2章 「高校一年生Ⅱ」7
見られたくないものを見られてしまい焦っていた。
廊下に出た二人。
無感情に落ち着いているソニアに対し、ユーリはとても動揺していた。嫌な汗をかいている。
「用って何」
「お昼食べたい。一緒に」
ソニアの手にあるおにぎりにユーリは気付く。
「……シャーナどうしたの。いつも一緒でしょ?」
「先生に頼まれたから無理って」
「…………なんで私?」
「アンジェがいないから」
「一人で食べればいいじゃない。……私忙しいから無理よ」
「あと風邪の容態見に来た。風邪だからお昼買いに行けない……」
「………………」
ユーリはソニアから視線を逸らす。
(やばい、忘れてた)
自分が今日風邪で休んでいることになっているのを思い出す。
その様子を見て、普段気づきそうにないソニアが、今日に限って勘が働いた。
「……仮病?」
「…………」
ユーリの図星をついてしまった。
ソニアにじっと見つめられる。
ユーリはだんだん居心地が悪くなってきて、堪えられなくなった。
「……嘘ついたのは謝るわ。そうです、仮病。どうしてもやりたいことがあったのよ」
こうなったら開き直るしかないと、ユーリは仮病を認めた。
それを聞き、ソニアはこの前言っていた言葉を思い出す。
“私も、成績はあまり気にしないわ。だから自分の時間の方が授業よりも大切だと思ったら、昔からよく授業サボったりしてるわ”
どうやらあの発言は嘘じゃなかったらしい。
「やりたいこと?」
「何でもいいでしょ」
「……」
ユーリは素っ気ない態度をとるが、ソニアには通じてないらしい。
ソニアは再びユーリを観察するようにじっと見た。
「何?」
「お昼……」
「……お腹空いてないからいらないわ。だからもう教室戻っていいよ」
「……えっと、まだある」
「……何が?」
「前の、どういう意味」
「前の?」
ユーリは怪訝な顔をする。
「守られるとか、言い争いとか言ってた」
言っている意味を理解するのに数秒かかったが、分かった。
昨日のことだろう。
「……ああ、あれ。シャーナがいる場で言うとアンジェみたいに怒られると思ったから耳打ちしたの」
「言ってる意味がわからなかった」
「要は言い争い聞きたくないから、ソニアがちゃんとして、原因を作らないでっていう意味。まぁ、伝わりにくかったよね」
ユーリはいい加減にあの嫌な空気を作って欲しくなかったのだ。
その原因のソニアに遠回しな言い方で伝えたが、やはり伝わっていなかった。
「ユーリ、言った。自分から動かないといけないって。だから、会いに来た」
「……言ったけど」
なんか意味が違う気がする、とユーリは思う。
しかしソニアは大まじめに言っている。
「私は、仲良くなりたい。ユーリと」
無表情に淡々とソニアは言った。
ユーリはソニアを見つめる。
(シャーナといい、ソニアといい、変な人ばっか……。でもどうせ私のこと知ったら避けるんでしょ)
例えどんなに仲良くなっても、離れていくのだ。
「私は、そんなに仲良くなりたいと思ってないわ」
そのために、傷つかないよう、線を引く。
期待した分だけ傷つくのは、ユーリはもう嫌だった。
顔を俯かせ、ソニアから視線を逸らす。
ソニアはそんなユーリをじっと見つめていた。
「……それは私がいけない?」
思ってもいない言葉が返ってきた。
ユーリは思わずソニアを見る。
ソニアは変わらず無表情で、何を考えているのか分からない。
どういう意味なのだろうか?
「なんで」
「シャーナが教えてくれた。みんな私が気味悪いって。怖いって」
「……」
「私には分からない。ユーリも私が、怖い?」
ユーリの中で期待という感情がトクンと鳴りはじめる。
(もしかしてソニアと同じ目にあっていたのかな。確かにソニア変わってるし、ずっと無表情だし。怖いって思うかもしれない)
普通とは違うソニアだからこそ、普通とは違う自分を受け入れてくれるのでは、と。
「怖くないよ」
ユーリは心の底から思う。
(私と同じ、怖がられていたのなら……ちょっと気持ち分かる)
「じゃあ仲良くしてもいい?」
「…………ちょっとなら」
ソニアなら分かってくれるかもしれない。
ユーリは友達という存在をもう一度信じてみようと思えた。
「じゃあお昼食べる?」
気分を変えるため、ユーリがソニアにそう問い掛けた瞬間だった。
ぐぅー。
(なんとベタな……)
「……」
ソニアの腹の虫が耐えられなかったのか、タイミング良く鳴った。
ソニアは恥ずかしそうなそぶりは見せないが、自分のお腹を触り、無表情に見る。
「……分かった」
ソニアから返事は貰ってないが、その必要はなかった。
※※※※※
お昼を食べるため、ユーリはリビングに移動しようとするが、ソニアはそこから動かない。
「どうしたの?」
ただユーリのドアを見つめる。
不思議そうにソニアを見るユーリ。
ソニアはユーリの方を見ると言った。
「…………お部屋すごかった」
「!」
部屋をやっぱり見られていた!
ユーリは慌てる。
「……わ、笑うでしょ!? 女の子らしくない部屋だし、暗いし気持ち悪い……」
「なんで?」
「え?」
「ユーリの部屋は物いっぱいですごい」
このことに関して、すごいという表現は普通褒め言葉とは受け取れない。
「汚いだけよ……」
「……見たい」
何を言い出すのこの子は。
「見ても面白くないよ。気持ち悪いのもあるし」
「見たい」
(……変な子)
ユーリは既に見られてしまったし、本人がそんなに興味があるならと、あまり抵抗せずにソニアを部屋に受け入れた。
今度は電気をつけたので、ちゃんと部屋全体が明確に見える。
部屋には色んな道具や、魔術や悪魔に関しての本が部屋の大半を占めている。
何かを作るための金具やネジ、工具が机の上に広がっていたり、生物や、魔法の実験の授業でよく見る試験管やビーカ、魔法植物や薬品が普通にあちこちにおいてあった。
壁には見たことのない術式が書かれていたり、お世辞にも女の子らしい部屋とは言えない。
小さな研究室のようだ。
ソニアは見たことのない光景に、珍しくとても感心を示すようにキョロキョロと眺める。
「あまり弄らないでね? 危ないものもそこら辺にあると思うし」
ユーリはソニアの様子を見て一応事前に注意しておく。
「何これ?」
ソニアは机に置いてあるものを指差した。
ユーリがソニアに声をかけられる直前まで熱心に弄っていたものだ。
ユーリは少し躊躇ったが答えた。
「それは……オリジナルの魔具」
「オリジナル?」
「作ったの」
「……すごい」
「……ほ、ほんと?」
ユーリはドキドキしながらソニアに聞き返す。
「カッコイイ」
「……」
ユーリの顔がにやけた。
照れたのだ。
(う、嬉しい!)
今まで味わったことのない高揚感。
テンションが上がって顔のにやけが止まらない。
今まで同い年の子に話したことのない秘密を打ち明け、受け入れられたのもあるが、ユーリは何より評価してくれたのが嬉しかった。
「仮病使ってまでやってたことはこれなの。来週の悪魔の授業に向けて対策をね」
「対策?」
気分が良くなると自然と口が滑る。
普段話したくてしょうがないことなら尚。
(ちょっと褒められたからって調子乗りすぎたかも。何言ってんの私)
ソニアに聞き返され、ユーリは冷静になった。
いらないことまで喋りそうになったからだ。
「……そんなことよりお昼しましょ」
何もなかったような顔で、ユーリはまたそっけなく言った。
※※※※※
部屋を出て、普段食事するリビングのテーブルに二人は座る。
お昼の時間もなくなってきているので、早めに食べなければいけない。
ソニアから貰ったお昼を食べながら、ユーリは思い出したように話し出した。
「あ、仮病ってことアンジェには絶対秘密ね」
「分かった」
「シャーナにも」
「シャーナも?」
アンジェに秘密にするのはソニアにも何となく分かったが、シャーナにも秘密にするのはピンと来なかった。
ユーリはその様子を見て説明をする。
「シャーナだったら許してくれそうだけど、心配してくれたし、ちょっとあの人の優しさを裏切るようで申し訳ないというか」
シャーナは気遣いが出来るいい人だとユーリは思っている。
本当にいい人なのだと。
だけど自分と違い過ぎる故に、本当に仲良くなれるとは思えなかった。
「……よくわかんないが分かった」
ユーリが何を思っているのか、よく理解出来ていないようだが、ソニアは仮病のことは二人には話さないということは分かった。




