3章 「上級悪魔」6
森の中を走っていると、ドーン、ドーンという大きな音がすぐ近くで聞こえてきた。
クラスメートを探すにも、何処へ行ったか分からず、宛てもないので、ソニアは何だろうと思い音がする方へ向かう。
音は大きく、森のこの周辺全体に響いているので、特定しにくかったが、何とか近付くとだんだん大きく聴こえるところを見つけ、急ぐ。
音と音の合間に、大きな声で話し合う人の声が聞こえた。
(誰かいる)
茂みを掻き分け、声がする場所に出た。
目の前には逃げていったクラスメートたちと担任のグレアムの姿。
「あ、いた」
やっと発見出来たので、思わずソニアの口から出た言葉だった。
しかし、一斉に皆の気がソニアに向かってしまった。グレアムも含めて。
最悪のタイミングだった。
状況を知らなかったソニアが悪いわけではない。
しかしソニアに気を取られ、グレアムに隙が出来た。
そして木の壁の向こうから、とてつもない叫び声が聞こえたと思ったら、グレアムの目の前の結界が壊され、上級悪魔の姿現れる。
瞬間、ソニアは理解した。
何故ドーンという音がしたのかも、何故グレアムの目の前に結界があったのも、何故皆が身を寄り添いグレアムの後ろにいるのかも、……今この状況が最悪なのも。
悪魔はソニアたちを見、一番近付くにいるグレアムを標的にする。
ブン!
風を切るような音がしたかと思うと次の瞬間には、殴られたような鈍い音と女子の悲鳴が響き渡った。
「キャー!」
「先生!!」
結界を再び作る隙を与えない速さで、太い触手が横からグレアムの身体を払うようにたたきつけたのだ。
一気にグレアムは真横に吹き飛ばされる。
グレアムという壁がなくなり、次は生徒たちの番というように悪魔が少し近付いてきた。皆はその分だけじりじりと下がる。
グレアムはさっきの悪魔の攻撃で気を失っているのか、吹っ飛ばされてから、起き上がる様子がない。
「ちっ、仕方ない!俺達で結界作るぞ!」
一人の男子が咄嗟にそう言って結界魔法を唱える。
それを見て、すぐに他の皆も結界を作った。
悪魔は結界を作られたが、さっきとは違い直ぐに壊しに来ず、様子を見るように生徒たちを見ている。
「何人かは結界魔法に集中。そのうちの力ある男子は少しの間、悪魔の気を引くぞ!女子はその間に先生を結界のところまで連れてきてくれ!」
その間に先程の一人の男子がその場で指示を出して、どうにかしようとしている。
ソニアは気付いていないが、ハートンのグループのリーダーだった。
ハートンのリーダーと3人くらいの男子が、勇敢にも悪魔に近付き、グレアムがいる方とは逆の方から悪魔に攻撃する。
結界魔法を維持したまま攻撃魔法を繰り出していた。
作戦通り悪魔は攻撃された方に顔を向けた。
流石に怒ったのか、悪魔は触手で男子達に攻撃を始めた。
男子達は何とか避けたり、結界魔法を上手く使い攻撃を受けないようにする。
その間に女子数人でグレアムを結界があるところまで運んだ。
女子が直ぐにグレアムを診る。
「大丈夫、息はしている。頭打ったりしてないかしら」
女子たちは治癒魔法でグレアムを癒した。
高校生数人だけでは、この状況をどうにかするのは無理がある。
先生が意識を取り戻してくれさえすれば、と全力でグレアムを治す。
「うっ!!」
「がぁっ!!」
男子の悲鳴が聞こえた。
見ると、三人の男子の結界が壊され、グレアムと同じように触手で吹き飛ばされた。
運がよく、三人とも結界の方へ飛ばされたので、直ぐに他のクラスメートが三人を結界の中に引き入れる。
男子三人は悪魔の攻撃の衝撃が大きかったらしく、起き上がれない。
先生の治療をしている女子を二人にし、それ以外は結界魔法に全力を注いだ。
悪魔はゆっくり近付いてくる。
ソニアは後ろでただ見ることしか出来なかった。
足を動かすことも出来ず、必死に戦うクラスメートを、ただ見ていることしか出来なかった。
悪魔はゆっくりと何本か触手を伸ばし触手を振り上げる。
そして窓ガラスを割るように、全部の結界に触手をたたきつけた。
結界は一瞬にして壊れた。
その拍子で生徒たちは軽く後ろに吹き飛ばされる。
結界がなくなった。
「結界をすぐに張るんだ!」
クラスの誰かが叫んだ。
悪魔はそいつに目をつけたらしく、ゆっくりそのクラスメートに近付いて行く。
「なっ……来るなぁ!」
悪魔と目が合い、そのクラスメートは必死に叫んで尻込みしながら、逃げようとする。
悪魔は一本触手を伸ばした。そして、触手を鋭く尖らせる。
悪魔の目線、触手の先はクラスメートに向いていた。
(殺されちゃう!!)
ソニアの中で何かが弾けた。
次の瞬間には、何も躊躇することなく、ソニアは自ら左手の腕輪を外しながら、悪魔に向かって走り出していた。
※※※※※
それから、一瞬の出来事のようだった。
「ウォース」
水の基礎魔法をソニアが悪魔に目掛けて唱える。
しかしソニアの杖から放たれた水魔法は、威力も大きさも普通の倍の水魔法であった。
悪魔の顔面向けて勢いよく放たれた水。その威力で悪魔は勢いよくその場で真横に倒れた。
ズシンとその場の地面が揺れるほど大きな音を立てて、倒れた悪魔は、手がないため触手をいっぱい動かし必死に立とうとするが、上手く起き上がれない。
その間にソニアは悪魔に狙われていたクラスメートの下へ走っていき、続けて魔法をかけた。
(みんなに水結界を……)
ソニアは少々息を切らしながら魔法に集中する。
「リスタケージ」
ジャポン。
するとその場にいるクラスメート全員、グレアムと治療している女子二人もまとめて、水結界が張られた。
5メートルもある悪魔が倒れるほどの水魔法にも驚いたのに、ソニアが一気にこんなにもの大人数に結界を張ったことにも驚き過ぎて、クラスメートたちは言葉が出ない。
「そのまま川に」
ソニアは結界の球体に命じるように杖で川のある方へ指す。
すると、クラスメートたちが入っている球体は勢いよく川の方へ移動し始めた。
ハートンのリーダーはハッと気付き、ソニアに話し掛ける。
「シルキーさん!君も早く!」
(最初からこうすればよかったんだ。そしたらみんなも傷つかずに済んだ……。シャーナも悪魔と戦わずに済んだ。……私は守りたいのに何も出来ていない)
ソニアはクラスメートたちを見ない。
「ダメ、悪魔は危険。だから……私が守る」
ソニアは真剣な目をして、悪魔を見据えた。
「一人で戦うのは無茶だ!!」
「そうよ!逃げて!」
クラスメートたちの声は、ソニアには届かない。
ソニアはただ魔法を使うことだけに意識がいっていた。
クラスメートたちは結界から出ようとしたが、ソニアの後ろ姿が遠くなるにつれて、ただ静かに腰を下ろした。




