4章 「告白」4
茂みからソニアたちの様子を窺うシャーナたち。
お辞儀をし、握手を求めるハートンの姿が見えアンジェのテンションが上がる。
「ユーリ見て!あれ絶対告白してるでしょ!?してるでしょ!?」
「あー……そうなんじゃない?」
アンジェが興奮してユーリの体を揺さぶった。
ユーリは体を揺さぶられ、とても迷惑そうな顔をする。
意外だったのがシャーナが落ち着いてその様子を見ていたことだった。
「あら、シャーナ珍しく落ち着いてるわね。邪魔しに行くのかと思った」
「しねーよ。ハートンの奴、本気だろ。本気で告白している奴の邪魔もしないし、茶化すのも悪いだろ。……悪いけどあたし部屋に戻るわ」
「じゃあ私も戻る。アンジェ、ソニアの回収よろしく」
ユーリもシャーナと一緒にその場を立ち去ろうとする。
一人になりそうだったのでアンジェが咄嗟にユーリの袖を掴んだ。
「ちょ、なんで?ソニアがどう答えるか気にならないの?」
「答え決まってるだろ。結果分かってんのに見てどうする」
「分からないでしょー?ハートンの奴、積極的だったし!」
面白そうに笑うアンジェ。
ユーリは本格的にとうとう呆れて、口を出した。
「アンジェ、分かってるのに見ようとするのは性格悪いよ。それに面白いからってハートンを手助けしようとしているのもどうかと思う」
「……別に、後はハートンの頑張り次第でしょ」
「……そんなの難しいに決まってるじゃない」
「…………分かったわよ、部屋に戻りましょ」
ユーリに言われアンジェは告白を見物するのを諦めた。
三人は部屋に戻るためその場から立ち去った。
※※※※※
「ハートンくん……」
「……」
「……ごめんなさい」
「……」
ハートンは顔をあげる。
ソニアはいつもの無表情でハートンを見つめていた。
「……そっか!」
ハートンは困ったよう眉を下げたが、笑いを浮かべ明るく言った。
ソニアにはハートンの誠意は彼女なりに理解もしたし、伝わってもいた。
しかしハートンの気持ちには答えられなかった。
「うん、潔く諦めるよ!でもシルキーさん、これからも変わらず仲良くしてくれる?」
「うん」
「……良かった!そっかぁ……そっか」
ハートンはソニアの言葉の意味を噛み締める。
気丈に明るく振る舞っているが、振られてショックを受けているのは確かだった。
「ごめんなさい」
「ううん、いいんだ!大丈夫!」
「……」
「……あのさ、理由とか聞いても大丈夫?」
諦めきれないわけではない。
ソニアが、ハートンがソニアを何故好きになったのが気になったように、ハートンもソニアが断った理由を知りたかった。
「……」
ソニアは少し俯いた。
断った理由を考えているのではなく、言うのを躊躇ったのだ。
しかし、ハートンの気持ちに少しでも答えたいと思い話すことを決めた。
「……たぶん、好きな人がいる」
「……」
ハートンは少し驚いた。
ソニアがそういうそぶりを見せたことも、そういう浮いた話を聞いたこともなかったからだ。
「その人はシャーナと同じくらい大切な人。私を助けてくれた人……」
「俺が知っている人?」
「……誰も知らない。シャーナも」
「そっか……」
なら仕方ないとハートンは思う。
と、同時にシャーナはこのことを知っているのか疑問に思った。
シャーナなら絶対に止めて来そうである。
「リンダスさんはそのことを知っているの?」
「あの三人には話した。約束した人がいるって」
「約束?」
「大人になったら迎えに来るっていう約束」
「ちょ、は、……え!?」
ハートンは思わず吹き出した。
そんな絵本のお伽話みたいな話あるか、と。
突拍子のない話にハートンは驚いて笑ってしまいそうになる。
が、ソニアを見ると本気で言っているようだ。
ハートンは笑いを堪えて、咳ばらいを一つした。
「シルキーさん、それいつした約束?」
「小学生の時」
「……相手はその約束覚えてるの?」
「分からない」
「分からない?」
「それ以来会っていない」
「……」
幼い時にした約束を律儀にソニアは覚えている。
相手が忘れているかもしれないというのに。
ハートンは何とも言えない気持ちになった。
「私は待つ」
「え?」
ソニアはハートンの気持ちを察したのか続けた。
「これを話した時の三人と同じ顔してた」
「……」
「私はたぶんその人が好きだから待つ。ずっと待っていられるんだと思う」
「……でも」
「だから、ハートンくん。ごめんなさい」
「……」
ハートンの気持ちにソニアは嘘をつかず答えた。
ハートンはソニアの一途な想いに負けた。
※※※※※
ソニアが部屋に戻ると、三人が待っていた。
恐らく10分ではなく20分くらい話していただろうが、シャーナは何も言わなかった。
アンジェがニコニコしながら、帰ってきたソニアの下にやってくる。
「ソニア、何話したの?」
「ハートンくんに告白されて断った」
サラっとソニアは事実だけを述べた。
アンジェは一気にとても面白くなさそうな表情になる。
「そんな友達と遊んできたって母親に報告する感じに軽く言わないでよ!」
「事実だよ」
「だとしても!分かってるけど!もっとこう、あるでしょ!?」
ソニアは喉渇いたのか、キッチンに移動し飲み物を自分のコップに注ぐ。
アンジェはソニアの説明に不満なのか、ソニアについて回る。
「だから言っただろ。結果は見えてるって」
居間のソファーで寛ぐシャーナがアンジェに言った。
「だからハートンくんをその気にさせるアンジェが嫌だったのよ。ハートンくん可哀相……」
居間にあるテーブルで魔具を弄るユーリも、続けてアンジェに言う。
「何よあたしが悪いの!?告白するのは本人次第じゃない」
「あたし、アンジェは一回告白して振られればいいと思う」
「はぁ?あたしが振られるなんてあるわけないじゃない。というかあたしが告白したいと思える人なんて、この世にいるのかも怪しいわ」
(そういうこと言ってんじゃねーよ……)
シャーナは口に出そうとしたが、アンジェが煩くなりそうなので黙った。
ソニアはコップを持ちながら、シャーナがいるソファーに移動してきた。
「気持ち受け止めたか?」
「うん」
「そうか」
「ハートンくんは友達だよ」
「そうか」
ソニアの好きな人はシャーナも見たことがない。
しかしソニアが好きなのなら、いいやつなんだとシャーナは思っている。
(ホントに一途だよな……)
ソニアには好きな人の理想はない。
理想ではなく、ソニアはその人しか好きにならないのだ。
三ヶ月前にしたガールズトークがシャーナの頭の中で蘇る。
「ソニア」
「何」
「その約束の人、あたしにいつか会わせてくれるよな」
「え?」
「会わせてくれるよな?」
「……うん」
笑顔なのに何故かシャーナの後ろからただならぬ黒いオーラが見えた気がしたが、ソニアは気にしないことにした。
※※※※※
アンジェとユーリは夏休み中、実家に帰っていた。
寮の外でシャーナとソニアは二人を見送る。
しかしアンジェは去り際に気になることを言い残していった。
「お土産よろしくー」
「はいはい。あ、そうそう。帰ってきたら卒業試験に向けて徹底的にやるわよ」
「え」
シャーナとソニアが固まる。
「あたしウィザード狙ってるからよろしく」
「え?」
それだけ言って実家に帰ってしまった。
二人は部屋に戻るとアンジェの言葉の意味を考えた。
「ウィザードって何?」
「さあ?卒業試験に関係あるんじゃね?」
どっちにしろアンジェが二人に言ってきたということは二人にも関係があると思える。
入学式の時から机の奥に閉まって、取り出されることがなかった生徒手帳をシャーナは持ち出した。
生徒手帳には卒業試験のことも書かれていると思ったからだ。
思った通りウィザードについて書かれていた。
『ウィザード』
卒業試験の最優秀者に与えられる称号。安定した未来を約束される。
「つまり学年のトップ……」
シャーナとソニアはアンジェが本気だと感じた。
トップを勝ち取るためには努力惜しまないのがアンジェ。
周りを巻き込むこともある。
「ソニア、これは二学期覚悟しといた方がいいぞ……」
「うん……」
嫌な予感しかしなかった。
シャーナが他に何か書かれていないか、生徒手帳のページを捲る。
そこには卒業試験のもう一つの称号が書かれていた。
『ウィザーズ』
グループ全員最優秀者だった場合に与えられる称号。
その4人は国規模の権利と莫大な富を得られる。
しかし、国の宝と認定され、然るべき時になったら国に関わる仕事を一つ行うことを義務づけられる。
「ウィザーズ?」
「つまり、ウィザードが4人で、その4人がグループの場合、グループ名がウィザーズになるんだろ」
「へー」
「絶対なりたくねー。卒業試験はアンジェを立てればいいってことか」
シャーナは生徒手帳を閉じ、再び机の引き出しに閉まった。
「今から卒業試験のことなんて考えたくねーよ。それよりも夏休みだ!ソニアなんかしようぜ!」
「……トランプ?」
「却下」
やることもないので二人は学食へ行き、魔法作物である高級デザートのモワートを食べに行くことにした。
魔法作物が元通りになり、また普通に食べられるようになったのだ。
二人は魔法作物を食べ、自分たちのしたことが、社会のためになったと巡り巡って実感する。
そう考えると、実習でやったこと自体はいい思い出になっていた。
「明日の昼はラワー食べようぜ」
デザートを頬張りながらシャーナは言う。
「一昨日食べたよ」
「あれ、そうか?じゃあ、他にしよう。あ、料理する?夏休みだし」
「別に構わない」
「じゃあ料理しよう!」
二人は仲良くデザートを食べる。
シャーナは笑って、ソニアは無表情だが、若干表情が和らいでいる。
シャーナはソニアと楽しく食事が出来ることを、嬉しく思った。
しかし、数ヶ月後のこの卒業試験で、自らの真実と過去が明らかになると四人は思いもしなかった。
今はまだ平穏に浸っているということを分かっていなかった。




