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敵軍エース

方位080。太平洋に浮かぶロシアの空母では、偵察機三機が撃墜されたことで騒然としていた。

 特に、離発着を見守る管制官の動揺は大きかった。彼は、また空母の甲板にスペースが増えたことを非常に残念に思った。

 一方、空母の指令、ジュコビッチ艦長は、三機を撃墜されたことで激怒していた。

「なんで発見されるようなミスをしたんだ!?低空でレーダーをかいくぐる手はずじゃなかったのか!?」

これに答えるのは副官のエスフキー中佐で、甲板に大事な用件で出ている。連絡は甲板の電話で行っている。無線は艦載機の射出管制の電波を妨害するおそれがあるため、有線の電話が使われる。

「いえ、進路上に山脈があったのです。迂回すると燃料が持たないため、やむおえず上昇したとのことです。」

これをきいた艦長は、少なからず冷静になった。

「なるほど。そこで巡回中の敵機に見つかってしまったのか。中佐?」

「何でしょう?」

「彼女は到着したかね?」

「はい。今、そちらに向かっています。」

「彼女には直接伝えるが、スクランブルで発進できるよう彼女の機体を整備するんだ。」

「ご冗談を!たった今、到着したばかりだというのに。」

「彼女の父親は偉大な軍人だった。彼女もまた、そうありたいと願っている。どんなに疲れきった体でも、命令を遂行するのが軍人だ。スクランブルの準備に取りかかりたまえ。」

「はい。いますぐ取りかかります。」

艦長が受話器を置くと、ドアがノックされた。

「失礼します。」

女性としては低めだが、よく澄んだ声だ。

「入りたまえ。」

ドアを開けたのはパイロットスーツを着てヘルメットを抱えた若い女性だ。典型的なバレリーナ体型をしていて、長い金髪をポニーテールにしている。目鼻立ちの整った美人だが、目つきが鋭く軍人そのものだ。

彼女は敬礼しながら報告する。

「ただいま参りました。イオリア・ステファノビッチであります。」

「よくきたね、少佐。すまないが、すぐに仕事にかかってもらいたい。」

「私が上空にいた間になにかあったのですね?」敬礼の手を下ろしながらイオリアは聞いた。

「実は、我が空母の艦載機が三機、米軍機に撃墜された。

そこで、君にいますぐ撃墜した米軍機を追撃してもらいたい。」

「ご命令とあらば。」イオリアは答える。

それを聞いた艦長は、壁に掛かったロシア国旗を見つめながら言う。

「極秘事項だが、君には話しておこう。君は、本国でもプロパガンダに使われているほどのエースパイロットだからね。」

「身に余るお言葉です。職務を果たしたまでです。」

「イオリア、実は、軍上層部で水面下にアメリカとの戦争を終結させる動きがある。先の冷戦のように、だ。そこで、君に重要な責任がかかっている。」

「責任?」イオリアは戸惑った。かつて、父親も責任を負い、戦死したからだ。

「そうだ。戦争を終結させるには、両国が共通の痛手を負っていることが重要になる。冷戦では、莫大な軍事費用と国内の疲弊・・・。そして、今回が、君がこれから追撃する四機の米軍機だ。」

「そのような大きなものと比較されるということはただの米軍機ではない、ということですね?」

「そうなのだ。わが艦載機を撃墜した際の進路や時間を検討したところ、どうやらトップガンと呼ばれるエースパイロット集団であるらしいということがわかってきた。知っている通り、エースパイロットの育成には金と時間がかかり、さらには何割かの才能が必要だ。しかも、エースパイロットは優先的に交戦空域に送られる。ということは、消耗も激しい。少佐、君のような天才をのぞいては。」

艦長はイオリアをまっすぐ見つめた。眼孔には力がこもっている。

「必ず米軍機を撃墜し、この戦争の終結を早めてほしい。失敗は許されない。なぜなら、君以外に頼める人材が居ないからだ。」

「必ずや、命令を遂行します。」少佐は再び敬礼した。

艦長も、返礼をした。

 一方、甲板では機体の整備が急ピッチで行われていた。

クルーたちの怒号が飛び交う。

「ミサイルの装着急げ!セミアクティブ式と通常の熱源追尾型の二種類をフルにだ。」

「焦って弾頭を刺激するなよ!この艦ごと吹き飛ぶぞ!」

クルーの一人が副官の元へと走ってきた。

「報告します。燃料と増槽の補給、終わりました!」

「ご苦労。質問なんだが、彼女の機体はいわゆるチューンアップが施されているそうだね?」

「はい。まず、エアインテークや主翼、カナード、尾翼など、先端が鋭く細い場所はすべて職人の手によって強度を失わないぎりぎりの薄さになるまで研磨してあります。それによって、速度やヨー、ロールの挙動が数パーセント向上してます。あと、電子機器のトラブルや情報伝達の速度を上げるため、配線はすべて効率のよい素材に変えられています。しかし、新たな部品や行程は加えられていないため、我々クルーの苦労も非常に少ないです。一つ難点があるとすれば、機銃の弾薬が強力なものに交換されているため、銃身や、機首周りの整備が大変だっていうことぐらいですかね。弾薬の経費がいくらかかっているのかは知りませんが、コストの心配は要らないと思いますよ。」

「いや、コストの心配をして尋ねた訳じゃない。それに、彼女はコスト以上、いや何倍もの働きをしてくれる。」

そのとき、クルーの一人が言った。

「副官!離陸準備、完了いたしました!」

「最終確認は?」

「終わりました!問題ありません。」

「よし。彼女を呼ぶ。」

副官は受話器をとり、管制官に準備が完了したことを伝えた。

管制官は、艦内全域に伝わるスピーカー放送のスイッチを押して報告する。

「各員、発進準備。射出要員以外は、総員退避せよ。」

甲板で、副官を含む数人が艦内に入った。

 イオリアは副官やメンテナンスクルーに敬礼しながら甲板に出る。

 彼女の機体はsu-33で、カラーリングはそのままだが、コックピットの下にはおびただしい数のキルマークが書き込んである。彼女にマークを書き込む趣味はなかったが、黙っているとメンテナンスクルーが勝手に書き込んでしまっている。

彼女は機体のそばにいる整備長の元にたどり着いた。

「機体の調子は?」

「長時間飛行した後で、部品にガタが来てないか心配だが問題はなさそうだ。燃料も満タンで、機銃の弾薬もいつもの強力な奴に交換してある。銃身も新品だ。問題は見あたらないよ。」

「ありがとう。」

そういうと、彼女は微笑みながら整備長に敬礼した。

彼女はコックピットに乗り込み、搭乗用のハシゴが取り外されたのを確認してからキャノピーを閉じた。

ヘルメットをしてマスクを固定し、バイザーを閉じた。

「管制室より白鳥へ。」

「こちら白鳥。どうぞ。」

「離陸を許可する。」

「了解。これより離陸します。」

 車輪がカタパルトに固定され、エンジンからの排気を受け止めるための装甲板が甲板からせり上がる。

「白鳥へ。射出準備完了。エンジン出力を最大にせよ。」

「了解。出力最大。」

 ブレーキを解除してアクセルを全開にする。車輪は固定されているため機体は動かないが、装甲板には激しいジェット噴射がかかっている。

「白鳥へ、射出まで、5,4,3,2,1,リフトオフ!」

車輪を固定しているカタパルトが打ち出され、機体は激しく前進する。彼女の体はコックピットに打ちつけられるが、マスクの下の表情は変わらない。

 甲板の先端まで一秒もかからず到達し、彼女はタイミングよく操縦桿を押し下げた。すると機体は大空へと飛び立った。

「管制室へ、こちら白鳥。計器正常。これより追撃を開始します。」

「こちら管制室、了解。高度6000まで上昇ののち、全速力で追撃せよ。」

 白鳥という優雅な名前からはほど遠い速度で彼女は米軍機に向かって進み出した。

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