1章 「ハジマリ」1
1章 「ハジマリ」
5月。
新入生は入学式を終えて、ある程度新しい学校の日常に慣れてきた頃。
二年生は、クラス替えやら新しい授業やらのイベントに新たに胸踊らせたが、結局いつも通りに戻る頃。
三年生は、あと一年で高校生活が終わる悲しさと、自分の進路に頭を悩ませながら、卒業試験に向けて励まなくてはいけないと先生からのプレッシャーに心を痛める頃。
そんな在り来りな高校生活の空気は、ここ、国一番の超エリート学校『ファントム第一魔法学校』にも例外もなく流れていた。
「ソニア、早くしないと食べる時間なくなっちゃうぞ」
「うん」
「ったく、課題終わるまでお昼にしちゃダメってなしだよなー」
「……うん」
事件も事故もない安全な在り来りな日常。
しかし、穏やかな日常を切り取ってみると、些細な発見、驚き、事件は確かにあるのだ。
授業が長引いて、お昼の時間が短くなるという小さなハプニングも然り。
「おばちゃん、あたしクワックのから揚げ弁当で、ソニアはラワー包みの肉スープね!」
「ごめんね、ラワー売り切れなのー」
「え」
楽しみにしていたメニューが売り切れになるというハプニングも然り。
※※※※※
2時間目が終わり、生徒がお昼ご飯にありつくため、学食はすぐに賑やかになる。
学食のメニューは、エリート学校ということもあり、値段は高めではある。
しかし、この学校を“特別な条件”で入ってきたソニアは食券を毎月ある程度支給されているため、メニューに制限はあるが自由に買える。
その日は、2時間目の授業の課題に時間がかかり、いつもよりだいぶ遅いお昼休みになってしまった。急いでソニアはシャーナと学生食堂に向かったが、ソニアのメニューが売り切れになってしまったらしい。
休日などは、購買で買ったパンやお弁当を持って自分たちの寮で食事をするが、今日は授業もあり平日なので学食である。
学食を諦め、今から購買に変更するにも、購買と学食の場所は意外と距離があり次の授業に遅れる可能性がある。学食で食べるしか選択肢はなかった。
メニューを変えればいい話だが、……しかしだ。いくら遅くなったとは言え、ソニアの頼んだメニューはいつもならギリギリまで売れ残っているメニューだ。
それにこのエリート学校なら、お坊ちゃん、お嬢様のご要望にお答えするため、いつでも食材は多めにあるはずである。
「……なんで、スープ売り切れなんですか!いつも残ってるじゃないですか!」
納得できず文句言ったのは、メニューを頼んだソニア本人ではなく、シャーナだった。
「ごめんね、スープはあるんだけど、ラワーが売り切れなのよ……」
「ラワーが?」
「ここ最近水不足でラワーが育たなくて、ラワーの値段が上がってるからねぇ。ないと欲しくなるのか、スープ頼む人最近増えてきて、すぐに売り切れちゃうのよ」
(……金持ちめ)
シャーナは心の中で呟いた。
水不足によるラワーやその他の魔法作物の収穫が減っているのは、二人も知っていたが、実際に自分たちがその影響を受けるとは思っていなかった。
ラワーとはキャベツに似た作物で、味は白菜やキャベツよりも甘くておいしい。しかし、魔法作物は特別な魔法により成長し、自然な水でないと上手く育たない。水不足による被害が大きいのだ。
「白菜やキャベツはあるから50マギク引いて、似たようなの作ってあげれるけど、どうする?」
※マギク→お金の単位。円=マギク
「どうする?ソニア」
ソニアはコクリと頷く。
「じゃあお願いします」
仕方なくソニアは普通のスープを、シャーナはクワックのから揚げ弁当を、時間を気にしながらも食べ終えると小走りで次の授業に向かった。
※※※※※
「遅かったじゃない」
「遅くない、時間ピッタリだ!」
「5分前行動は当然よ?」
「別に遅刻してないからいいだろ」
ソニアとシャーナはギリギリではあるが、3時間目に間に合った。
3時間目はグループ授業。
グループはソニアとシャーナの他にあと二人。
綺麗な長い金髪にエメラルド色した瞳のアンジェ・エーデル。
アンジェは由緒正しい貴族エーデル家の生まれの令嬢で、成績も良い。
その上美しい美貌なのだから学校一の美少女と噂されている。
性格はいい意味で何事にも向上心あると言えばいいだろうか、何でもトップに立ちたがる、完璧主義者だ。
当然ながら遅刻したらずっと煩いアンジェの文句を聞くはめになるので、二人は急いでたのだ。
「何かあったの?」
「聞いてくれよユーリ!2時間目の先生がさー」
そしてもう一人。
ユーリ・ライネスである。
アンジェとは違う意味で優秀な彼女。
藍色の髪を肩の辺りで緩く二つに結い、眼鏡をかけている。
ユーリは幼い頃から一番地に住み学校も第一。親が研究者で、幼い頃から色んな知識を自然に覚えていったため、博識である。
アンジェとは違うタイプの天才であった。
シャーナは物分かりのいいユーリにさっき起こったことを愚痴った。
聞いていると、話の内容からして、普通愚痴るのはソニアなのでは、ユーリは思ったが黙っておくことにする。
「ホント、金持ちは我先に自分のものにしようとするんだよな」
「金持ちで悪かったわね。因みに今愚痴聞かせてるユーリも金持ちよシャーナ」
愚痴を聞いているのに堪えられなくなったのか、アンジェが口を挟んできた。
「そんなことよりお喋りはそこまでにして、先生の話聞きなさいよ。後で何だったって聞かれても答えないわよ」
「はいはい」
たいていいつもお喋りをしているのはアンジェじゃないか、と文句を返したくなったが今は自分が悪いのでシャーナは返事して黙ることにする。
確かにアンジェは授業中でも、自慢話が出来ると分かれば聞いてないことまで語り出す。
自分の知識をひけらかす行為はあまり褒めたものではないが、三人はもう慣れたので話半分に聞いてだいたいやり過ごす。
なので今回アンジェが注意する側というのは珍しいことだった。
(それにしても今日はついてないな……)
1時間目の授業後に2時間目の教科書を教室に忘れ、2時間目も授業が長引いてしまい、お昼もゆっくり出来ない上にメニューの品切れ(ソニアのだが)、3時間目も遅刻しそうになったら、珍しくアンジェに注意される。
これはまだ何か有りそうな気がしてシャーナはため息をついた。
黒板をふと見ると、『課外特別実習:現場→東の森』と書かれてある。
愚痴っている間に授業が始まってたのは分かっていたが、黒板に書いてあることは教科書とは別だ。
「アンジェ、課外特別実習って何だ」
「はぁ?ついさっき説明してたじゃない」
「わりぃ、聞いてなかった」
「もー!聞きなさいよ!来週、この授業でボランティア含め、生徒の魔法を実際に社会に貢献させようという取り組みで、東の森に行くのよ」
教えないと言ってたのにも関わらず、結局教えてくれるアンジェ。
何だかんだ優しい。
「でも東の森は一般人立入禁止区域だろ?入る時は護衛を必ずつけないといけないし」
「だから、クラスで行くのよ。一応何かあった時のために教師もいるし。まぁ先生たちは殆ど手出しするつもりないらしいけど」
ファントムにはコアを中心に東と西に森がある。
どちらの森も一般的には立入禁止となっている。
しかし8番地の者や、森の周辺の村には、規則を破り森に入ってしまう者もいる。
森の手前だったら迷ったりしないで無事帰って来れるが、奥に進んだ者や長く森にいた者の生存率は極めて低い。
「ふーん。他のクラスは?」
「全部市内での活動よ。まぁ、あたしたちが一番優秀なクラスだからこそ任せられたのよね~」
シャーナたちのクラスはA組で、AからEと5クラスあり、1クラス20人。
その中で四人一組のグループに分かれている。
つまりクラスに五組のグループが存在する。
三年生の課外特別実習は、毎年行われ、その年によって活動は異なる。
実際に魔法を社会のために役立てようという授業だ。
しかし授業だが、実際に起こってる問題を生徒だけで解決しなくてはいけない。
クラスごとに違う仕事につく。難易度はクラスのレベルによって違ってくる。
クラスのレベルは平等なのだが、三年間一緒のクラスだと団結力も違い、クラスのリーダーによって空気も違ってくる。
A組ではアンジェとシャーナの影響力が反映されたのか、向上心のある積極的で優秀なクラスであった。
「東の森かー……どこまで行くんだろうな。あまり進むと出てくるだろ」
シャーナが危惧しているのは、森が立入禁止にされている理由の大きな原因だ。
「悪魔……」
ユーリが独り言のように呟いた。
しかしシャーナにはユーリの言葉を聞こえていた。
「まぁ、悪魔を専門的に調べているお前にとったら気になるところだよな」
そう、この世には悪魔が存在する。
悪魔の正体は未だ不明。
色んな形態の悪魔が存在し、悪魔は人間を襲う。
ユーリは悪魔に関して調べるため第一に入ってきたようなものだった。
そして森には悪魔が沢山いる。森の奥に進めば進む程、強力な悪魔がいるという。
コアは結界で守られているために、悪魔に襲われるということはまずない。
学校で管理している悪魔を除けば、悪魔を見る機会などないのだ。
なのでユーリにとったら野生の本物の悪魔を見れる、少ないチャンスである。
「学生のうちに森に入れるなんて滅多にないんだし、色々準備しなきゃね……」
そう言ってユーリはメモを取り出し、何が必要か書き出し始めた。
多分、本題のボランティアの方は抜けているだろう……。
頼りになるのか、ならないのか。
安心出来そうで不安だなとシャーナは思った。