1章 「ハジマリ」3
シャーナがソニアを守ろうとするのにはいくつか理由がある。
昔からソニアを守ってきたのはそうだが、シャーナがただの男子にも警戒するまで、ソニアを守ろうとする決定的な理由の一つが、高校二年生の時のことだった。
狙われていたのだ、ソニアは……ただの先生に。
いや、シャーナだけはその先生に会った時から怪しいと警戒していた。しかしその先生はある事件で死亡となり、今は学校にいない。
やっと安心な高校生活が送れると喜んでいたのに、ハートンという警戒人物がソニアの前に現れて、嫌なことが起きるのではとシャーナは不安になったのである。
しかし肝心のソニアは全く気にしてもいない。シャーナはそれが心配だった。
「考えすぎだと思うのよねー。あの過保護どうにかならないかしら」
次の日の昼休み。
アンジェはユーリとお昼を食べていた。
ソニアとシャーナは学食に食べに行っているが、ユーリは学食は人が多くて落ち着いて食べられないという理由から、朝か昨日のうちに購買で買っておいた弁当を、毎回図書館の休憩スペースでお昼ご飯を食べている。
飲食OKでおまけに静かだからユーリは気に入っていたのだが、今日はおしゃべりな人が来たので静かに食することは出来なくなった。
「私もそう思うけど…………てかアンジェなんでここにいるの?」
「ユーリに話を聞いて貰おうと思って」
そうですか。迷惑です。
と言うと、逆にもっと煩くなりそうなのでユーリは黙った。
「あと、たまには一目を気にしないでお昼を食べてみたいじゃない?」
「あー、自慢ですかー」
「えぇ、自慢よ」
「気にしているようには見えなかったけどね。あれ気にしたんですねー」
「あたしだって女子よ?気にするわ」
「自ら一目につくところに、わざと見せびらかしに行ってるのかと思ったー」
「嘘よ。あたしの美貌を見せつけに行ってあげてるのよ。ユーリ分かってるじゃない」
「嬉しくないなー」
清々しいほどに開き直っているというか、素直っていうかここまでくるとユーリは尊敬する。
アンジェはいつも学食で食べている。
ソニアとシャーナと食べる時もあれば、一人で食べる時もある。その他に考えられるのは、彼氏と食べる時だ。
しかしユーリが知る限り、お昼を一緒にした彼氏に同じ人物は見たことがない。
彼氏だと思わしき人物と一緒にいるところを見たと思ったら、次の日には別の男子と一緒にいるということだ。付き合っても長く続かないのだろう。
そして、アンジェと仲良くなった男子(多分彼氏になった男子)は、アンジェから離れていき、近付くこともしなくなる。
けれど、アンジェはそれを悪いと思っておらず、逆に自分の長所と受け取っている。
確かにアンジェは美人である。校内にファンクラブも存在する。だからアンジェは常に見られている意識を持ち、常に優秀であろうとするのだ。
お昼の時でも例外ではない。
人が多く集まる学食で、食事をする。シャーナたちの時は多少一目は気にしないだろうが、一人の時は男子に声をかけられるのを待っているのだろう。
それなのにすぐ別れる。
「計算高い女は嫌われるって言うよ」
「大丈夫。そんなこと思う人とは付き合わないから」
「……」
「そんなことより、シャーナの話よ。あんなに過保護だと見ているこっちがウザったいわ」
「ほって置けば?ソニアも何も言わないし」
「ソニアがあんな性格だからでしょ」
「ソニアだって全く感情ないってわけじゃないんだから嫌だったら言うでしょ。ソニアって素直に口にするし」
「いや、ソニアの場合それ以前にそこまで頭が回ってないと思う」
「うん、……まぁ、一理ある」
「今日話つけるってシャーナ言ってたけど、大丈夫かな?」
ハートンが。
今日の放課後に、どうしても許せないと言うシャーナが、ハートンと話しをつけることになった。
シャーナがハートンにそれを言いに行った時、決闘を申し込むような威圧感だったのだ。ハートンは少しびびっていたが、ちゃんと了承した。
放課後に火花が散る展開にならないことを願う。
「シャーナは火だし、あのヘタレくんは雷だっけ?わー怖ーい」
微塵も思ってない。
証拠にアンジェ表情はにやけている。
それを見てユーリはため息をついた。
「……シャーナもだけど、アンジェも気にしすぎだと思う」
「は?」
「気にしなければいいの。大きく騒ぎすぎなの。ソニアとあの男子が仲良くなろうがならなかろうが関係ないでしょ」
「……それはちょっと冷たくないユーリ」
アンジェの声色が少し変わった。
ユーリは咄嗟に失言だったな理解する。
「ソニアは仲間なんだよ。確かにあたしもシャーナも過剰に反応し過ぎたかもしれないけど、“あんなこと”があったから心配しているんだよ」
「うん……」
「言っておくけど、ユーリのこともまだ心配しているんだから」
「うん……」
「ユーリ、あんたの場合はもっと仲間を頼りなさい。あたし、あんたがまだあたしたちから悪い意味で一線引いてる気がする。何かあったら相談しなさいよ!あたし天才だし!」
最後は茶化したようにアンジェの自意識過剰発言になったが、ユーリは真面目に言葉を受け取った。
そして嬉しくなり口元に笑みが戻る。
「……アンジェ変わったね」
「……は?」
「高一の時のアンジェからしたら、仲間なんて言葉出てこないよ」
「…………なっ!やめてよ!そういうこと言うの!」
「ありがとうアンジェ」
「やめてー!なんか気持ち悪い!捻くれ者のあんたが素直になると気持ち悪い!」
「失礼な。今さっき一線引いてるって言ったの誰よ」
「それとこれとは別!」
「まぁ、大丈夫。ちゃんと頼る時は嫌になるほど頼るつもりだから」
「……それはそれで嫌だわ」
「ソニアの件は長年一緒のクラスメイトだし、怪しくないからそんなに気にしなくていいってことが言いたかっただけ。友達になるかならないかはソニアが決めることだし」
「……まぁ、そうね。シャーナは納得しないと思うけどあたしたちは暖かく見守りましょ。それにソニアも恋の一つや二つすれば、もっと感情豊かになるでしょし」
「…………アンジェの場合半分心配じゃなくて野次馬精神からこの件騒いでたでしょ」
「…………てへ」
※※※※※
放課後になった。
いつもなら、すぐに寮に帰るところだが、シャーナグループとハートンは屋上に来ていた。
まるで今から闘いが始まるかのように、シャーナとハートンはある程度距離をあけて対峙している。
シャーナ側の後ろには、観客席と呼ぶべきか、当事者であるはずのソニアを含めた三人が二人の様子を見守っていた。
「“ハートル”話をきっちりつけようじゃないか!」
シャーナはいつもより低い声で言った。
それを聞き、ハートンはイラッとする。
「まず最初に言っおくけど!俺は“ハートル”じゃなくて“ハートン”だ!!」
沈黙。
「…………え」
「え!」
「?」
「はぁ……」
女子四人の反応はそれぞれだった。
「え!ハートルじゃないのかよ!?誰だよ最初にハートルって言ったやつ!あたし、めちゃくちゃ恥ずかしいじゃねーか!!」
珍しくシャーナが顔を赤くし、外野三人に文句を言う。
「なんであたしたちに言うのよ!シャーナじゃないの!?」
「いや、最初に間違えたのはアンジェよ」
「ユーリ!なんでそんなこと覚えてるのよ!!」
「アンジェ!お前か!!」
「仕方ないじゃない!男子なんていっぱいいるから、モブなんて覚えられないわよ!」
「お前ハートンや全国のモブキャラに失礼だぞ!謝れ!」
「いや、あんたが失礼だろ」
「うわー!さっきとかめっちゃカッコつけて、“話をきっちりつけようじゃないか”とか言っちゃったじゃん!恥ずかしいじゃん!!」
「あたし、悪くないわ!名前間違ってることに気づけなかったシャーナの自業自得よ!仮にもクラスメイトなんだから覚えておきなさいよ!」
「あんたが言うなよ!」
「あ!ユーリ!ユーリはあたしたちが間違ってるって気付いてたんでしょ!?」
「え、いや……私!?」
「そうだ!気付いてたか気付いてなかったかどっちだ!?」
「……いや、クラスメイトの名前は覚えてるのが普通でしょ」
「ということは、気付いてて教えてくれなかったユーリが悪い!!」
「そうだそうだ!」
「ちょ、こっちに飛び火してこないでよ!私、悪くないでしょ!?」
「いいや、悪いね!リーダーに恥かかせるのは悪いね!」
「ちょっとシャーナ、こんなとこでリーダー風吹かせないでよ!言っておくけどそうやってなすりつける姿が一番格好悪いんだからね!!」
「……ユーリの言うことも一理あるな。うん、格好悪い」
「なっ……!薄情者!そんなにあたしを悪者にしたいのか!………ソニアー!!なんかこの二人に言ってやれ!!」
「!!」
急に振られたソニア。
しかしソニアは三人の言い争いを聞いていなかったらしく、分かりにくいが焦った表情を見せた。あんな醜い争いをスルー出来る方が凄いが。
ソニアはアンジェとユーリを見る。
「……話早く終わるといい……ね?」
「…………うん、あたしが悪かった」
シャーナたちは脱力感でいっぱいとなった。
「なんだよこの茶番……」
しかし一番可哀相なのは置いてきぼりをくらったハートンだった。