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ウィザーズ  作者: 緒詞名
1巻「4人の魔法使い」
17/60

3章 「上級悪魔」5


グレアムは、岩を排除する方法にたどり着き術式探しに取り掛かっている生徒たちを、少し離れた森の中の木の上から見守っていた。


「どうやら実習は成功ですね」


悪魔も上手く払い、何事も問題が起きてないようなので、グレアムは一安心して嬉しそうに微笑む。

生徒を森に連れて来ること自体とても不安であったのに、助けることも出来なくてもどかしかった。

悪魔に襲われてないか、生徒たちだけで岩を壊せるか、終始ハラハラしていたのだ。


そもそも、森に行くというのは今までになく異例のことだった。

この実習は毎年行われているのだが、森に起きたことを高校生に実習として解決させるなど普通なら有り得ない。

しかし、高校生の間から実際に森に入って、森での任務の経験を積ませて欲しいと、政府から言い渡され、今年からそういう方針をとっていくようになった。


優秀な魔法使いを排出する、ファントム第一魔法学校の卒業生の中には、任務で森に行く人が多い。

兵士、専門家、護衛、研究者、どちらにしろ仕事で森を一度は訪れたことはあるという。

その時、初めて森を訪れた者は、野生の悪魔と学校で管理された悪魔との違いにショックを受けるという。

森に入る仕事が多い就職先では、森でのトラウマで仕事を止めるのは近年問題になっていた。

故に実験的な意味も含め、まずこの実習が行われることになったのである。


クラスの中でも比較的一番優秀なAクラスが、選ばれた。

しかし、この実習の決まりは先生の助けを借りないこと。他のクラスと違っては、平等ではない。

なので、引率はグレアムだけであった。

しかし、森での実習は他のクラスよりは数倍危険である。

第一の教員は何かあった時のために、いつでも助けに行けるよう準備をしていた。森から近い5番地で何人か待機している。


(心配してたけど大丈夫だな)


術式を見つけたという声が聞こえた。

優秀な生徒たちばかりで、グレアムは誇りに思う。

特に、普段からリーダーシップを発揮しているシャーナは、普段以上に皆を上手くまとめていた。

皆の力量を把握し、的確な判断で統率をとっていた。


(でもなんか嫌われてる気がするんだよな……)


グレアムは先生としてシャーナを気にかけているが、シャーナは会う度にグレアムを警戒する。

信頼されていないのは確かだった。

どうにか信頼して欲しいと思って、積極的に絡みにいくが、どうも上手くいかない。

先週もダメだった。


「どうにかならないかな……」


グレアムは軽くため息をついた。

その時ふと何か重い足音のようなものが微かに聞こえた。

何かと思い音がする方へ耳を澄ませ、目を凝らす。しかしそれでも分からない。


グレアムは生徒たちを見る。

ちょうど皆が術式に集まって話し合っているのが見えた。そしてシャーナを含む三人ほどが残り、他は悪魔排除に向かったようだ。

シャーナが術式を解いている姿が見える。

岩が消えた。

これで実習は正真正銘終わったことになる。

無事実習終えたのを見ることが出来たので、グレアムは生徒が全員集まる前に、少し近付いて様子を見に行くことにした。


グレアムが足音がする方へ近付くと、遠くから黒い大きな何かが、ゆっくりとこちらに向かっているのが見えた。

グレアムは直感的に危険だと感じる。

もしかしたらと思い、それ以上近づかず、その場で目を凝らした。


5メートルもする上級悪魔だった。

大きいためか鈍足で、顔は動物のバクに似ている。

しかし手足は存在せず、代わりに足元から、触手のような足が何本も生えており、だんごむしなどの昆虫が進むのと同じように進む。

大きな目玉がギョロギョロと左右違う方向へ動いたりしている。口は見当たらない。身体が真っ黒なので、唯一光る目玉がより不気味に見えた。


(なんでこんなデカイ悪魔がこんなところにいるんだ!!)


グレアムが今まで見た悪魔の中で一番大きい大きさである。

グレアムは森には何回か入ったことがあるが、この周辺で上級悪魔を見たことは一度もなかった。

いや、恐らく殆どの者が見ていないだろう。


(上級悪魔は森深くにいるはず、何故……)


疑問に思うが、今はそれについて考えている場合ではない。

すぐ近くに生徒たちがいるのだ。そして悪魔は生徒がいる方へ向かっている。

グレアムは生徒の安全を優先にして、動き出した。


悪魔に気付かれないように、速やかに悪魔避けの魔具を、生徒たちから守る壁を作るように、いくつも仕掛ける。もしものために、上級悪魔にも効く特別性能がいい魔具を用意しておいたのだ。

悪魔は進行方向に魔具が仕掛けられると、足を止めた。

恐らく魔力に惹かれてやってきたのだろう。

魔具のせいで自分が探していた魔力を見失い、何処に向かえばいいか分からなくなってる。


(よしそのまま帰れ!)


グレアム一人で五メートルの上級悪魔と戦うのは正直きつい。

戦闘は避けたかった。

しかし悪魔はそのまま停止し動かない。


そのまま15分くらい経った。

流石に生徒たちが気になる。そろそろ全員集合しているだろう。

悪魔は気になるが、動こうとしない上、悪魔避けをしてあるのでとりあえず大丈夫だと判断する。

グレアムが移動しようとした、その時悪魔が何か感じとったように顔を動かした。

グレアムは身構える。

悪魔はこちらには向かって来ず、かと言って森の奥に戻るというわけでもなく、進行方向を変え、コアの方に進み始めた。


グレアムは戸惑った。

生徒たちがいる方へ悪魔が行かないのは何よりなのだが、不可解な行動が理解出来ず、悪魔を放置するべきか様子を見るべきか判断しにくかったのだ。


(応援を頼むか……いや、まだ悪魔の狙いが分からない)


グレアムは悩んだ末に悪魔を追うことにする。

悪魔を見張っていれば、生徒の安全は確実だと思えたからだ。

先程よりもペースを上げて進む悪魔。

不審に思いながらも、数メートル離れてグレアムは悪魔を追う。

悪魔から目を離さないようにしていたが、グレアムの耳に思いがけないものが聞こえた。


「もういやだ……」

「なんだよ!?あれ!」

「いいから逃げるぞ!!」


自分の生徒たちの声である。


「なんでここにいるんだ!?」


グレアムが声がする方を見ると何人かの生徒が必死に走っている姿があった。

生徒たちの前方には上級悪魔がいる。生徒たちは高く覆い茂る樹木のせいか、五メートルの悪魔に気付けていないらしい。

上級悪魔を見ると、生徒たちに気付いたらしく、進むのを止め、まるで獲物を待ち伏せするかのように静かに生徒がこちらに来るのを待っていた。


(危ない!)


グレアムは猛スピードで悪魔に近付き、攻撃魔法を与えた。

気を引き付けるためである。

グレアムに気付かなかった悪魔は攻撃をもろに喰らい、倒れはしないが、意識は完全にグレアムにいった。

グレアムは生徒たちを庇うように悪魔と生徒たちの間に立った。

生徒たちは、目の前に立つグレアム、攻撃の音がした方……上を見る。

上級悪魔が目の前にいたことに驚き急いで足を止めた。


「悪魔……」

「なんで、ここにも!?」

「さっきのよりでかくないか!?」


生徒たちの不安と驚きの声が後ろから聞こえる。

色々疑問に思ったが、今は目の前の敵にグレアムは集中した。


「君たちは下がっていなさい!」

「先生!」


皆が怯えながらグレアムの言う通り、固まって後ろに下がる。

生徒たちを庇いながらの戦闘はとても危険だ。

グレアムは真っ先に5番地に待機する教員たちにSOS信号を送る。

グレアムは草魔法使いだ。

一瞬の出来事と思える速さで、術式を書いておいた紙を地面に置き、呪文を唱える。

呪文を唱えると、術式が書いてある紙は消え、紙があった場所に青色の花が一輪パッと出てきた。

そしてすぐに魔力を注ぐ。すると花は青から赤に変化をした。

事前に5番地にはグレアムが魔法で植えた花がある。その花の根とこのグレアムが今魔法で出した花の根は繋がっているのだ。


故に今5番地の花も今に赤に変わっているはず。

それがSOS信号である。


(直ぐに駆け付けに来てくれるだろうが、時間はかかるだろう……。それまでに持つか……)


グレアムは悪魔を見つけた時点で、救援を呼ぶべきだったと悔やんだ。

しかし、悔やんだところで現状は解決するわけではない。

グレアムは直ぐに強力な結界魔法を悪魔と線を引くようにかける。

太い樹木が隙間なく何本も地面から生え、木の壁が出来上がる。

悪魔は結界があると分かっていながら、結界に体当たりしてきた。結界を壊す気なのだろう。

ドーン、ドーンと身体をぶつけてくる度に、生徒たちは悲鳴をあげた。


「皆さん、このまま後ろへ逃げて川の方に避難してください!森は危険です!」

「でも先生!後ろからは上級悪魔が他にも追いかけて来てるんです!」

「え、もう一体いるのですか!?」

「あれよりも小さいけど、速そうなやつ!!」


見逃したのか、とグレアムは己が気付くことが出来なかったことに腹が立つ。

生徒たちの話によれば上級悪魔がもう一体こちらに向かって、近付いていることになる。

追いつかれたら挟み撃ちで狙われるだろう。

そうなると流石に二体も相手にするのは、グレアムには無理があった。


「他の皆さんはどうしたのですか!?」


ここにいる生徒の人数は10人。

あと半分がいない。

しかもあの場のリーダーであったシャーナの姿がない。


「悪魔退治から戻って来てなかった4人は分からないですけど、確かライネスさんたちが追いかけられてました……」

「でも俺達、パニックになって、逃げることに必死で……」


どうやら悪魔を見てすぐに逃げ出してしまったらしい。

シャーナたちがどうなったのかは、誰も見ている者はいなかった。


「分かりました!皆さんはこの結界から絶対に出ないで下さい!」


シャーナたちの安否が心配だが、グレアムがここを離れるわけにはいかなかった。


(せめて、応援が来るまで結界を持たせることができれば……)


悪魔は結界を壊すことを止めない。

自分の魔法より、相手の方が強い力だったり強い魔力だったりすると、魔法は壊されてしまう。

いくら結界でも、全てを守れるわけではないのだ。

グレアムは魔法を維持するので精一杯だった。


その時だった。


「あ、いた」


何ともタイミング悪く、後方からソニアが現れてしまったのだ。

ソニアの出現にグレアムは一瞬気が逸れる。

魔力に敏感である悪魔が、その一瞬の隙を見逃すはずがなかった。


ウォォォォーー!!


見た目からして口が存在しないと思っていた悪魔から、鼓膜が破けるのではと思うほど大きな鳴き声が発せられた。

皆は咄嗟に耳を塞ぐ。


叫び声で尚怯むことになったグレアム。

悪魔は容赦なく結界に体当たりをしてきた。


「!!」


結界の威力が緩んだ瞬間であったため、結界が悪魔の攻撃に耐えられず、結界魔法は壊された。

結界は一瞬光ると次の瞬間にはパリンと音をさせて、消える。


再び悪魔がソニアたちの前に現れた。

悪魔の口は存在しそうな場所には無く、恐らく腹にあたるであろう場所に、パックリ開き、赤い舌と真っ白なのこぎりのように鋭い歯が並ぶ口があった。

不気味なその容姿に、その場皆に緊張が走る。

大きな目玉がジロリと、グレアムたちを見下ろした。






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