3つの言葉「キュウリだけが知っている」@卯堂
「……本気ですか」
ピンクで統一された謁見の間に、げんなりとした自分の声が響く。
「むろん本気だ。 地上への侵攻は、我ら冥府の王族の悲願! たとえ異世界からもたらされた怪しい術であろうとも、我らの役に立つというならば何でも使ってみせようぞ!!」
答えたのは、まだ少女と呼んでも差し支えない女の声。
普段なら涼やかとさえ思える美声なのだが、今はややヒステリックな響きを帯びてキンキンと耳障りなのが残念だ。
チラリと上目遣いに声の主を見上げれば、一人の少女が玉座に座ってふんぞり返っている。
身に纏う豪奢なドレスの色は、引き裂かれた人肉を示すピンク。
そのドレスを縁取るレースは、死の象徴である黒。
癖の無い黒髪はただ流れるままになびかせ、その髪を飾る銀のティアラさえかすむような美貌には、傲慢な微笑が罪深いほどよく似合っていた。
そう、彼女こそはこの僕の主にして、冥府の女王たるアマリエル・アマラポックリ13世。
――2年前に崩御された先代女王から冥府を託された、偉大な魔女にして黄泉の女神である。
もっとも、その内情はと言えば……黙っていればそれなりに様になっているのだが、女王らしい傲慢な口調が未だに板につかず、時折子供が背伸びをしているような無理が垣間見える。
「そこがいい!」と冥府の廷臣の間でもひそかにポイント高いのだが、同時に理不尽な我侭を言い出す癖があり、廷臣の誰もが一度ならず彼女の発言によって被害を受けていた。
はたから見ていればこれほど面白いことも無いのだが、その当事者となると話は違う。
という訳で、僕は現在こいつの我侭をなんとか押し留めようと必死になっているわけだ。
「いえ、陛下のおっしゃりたい事はわかりますが、いくら何でもアレを使って地上に攻め入るのは、兵の士気に関わるのではないかと……」
今回の我侭の原因は、異世界から召喚されたと言う一人の青年の魂が、キュウリと呼ばれる植物から作り出された馬に乗って地上に里帰りをした事に起因する。
それは、我々にとって思わず自分の頬をつねりたくなるような出来事だった。
なぜなら、5000年前の神々との戦争で敗れた我々冥府の住人は、他の神々によって施された結界閉じ込められてしまい、それ以来この暗い世界から逃れようと飽くなき挑戦を続けてきたものの、一度たりとも成功したことはなかったからだ。
学究の徒たるこの僕も、実際に話を聞いたときには自分の頬をつねって夢ではないかと疑ったくらいなのだから、一般の廷臣たちの驚きようときたら、そのままうっかり魂が砕けて存在が消滅するのではないかと思うぐらい激しかった。
故に、本来なら緘口令を敷くべきこの出来事は驚愕を持って臣民に広く知れ渡り、さらには女王の知るところとなった次第である。
ちなみにもっとも反応が激しかったのは軍部の連中だ。
いますぐこの乗り物を軍に導入し、地上へ攻め入ろうと鼻息荒くも玉座に押しかけたらしいのだが、当の乗り物を見た瞬間、彼らは物言わぬ埴輪の群れとなったと言う。
……理由は明白。
このキュウリの馬というもの、格好がひどくユーモラスと言うか、なんと言うか、その、かっこよくないのだ。
目も鼻も口も無く、細長い体は微妙にくびれて卑猥なシルエットを作り出し、その脚にいたってはまっすぐな木の棒が突き出ているのみである。
いくらなんでも、これに乗って勇ましく進撃……はどう考えても無理だ。
聞いた話だと、軍を預かる将軍はその場で女王に土下座をして侵略の要望を取り下げたとか。
それにしても謎の多い乗り物である。
いったいどうやって前に進むのかと首をかしげる代物なのだが、どういうわけか本来ならば、死んだばかりの魂と転生をする魂以外は決して乗り越えることの出来ない障壁をアッサリとすり抜け、光輝く世界へと飛び去ってしまったらしい。
現場にいた死神の一人が、ショックのあまり未だに寝込んでいるのも仕方の無い話だ。
冥府の魔導研究機関に所属する自分の見解を述べるならば、おそらく想定外の術式に触れた事で神々の術式が一時的に崩れたのではないかといったところだが、全くもって自信は無い。
もっとも……その仮説が正しいとしても、直後に地上へ向かおうとした死神がアッサリ弾かれたところを見ると、術の崩壊は一時的なものであり、すぐに自己修復機能が働いて元に戻ってしまうようだ。
ちなみに、数日後に同じくキュウリの馬に乗って帰ってきた異世界人の魂に問い合わせたところ、これは彼の故郷の『ウラボンエー』と言う儀式に使用される術式で、馬に見立てたキュウリの人形に乗って冥府と地上を移動するものらしい。
なんでも、彼がこの世界に召喚された時に偶然持っていたキュウリの種を栽培し、毎年夏になったらこの魔術人形を作ってくれるように遺言を残しておいたのだそうだ。
そこで口を出してきたのが、我らが女王。
つまり……やってきたキュウリの馬を奪い取れば、毎年一人は地上に冥府の民を送り込むことが出来る。
いや、地上に送り込んだ冥府の尖兵が同じものを地上で大量に生産すれば、冥府の軍勢をこの地上に差し向けることすら可能なのだ――その結論が出た瞬間、女王は有無を言わせぬ口調で将軍の願いを退けた。
だが、考えても見て欲しい。
大量のキュウリの馬にまたがり攻め入る冥府の軍団を。
……すげー格好悪い。
知り合いの騎士たちからからなんとかしてくれと懇願の視線を向けられた。
たぶん、この女王に意見できるのは僕をおいて他にはいないだろうし、むろん僕もそんな愉快な軍団は……すまん、ちょっとだけ見たいかも。
……というわけで、台詞は冒頭に戻る。
「いくらなんでも、これを冥府の騎獣とするのは問題ありかと」
「貴様、たかが廷臣の分際でこの私に意見する気か?」
むろん相手はまるで聞き耳を持たない。
顔を真っ赤にし、白骨で出来た錫杖を僕の鼻面に突きつけると、敵を見るような目で睨みつける。
「では、ただの廷臣ではなく、幼馴染からの忠告としてお聞きくださいませ」
そう、幸か不幸か、この我侭女王と僕は幼馴染の関係だ。
おかげでいままでどれだけ苦労をしたことか。
「黙れ、クロム。 何が幼馴染だ、この悪ガキの成れの果て! 悪知恵と上背ばかり育ちおってからに、この冥界モヤシが!」
その言葉に、僕は思わず自分の肩を抱きしめる。
研究職についている僕は、多忙ゆえに普段から体を鍛える余裕も無く、そのわりに身長だけはぐんぐん伸びてしまったわけで……鏡を見るたびに映る頼りない姿に、我ながら日々溜息をつかざるを得ない。
そんな僕に女王がつけた仇名が『冥界モヤシ』だ。
なるほど、うまくつけたものだとは思うが、それゆえに腹が立つ。
えぇい、モヤシを馬鹿にするな!! 栄養豊富で日陰でも芽吹く力強い作物なんだぞ!?
「おのれ言ってはならん事を!? いや、むしろ育っただけマシだ! 少なくともお前の育たない胸よりはな!!」
売り言葉に買い言葉。 禁句には禁句で返すのが礼儀というものだろう。
容姿に関しては完璧に近いアマリエルだが、唯一気にしているのが『胸』のサイズだ。
個人的には品の無い巨乳よりはずっといいと思……あー、いや、忘れてくれ。
とにかく、アマリエルを攻撃するならまず胸なのだ。
案の定、アマリエルは顔を真っ赤にして手にした杖を振り回しなが激昂する。
……落ち着け女王。 はしたないぞ。
「きぃぃぃぃっ! 殺す! 殺してお前の畑に埋めて、来年はお前の血肉を吸った葡萄でワインを作ってくれる!!」
「やれるものならやってみろ! 僕の育てた葡萄は気性が荒いぞ! お前なんざ、近づいただけで締め殺されること受けあいだ!!」
光の乏しい冥府に育つ植物は、その大半が高い戦闘力を持つ食人植物だ。
ちなみにその凶暴な作物を調教し、冥府の各ご家庭に食料を提供するのが、園芸長官たるこの僕の仕事である。
「とっとと冥府から出て行け、クロムウェル! この冥界モヤシ!!」
「あぁ、言われなくてもそうするさ! この我侭女!! お前の思いつきに振り回されるのはうんざりだ!! ……あれ?」
言ってしまってから気づくが、これって向こうにとって都合よすぎやしないか?
「という訳で、クロム……もといクロムウェル園芸長官には、地上にて我らの地上進出への足がかりとなる植物"キュウリ"の育成をしていただく事になった」
「「おぉぉぉ!」」
アマリエルの言葉に、周囲の廷臣たちが大きくどよめく。
しまったぁぁぁぁっ!!
……と心の奥で叫んだところで仕方があるまい。
場の流れから言って、何か反論しようにもアマリエルが全て意見を封じるのは見えている。
こうなったからには覚悟を決めて地上に行くしかないか。 ふぅ。
別に地上に行くのが嫌いなわけでもないし、むしろ光と緑溢れる世界には興味がある。
だが、僕には冥府にどうしてもとどまりたい理由があった。
✝+++++++++++++++++++++✝
謁見の間を後にした僕は、自らの研究室に戻るなり愛する存在を抱きしめる。
あぁ、愛しいカレン、可憐なリリアナ、我が心の安らぎジョセフィーヌ! 僕の大事な『鉢植え』たちよ! なぜ君たちを残して僕は行かなければならないのだ!?
え? 何か不穏な単語が混じっているって?
男なら、誰しも心の底から愛する植物があるだろう。
なに? 理解できない? それは残念だ。
蔓や葉っぱの抱擁を受けながら、僕は愛する鉢植えたちの管理方法について綿密なマニュアルを作成し始めた。
後に残る部下に、鉢植えたちの世話を任せるためだ。
こら、ジョセフィーヌ。 仕事の邪魔をしちゃダメだろ? イモリの黒焼きをあげるから、向こうでみんなで仲良く食べていなさい。
シュルシュルと音を立てて、女性の腕ほどの太さの葡萄の蔓がオヤツの入った袋を絡めとり、背後の植物園へと消えてゆく。
次の瞬間、ギュオォォォォォォォォと複数の雄たけびを上げて何かが暴れる音が響いた。
きっとカレンたちとオヤツを取り合っているのだろう。 ……あぁ、なんて可愛い奴らだ。 あんまり喧嘩するなよ? 心配だなぁ……
まぁ、僕がいない間に葉っぱ一枚でも損ねたならば、部下全員とその血縁者をそろって肥料にするのがわかっているから、やつらも一切野手抜きはしないだろうけど。
慈悲? 情け? 植物にならともかく、人によこすようなものがこの僕にあるわけ無いだろう?
常識で考えたまえ!
さてと。
鉢植えの世話に必要なデータをメモリークリスタルに記録し、それをライターゴーレムにセッティングしだ僕は、厳重な保管庫から小さな袋を取り出した。
中に入っているのは、米粒より大きいぐらいの植物の種。
地上より異世界人の魂を載せて冥府に帰還し、ふたたび地上に戻ろうとしたキュウリの馬を惨殺する事で手に入れた貴重な代物である。
今から僕は、この種に魔法をかけて実をむすばなくてはならないのだが、元々が地上の植物であるからして、冥府にある限り実を結ぶことは出来ても種を宿すことはできまい。
そんなことを考えながら、素焼きの鉢の底に、網と小石を詰め……そしてちょっとしたアクセントとして馬の頭蓋骨をその上に乗せた。
さらに水はけや栄養分を計算し、念入りにブレンドした土を上からかぶせ、小さな種を一つ埋め込むと、儀式の準備はほぼ完了である。
「我らが冥府に栄えあれ。 暗き世界の神々よ、御身の上に誉れあり、その双手には命と死の果実が宿る。 偉大なる生命の王の横顔、秘された領域の狭間より見守りし月ならざる太陽の対とその象徴、その梢の上に座します死の神々の御名において、また、地上に新たなる命を産み落とす死の神々の母性において……」
長い詠唱とともに鉢植えの表面に円と十字を記し、生命と豊穣の印である牛乳を線に沿って流し込むと、鉢植えを中心に不可視の力が徐々に溜まり始めた。
「……目覚めよ、そして見よ、麦穂の黄金、草木の緑、大地の色をその身に纏い、剣持てる御使いは来たれり。 そして世界を形作りし大樹の右手の指が、慈悲と栄光をもって汝に触れるであろう。 生まれ無き者、形なき者は、今こそ汝の内に星となりて宿れり。 我が意思において命ず……かくあれし!」
詠唱の終わりと共に土の上に軽く接吻をする。
その瞬間、流れ落ちる滝のごとく莫大な魔力が鉢植えに押し寄せ、その全てが吸収されていった。
あとは、ただ待つのみである。
「さて、うまくいったかな?」
全ての作業をなし終え、額に浮かんだ汗をぬぐった瞬間……
パンっ!
何かがはじけるような音と共に鉢植えが爆発し、濛々たる土煙を突き破るようにして緑の蔓が溢れ、僕の部屋中を乱舞する。
「お、おぉぉおっ!?」
その鉄槌のごとき緑の鞭が僕の体を打ち据えようとしたとき、
バキン、ガキキン!
突如目の前を龍の鱗のようなものが覆いつくし、緑の猛威の前に立ちはだかった。
「助かったよ、リリアナ」
僕の命を守ったのは、僕の可愛い剛槍百合の表皮だった。
まるでタケノコのような姿をしたこの植物は、本来ならば地雷のように地中に潜み、その鉄よりも硬い槍状の表皮で一突きする事で獲物をしとめ、その血肉を養分として真っ赤な花を咲かせる。
だが、調教をすれば即座に主の身を守るシェルターにもなれる優秀な軍用植物だ。
「カレン、ジョセフィーヌ。 もういいよ。 離してあげなさい」
リリアナの表皮から外に出ると、見慣れない蔓植物が葡萄と薔薇の蔓に縛られてもがいているところだった。
「大丈夫、怖くないから」
懐から針を取り出すと、僕は迷わずそれを左手の指先に突き刺し、次に右手の指にも突きたてる。
そして左右の指から流れる血を混ぜ合わせ、生まれたばかりの蔓植物に押し当てた。
――根はこの部分だな。
「我は"尊厳"をもて汝を戒め、"慈悲"をもって守り導かん。 受け入れよ。 我は汝が親なり」
植物の欠点として、与えられた液体は全て吸い取ってしまう性質がある。
その性質を利用して、魔力を込めた血を強制的に飲ませて自らを主と認識させるのが僕たち冥府の庭師の常套手段だ。
ここにいる植物たち全てが、そうやって生まれた僕の可愛い子供たちである。
「さて、君にも名前をつけてあげなきゃね」
む、ジョセフィーヌの"酩酊"の魔力に当てられたかな?
すっかり大人しくなったというか、ぐったりとした蔓植物を優しく撫でると、僕はこの生まれたばかりの生き物に名前を与える事にした。
「うーん。 なんと言うか、君は男の子って感じだよな。 冥府に生まれた最初のキュウリとして勇ましい英雄の名前をつけてあげよう」
アーサーは周りの奴らに出番や人気をもっていかれそうだし、アキレウスは最後に弱点を突かれて殺されそうだし……英雄ってけっこうロクな死に方しないんだよな。
「そうだ、ハーキュリーがいい!」
それは神から12の難題を与えられた英雄の名前だった。
彼の最後は妻に裏切られて毒殺だった気もするが、そのあと神々の一人として迎え入れられたって結末だったはずだし、これなら救いがあっていい感じだよね!
だが、僕が名前をつけた瞬間、不意にハーキュリーの体がビクンと跳ね上がる。
「ど、どうした、ハーキュリー?」
まさか、呪力を注ぎすぎて器が耐え切れなくなったか!?
焦る僕の言葉に反応するかのように何度も痙攣を繰り返すと、ハーキュリーは頭上に一輪の巨大な黄色い星型の花を咲かせた。
しかも次の瞬間、もう一輪の微妙に形の違う花が後ろから顔を出す。
「雄花と雌花か!」
形の異なる二つの花は、まるで人がキスをするようにムグムグとお互いに顔を寄せ合い受粉の作業を行っている。
もしかして、これってものすごくエロい場面ではないのだろうか?
そう思った瞬間、最初に咲いた花がシナっとしおれて地面に落ちた。
……果てたか。
さて、こうしてはいられない。
受粉が終わったということは、実をつける段階に入ったということだ。
何か栄養のあるものを持ってこなくては!
僕はハーキュリーのエサとなる生贄を求め、研究室を飛び出した。
✝+++++++++++++++++++++✝
「……いつまで待てば良い?」
扉が開くなり飛び出したのは、我らが女王アマリエルの苛々とした声だった。
「とりあえず、ハーキュリーが完全に成熟するまでかな?」
出来るだけ自然に答えたつもりだが、僕の頬を一筋の汗が流れ落ちる。
彼女の言わんとすることはただ一つ。
いつになったら地上に行くのかという話だ。
彼女の命令を受けてから、かれこれ1月が経過している。
そろそろいけるとは思うんだけどなぁ……
視線の先には、屋外で戯れる一本のキュウリの果実。
ただし、そのサイズは馬を超え、ドラゴンといっても過言ではないレベルだ。
先ほど測った全長は、ざっと7ポッコーン。
1ポッコーンは初代の冥府の女王の身長を基準に制定された単位だといわれているから、成人女性7人分ぐらいの大きさだ。
ちなみにまだ成長中である。
「いくらなんでも育ちすぎだとは思わぬか? かなり変異も進んでおるしな。 お主、こいつを発芽させるのにどれだけの魔力を使った?」
もはや見上げるほどに成長したハーキュリーを見据え、アマリエルはしみじみと呟く。
……言われて見ると、確かに変異が激しいな。
果実の先端の部分には真っ白な馬の頭蓋骨が浮き上がり、本物の口のように飲み食いが可能であるため、今は肥料も水もそっちの口から行っている。
長大な体は蛇のようにしなやかに動き回り、いつのまにか這う事で自力で移動すら可能になっていた。
最初の蔓の部分は果実の部分に全て吸収され、枯れ枝のようなものがわずかに尻尾の先に付いているのみ。
もはや発芽当初の姿はどこにも残っていない。
あまつさえ、首にあたる部分には長い棘が角のように立ち並び、パッと見ただけでは新種のドラゴンと言った方が納得できる。
はて、どこで間違ったのだろう?
ま、いいか。 パパとしては息子が逞しく育つのは嬉しいし。
このデザインなら、軍部の連中も喜んで騎獣にするだろう。
「んー発芽の時に呼び出した霊なら少し覚えているぞ。 せいぜい、"理解"の領域の精霊を4柱と、深遠の神霊と、あとは生命の王と現世の守護御使いを呼び出して祝福を与えたぐらいかな?」
他にもいくつか霊を呼んだ気がするけど、いまとなってはよく覚えていない。
なぜかリストを上げるたびにアマリエルが目を見開いたり口をまん丸にあけたりと忙しいのだが、何か変なことでもしただろうか?
お、カレンが獲物を見つけたかな?
合図代わりの甘い薔薇の香りを嗅ぎ取るなり、ハーキュリーとジョセフィーフが飛び出して行く。
スパァァァァァン!
その様子を満足げに見ていた僕の頭に、突然ハリセンが襲い掛かった。
「あ、アホかお主! そのどれか一つ呼び出すだけでも小さな国が滅ぼせるぞ! というか、なぜ一人でそれだけ上位の霊を呼び出せる? 一つ呼び出すだけでも宮廷術士7人がかりの儀式だぞ! アホなの? 馬鹿なの!?」
あぁ、たしかに言われてみればそうだったかも。
でも、そんなちっさいことは気にしてはいけない。
「そうだな、しいて言うならば愛の成せる業と言ったところか」
遠くでハーキュリーとジョセフィーヌが仲良くジャイアントバットの群れを仕留めて、他の姉妹たちと仲良く分け合っている姿を見て幸せの溜息をつく。
仲良きことは美しきかな。
「死ね! この植物偏愛主義者! その半分でもいいから私に愛を向けろ!!」
真っ赤な顔をしたアマリエルが、なぜか力任せに魔族の骨から作った杖を振り回す。
おーい、その杖、ダメージと同時に何か呪いが発動するんじゃなかったっけ? なんかヤバそうなオーラ放っているんですけど!!
さすがに全ては避けきれず、アマリエルの杖が僕の腕や脚を何度か掠める。
うわー えげつないな。
傷口に目をやれば、案の定、杖の当たった部分から芋虫のようなものが発生し、僕の皮膚を食い破って体の中にもぐりこもうとしていた。
「こら、殺す気か! ……あと、サラリと変なこと言わなかったか? 愛をよこせとか」
危ないからさっさと解呪しないと。
ま、この程度の呪いの強度がこの程度なら、まだ本気で怒っているわけじゃないだろうけど。
「しゅ、主君としての敬愛を持てという話だ! お前は私への敬意と言うものが足りんっ!!」
あ、そりゃすいませんねぇ。
なにぶんガキの頃からこんな感じで顔つき合わせているからいまさら敬えとか言ってもなぁ。
でもまぁ、確かにこいつの言葉も一理あるわな。
「あぁ、忠誠心を持てってことね。 てっきり愛の告白でもされたかと思って焦っちゃったよ」
僕がふとそんな台詞を吐いた瞬間、アマリエルから全ての表情が消えた。
……え?
や、ヤバイ! こいつ、マジでキレやがった! なぜだ!?
妖気溢れる冥府の庭園に、狂った女王の笑い声が響き渡る。
そして強制的に始まった幼馴染との愉快な鬼ごっこは、牙の生えた陰気な花々を散らし、毒を帯びた刃物の固まりような茂みを掻き分け、真紅の月が三度天頂を通り過ぎ、やがて仕事の催促をしにきた宰相が女王を当身でもって止めるまで続くのだった。
その後、僕が正座1週間という拷問のような刑罰を受けたのは、まったくもって納得がゆかない。
これが正当だと言うならば、きっとこの世の半分ぐらいは理不尽で出来ているのだと思う。
✝+++++++++++++++++++++✝
長年、幾多の魔術師を退けていた結界が蚊遣りの網のように切り裂かれてゆく。
砕けた見えざる力は突風のように吹き荒れ、僕の肩を頬をかすめて遥か後ろに消えていった。
「見ろ、ハーキュリー。 あれが地上の光だ」
墨を押し流したような闇の中、僕の指さす白い光がみるみるその姿を拡大する。
結局僕が地上についたのは、ハーキュリーが誕生してから二ヵ月後のことだった。
……あの理不尽なお仕置きで行動不能にさえならなければ、もっと早くたどり着けたものを。
まぁ、過ぎた事は仕方が無い。
やがて真っ白な光が全身を包み、冥府の闇の向こうにたどり着く。
そして……
気が付くと僕は見渡す限りの砂漠に立っていた。
「ここが……地上?」
初めて見る地上の風景は、赤茶けた岩だらけで何も無い場所だった。
絵画として残っていた緑成す森や草原はどこにもなく、ただ荒々しい岩と砂の支配する世界。
まぁ、予想しなかったわけではない。
ほんの100年ほど前のことではあるが、神への感謝を忘れた人間たちは、自らの技術におぼれ、多くの霊を従えようとして精霊たちの怒りを買ったのだという。
今では神々にも見捨てられ、ほんのわずかに残された森のほとりで細々と暮らしているのだとは、冥府にやってきた人の霊から聞いていた。
そう、はじめから判っていたはずなのだ。
地上がかつての楽園ではないということぐらい。
だが、 口をついて出たのは、思いもかけない台詞だった。
「ガッカリだよ、ハーキュリー。 まさか地上がこんな場所だったなんてね」
なぜだろう? はじめから期待なんてこれっぽっちもしていなかったはずなのに、どうしてこんな台詞が出てくるのだろう?
答えは実に簡単だ。
顔に手を当てて喉に引っかかるような声でクックッと笑い声が洩れる。
心のどこかで望んでいたのだ。
我々が心の底から憧れた世界が、緑溢れる美しい世界である事を。
冥府の植物たちと戯れていればそれで幸せだと思っていたこの僕でさえ。
たった100年でこの有様か。
精霊が見捨てたとはいえ、実にむごい光景だ。
そういえば、冥界で現在の地上の荒廃についてかたる人間たちは、口を揃えてこう言っていた。
『まさかこんな事になるとは思わなかったんだ。 きっとそのうち何とかできると思っていたのに』
なんと愚かな生き物だろうか? 現実と向き合うだけの気概も無く、ただ都合のよい幻想のみを信じた頭の悪い生き物。
滅びて当然だと思う。
いったいどれだけの時間を呆然とすごしていたのだろうか。
気が付くと周囲は真っ暗になっていた。
ただぼんやりと空を見上げて星を眺めていると、不意に藍色の視界に影が揺れる。
「やぁ、ハーキュリー。 君の親の実家はひどいところだな。 毎年キュウリの馬を送ってくるヤツがいるのだから、まだどこかに緑が残っているのかもしれないが、これではいつか途絶えてしまうだろうね」
それはそう遠い未来では無い。
精霊に見捨てられたこの世界には、もはや命はおろか霊すらもほとんどいないのだから。
全てが滅び去るのも時間の問題だろう。
まったくしゃれにならない話だ。
まさか地上が冥府よりも死に近い場所だったとはな。
僕たちは、それ以上会話もすることも無くただじっと星を眺めていた。
もうたくさんだ。
アマリエルに知らせを送ろう。
地上は冥府よりもひどいところだと。
だから、こんな醜い場所はとっとと忘れて、冥府をよりよくする事に一生を捧げるべきだと。
光あふれる空虚な地上よりも、陰気で騒がしい冥府の方が遥かにすばらしい。
僕がそう思い立って冥府へつながる門を開こうとしたとき、夜空はすでに青みを増し始めていた。
東の空は薔薇色に変わり始め、やがてそれは白みを増しながら天と地の色を変えてゆく。
夜明けだ。
それは、地上にきてから初めて美しいと思う光景だった。
やがて地平の向こうから金の糸を束ねたような光があふれ出すと、それに合わせるかのように、風の唸り声のような低い音が鳴り響く。
「これは……歌なのか?」
音の主は、隣に佇むハーキュリーからだった。
彼もまた、この世界の有様を嘆いて鎮魂歌でも歌っているのだろうか?
いや、違う。
「無駄だよ、ハーキュリー。 君の祈りを聞く相手はこの世界にもう存在しない」
あまりの重低音に勘違いをしてしまったが、彼が歌っていたのは、水の精霊を讃える歌だった。
僕が庭の植物達のために行った雨乞いの儀式を横で聞いて覚えていたのだろう。
身を切るような切実な祈りであるにも関わらず、それに答えるべき精霊たちは、すでにはるか天上の彼方へと消え去っている。
よしんば聞こえたとしても、言葉を口に出来ない彼の祈りはただのメロディーに過ぎず、言霊を使えない彼は祈りの意味を相手に伝えることが出来ない。
「無駄だと言っているだろう? あまり無茶な事をすると、枯れてしまうよ」
その巨体ゆえにすぐには枯れたりしないだろうが、このまま続ければ彼の寿命を縮めてしまうだろう。
歌を歌うという行為は本来彼に備わっていない能力なのだから、どれだけ無茶な行為であるか、この僕にも想像が付かない。
「帰ろう、ハーキュリー。 ここは君が生きるには相応しくない」
懸命に祈りを捧げる相方を促し、そのシッポのように残った蔓を軽く引っ張るが、彼は頑としてその場を動かない。
「君の思うところも解らないわけじゃないけど、無駄に意地を張るよりは現実を見つめるべきだ。 ここで無駄死にする気か?」
いったいどれだけ言葉を重ねただろうか?
再三にわたる説得にも関わらず、ハーキュリーは、精霊を呼ぶための歌を歌い続けた。
そして、そのまま一週間が過ぎただろうか?
パキッ
その朝僕は、不吉な音で目を覚ました。
そして音の主を確認するなり……
「うわぁぁぁっ!」
恥も外聞も無くわめき散らし、服の乱れを気にするまもなく飛び起きる。
目の前にあったのは、真っ二つに割れたハーキュリーの姿だった。
その大きくひび割れた体からは、大量の種が零れだしている。
そしてそのこぼれた種を、どこからか這い出してきたらしい小さなトカゲがついばんでいた。
「こ、このっ! 寄るな! その種を吐き出せ!!」
僕が拳を振り上げると、トカゲはちょろちょろとその場から逃げ出していった。
いったいこの不毛な砂漠のどこに隠れていたというのだろうか?
野生に生きる命とは存外にしぶといものらしい。
何にせよ、二度とここに来ないように呪いをかけてくれる。
術を発動するために振り上げた手に、ふと何かが絡みついた。
「……ハーキュリー?」
僕の手を止めたのは、ハーキュリーの体から伸びた、枯れかけの蔓だった。
そして彼は大地に種を撒き終えると、その硬い蔓を擦り合わせ、爆ぜた体を共鳴版にして、バイオリンのような音を奏ではじめる。
それはとても美しい、滅び行く者の調べ。
あぁ、そうか。
彼はこの大地と一つになり、新たな森の苗床になろうとしているのだ。
だが、肝心の精霊たちに彼の祈りは届かない。
僕が強制的に精霊を呼ぶことは可能だが、その後、彼の作った森に愚かな人間たちがやってきてその恩恵を受けることを考えると、どうしても嫌悪感が先に立つ。
……どうする?
心から願わない祈りに、精霊が答えることは無い。
だが、このままではハーキュリーは無駄に命を散らす事になる。
その後、来る日も来る日も、彼は精霊を呼ぶための歌を歌い続けた。
無駄だと何度も忠告したが、この頑固な植物は決して歌うことをやめなかった。
そしてある日の朝……音楽が止まった。
寿命だ。
その体は完全に変色し、深い緑であった体は黄色い斑模様にすっかり変わっていた。
「だから、無駄だといっただろう」
僕の呟きは空しく虚空に消え、その亡骸を砂漠の風が乱暴に撫でてガサガサと耳障りな音を立てる。
見上げる空には、雲どころか靄一つ無い。
僕は、その空の青さがどうしようもなく憎く思えて、思わずキツく睨みつけた。
そう。
結局のところ、彼の祈りは精霊には届かなかった。
だが、どこにも届かなかったわけではない。
「……大空の瀑布の鍵を握り、大地の洞に湖をしつらえし者。 溢れる河川と激しき驟雨は汝を主と仰ぎ奉る」
なぜ今になってこんなことをする気になったのか、自分でも不思議に思うのだが、おそろしく素直な気持ちで、僕は水の精霊王へ捧ぐ祈りの言葉を唱え始めていた。
もっと早くに決断を下すことの出来なかった自分がどうしようもなく情けない。
だが、後悔というものはけっして先には立たぬものなのだ。
地面にこぼれた水が盆に戻ることが無いように、時は決してまき戻りはしない。
なら、今は何も考えずに最善を尽くすべきだろう。
「その足の下に河と泉、あらゆる水の源を生み出す汝。 大地の血にたとうべき大河を統べ、厚き雲に草木の生気となるべく下知する汝、我らは汝を崇め汝に祈る」
この世界が疎ましいのは今も変わらない。
たぶん、僕は彼の行ったことが全て無駄になるのがどうしても耐えられなかったのだろう。
それはただの自己満足に過ぎないのだろうが、それがどうした。
結局、この世の全て行為とは自己満足に過ぎないのだから、僕はこの行動を誰に対しても恥じるつもりは無い。
「汝によって潤いを与えられたる我ら、海のどよめきを汝の声と聞き、我らは汝の前に恐れ戦かん。 また、田畑を潤すせせらぎを汝の声と聞き、我らは汝の愛を乞わん」
言葉に込められた力により、天の彼方から引きずり出された精霊の雲が、青い空を瞬く間に黒く塗りつぶす。
なぁ、精霊たちよ。
そんなに簡単に引っ張り出されてくれるなよ。
お前たちを呼ぶために、彼がどれだけ努力を払ったと思っている?
こんなに簡単に出てくるぐらいなら、なぜあの真摯な祈りが聞こえなかった!?
まったくもって、この世界は不条理で不公平だ。
でも、一番呪わしいのは、全てが手遅れになってからでしか行動の出来なかった自分の愚かさに違いない。
「おお、存在の全ての大河がその中に消え失せ、そして常にその中から蘇る。 おお、無数の完璧を内に秘めた大洋、深みの内に陰を映す高み、高みに向かって息を吐く深淵よ、智と愛によって我らを真の生命へ導き給え。 我らの祈りを聞き届け、諸処の過失を赦し、不滅の命へと導き給え」
祈りの言葉が終わりを迎え、降りしきる雨の中で、パチン、パチンとハーキュリーの残した種が一つ一つ芽吹いてゆく。
泡の弾けるような音を意識の片隅で聞きながら、僕はその場に蹲って自分の身を焦がす身勝手な感傷をもてあまし、自分の思うままにふるまったにも関わらず嫌悪感に打ち震えていた。
この感情を、人は何と呼ぶのだろうか?
口にするには心が痛すぎて、文字にするには曖昧すぎて、僕はそれをうまく言い表すことが出来ない。
もしこれを何かに例えるのならば、きっと『取り返しの付かない欠落』とでも呼ぶべきなのだろう。
……なんだ、結局のところ、僕も精霊に見放された人間たちと変わらないぐらい愚かではないか。
僕の呼んだ精霊たちは数日おきに雨を降らせ、やがて何も無かった砂漠をハーキュリーの残した子等が覆い尽くした。
緑に覆われた大地に、どこからとも無く鳥や獣が訪れるようになり、そして彼らが運んできた種がこの蔓で覆われた地に新たな植物を宿し、気が付くとそこは豊かな森へと成長をし始めていた。
そしていくつもの季節が過ぎた頃、『彼ら』はやってきた。
「……あなたは神であらせられますでしょうか?」
その、みずぼらしい衣服を纏った奴らの代表は、開口一番僕にそう問いかけた。
「さぁ、どうだろうな? 少なくとも、お前たちが思い描く神とは違う存在だ」
どうしてだろう。
彼らとであったときに感じた想いは、嫌悪ではなく奇妙な満足感だった。
もしかしたら、僕はハーキュリーの祈りが引き起こした結果を誰かと分かち合い、誇りたかったのかもしれない。
彼の死が決して無意味でなかった証として。
「貴方がどのような方かは存じ上げませぬが、もしも慈悲がある方ならば、寄る辺無き我らをこの無理に迎え入れてはもらえないでしょうか?」
「別にここに住むことは構わないが、一つだけ条件がある」
僕は彼らがこの森の住人となる事を許し、かわりに条件を一つ提示した。
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久しぶりに顔を見た幼馴染は、ひどく不機嫌……いや、これはそんな高尚な感情ではないな。
彼女はひどくむくれ、拗ねていた。
「なぁ、クロム。 お前が地上に出てから10年が過ぎた。 そろそろ戻ってこないか? もう十分だろう?」
「駄目」
通信用の鏡の向こうから、宥めすかすように熱っぽく語りかける彼女に、僕はきっぱりとNoを突きつけた。
あーうん。 しばらく見ない間にまた綺麗になったな。
「なぜだ! お前の役目は終わっただろう!? 今のお前なら、誰もが認めるだろう。 冥府に帰れば、もはやただの植物好きな一回の魔術師ではなく、地上に領地を切り開いた英雄だぞ?」
「だって……」
だが、顔を真っ赤に染め、裏切り者とでも叫びそうな表情をしたアマリエルに、僕は冷や水を浴びせるがごとく冷静な一言を突きつけた。
「今の僕は地上の神様だから」
そう、今の僕は地上の民に神として扱われている。
今はまだ小さな村に過ぎないが、失われた精霊の祝福を地上に取り戻したこの肥沃な大地は、やがて大きな国と成るだろう。
別に今でも人間に興味があるわけではないが、ハーキュリーの残した祈りがどのような形で実を結ぶのか、僕はそれが知りたい。
そして、僕が冥府に戻らないには、もう一つの理由があった。
「なぁ、アマリエル。 君も地上に来て見ないか?」
「え?」
僕の口から飛び出した意外な言葉に、アマリエルの目と口が丸く開かれ、やがて真っ赤に染まっていった。
よし、脈はありそうだ。
「こっちはもうすぐ春という季節が来る。 色とりどりの花が咲いて、とても綺麗な季節なんだ」
「何が言いたい。 そう言うもってまわった言い回しが嫌いなことは知っているはずだが?」
「では、単刀直入に言うね」
きっと、その時の僕は悪戯っ子のような顔をしていただろう。
「結婚しないか? アマリエル。 昔の僕じゃ君につり合わなくていえなかったけど、今の僕なら堂々と言える。 君が好きだよ。 ここなら邪魔をする大臣たちもいない。 キュウリの馬に乗って、君を浚いに行っていいかい?」
「……植物馬鹿でモヤシのクセに生意気な」
「返事は?」
「困った事に、私も女王という身分でな。 そう簡単に捨てるわけにはいかんのだ」
一つ溜息をつくと、アマリエルは顔を真っ赤に染めたまま、横を向いてこう言った。
「だが、結婚が出来ないと言うわけではない。 まぁ、白馬で無いのは我慢してやろう。 ……かわりに最高の花嫁衣裳と、おまえがが一番私に似合うと思う花で作ったブーケを用意しておけ。 それが私の答えだ」
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荒れ果てた荒野の向こう、色鮮やかな森の中に、一つの豊かな国がある。
冥府からやってきた魔術の得意な男神が治める国だ。
その国では、なぜかキュウリが聖なる植物と定められていて、国のいたるところにキュウリが繁茂し続けている。
この国を訪れた旅人は、誰もが首をかしげてなぜキュウリなのかと尋ねるが、そんな旅人に対してこの国の民は笑いながらこう告げるのだ。
……毎年夏になると、単身赴任の神様がキュウリで作った馬に乗って、嫁恋しさに里帰りするのさ。
冥府で彼らがどんな恋愛をしているのか?
それは、神ならぬキュウリのみぞ知る。