帰還
その男は暗がりで机の上で指を組んでなにやら考えごとをしているようだった。
刈り上げた頭をしていて、髪の色は黒。地毛のようだ。
少しやせ気味だが、筋肉質な体格をしている。パイロットスーツの袖をまくっていて、筋肉質な二の腕が見えている。
その男は私を見るなり、口笛をふいた。なに、珍しくはない。私の容姿を評価したのだろう。
「I did'nt khow pretty woman in Roosian Army.」(ロシア軍にいい女が居るとは知らなかった。)
軽い口調だ。見かけ通りというわけだ。
「Sure does.」(あら、そう。)
私がそう言うなり男は目を見張った。喜んでいるようにも見えた。英語が話せる人間、それも女なのだ。嬉しいはずだ。
「あんたみたいな美人が、俺に何の用だい。まあ、用件は決まっていると思うが。」
「お察しの通りよ。あなたを保護しろとアメリカから要望があったわ。」
「俺は上からあんたを保護するために海兵隊が派遣されたと聞いたぜ。お互い、待遇には困ってないな。」
言い終わると男はしばらく笑った。そして、タバコの箱を取り出した。
「タバコ、吸ってもいいかい?」
私は後ろに控えている衛兵に目配せした。衛兵はうなずいた。
「お構いなく。どうぞ。」
「サンキュー。」
男は、タバコに火を付けてゆっくりと吸い込んだ。すると衛兵が灰皿を持ってきた。
「ありがとう。」
私は彼に代わってロシア語でお礼を言った。衛兵は黙って所定の位置に戻った。
「マイケル・デッカー、階級は大尉。間違いないわね?」
デッカー大尉はゆっくりとうなずいた。
「念のため、認識表を見せてもらえるかしら?ドックタグと言ったほうがいいかしらね。」
デッカーはしばらく考えたのち、
「うーん。俺の命の次に大切な物を渡すのは抵抗があるが、あんたにだったら貸してやるよ。自分のルックスに感謝してくれ。」
「お世辞として受け取ってくわ。」
私は認識表を読む。
「マイケル・デッカー、大尉。血液型はO型。予想通りね。」
「分かりやすくていいだろ?」
「誉めてないわよ。出身はミズーリ。所属基地は・・・。
オキナワのカデナ?どこなの?これ。」
「ジャパンの南端にある島だよ。君たちの母国の近くさ。」
「ああ、サムライの国ね。太平洋をわたって来たのね。」
「そうなんだ。実は君たちとほとんど同じルートを通ったんだよ俺たち嘉手納編隊は。日にちはかなりずれてたけどな。」
取調室に笑い声がこだまする。次の瞬間、彼の目が急に真剣になった。
「なあ、ひとつきいてもいいかい?」
「どうぞ。」
「ギャズたちをやったのは・・・あんたなのか?」
「そうよ。」
私はあっさり答えた隠し立てする必要はないと思ったからだ。その代わりに私にも聞かなければいけないことがある。
「スポフスキー、あの日あなたたちの領空内を飛んでいた私の部下の名よ。彼らを落としたのは、あなたたちね?」
「イエス、だ。おたがい、任務を果たした。それだけで良いじゃないか。なにもいがみ合うことはない。戦争なんだ。仕方ないさ・・・。」
言い終えると、彼はゆっくりとタバコを吸い込んだ。その眼は、机の下に向けられていて、何かを憂いているように思えた。
「ドッグタグ、返すわ。どうもありがとう。」
デッカーがドッグタグをシャツの下にしまうと、取調室のドアが開いた。
兵士が一人来て、私に耳打ちする。
「少佐、海兵隊の迎えが来ています。」
それだけ伝えると、兵士は敬礼して去って行った。
「どうやら、迎えが来たようだな。」
デッカーはタバコを灰皿でもみ消すと、イスから立ち上がった。
その後、私は数人のロシア兵とともにデッカーをアメリカ側から指定されたポイントに連行した。しばらくすると、轟音とともに大型ヘリが着地して、重武装の兵士が降りてきた。
デッカーのそばに到着すると、部隊長らしき黒人が手を差し出してきた。
私は、その大きな手を取る。力強く握り返してきた。
「大尉を保護してくれて感謝する。この周辺のゲリラ掃討には、我々も参加する用意がある。そのときはよろしく頼む。」
それだけ言うと、大声で「撤収!」と叫んだ。デッカーは去り際にこう言った。
「じゃあな。美人さん。名前聞くの忘れたけど、終戦協定の時に展示飛行があると思うから、そのときに聞くよ。」
「ええ。そうね。またあいましょう。デッカー大尉。」
「マイケルだ。俺の名は。」
そういうと彼はウインクしてヘリに向かって歩きだした。
小さくなっていくヘリを眺めて、私は、
「さよなら、マイケル。」
微笑みながらつぶやいていた・・・。