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センス・オブ・ワンダー

作者: いぐさこ

とあるところで書いたものの転載。


出棺を終えて、参列者は火葬場へ移動することになった。

バスに乗るため、外へと向かう人の流れについていく。

ひどく静かで、ゆったりとした黒い流れ。

参列者の心情が視覚化されているように感じた。


外に出ると、今朝から降り続いていた雨は止んでいた。

邪魔にならないように入口の脇で立ち止まり、空を見上げてみる。

強い太陽の光がわたしの目に飛び込んできた。


「……っ」


まぶしくて、思わず太陽から目を逸らした。

空の大部分は今朝見たときと変わらず、濃い灰色の雲に覆われている。

しかし、この葬儀場の上空にだけ、雲の裂け目ができていた。

そこから、季節を間違えたような青空が顔を覗かせている。


内藤の仕業なのかもしれない。


浮かない顔の参列者に、少しでも元気を取り戻してほしいから。

あいつなら、そんな理由でここだけ晴れさせても不思議じゃない。


なんてファンタジックな発想だろう。わたしらしくもない。

突拍子もないことを考えている自分が、おかしくてたまらない。

なのに、笑いは込み上げてこないし、顔はぴくりとも動かなかった。


なぜだろう。

その疑問に対する答えは出てこなかった。




視線を足元に落とす。水たまりが周囲の景色を映していた。

ところどころに赤いラインのあしらわれた、黒地のセーラー服を着たわたしが見える。

背景になっている青空とは対照的な、仏頂面をしている。

別に、葬式だからというわけでもない。わたしは普段から表情が乏しい。


それでも、鏡で見るいつもの自分とは、どこか違うように見えた。


なぜだろう。


水たまりを見つめたまま、考える。

やはり、その疑問に対する答えも出てこなかった。


「……」




ふとわたしは、内藤が死んでから、考えてばかりいることを思い出した。




高く、大きな煙突の先から、灰色の煙が立ち上っていく。

煙は空を覆っている雲の中へと溶けて、すぐに見えなくなる。


わたしは火葬場の外に立って、その様子を見つめていた。

あの煙が内藤だなんて、いまだに実感がわかなかった。

それは単純に、わたしが内藤の死体を見ていないからかもしれないけど。




緊急の朝礼が行われたのは、二日前のことだった。

そこで生徒に内藤の死が伝えられた。登校中の交通事故だったそうだ。

そのまま、すすり泣く声が聞こえる中で、黙とうは行われた。


わたしは黙とうをしなかった。

ただ、壇上で黙とうをしている校長を見つめていた。


頭からつま先へ、すべての血が落ちていくような感覚を覚えていた。

思考はぼんやりとしていて、体は浮き上がりそうなほどに軽く感じた。

例えるなら、夢の中で空を自由に飛んでいるときに似ていた。


だから、目の前の出来事も全部、夢のような気がしていた。


なのに、なぜだろう。

なぜ、現実の出来事のように、みんな悲しんでいるのだろう。そう思った。


振り返れば、わたしが内藤が死んで最初に『なぜだろう』と思ったのは、このときだった。




「あなたが……津出さん?」


背後から誰かが、自信なさげにわたしを呼んだ。

その声でわたしの意識は、過去の記憶の中からいまへと帰ってくる。


振り返ると、喪服姿の女性が立っていた。内藤の母親だった。

その表情は憔悴しきっているように見える。

彼女が葬儀のときに何度も涙を拭っていたことを思い出した。


「はい、そうですが」


「はじめまして。私、内藤地平の母です」


「……この度はご愁傷様でした」


「……恐れ入ります」


深々と頭を下げる。

わたしが顔を上げると、内藤の母親も頭を下げた。

返事をする声はいまにも消え入りそうで、他人ながら心配になってくる。


「どうされました?」


彼女に話しかけられる理由が分からなかった。

わたしと内藤の母親に、直接の面識はない。

おそらく、内藤がわたしのことを話したのだろう。

だけど、何を話せば、わざわざこんなときにわたしを尋ねてくるのか。


「これを、あなたに」


内藤の母親は両手で持った何かを差し出した。

その動きは緩慢なようにも、丁寧なようにも見えた。


「これって……」


受け取ったそれには、見覚えがあった。

黒くて、手のひらに収まる程度の長方形。

中心には大きく、わたしと内藤が通う高校の校章が刻まれていて。

内藤がよく手にしていたのをいつも横目に見ていた、それは。


入学したとき、生徒全員に祝いの品として贈られた、手帳だった。


「……受け取れません」


内藤の母親へ返そうと、手帳を持った手をまっすぐ伸ばす。

彼女から見れば、これは息子の形見だ。受け取れるわけがない。


「これだけは、どうしてもあなたにもらってほしくて」


受け取れないのは、彼女も同じらしかった。

腹の前で組まれた手は、動く気配がない。

わたしも負けじと、伸ばした手を引っ込めないでいた。


「お願いします……」


だけど、弱弱しく懇願する声が、表情が。

わたしの心臓を掴んで、大きく揺さぶる。


「どうして、ですか?」


何が彼女をそこまで必死にさせるのか。

それを知らないまま受け取る気にはなれなかった。


問いかけに返答はなく、わたし達の間に沈黙が訪れた。


音の隙間を埋めるように、木々が風に吹かれてざわめく。

制服のラインと同じ色のスカーフが、首元で暴れる。


「……それは」


風が止み、再び沈黙が訪れようかというところで、彼女は口を開いた。


「……その手帳を見れば分かります。これ以上、私から言うことはできません」


その言い方は、卑怯だ。まるで誘導尋問だ。

彼女は任せるふりをして、こっそりと選択肢を取り上げている。

わたしの心を見透かして、一番もろい場所を突いてきている。

わたしに残された選択肢は、手帳を受け取る。それだけになってしまった。


「分かりました。そこまでおっしゃるのでしたら……この手帳はいただきます」


「……ありがとうございます」


大人という生き物は、やはり好きになれそうにない。

引っ込めた手に感じる手帳の重みを感じながら。

深々と頭を下げたまま、肩を震わせ始めた内藤の母親を見ながら、わたしはそう思った。




内藤の母親が去り、またひとりきりになる。

ひとまず、渡された手帳の中身を読もうと、近くの花壇の縁に腰かけた。


手帳の表紙を眺めてみる。細かい傷が数えきれないほど付いていた。

使い込まれているのか、管理がぞんざいなのか。おそらくは両方だろう。


手帳を開いて、ページを一枚一枚めくっていく。

最初のほうはプリントや宿題の提出期限など、学生らしいメモが取られていた。

一方でその隙間に、勉強とは関係のない言葉が書き留められている。


ページが進むにつれて、言葉の割合は増えていく。

手帳の中ほどになると、勉強に関係するメモはほとんど取られていなかった。

代わりに、ページ内で言葉同士が繋がり合い、短い文章がいくつも書かれている。

わたしはこれが何か、よく知っている。


詩、だ。


詩を書くことが内藤の趣味だった。そして、詩がわたしと内藤を繋いだのだ。

そういえば、内藤と初めて出会った日は、どんなことがあっただろうか。

ふと思い出そうとしたが、すぐには出てこずにページをめくった。


そのとき。


「ん?」


唐突に、詩とも勉強とも関係のない文章が目に入った。


その文は、雑多なわたしの頭の中から、いとも簡単にとある記憶を取り出した。

わたしと内藤が初めて出会った、冬の夕暮れの記憶を。


~~~~~~


1月○○日


今日、津出さんを見つけた。

噂には聞いていたけど、とても気難しそうな人だった。

どうすれば、彼女に近付けるんだろう。


~~~~~~


『……あなたが、津出さんですか?』


わたしがいつものように、ひとり教室に残って勉強をしていたときだった。

不意に、教室の入り口のほうから誰かに話しかけられた。


顔を上げると、見たことのない男子がこちらをうかがっていた。

遠目に見ても恰幅がいいと分かる。それに加えて、短い黒髪に学ランの様相。

射し込む夕日で橙色に染まった教室で、その姿は大きな影のように見えた。


『……そうだけど』


わたしが言うなり、彼は早足でこちらに歩いてくる。

手に何かの本を持っていることに気付いたのは、そのときだった。


やがて、男子はわたしの席のそばまでやってきた。

表情には緊張の色が見える。手に持っている本も、はっきりと見て取れる。

彼がわたしにどんな用事があるのか、大体の見当はついた。


『あの、これって、もしかして』


案の定、男子は手に持っていた本を開いて、あるページを指差す。

そこに書かれているのは、わたしの名前と、最優秀賞の文字と、詩。

彼が持ってきたのは、全国高校創作コンクールの上位入賞作品が載せられた本だった。


『……そうだけど』


さっきと全く変わらない返事をして、わたしは机に広げられた教科書に視線を落とした。

彼の用事がわたしの予想通りなら、わざわざ相手にする必要はない。


『やっぱりそうなんですか……!』


男子の声のトーンが上がる。興奮を隠しきれていない、といった様子だ。

わたしは特に返事もせず、数学の問題を解きながら次の言葉を待った。


『僕、すごいと思って、どんな人なのか気になって』


思考がそのまま口から出ているような口調で、男子は話を続ける。

前置きはどうでもいいから、さっさと要件を話してほしかった。

彼はいまのわたしにとって、応用問題を解く邪魔にしかならなかった。


『実は僕も詩を書くのが好きなんですよ!』


予想とは違う、耳に引っかかる言葉が彼の口から飛び出た。

方程式を書く手が止まる。半分聞き流していた男子の話に、少しだけ意識を向けた。

しかし。


『だから、もしよかったら津出さんに詩を書くコツとか教えてもらえたら、なんて思って』


その言葉で、わたしはこれ以上、話を聞く気をなくした。


『嫌よ』


わたしは顔を上げ、話をさえぎるようにそれだけ告げた。

再び視線を落とし、方程式の続きを書き始める。


『えっ……! な、何で?』


戸惑いの声と同時に、にじり寄ってきた男子の手が、勢いよく応用問題の上に乗せられた。

苛立ちを覚える。心臓が大きく跳ねて、頭に血が上っていくのが分かった。


机を強く叩いて立ち上がる。椅子が後ろの席に当たる音がした。

間髪入れずに男子に視線を向けた。男子は逃げるように上半身を少しのけ反らせた。


『普段は関わろうとしないくせにこういうときだけすり寄ってくる輩って嫌いなの』


一気に言い切ってから、大きく一度、息を吸い込み。


『例えばあなたみたいな、ね』


自分のできる限りの嫌味たっぷりな言い方で、そう吐き捨てた。


わたしは昔から、周囲の人間に嫌われていた。

生徒はもちろん、教師の中にもそんな態度が見え隠れする者はいた。

生意気な性格が気に食わない、という同級生の陰口を偶然聞いたことがある。

文句があるなら、そんな性格に育てた親に言ってもらいたい。


一方で、わたしに近付いてくる人間もいた。

わたしが好きというわけではない。わたしの生み出す実績が、肩書きが好きな輩だ。

たいていは大人がそうだが、同年代の人間もそれなりにいた。


自分の友達だと自慢したい女子。わたしを食ったと自慢したい男子。

うわべだけ見ると様々な人間が寄ってきたけど、中身はだいたいこんなものだった。

だから、この男子だってどうせ猥談のネタ欲しさか、もしくは罰ゲームで近付いてきただけだ。


ただ、近付くダシにわたしの大好きな詩を使ってきたことが許せなかった。

土足で部屋に踏み込まれた挙句、ベッドで靴裏を拭かれたような気分だった。


『……』


男子は呆然とした表情でわたしを見ていた。

視線を逸らさないのは、わたしの剣幕に圧倒されただろうか。

それとも、眼球を動かせることを忘れるほど、頭が空っぽなのかもしれない。


『もう用がないなら、さっさと出てって。勉強の邪魔なの』


どっちにしろ、これで終わりだ。彼がわたしを訪ねてくることは、二度とない。

経験則からくる予想は、わたしの中では確実に訪れる未来と同じだった。

椅子を戻して、少ししわの寄った教科書のページを指でなぞった。


『あ、の』


『……』


絞り出された男子の呼びかけを無視して、問題の続きを解き始める。

男子は数分ほど、未練がましくわたしの横に立っていたが、やがて教室を出て行った。


~~~~~~


いま思えば、なんて早とちりをしていたのだろう。

そのときのわたしは、内藤がどんな顔をして教室を去っていったのかは見ていない。

でも、いまなら手に取るように想像できた。そして、胸に針を刺したような痛みが走った。


開いたページには、数行ほどの短い日記が、日付とともにまだいくつも書かれていた。

隣のページにも目をやる。やはり同じような日記が、詩や単語の中に紛れている。


わたしは詩も単語も無視して、日記を読みふけった。

短い文から、内藤が何を思っていたのかを、余すことなくくみ取ろうとした。


それはわたしが内藤の行動に、思考に、たくさんの疑問を抱いていたからで。

そして、彼に対するわたしの行動にも、思考にも、同じことが言えたからだ。




1月△△日


今日、やっと津出さんとまともに話すことができた。

本当にこれでよかったのかは、僕自身にもわからない。

ただ、どこに向かってかはわからないけど、一歩踏み出せた。

それだけは確かだと思いたい。


~~~~~~


結論から言うと、男子は数日後にわたしを訪ねてきた。

ただし、厳密には訪ねてきていないのかもしれない。


男子は依然と同じように、わたしだけが残った放課後の教室にやってきた。

しかし、彼がわたしに話しかけてくることはなかった。


彼はおもむろにわたしの隣の席に座ると、自分の用事を始めるのだ。

再び訪ねてきた日は勉強をしていたし、その次の日は本を読んでいた。

そして、自分の用事が終わるとふらりと帰っていく。

わたしに随分とご執心だった初対面のときとは、まるで別人のような振る舞いだった。


その奇妙な行動が、気味が悪くて仕方がなかった。

さらに言うなら、無言というのが気味悪さに拍車をかけていた。

どうにも男子のいる側が気になって、勉強にも詩にも集中できなかった。


今日も男子は、わたしの隣の席で本を読んでいる。

様子をうかがうと、本を片手に持ったまま、広げたメモ帳に熱心に何かを書き込んでいた。


この習慣が始まってから、今日でちょうど一週間になる。

ほとんど白紙の数学のノートを眺め、ため息をついた。


若干だけど慣れ始めてしまった自分に、呆れてしまった。

とはいえ、横を確認する回数が減った程度だ。

男子のいる側から、かすかな物音がすればそちらを向いてしまう。

思考はまとまらず、ここ一週間、教室では何もろくにできていない。


やはり、この状況を打破するには、男子に話しかけるしかないのだろう。

身の危険は感じるが、校内にはまだたくさんの生徒が残っている。

いざとなれば、大きな声を出せば誰かが来てくれるはずだ。


意を決して、静かに、深く息を吸い。

隣の男子へと顔を向け、吐き出した。


『……ねえ』


校庭から聞こえる運動部のかけ声の隙間を縫って、わたしの声が教室に響いた。

男子がページをめくろうとした手を止め、持っていた本を置く。


男子はこちらを向くと、わたしの後ろから射す夕日に目を細めた。

にわかに緊張が走る。聞こうとしていたことが頭の中で混ざり始める。

完全に混乱する前にすべて吐き出してしまおうと、もう一度口を開いた。


『ここに……何をしに来ているの?』


『何、って……』


短いやり取りをしたきり、会話が途切れた。

男子は小さく唸って何か考え事をしている。次の言葉を探しているようだ。

すんなり返事が来ないということは、わたしには言えない考えがあるのかもしれない。

最悪の事態が脳裏をよぎり、気休めまでにシャーペンを逆手に持った。


『勉強、とか』


『じゃあ、どうしてわざわざここに来るの?』


『……』


間髪入れずに次の質問をぶつける。

男子は視線を落とし、再び黙り込んでしまった。

廊下を歩く誰かの足音が近付いてきて、そして遠ざかっていく。

それでもまだ、沈黙は破られないままだった。


やがて、男子が大げさなくらいに大きく息を吸い込んだ。


『邪魔、って言われたけど、諦めきれなくて』


『……だから、こんなことしていたの?』


『そばにいれば、何かつかめるものもあるかと思ったから……』


理由があまりに馬鹿馬鹿しくて、ついシャーペンを机の上に軽く放り投げてしまう。

全身からどっと力が抜けて、肩ががくりと落ちる。


『邪魔はしないし、話かけもしません。だから、せめてそばにいさせてください……』


こんな回りくどい手段なんて使わず、最初からその旨を伝えてくれればよかったのに。

そうすれば、無駄な考え事や緊張もせずに済んだと思うと苛立ってくる。


けれど、初対面で一方的に突っぱねられたら、無理もないだろう。

事実、わたしに何度も積極的に話しかけてくるような人間はいままでいなかった。

利益や実績が目的の人間ばかりが寄ってきたからだ。

わたしにはそんな輩しか寄ってこない、といつの間にか自分で決めつけていた。


でも、この男子は違うのかもしれない。

彼の表情や態度からは、『本物』の息遣いが感じ取れた。

いままで、嫌でも見てきた、貼り付けたような『偽物』の笑顔とは、決定的に違う。


なぜだろう。

なぜ、彼はここまでしてわたしにこだわるのだろう。

技術を磨くなら、他にいくらでも手段はあるのに。


わたしは戸惑っていた。

切実に、本気で求められるなんて、初めてのことだった。


初めて、わたしのほうが男子から視線を逸らした。

焦りで霧散しそうな意識を慌ててかき集め、いまやるべきことを考える。

詩を考えているときよりもずっと速く、思考が浮かんでは消えていく。


『……あの』


やがて考えがまとまり、わたしは再び男子に向き直った。

どんなに呼吸しても息苦しくて、やたらと喉が渇く。

柄にもなく緊張しているのが、はっきりと自覚できた。


男子の体が軽く跳ねる。

また悪態をつかれるとでも思ったのだろうか。

わたしだって、自分の非を認めないほど性格が悪いわけじゃない。

少なくとも、自分ではそう思っている。


『……ごめんなさい。話も聞かずに突っぱねたりして』


思っていたよりも、言葉がうまく喉を通っていかない。

見えない栓が詰まっているように感じた。


『だから……その……』


あとは了承すればいい。教えてあげると言えばいいだけだ。

なのに、そのための言葉を忘れてしまったように、次の言葉が出てこない。

吐息が喉を震わせることなく、半端に開いた口から漏れていく。


『……か』


脳裏をよぎった言葉の最初の文字が、つい口をついて出てしまう。

この言葉では駄目だ。すぐに違う言葉を探さないと。

それは分かっている。分かっていても。


『……勝手に、したら』


一度動き出した唇は止まらなかった。


男子から返事はなく、ただただ目を丸くしていた。

当たり前だ。こんな言い方、意味が分からないにもほどがある。

発言を訂正しようとしても、緊張の糸が切れた頭ではすぐにできるわけがなかった。


『……分かった、僕は内藤地平! よろしく、津出さん!』


しかし、わたしの心配をよそに、男子は満面の笑みを浮かべてそう言った。

そして、いそいそと席に座りなおすと、机に置いていた本をまた読み始めた。


何が分かった、なのだろう。わたしが言いたかったことが、分かったというのか。

なのに、この内藤という男子は、また回りくどいことをわざわざやろうというのか。

その行動こそ、意味が分からなかった。


ただ、いつの間にか安堵のため息をついている自分に気付き。

それから、締まりのない笑顔をしている内藤を見て、少し苛立って。

わたしは自分で思っているより、性格が悪い気がした。


~~~~~~


2月□□日


今日は、初めて津出さんと登校するときに会った。

そのまま僕の教室まで一緒に歩いた。

放課後の教室以外で会話をするのも初めてで、とても新鮮だった。

こんな日ばかりだったら、学校へ行くのも楽しいんだろうけど。


~~~~~~


駅の改札を抜けた脇で、出かかったあくびをかみ殺した。

それから、途切れ始めた人の流れに乗って学校へと向かう。

眠気のせいか、頭がうまく回らない。朝食も食べていないから尚更だ。


『津出さん』


もう一度あくびをかみ殺していると、誰かが声をかけてきた。


内藤だった。

わたしとは対照的に、朝から普段通りの様子だ。

わたしもはたから見れば、普段と変わらない様子なのだろうけど。


『おはよう』


わたしは内藤を一瞥するが、挨拶は返さない。これも普段通りのことだった。

知り合った当初、内藤を警戒して無視していた頃のなごりだ。

なんとなく続いている習慣だが、困ったことはないし、このままでもいいと思っている。

内藤もわたしがそういう人間だと思っているのか、何か言ってくることもなかった。


ふたりともそのまま無言で歩き続ける。

眠すぎて、内藤の姿がちらつくだけで鬱陶しく感じてしまう。

すいぶんと陰険な思考回路になってしまっている。

ぼんやりする頭で、寝不足の原因の両親を心底恨んだ。


『あ、途中までいっしょに行っても……いい?』


校門を抜けようかというところで、内藤がそんな提案をしてきた。


知り合ってひと月ほど経つが、まったく会話がないわけじゃない。

赤ペンを貸してほしい、とかこの漢字はどう読むのか、とか。

切り出すのは内藤からばかりだが、必要なときは会話をすることもあった。


内藤の提案について考えてみる。

わたしのクラスは2組で、内藤のクラスは6組だ。

下駄箱のそばの階段を上ってわたしのクラスに向かうと、必然的に6組の前を通ることになる。


『……ん』


断る理由はない。

言葉を並べるのも億劫で、首を小さく縦に振って、唸るように返事をした。


『……ありがとう』


内藤はそれだけ言ったきり、下駄箱でいったん別れるまで黙ったままだった。




上履きに履き替え、そばの階段へ向かうと内藤がわたしを待っていた。

自分の動きが緩慢になっていることを実感させられた。


内藤を一瞥して階段を上り始める。

少し遅れて内藤も階段を上り、わたしの隣にやってきた。

朝の喧噪に混じって、二人分の上履きが床を叩く音が耳に届く。

冬の澄んだ空気は、音をより鮮明に響かせている気がした。


『そういえば、昨日宿題を学校に忘れちゃって』


不意に、内藤が口を開いた。前を見ながら耳を傾ける。

話の内容は必然性のあるものではなかった。

クラスメイトがよくしているような、毒にも薬にもならない話だ。

珍しいこともあるものだと思った。どういう風の吹き回しなのだろう。


『……ん』


『だから、今日は授業の前にやろうと思って、これでも早く来たほうなんだ』


内藤には悪いけど、あまり興味が湧かなかった。

何人かで集まり、他愛のない話をして大笑いしている光景を、休み時間にはよく見る。

その輪に加わりたい、と思ったことはない。不毛なことをしている、とすら思った。

交友のために時間を浪費するより、読書でもしていたほうがずっと建設的な気がしたからだ。


『そう……』


適当に返した相づちの途中で、あくびが出てしまった。

話がつまらないと感じているように見えただろうか。

残念ながら、それは事実なのだけど。


『もしかして……あまり興味ない?』


内藤も、嫌でもわたしの心情を察したらしい。

話していたときよりもトーンの落ちた声で尋ねてくる。


『……まあ、ね』


正直に自分の気持ちを伝えた。

ごまかしても無意味だし、お互いにとって何も得することはない。


一応、直接的につまらない、という言葉を使うのは控えた。

内藤はわたしの言動をいちいち、しかも大げさに気にする。

自分のせいでこの世の終わりのような顔をされては、どうにも気分が悪い。


『……ごめんなさい』


それでもやはり、内藤は申し訳なさそうに謝ると、会話を自ら終わらせた。

おかげでわたしはつまらない話を聞かずに済むし、内藤は自分の至らなさを知る。

この件については、これで何も問題はないはずだ。


内藤のクラスの前に着くまで、わたし達の間で再び会話が始まることはなかった。

ほんの少しだけ前を歩いていた内藤が立ち止まる。

わたしもそれに合わせて立ち止まった。

以前、クラスメイトがこうしているのを見た記憶があったからだ。


内藤と目が合う。

微笑みを浮かべた普段の表情は、どこにも見当たらない。

眉は八の字に垂れ下がり、その下には貼り付けたような無表情が広がっている。

見慣れないことも相まって、何とも言えない気色悪さを覚えた。


小さくそれじゃ、と呟いた内藤は、のろのろと教室に入ろうとする。

わたしはなんとなく、背の丸まったその後ろ姿を見つめていた。


『……内藤』


内藤の名前を呼んでいた。

息を吸って吐くのと変わらないくらい、自然に。


『ん?』


『……おはよう』


そのおかげだろうか。

初めての挨拶も、続けてすんなりと口にすることができた。


もうここに用はない。

自分の教室に向かって歩き出す。


視界の隅で内藤が、目を見開いてこちらを振り返るのが見えた。

しかし、呼び止められはしなかったので、足は止めようとは思わなかった。


でも、なぜだろう。

なぜ、わたしはいまさら挨拶なんてしようと思ったのだろう。

内藤が自分のせいで落ち込んでいるのを、見て見ぬふりができなかったのだろう。


そればかり考えて歩いた教室までの道のりは、いつもよりずっと短く感じた。


~~~~~~


2月●●日


冬休みの図書委員の当番に行ったら、なんと津出さんがいた。

聞くところには、休み中は毎日図書室に来ているらしい。

当番はめんどくさいけど、図書委員をやっていてよかった。

それにしても、なんで休み中に学校に来ているんだろう。

気になるけど、聞く勇気はない。


~~~~~~


春休みに入っても、わたしは学校の図書室に毎日来ていた。

少し立ち寄る、なんて程度じゃない。図書室が開いてから閉まるまで、だ。

学校がなければ、一日の大半を家で過ごさなければならない。

それだけは絶対に御免だった。


春休みということもあって、図書室には片手で数えられる人数しかいない。

そのせいか、空虚な静けさに包まれている。

かすかにでも音が鳴れば、どこまでも伝わっていきそうだ。


だから、何かに集中するには絶好の環境と言えるだろう。

わたしの場合は放課後と変わらず、宿題をしたり、読書をして過ごしていた。

いまはあらかた終えた春休みの宿題をしまって、詩を考えているところだ。


本当に、いつもの放課後と何も変わらない。


隣で内藤が読書をしているのも、変わらない。


内藤がいるのには、ちょっとした理由があった。

ある日、図書室を訪れたら内藤がカウンターに座っていた。

知らなかったのだが、どうやら図書委員だったらしい。


その際に次はいつ来るのか、と聞かれた。

正直に毎日、と答えた結果、内藤も毎日来るようになったのだ。


書く手を止め、内藤を横目に見やる。

眉間にしわを寄せ、食い入るように本に目を走らせていた。


本当に変わった男だ、と思う。

休みのときくらい、わたしなんて放っておいて好きなことをすればいいのに。

内藤がこれほどまでにわたしに入れ込んでいる理由は、いまだに分からないままだ。


もしかして、友達と呼べる存在がいないのだろうか。

だから惜しげもなくわたしに時間を割ける、とか。

少なくともわたしよりは、周りとうまくやっていけそうに見えるのだけど。


いっそ、そのほうがまっとうな人間らしいと思える。

単純にわたしへの憧れだけで動いているなら、相当の物好きだ。


とにかく、これ以上考えても、答えは出そうになかった。

視線をノートに戻し、再び詩を考え始める。

しかし、一度止まった手はなかなか動かない。


ページは大部分が空白のまま、時間だけが流れていった。


『っ!』


突然、蜂が飛ぶような音が隣から聞こえてきた。

反射的に体がびくりと跳ねる。景色が一瞬ぶれるほどの速さで、わたしは隣を向いた。


内藤が携帯を片手に持って、気まずそうに何度も頭を下げてくる。

携帯の外側のディスプレイ部分が、規則正しく点滅していた。

机の上に置いたあったところに電話、もしくはメールがきたようだ。


『……ここ、図書室だから』


静かに使うのが図書室のルールだというのに。

図書委員のくせに、と内心でひとりごちて、わたしはみたび視線をノートに戻した。


数分もしないうちに、携帯が震える音が再び隣から聞こえてきた。

今度は幾分か音が小さかった。手で持っている最中なのかもしれない。


続けて、数えきれないほどのボタンを押す音。

見てみると、内藤が携帯を持つ手の親指が、せわしなく動いている。

おそらくメールだろう。この程度の音なら、別に構わないと思えた。


『ごめん、ちょっとメールが……』


断続的に聞こえていたバイブレーションが止んでからしばらくして、内藤が謝ってきた。

いまさら謝る必要なんてないと思うのだけど、几帳面な男だ。


『……用件はなんだったの?』


気になってメールの内容を聞いてみた。

内藤の交友関係が分かれば、わたしに入れ込んでいる理由の手がかりになるかもしれない。

なにせ、わたしは内藤に関しては分からないことばかりで、それが少し癪だった。


『友達から。遊びに行かないか、って』


『ふぅん……』


特に興味も湧かない、ごく普通の内容だった。

当たり前か、とも思った。わたしから見た内藤は、絵に描いたように普通の男子高校生だ。

そんな男に友達がひとりもいない、なんてほうがどうかしているのだ。


『じゃあ、油売ってないでさっさと行きなさいよ』


このあと、内藤は普通に帰って、友達と落ち合って遊ぶ。

わたしは何の疑問も持たずにそう考えて、内藤に帰るよう促した。


『あ、いや。また今度、って断った』


『……は?』


しかし、返ってきたのは、予想外の言葉だった。


『……なんで?』


『なんで、って……津出さんといっしょだから?』


意図が分からなかった。


わたしは内藤にいっしょにいてほしい、なんて頼んだことはない。

内藤がいたいからわたしのそばにいる。それだけのことだ。

もちろん、内藤の都合が悪いときには、都合を優先したって構わない。


なのに、友達よりもわたしのほうを優先する、と内藤は言う。

わたしと内藤は友達ではない。ましてや、友達より親密な恋人でもない。




だったら、わたしと内藤の関係は、いったい何だというのだろう。


わたしに構わないで遊びに行けばいい。


                                 内藤はわたしのこと。


わたしの存在がどうして行かない理由になるの。


                                 わたしは内藤のこと。


いっしょにいて、なんて言ってない。


                                 いったい、どう思っているの。




考えなければならない、言わなければならないことが、一度に頭の中を駆け巡って。


『……そう』


結局言えたのは、それだけだった。


~~~~~~


3月▲▲日

友達。


~~~~~~


春休みも終盤にさしかかった頃。

わたしと内藤は、相変わらず図書室で一日を過ごしていた。


内藤はまだ残っている春休みの宿題のせいで、いつもより必死に勉強している。

最近、内藤はわたしに話しかけることが増えてきた。

しかし、今日はまだ一度も話しかけてこない。それほど余裕がないということだろう。

困ったような唸り声が少し耳障りだが、今日だけは大目に見てやろうかという気分になる。


『お、いたいた』


不意に、明らかにこちらに向けられた男の声が、遠くから聞こえた。

微妙に滑舌の悪い、気だるそうな声色。少なくとも内藤ではない。


声の主は図書室で静かにすることもできないのだろうか。

不快感を覚えながら、読んでいた本から顔を上げる。


入り口のほうから、傍らに鞄を抱えた、病的に細い男子がこちらに歩いてきていた。

男子はわたしの視線に気付いたのか、こちらに顔を向ける。


そして、すぐに逃げるように逸らされた。

内藤のときと同じ、威圧するような目つきをしていたのかもしれない。

わたしの評判は最悪だろうから、わたしが爽やかな笑顔でも結果は変わらないだろうけど。


それでも、男子は足を止めない。

わたしから逸らされた目線は、内藤に固定されている。

目元まで伸びた髪のせいで、実際にどこを見ているかは定かではないが。


おそらく、彼は内藤の知り合いだ。

そして、さっきの声も内藤に向けられたものだったのだろう。


男子はついに内藤の隣までやってきた。

しかし、宿題に必死だからか、内藤はまったく気付かない。


男子が一瞬だけわたしを見やる。

さっきのことを気にしているのだろう。気の小さい男だと感じた。


『内藤、内藤』


それから、男子は肩を叩きながら、声を潜めて内藤に呼びかけた。


『ん……ああ、鬱田か』


何度目かの呼びかけで、ようやく気付いた内藤が顔を上げる。

鬱田、と呼ばれた男子は安堵の表情を浮かべた。

内藤とのコミュニケーションの中に逃げ込めることが、嬉しいのだと思った。


『ったく……ほら、これ』


呆れたように呟いて、鬱田は鞄の中から何かを取り出した。


『わざわざありがとう。こんなのポストの中にでも入れておけばよかったのに』


『そういうワケにもいかねえだろ』


親しげに会話をしつつ、内藤は鬱田から受け取ったものを自分の鞄にしまう。

四角いケースに、リアルな怪物が描かれているのが見えた。

きっと映画のDVDか、ゲームでも借りていたのだろう。


鬱田は鞄の中からさらにケースを取り出して、内藤に渡していく。

会話の対応や、持ち物をいくつも貸し借りをしているあたり、ふたりは友人なのだろう。


ふたりから机の上に視線を戻し、書きかけの詩の続きを考え始める。

内藤と鬱田のやり取りをこれ以上見ても意味はない、と感じたからだ。

そしてなにより、この状況で、わたしは邪魔者以外のなにものでもない。


ふとひらめいた言葉を詩に当てはめてみよう、とシャーペンを走らせ始めたとき。


『ちょ、馬鹿っ……』


無視できないボリュームで、内藤の焦った声が聞こえてきた。


見事に出ばなをくじかれたことに、強い苛立ちを覚えた。

鬱田が来てから、どうにも調子が狂っている。

これ以上作業の邪魔をするなら、内藤といっしょに図書室から出てもらおうか。


その旨を伝えようと、もう一度二人のほうを向いた。


『あっ……』


鬱田がわたしに気付き、ばつの悪そうな声を上げた。

わたしに対して後ろめたいことがあるのは明らかだった。


『ん?』


内藤もそれに反応して、わたしのほうを向く。

互いの視線が交錯すると、内藤は目を見開いたまま固まってしまった。


内藤が固まったおかげで、手に持ったケースもよく見える。


目に痛いパステルカラーがあしらわれた背景に、数人の女の子が描かれていた。

非現実的な髪色をした彼女たちは、全員があられもない姿をしている。

それがアダルトゲーム、と呼ばれるものであることはすぐに理解できた。


別に、これくらいの年齢の男なら、誰もが性的なことに興味を持つものだ。

性描写が書かれた小説だってざらにある。いやらしい、なんて忌み嫌ってなどいない。


ただ、公共の場で受け渡しするのは、いかがなものかと思った。

それを当たり前のごとく行う鬱田への不満。

ほとんどやつ当たりの、鬱田のような友人を持った内藤への不満。

さまざまな不満が渦巻いて、その結果、わたしの口から思わず漏れたのは。


『……はあ』


呆れの感情を存分に含んだため息だった。


『あの、津出さん』


『別に男子ってそういうものだろうし、気にしてないから』


『これは、その』


『とりあえず、いま集中したいから静かにしてて』


『……ごめんなさい』


頭を抱える内藤から、ノートへと視線を戻す。

ひと悶着あったが、これでやっと静かな環境で集中できるだろう。


『まあ、なんだ……すまん、内藤』


『ああ……うん。いいんだ……もう……』


テンションの下がった内藤と鬱田の会話が聞こえてくる。

誰にだって知られたくないことはある。

それが白日の下に晒されたのだから、無理もない。


『つーか、お前と津出さんってさ、付き合ってんの?』


『……え?』


脈絡なく、鬱田が突拍子もないことを言い始めた。

詩を書き終わる直前、反射的にわたしの手が止まった。

次いで、内藤の戸惑い混じりの声が聞こえてくる。


わたしは顔を上げずに、その会話に聞き耳を立てていた。

より一層潜めた声で話しているが、ここは静かな図書室だ。

ましてや、すぐ隣にいるとなれば聞き取るのは容易い。


『いや、だってお前、ほとんど毎日津出さんといっしょにいるだろ』


『そうだけど……別にそういう関係じゃ』


『で、実際どうなの?』


『どうって……なんていうか……』


内藤は曖昧な返事をするばかりで、煮え切らない態度だ。

困っているのだ。わたしとの関係をどう説明すればいいのか。


内藤自身がわたしのことをどう思っているか分からないから、なのか。

この奇妙な関係をきちんと説明できる言葉を見つけられないから、なのか。

理由は分からない。顔を上げて表情をうかがっても、それは変わらないだろう。


『……ねえ』


それでもわたしは顔を上げて、ふたりの会話に割って入った。


わたしには少しだけ自信があった。


内藤よりもきちんと、自分が相手をどう思っているか分かっている、と。

内藤よりもうまく、わたし達の関係を説明できる、と。

わたしの考えは核心を捉えてはいないだろうけど、的を得てはいるだろう、と。


『あいにくだけど、わたしは別に内藤と付き合ってなんかいないわ』


『そ、そうだって!』


いつもなら、自分が何と思われていようと、何を言われようと、口を挟むことはしなかった。


他人同士なのだから、完全に理解なんてできるわけがない。

わたしという人間の分からない部分は、勝手に語らせておけばいい。

それでわたし自身が変わっていくことなんてないのだから。

そう思っていた。


『じゃ、じゃあ聞きますけど……内藤とどういう関係?』


わたしは頭の中で、自分の考えを口に出すために整理していく。

その一方で、頭のどこかではまったく違うことを考えていた。


なぜだろう。

なぜ、わたしはわざわざ口を挟んでいるのだろう。

わたしにここまでさせる内藤は、いったい何者なのだろう。

わたしは、そんな内藤のことを、どう思っているのだろう。


『……別に』


『ただの……友達よ』


『……マジかよ』


答えはもう、半分くらいは出ている気がしていた。

それなのに、友達と答えることを一瞬ためらったのは、なぜだろう。


~~~~~~


4月◎◎日

なんで僕は、詩を書いているんだろう。

津出さんが言った通り、もう書く意味なんてないはずなのに。


~~~~~~


『……内藤』


今日出された分の宿題をすべて終えたところで、内藤を呼んだ。


『ん?』


視線を落としていたノートを閉じて、顔だけを内藤のほうを向ける。

隣の席に座っている内藤も、同じように顔だけをわたしのほうを向けた。

わたしの背後から射す淡い春の夕焼けに、内藤は眩しそうに目を細めた。


『詩は、書けたの?』


『うーん……まだなんか納得が……』


軽く頭を掻いて顔をしかめた内藤は、わたしから机の上の手帳へと視線を移す。

壁に掛けられた時計を見やる。最後に話したときから30分以上が経っていた。

そのときも、内藤は納得がいかないと言っていた。

進展はほとんどなかったようだ。


年度が替わって、わたし達は2年生になった。

クラス替えで偶然にも、わたしと内藤は同じクラスになっていた。

さすがに隣の席にはならなかったが、それでも内藤はひどく喜んでいた。


放課後にふたりで残り、隣り合ってそれぞれに何かをする。

環境が変わっても、それは変わらなかった。

唯一といっていい変化といえば、会話が増えたことだ。

内藤からではない、わたしのほうから話しかけて始まる会話が、だ。


主に詩のことや、勉強のことが話題だ。

これまでのわたしなら、誰かと会話すること自体が無意味だと言うだろう。


しかし、いまはそうは思わない。

例えば、作業が行き詰まってくれば、少し休憩を取ることがある。

そういったときに、話題があれば内藤と話すと、不思議とリフレッシュできるのだ。


それは普通に押し黙っていても同じだ。

だけど、やってもやらなくても変わらないなら、やる。

自然とそういう選択肢を選んでいる自分がいた。


我ながら、劇的な変化だと思う。

その原因は、なんとなく察しがついていた。


わたしは内藤に、親しみのようなものを覚えているのだ。

この感情を本当に親しみと呼んでいいのかは分からない。

他人を嫌ってばかりだったわたしには、細かいニュアンスの判別がつかない。


だけど、少なくとも内藤のことを嫌ってはいない。それだけは確かに言える。

そして、わたしの中では相対的に、内藤の優先順位は高かった。

だから、親しみを覚えていると言っても、内藤のことを友達と呼んでも、間違いではないと思う。


『ちょっと……見せて』


ふと思い立って、内藤に手帳を渡すよう催促する。

思えば、わたしはまだ内藤の書いた詩を見たことがなかった。

行き詰まっているようだし、簡単な添削のついでに見せてもらおう。

案外、他人に見てもらうと新しい発見があって、それがぴたりとはまることもあるはずだ。


『えっ? うーん……どうぞ』


内藤は少し悩む素振りを見せてから、手帳をこちらによこしてきた。

納得のいかないものを見せるのに抵抗があったのだろう。


一番新しいものであろう詩を読み始める。

周囲には幾度となく消した跡が残っていた。この詩はだいぶ難産らしい。


内藤の詩は、わたしの書くものとはかなりベクトルが違っていた。

見たものや聞いたものなど、外部からの刺激をどう感じたのか。

それらが、難しい言葉は使わずに書かれている。

義務教育中の国語の教科書に載っていそう、とでも言えばいいのだろうか。


『ど、どう?』


『……なんていうか、内藤らしいと思う。いい意味で、ね』


『……よかった』


おそるおそる訪ねてきた内藤に、率直な感想を伝える。

内藤は緊張した面持ちだったが、それを聞くなり破顔した。

一応、最後にひとこと付け加えておいてよかったと感じる。


『それで、どこが納得いかないの?』


『あ、ここがなんか、もっとうまい言い方があるような気がして……』


内藤がわたしの前の席に移動する。

それから内藤が振り返って、わたしの席をふたりで挟む形になる。


少し顔を上げると、視界のほとんどは内藤で埋め尽くされていた。

眉間に寄ったしわの一本一本や、一心不乱に手帳を見る瞳の輝きも、鮮明に見える。

正面から、しかも間近に内藤の顔を見た記憶はない。

胸のあたりになんとも言えない違和感を覚えた。


なぜだろう。

なぜ、内藤はこんなにも詩を書くことに一生懸命なのだろう。

わたしと同じような理由で書いているようには、決して見えないのに。


『……ねえ』


『ん?』


『……内藤はどうして、詩を書いているの?』


気付けば、そんなことを聞いていた。


『え、そ、それは……』


詩を見せてほしいと言ったときよりも、内藤がうろたえる。

返事はなく、沈黙がしばらくの間続いた。

やがて耐え切れなくなったのか、内藤はわたしから目を逸らした。


わたしには、どうして内藤がここまで狼狽しているのかは分からない。

何か人には言いづらい理由がある。それだけしか察することができない。

その事実は、わたしの好奇心を抑え込むだけの力を持っている。

話すのを強制するつもりもないし、できるわけもなかった。


『別に、無理して話さなくてもいいわ。でも……』


だからわたしは、内藤がいらぬ誤解をしないよう、前置きをしてから言う。


『ん?』


『もしも話してくれるなら、わたしも話す。絶対、内藤にだけ嫌な思いはさせない』


顔を上げた内藤と目が合う。

見つめあったまま、時間が流れていく。

その間は長いようにも、短いようにも感じた。


『……分かった』


やがて内藤の瞳に、力強い輝きが宿る。

ようやく帰ってきた了承の返事は、いつもより低い声色だった。


『僕は、中学校に入ったばかりの頃、いじめられていたんだ』


ぽつりぽつりと、記憶を確認していくように、内藤が話し始める。


『犯罪じみたことじゃない、ちょっとおふざけが過ぎたようないじめだったんだけどね』


『僕はそれが嫌で仕方なくてさ、現実から逃げるように、図書室で本ばかり読むようになったんだ』


『……』


わたしは内藤が話すのを、黙って聞いていた。

態度には出さなかったけど、驚きもしていた。

わたしには内藤が、いじめの対象になるような人間には思えなかったからだ。


話を聞くに、相手にはいじめているという自覚はなかったのだろう。

ちょっといじってやる、おちょくってやる。その程度の認識だったはずだ。

ただ、他人が同じ認識を持っているとは限らない。

少なくとも内藤から見たそれは、紛れもないいじめだったのだ。


『そのときに詩集ってものを初めて読んで、こんな風に自分の中に溜まってるものを吐き出せたら、って思ってさ』


『それが、僕が詩を書き始めたきっかけ……自分じゃ情けないって思ってるから、人に話すのは恥ずかしかったんだよね』


そう言って、内藤がいったん話を区切る。

照れ隠しなのか、頬をぽりぽりと掻きながら。

この様子だと、現在は特にいじめられていたことを気にしてはいないらしい。

何があったのかは知らないが、乗り越えることができたのだろう。


そんな内藤のことが、羨ましかった。


いつの間にか、わたしが話し始めるのを待つだけ、といった空気になっていた。

内藤は座り直すと少し前のめりになって、じっとわたしを見つめてくる。


怖い、と感じた。

話すのが、聞かれるのが、怖い。

恥ずかしい、とか場合が場合なら可愛らしい感情ではない。


『……内藤』


やたらと喉が渇いていた。

喋るために口を開くと、口の中もみるみる渇き始める。

こんなに体が言うことを聞かないのは、初めてだった。


思えば、他人にこのことを話すのも、初めてだった。きっとそのせいに違いない。


『内藤は、情けなくなんか、ないから』


これからわたしのことを話す前に、それだけは言っておきたかった。

なぜなら、わたしのほうが、内藤よりもずっと情けないのだから。


『……わたしも、いじめられていたの。小さい頃から、ずっと』


わたしの一言目を聞くなり、内藤は大きく目を見開いた。

その様子を見た瞬間、口に出しかけていた言葉が、直前で詰まる。

相手の動きひとつひとつに、こんなに揺れ動かされるとは思っていなかった。


内藤はわたしの内心を察したのか、はっとして、顔を両手で覆い隠した。

そのまま、顔全体を揉みほぐすような動きをする。


少しして、内藤は再び顔を上げた。その表情は真剣そのものだった。

口元を隠すように、両手は顔の前で組まれている。


図らずとも間を置いたおかげか、わたしの思考は平静に戻っていた。

同時に、正面からわたしを受け止めようとしてくれる内藤の行動を見て、安心感を覚えてもいた。

きっと内藤なら受け止めてくれる。大丈夫だ。

大きく息を吸い込んだ。込み上げてくる安堵の気持ちで、胸を満たすように。


『……年の離れた兄がいるんだけど、あまり素行がよくなくて。そのせいなのか、物心ついた頃から、わたしの両親は喧嘩ばかりしてた』


思い出せる限りで、一番古い記憶を呼び起こす。

その中で、わたしは激しく言い争う両親を見て、泣いていた。

喧嘩を止める人間も、わたしを慰める人間も出てこない。

その役目を果たすべき兄が原因なのだから、当然かもしれない。


『そんな家庭だから、わたしも小さい頃から塞ぎ込みがちな性格になって、それに拍車をかけたのが、周りの反応』


内藤の眉が、わずかに吊り上がったのを、わたしは見逃さなかった。


『兄や両親のことは、周囲の人達には有名だったし、当然、大人を通じてわたしと同年代の子供にも伝わっていたの』


あの不良の妹。あの喧嘩ばかりしている夫婦の娘。

そういった先入観のせいで、いつも腫れ物でも触るかのように扱われてきた。

暴力を振るわれることもあった。兄のことがあってか、それほど激しくはなかったけれど。


ξ゜⊿゜)ξ『周囲から冷たい目で見られて、理不尽な目に何度もあって、なんでわたしがこんな目に合わないとならないんだろう、って思ってた』


思い出すだけで、悔しさが込み上げてくる。

地元に住む人達は、いまもわたしの家族をよく思っていない。

両親は、今度はわたしの教育の責任を押し付けあっているし、兄は刑務所暮らしだ。

内藤と違って、わたしが詩を書き始めたきっかけは、過去の出来事ではないのだ。


『そんな気持ちがいよいよ爆発しそうなとき、たまたま新品のノートが目に入って……書き殴ったの。思い浮かんだ気持ちを、かたっぱしから』


誤字も文字の汚さも気にせず、一心不乱に書いていたことを思い出す。

芯がなくなったシャーペンを放り投げたり、少し破れたページを根元から引きちぎったりもした。

家具を壊したり、家族に暴力をふるうのと、大差はなかったと思う。

対象がノートで、方法が感情をありのままぶつけるというものだっただけだ。


『気が済むまでやったあと、少しだけ楽になった。少しだけ救われたような気がした』


『だからわたしは、いまも詩を書いているの。わたしがなんで、って思ったことをぶつけて、答えを見つけて、吐き出すために』


そこまで言い切ってから、わたしは息苦しさを覚えて何度も深呼吸をした。

思い返して、自分が息をするのを忘れて、一気に最後まで話していたことに気付く。


内藤は、わたしが話し終わってからも無言だった。

むやみに口を開けば、すべてが瓦解する。

そんな、さっきまでのわたしと同じことを考えているのかもしれない。


『内藤。ひとつ、聞きたいことがあるの』


わたしは話を続けた。

内藤と自分を比べて、どうしても分からない、聞きたいことがあった。


『内藤はどうして、いまも、詩を書いているの?』


内藤はとっくに救われているのだ。

吐き出したい感情なんて、どこにもないのだ。

なのに、内藤はいまも詩を書き続けている。

そこにどんな目的があるのか、わたしには想像もつかなかった。


『……詩を書き始めてから、いくつか賞をもらったりもした。それでいじめていた相手も僕を見直して、いじめられることはなくなった』


『友達も増えた。父さんも母さんも自分のことのように喜んでくれた。嬉しかった』


内藤は、自身の話の続きを語り始める。

結果が出ると、周囲の態度が変わる。わたしも体験したよくある話だ。

違うのは、内藤の周囲の人間は、結果を生み出した内藤自身を見てくれたということ。

結果だけを見る人間しかいなかったわたしとの、決定的な差だ。


『周りが褒めてくれることに気を良くして、ずっと書いてきたけど……正直、分からない』


『ただの惰性ではない、と思う。かといって、明確な目的があるわけでもない』


『……ごめん。こんなことしか、言えなくて』


内藤がうつむき、表情が完全に見えなくなる。

弱まり始めた夕日が目元に影を落としていた。


しばらくの間、沈黙が場を支配する。


『ほんとにこんなこと、ね。分からないままで悶々とするわ』


『……ごめん』


『だから、さっさと見つけて、教えてよね。いまも詩を書いている理由』


『……うんっ』


内藤は顔を上げると、大きく頷いた。

返事は静かだったけれど、確かな決意と力強さが感じられた。


『そろそろ帰らないと。だいぶ暗くなってきたし』


内藤に言われて窓の外を見やる。

さっきまで淡い橙色が広がっていた空は、すでに藍色が大部分を占めていた。

連なった住宅の向こう側から、わずかに太陽が顔をのぞかせている。


『……そうね』


自分の席に戻っていく内藤の背中に語りかけ、机の上のものを鞄にしまっていく。

隣の席からも、机や椅子が動く音が聞こえる。ずいぶん荒っぽい帰り支度だと思った。


『じゃあ、帰ろう』


支度を終えて顔を上げると、内藤はとっくに準備を終えて、律儀にわたしを待っていた。

内藤がわたしを見てから、教室の出口に向かう。わたしはその少し後ろをついていく。


『……内藤』


ふと思い立ったことがあって、内藤を呼ぶ。


『うん?』


内藤は歩きながら、顔だけ振り向いた。

すぐに言ってしまおうと用意しておいた長い言葉が、喉元で詰まる。

動揺したせいか、やけに顔が熱くなるのを感じた。


『……ありがとう』


『……こちらこそ』


考えていたことのほんの一部分しか言えなかった言葉に、内藤は笑ってそう返した。


~~~~~~


首に張りを覚えて、わたしは手帳を読むのを中断した。

天を仰ぐと、首のうしろの骨が軽く鳴った。

そのまま煙突のほうを見てみる。

かつて内藤だった煙は、灰色から白に色を変えていた。


互いの詩を書くきっかけを語り合ってから、内藤がこの世を去るまで、ひと月もなかった。

だから、内藤が何を思っていまも詩を書いていたのか。

それを知ることは、結局できなかったのだ。


再び手帳に視線を落とす。

簡素な日記は、まだ続いていた。

1ページに一日分。どれだけ空白が余っていても、日記はその形態を守っていた。


そして、内容はどれも、自分が詩を書く理由についてだった。


~~~~~~


4月☆☆日


そもそも、僕はなんで詩を書き始めたのか。

あのときの僕は、何を望んでいたのか。

まずはそこから考えることにしよう。

早く見つけて、津出さんに教えてあげたいし。


~~~~~~


4月★★日


きっとあのときの僕は、僕を認めてほしかったんだろう。

現実から逃げていても、心のどこかでは繋がっていたかった。

思いを現実にぶつけたかった。そのための手段が、たまたま詩だった。

結局、大元は津出さんと同じ。そういうことなんだと思う。


じゃあ僕はいま、誰に認められたくて詩を書いているんだろう。


~~~~~~


4月◇◇日


津出さん?


~~~~~~


4月◆◆日


だとしたら、なんで僕は津出さんに認めてほしいんだろう。


~~~~~~


5月▼▼日


言えるわけがない。




津出さんが好きだから。津出さんに認めてほしいから、なんて。

そんなこと、言えるわけがない。


~~~~~~




急に雨が降ってきて、手帳を濡らした。




そう思ったのは、最初だけだった。






『……っう、ぅ』


いつの間にか、わたしは声もなく泣いていた。

気付くのに少し時間がかかるくらい、自然に。

視界が滲み、瞬きをすると鮮明になる。そのたび、手帳に染みが増えていく。


自覚をした途端、鼻の奥がつんと痛み、涙がさらに溢れてきた。

嗚咽が止まらず、何度も鼻をすする。

しまいには声をあげて泣き出してしまう。口を手でふさいでも耐え切れない。


悲しくて、悲しくて仕方がなかった。

大きすぎる喪失感が、内藤のいた場所に空いた穴から押し寄せてきていた。


なぜだろう。

なぜ、わたしはこんなに泣いているのだろう。


いつものように、見つけるために、吐き出すために、思考を巡らせる。

考える効率も、速さも、自分の頭だと思えないくらいひどいものだった。


ただ、悲しみのせいか。あるいは、おかげか。

普段なら考えもしないようなところまで、思考が及んでいた。


そして、ひとつの結論にたどり着いた。

それは、いつか出した、半分だけ正解だった答えの、もう半分。

親しみに似ているから、と勝手に分類した気持ちの正体。


わたしは、内藤が、嫌いなのだ。




わたしの引いた境界を、勝手に超えて入ってくる。


すぐに自分が悪いと謝って、必要以上に落ち込む。


頼んでもいないのに、いつもそばにいる。


友達よりも、わたしのことを優先する。


一生懸命、わたしを受け止めようと頑張る。


好きだと勝手に言って、勝手にいなくなる。


こんなに泣いているのに、そばに来ない。


そんな内藤が、わたしは嫌いで。


そして、それ以上に大好きなのだ。


わたしは、子供のように泣き続けた。

まぶたは固く閉ざされてしまって、開くことができなかった。

開くことができても、立ちのぼる煙を見れば、また閉じてしまうのは明らかだった。


なぜ、内藤はあんなにわたしに入れ込んでいたのか。

なぜ、わたしは落ち込む内藤に挨拶してやろうなんて思ったのか。

なぜ、わたしは内藤に友達と遊ぶことを提案しなかったのか。

なぜ、わたしはわざわざふたりの関係を弁解しようとしたのか。


そして、なぜ、わたしは友達ということをためらったのか。


わたしはようやく気付いた。

すべての内藤への疑問は、好きだから、という一言で答えが出せたことに。

その事実がまた悲しくて、わたしはさらに声を上げて泣いた。


『泣かないで』


自分の泣き声に混じって、そんな内藤の声が聞こえた気がした。


うるさい。

内藤のことなんて、嫌いだ。


聞こえてきた幻聴に、心の内でそう言い返して、わたしは手帳に顔をうずめた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 日記と回想というそれぞれの立場から同じ時間を思い返している書き方に二人の性格が表れていて良かったと思いました。 彼への恋心は津出さん自身が気づかないうちに浸透していて、少しではありますが考…
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