1章 「ハジマリ」2
4時間目が終わるチャイムが鳴る。
3時間目と4時間目は続けて同じ授業だったため、やっと授業が終わったことになる。
休憩を挟んだ後、5時間目の授業もあるが、グループは別々で違う授業になるのでソニアは一人で受けることになる。シャーナは毎回ソニアを教室まで送ってから、自分の授業に向かう。
今日もそのつもりでいた、が。
4時間目の授業が終わってすぐのことだった。
やっと授業が終わり、4人とも一息ついていた。
「あの、シルキーさん!」
そこへハートンがやってきたのだ。
沈黙が訪れる。
ソニア以外の三人の視線がハートンに来てから、ソニアに向く。
ソニアはポカンとした表情だった。どうやらソニアにも、何故ハートンに話し掛けられたのか理解出来てないらしい。
「えっと、シルキーさん、……途中まで一緒に行かない?」
「どこにだ」
ハートンの問い掛けに答えたのは、殺気丸出しに目の色を変えたシャーナだった。人に威圧する低い声でハートンを睨んでいる。
しかもハートンから隠すようにソニアの前に出た。
ハートンはシャーナに怯えていたが、その場から立ち去らなかった。
「教室だよ!」
「お前、ソニアとタイプ違うだろ」
「だから、途中までって言ってる、じゃないか!」
ハートンは声が裏返っていたが、引く気はなさそうである。
シャーナの言うタイプというのは、魔法使いが使える魔法のタイプのことを言う。
魔法は太陽属性、月属性があり、そこからまたタイプがそれぞれ分かれる。
太陽属性は火水草雷の4タイプ。
月属性は音氷風地の4タイプ。
月属性の者は少ない。第一には太陽属性の者しかいない。
高度な魔法や多くの魔法を使うには膨大な魔力と知識が必要になってくる。
魔力は人の源であり、使えば疲れるし、鍛えれば増える。魔力が尽きたら死に至ることもある。
5時間目はタイプ別授業で、ソニアは水、シャーナは火、アンジェは草、ユーリは雷と4人ともばらばらで一緒に受けることは出来ない。
全部のグループの構成が、タイプが全部ばらばらになるように振り分けられているのだ。
ハートンの魔法タイプは雷だった。
「大丈夫だ。ソニアを送る役目はあたしだけで十分。手は足りている。だからお前は必要ない」
(そんな役目必要ないけどね)
心の中でユーリはつっこんだ。
「ねぇねぇ、ユーリ!何これ面白いことになってない!?あいつ絶対にソニアに気があるわよ!」
ひそひそ声でアンジェがユーリに話し掛けてきた。
物凄くニヤニヤしている上に楽しそうである。
エンタメ好きのアンジェにとったら、身内だが他人の恋愛話には如何にも食いつきそう美味しいネタだ。
ここぞとばかりに目を光らせている。
「俺は、……シルキーさんと、友達になったんだ!」
「……」
シャーナは固まった。
「だから、もっと仲良くなるためには、もっと話さなきゃいけないというか」
照れたようにはにかむハートン。
それがシャーナの神経を逆撫でる。
「ちょっと、ユーリ!あいつヘタレよ!お友達から仲を縮めようという魂胆よ!」
「……そーだね」
ひそひそ声で興奮しているアンジェをユーリは軽く流す。
「いつだ!いつ友達になった!?お前がソニアと仲良くしているとこなんざ見たことねーぞ!!」
「さっきだよ。2時間目が始まる前かな?偶然シルキーさんと一緒に教室移動したんだ」
「ソニア本当か!?」
シャーナは振り返り、ソニアを見る。
ソニアは頷く。
「だぁーっ!!あたし何してたんだよ!?……教科書取りに行ってたぁー!!」
シャーナは崩れる。
こうも今日ついていないことを悔やむことはないだろう。
「ソニア、あたし聞いてないぞ!こんなやつが友達になったなんて!」
(こんなやつ……)
シャーナがハートンを指差しながらソニアに言った。ハートンはこんなやつ呼ばわりされて、ちょっと傷付く。
「話す時間がなかった」
ソニアは淡々と返した。
そう言われ確かにと、怒りをぐっと押さえ込む。
2時間目はギリギリまでやっていたし、お昼は食べることで精一杯。
3、4時間目はすぐに授業が始まってしまった。
話す時間はなかった。
「何故こんなやつを友達にした!?」
「友達になってくれって言われた」
「お前は知らない人に飴あげるからおいでって言われたらついて行くのか!?もうちょっと考えろ!」
「この人は知らない人じゃなかった」
(この人……)
「そういうことを言ってるんじゃなーい!」
シャーナは半分涙目である。
抜けているところがあるソニアだが、ここまで抜けていると思っていなかったのだ。
「いいか!こいつ絶対下心あるぞ!」
「そんな!そんなつもりは……」
「言ったわ!シャーナのやつヘタレくんの気持ち無視して言った!」
「……うん」
修羅場よこれ!とアンジェがユーリを揺さぶる。
何が修羅場だ、とユーリは思ったがアンジェが楽しそうなので黙っておく。
「下心?」
「そうだ!下心だ!」
「何故?」
「…………何故だ?」
ソニアに注意するつもりでいたが、シャーナも恋愛疎いのでよく分かっていない。思わずハートン本人に聞いてしまった。
「なっ!俺は別に下心なんてないよ!純粋に友達になりたくて……」
赤くなるハートン。
それを見ていらつくシャーナ。
「…………なんかよく分からないがダメだ!ソニアは昔からあたしが守ってきたんだ!仲良くなりたければ、あたしを倒してからにしろ!」
(あんたはソニアのお父さんか……)
ユーリは呆れる。
「は?リンダスさんには関係ないでしょ!」
「関係ありますー大いに関係ありますーありまくりですー」
「はぁ!?」
「まぁまぁ、シャーナ。こんなところで言い争ってたら遅刻するでしょ。それにソニア本人が気にしてないんだからいいじゃない」
ひとしきりニタニタして満足したのか、アンジェがシャーナとハートンの会話に割って入った。
「当事者なのに気にしてないのが問題だろ!」
「さ、遅刻するから行くわよ。この話はまた明日にでもしましょう」
「はぁ!?」
「じゃあね~“ハートル”くん」
「ちっ、あたしは認めてないからな“ハートル”」
怒るシャーナの背中をアンジェが押して、続くようにユーリとソニアも教室を出た。
教室にぽつんと残されるハートン。
「“ハートル”じゃなくて……“ハートン”」
ずっと一緒のクラスなのに名前を覚えられていない事実にショックを隠せないでいた。
※※※※※
「それにしても彼、シャーナがいない時を狙ってきたのかもね!」
アンジェは未だにテンションが上がってる。
5時間目が終わり、多くの生徒が部活動に励む中、帰宅部の4人は寮に帰っていた。
第一の女子寮である。設備も装飾も完璧かつオシャレで豪華。高級ホテルのようなところだ。部屋は四人一組で一つ。共同生活をするスペースにキッチンやテーブルがあり、4つの個室もある。
簡単に言えばシェアハウスが寮の中に何個もあるということだ。
そして今は4人が共同スペースで夕食を食べていた。
さっきまで違う話をしていたのに、その話をアンジェが振った途端シャーナの眉間にシワが寄った。
「絶対そうだ。あんな偶然ないよ。絶対下心ある!」
「下心はあるのは確実だと思うけど、なんでソニアなのかしら?あたしがいるのに」
「……」
サラっとこういうことが言えてしまうのがアンジェだ。
三人とも慣れてしまったので、今ではつっこんだら負けな気がしている。
「あ、ソニア~、モテモテのこのあたしが男というもんがどういう奴で、どうすれば落ちるか教えてあげようか~?」
「アンジェ、それはお前が自慢したいだけだろ」
「だって事実だもん。シャーナも、モテる私が色んなテクを伝授してあげようか?」
「心にもないこと言うな。あたしがそんなの興味あると思うか?」
「微塵も思わなーい」
楽しそうにけらけら笑うアンジェに、シャーナはいらつく。
アンジェは面白いネタが出来たので、この状況を喜んでいるのだ。
「シャーナは心配しすぎなのよ」
「それは私も思う」
珍しくユーリがアンジェに賛成したので、シャーナは驚いた。
「シャーナはただの思春期の男子の恋路を邪魔しようとしているだけよ」
「なっ!あたしはソニアを守ろうと!」
「その守るってどこからどこまでなの?」
「ソニアのこと考えたら、恋っていうスパイスも、感情の豊かにさせるのに繋がるんじゃない?」
どうやら二人はシャーナの味方ではないらしい。シャーナは言い返すことが出来ずふて腐れる。
「ソニアはどう思って彼と友達になったの?」
しかしシャーナの気持ちもわかるので、ユーリが当事者であるソニアに尋ねた。
ソニアは話を振られて、食べるのを中断し、箸を置く。
「……特に。友達になって欲しいって言われたから」
「それだけ?」
「見たことある顔だし、危害を与えてきそうな奴じゃないと判断した」
「……他には?」
「何故話し掛けてくるのか、何故私に親近感が湧くのかそういう理由を考えてた」
「親近感?」
「彼が言っていた」
三人は首を傾げる。
ソニアは昔から無口で無表情。冷たい人間だと思われやすい。何事にも淡泊で、長い付き合いのシャーナでさえ、何を考えているか分からない時がある。しかもソニアは第一の生徒とは思えないほど、魔法が下手だ。
そんなよく分からないソニアに親近感、更には憶測だが下心を抱くであろうか。
そう考えると、ソニアに近づいてきたというのがシャーナには怪しく思えてきた。
「……ソニア、あの男子には極力近付くな」
「……分かった」
シャーナの真剣な顔をしていたからか、アンジェたちは何も言わなかった。
ソニアは大人しく頷いた。
(厄日だな今日は……)
シャーナはため息をつく。思っていた通り、今日はとことんシャーナは最後までついていなかった。
明日はいい日になることを願いたかった。