草の効力が切れたんでしょ」
ソニアは授業を思い出す。
確か生物の授業で先生が魔活草の説明をしていた。
魔活草は魔力を蓄積する草で、土に植えられてる間に吸収した魔力であれば、積んでもその魔力の分だけ枯れることはない。
有効活用方法は魔活草を持ち歩き、魔力を活性化させたい時に草に触れて魔法を使うと魔力が活性化され、普段より協力な魔法が使える。なので緊急時の魔力を活性化するアイテムとして活用される。
「でも魔活草って危ないんじゃなかった?」
「ああ、確かに危ないよ。魔力を無理に活性化させるから、使った後は酷く疲れるし、副作用みたいなのも稀にあるって聞くね」
「大丈夫なの?」
「大丈夫。そのための腕輪だから!」
ユーリは得意げに言い切った。
「ソニアの腕輪にはソニアが魔法発動したら、常時魔活草の効力が出るようにしてあるの。普通の魔活草だったら魔力を使えば使うほど活性化するけど、それだと危険だから、腕輪にはある一定の魔力の量や質を超えると自動的に魔活草の効力や、魔力自体を抑えこむようにしてあるの」
「……ユーリすごいね」
「でしょ!アンジェじゃないけど、これは自慢しちゃう」
ユーリは自分の発明が褒められると、自分の容姿や学力などを褒められた時より嬉しい。
「今日この腕輪が壊れたのは、魔活草の効力が切れて、多分魔力が一定の量を超えそうになったから、抑えられなくて壊れたのかもね」
「すぐに腕輪直らないか」
「魔活草はすぐに手に入るんだけど腕輪はちょっと1日かかるなー」
「魔活草を持ち歩けばいい?」
「いや、魔力コントロール出来ないソニアがむきだしの魔活草使うと死ぬから」
「……何故」
「言ったでしょ。魔力を使えば使うほど活性化するって。あなたの魔力の出し方は0か100で極端なの」
「……」
「つまり腕輪なしだと、普段使っている基礎魔法は命に別状はないと思うけど、高度な魔法や複雑なコントロールを必要とする魔法をソニアが使おうとするとそれ以上の力を出しちゃうの。あ、悪い意味でね」
ソニアが魔法が下手である原因は正しくそうだ。
腕輪のない状態のソニアは殆どの魔法を使えない。頑張って頑張って基礎魔法がやっと使える程度だ。
しかし死ぬ気で出そうと思えば、普通の人の倍の強力な魔法を使える。
だが、言葉通り死ぬ気で出すので、魔法を使った後はたいてい何日か寝込む上に、元気が出るまで魔法は一切使えない。
「……何となく分かった。魔活草は使わない」
「うん。ならオッケー」
流石に命は大切にするので、腕輪が出来るまでソニアは魔法を使わないことにした。
「大丈夫。明後日の課外実習までには確実だから」
早いもので、ハートンとの出来事があってからもうすぐ一週間が経とうしていた。
ふとユーリの部屋を見渡すと、部屋の隅に明後日のための準備らしきものが置いてある。
「準備?」
「ああ、滅多に出来ない体験だからこの際悪魔に遭遇した時のデータをとっておこうと思って」
「……すごい」
「ソニアの腕輪も丈夫にしておくね!」
ユーリは目を輝かせて言った。やる気満々である。
ソニアはユーリが本当に発明が好きなんだなと、改めて思った。
※※※※※
そして、課外特別実習の日がやってきた。
ユーリはしっかり前日には腕輪を完成させてきた。
渡された時、ユーリは
「これで3年は使える」
と言っていたが、何故そんなに長く魔活草が枯れないのか不思議である。
ユーリは3年分の魔力を蓄積した魔活草を育てていたのだろうか。ソニアは疑問に思ったが、めんどくさくなり深く考えないことにした。
ともかくソニアの腕にはしっかりと腕輪があるから、問題はないだろう。
新しい腕輪だからか、ソニアはちょっと魔法がいつもより上手くいくような気がした。
「シルキーさん、頑張ろうね!」
校庭に三年生は集合し、人数が揃い、担任から行き方を説明されたら出発する。
グレアムの指示でA組も整列しようとしていたら、後ろから声をかけられた。
ハートンだ。ハートンはソニアに笑顔を向けた。
ソニアは頷く。
ハートンとはシャーナが友達と認めた日から、数回話す機会があったが、どちらかと言えば、いつもシャーナグループとハートンという感じで話していた。
なので二人でしっかり会話したのは、最初に会話した時以来である。
しかし、すぐに整列しなくてはいけなかったので、それも一瞬だった。
「……」
友達なら頷くだけじゃなく、何か言うべきだったかとソニアは少し考えたが、返事はしたのだから必要ないと判断する。
ソニアはすぐに考えをやめ、整列しグレアムの話に集中した。
担任のグレアムについていきA組は移動する。
現地で実習内容を説明されるらしい。
悪魔に遭遇するかもしれないというのに、遠足のような気分でA組の皆の心情は浮足立っていた。
故に、森に入るということはどういうことなのか、この時クラスの誰一人分かっていなかったのである。