80「再会と別れ」
お気に入りとアクセスの割には特に感想が増えてこないのは、
悩みどころです。
出したいアイテム、モンスターは多くても
なかなか組み込めないのも最近悩み。
しばらくぶりのマイン王は別人のようですらあった。
勿論、若返ったとかそういった話ではなく、まとう雰囲気というか、
全身に力がみなぎっていると言えばいいだろうか。
さすがに長い毒との戦いに筋肉は衰えているようだが、
装備した実践向きにもみえる衣服、腰に下げた宝石付の長剣などは
積み重ねてきた冒険の成果を、それらに良く見ればついた傷が、
突破してきた冒険の内容を雄弁に語り、男としての迫力を生み出している。
「これがただの報告ならば疑うところだが、ファクトが絡んでいるのであれば、
それはただの戯言ではないのであろう。正式に法を定めるとしよう」
王都と違い、玉座のような場所はないがために
大きなテーブルのある部屋で上座に王を座らせての会議の場。
ワイマールからの報告を受けたマイン王はそう言い、
ひげの伸び始めたあごを撫でて頷いた。
「随分と買って頂いているようで何よりといったところですね。
それで、わざわざ王都を出てきたということは、ねずみの対策はすんだということで?」
含みを持たせ、もったいぶったように言い放った俺の言葉に、
マイン王は一瞬眉を動かしたが、なんでもないように
テーブルの上のアクセサリー、ここ数日街中で量産され始めた新作を指先で遊ぶ。
「うむ。騒がしくなったのであせったのであろうな。すぐに見つかった。
ねずみの親は東のようだ」
東……か。
シンシアに何度もけしかけてきたことを考えれば、
裏にいるねずみの親はよほどの相手だろう。
「マイン王、東といえばあの、ルミナスですか? ということはまさか……」
聞き覚えのない名前に俺が世情に疎いようにごまかすと、
ルミナスという国のことが2人から語られた。
元々この大陸、地球で言うユーラシア大陸のような位置の大陸の
ほとんどを支配していたのがグランド帝国である。
それが滅び、分裂し、小国が乱立する中、国ごとの領土争いが起こる。
そんな中、東端に位置する国の1つがルミナス。
大きさとしては分裂した中でも一番の大きさで、
海にも面した国で、国力も十分、とのことだ。
とはいえ、大規模な戦争は起きていないようであった。
理由としては、モンスターが一番の原因である。
山々や森、あるいは川や海でもいいが、
いたるところにモンスターは生息している。
そして、人の手が届かない場所ほどどんどんと増殖しているのだという。
結果、国境に近くなる、つまりは中心地から離れるほど
モンスターの脅威は増してくるのだ。
ゲームのMDでいう中ボスやダンジョンボスに相当するような
強力なモンスターたちは、自分の領域に
人間が住み着くことをほとんどの場合、良しとしない。
小規模の、冒険者のような動きを除けば戦争中に
モンスターに襲撃される、ということも珍しくないらしい。
他国を攻めるには、領土が広く、手が届きにくくなるほど
モンスターの領域を突破してからでなければ、攻め入ることが出来ない構図なのだ。
よって、争っているとはいっても、
ほとんどが外交であったり、小規模な小競り合いが主なのだという。
最近では未調査の遺跡や、モンスターの住処から気を抜けない頻度で
周囲にモンスターが現れ始めているとさえ言われている。
「復帰してすぐ、西からは和睦、まあ同盟だな。
そういった申し出はあったのだ。元々は同じ国。
ワシは問題ないと思っておる。槍は内側ではなく、外側に向ければいいのだからな」
そういうマイン王の外側、とはまだ未開発の土地である。
以前見せてもらった地図からしても、まだこの世界は未開発の場所が多い。
もしかしたら見知らぬ土地で、同じような文明が発生していることも否定できない。
俺が知っている限りのゲーム設定からしてみれば、ありえない話ではあるのだが、
俺がこの世界に来た時点で、まだMDが完結していないのだ。
まだ見ぬアップデートに対応した世界が組み込まれていたとしても不思議ではない。
いつか、俺にしか見えない虚空のワールドマップが埋まる日が来るだろうか?
「褒賞がなければ貴族は生活できない。それが真理、か」
思わずつぶやいた俺の言葉に小さくうなずくマイン王。
「それはそうと、面白いことになっているようではないか」
話題を変えるようにマイン王が手に取ったのは、先ほどから
その指先で遊んでいたペンダント。
「はい。ファクト殿のおかげでただの装飾品ではない、
戦いに意味のある装備としての目処がついてきたところです」
報告書代わりなのか、若干草の色の残る紙をマイン王にワイマールが恭しく手渡す。
「前はそれ1つで冒険者の稼ぎ1月分だっていうんでね。
もっと冒険者があちこちで稼げるようになれば、
モンスター相手の生活も楽になるかなあーと、そう思ったわけですよ」
王がここに来るまでに、街の職人が俺のレシピから
再現できたアクセサリー群はおおよそ20。
主に毒、麻痺防止や各種属性防御、能力強化といったところだ。
ただし、その性能は5%に満たない。
よくて3%、ほとんどが1%の性能しかもっていなかった。
それでも、ただのアクセサリーと、能力のあるアクセサリーとでは
手にするだけで大きな違いがあるらしい。
今はここにおらず、鉱山で護衛の依頼をこなしているキャニーとミリーいわく、
ただの装備と、能力のついたそれとでは手に取ったときに魔力の流れや、
なじむ感覚がまったく違うのだという。
魔法を使わない人間でも、自分の体から何かがめぐるのがわかるそうだ。
俺にとってはこの世界にきてからは、常にといっていいほど
何かしら能力付の武具やアクセサリーを身につけていたので、
気がつかない感覚であった。
試しに全部脱ぎ去った後に意識して触ってみると、
確かに違いがすぐにわかった。
「ふむ……どうだ? オブリーンのためにだけ教えてみないか?」
その声は小さめで、それでも部屋を沈黙で満たすには十分な威力を持っていた。
アクセサリーの1つを手に取ったまま、こちらを見る瞳に遊びはない。
横に座るワイマールが緊張するのがこちらにもわかる。
……が。
「ご冗談を。敵対国に行って、あおるように教えるつもりもないですがね。
ガイストールには一度行く予定はあるし、西にも行ってみたい」
俺がやんわりと拒絶すると、マイン王はなぜか満足そうに頷いた。
「うむ。この国だけで抱えるには色々と足りなさそうだ。
それがいいだろう。ガイストールということは、ジェレミアか。
あちらの王とは、しばらくぶりだのう。末の息子は話がしやすそうだが、
親は……まあ、なんとかなるだろう」
「あの……マイン王?」
1人、先に進んで何やらつぶやき始めたマイン王に、
ワイマールが恐る恐ると声をかける。
「ん? おお。すまんすまん。なあに、ここでオブリーンのみに仕えることを良し、
とするようでは困るということと、南との同盟の話よ」
「同盟? 確かにこの国とは争ってはいないようだが、
事はそう簡単には……何が?」
なんでもないように言い放たれたマイン王の言葉に、
俺は不安を覚えながら敢えてそれに踏み込んだ。
「うむ。前々からその気配はあったのだがな。
ガイストール、ジェレミアの国であった戦いにお主もいたのだろう?
西からの使者には、ソレと同じことがかかれておったよ。
モンスターが何者かにまとめられ、組織だって襲い掛かってきたとな」
通常、モンスターとは自由なものである。
勿論、集団の中になんとかロード、だとか
なんとかチーフ、といった形でリーダーがいることもある。
ただ、それもあくまでその種族の中でのリーダーであって、
種族を超えた主従など聞いたことがない。
──そう、一部の例外を除いて。
「……精霊戦争?」
思わず口に出した俺に2人の視線が刺さる。
精霊戦争。
それはMDにおいて、設定だけある歴史の1つだ。
昔、ある土地で大規模なモンスターの集団が誕生する。
それは本来群れないはずのドラゴンすら抱いた集団で、
下はゴブリン、上は前述のドラゴンと、幅広い種族のモンスターが
垣根を越えて集団となり、世界に牙をむいたのだ。
人々は英雄と共にソレに挑み、撃退する。
と、ここまではMDでの設定で、この世界でもそれは同様だった。
違いとしては、この世界では被害は少なくなく、
後に起こる戦いで英雄達が戻ってこなかったのは、
このときの戦いが尾を引いていたとも言われている。
「前にあったことが今、起きないと考えるのは愚かな事だ。
自分らの子のためにも、やれることはやらねばならんだろうよ。
国々をまとめ、せめてモンスターとの戦いに備えねばならん」
マイン王の言葉には力が込められ、瞳は未来を見ているようだった。
「俺自身はそこまで強くはない。何か作っていればいいのか?」
俺が問うと、王は首を横に振り、懐から何かを取り出してテーブルの上におく。
何かの札に見える。
許可証のような、何か。
「!? 王よ、それはまさか!」
「そのまさかだ。今のワシでは使うことは無い。ファクトよ、
これをもって王都の西に行くがいい。グリフォンが待っている。
それで西なり、好きな場所に行って種をまくがいい」
差し出されるまま、受け取った俺の手の中で札の情報が虚空に踊る。
──テイミングカード『グリフォン-B』
(グリフォンのいる場所、テイミング……ああ、そうか。)
俺はMD時代の記憶から、その場所を思い出し、一人頷く。
確かその場所の名はヒポグリフの森。
細かな山がいくつも連なり、ふもとはうっそうと木々が生い茂る。
グリフォンとヒポグリフという2種族が山の中腹に巣を作り、
生活しているという場所だったはずだ。
とある山にある遺跡、契約の社と呼ばれる場所で専用のアイテム、
あるいはイベントに従った手順をとることで召還アイテムを手に入れることが出来るのだ。
「ありがたく。さすがに足や馬車であちこちいくのも限界を感じていたところなので」
そう、隣町に行くのにも何日もかかるようではいただけない。
「うむ。外に物資も用意させてある。後で見に行くといい」
「何から何まで……」
立場を越えた年長者としての気遣いを感じた俺が頭を下げると、
王は手を振ってなんでもないように口を開く。
「なあに、若ければ自身が行っていただけのこと。人に任せるのだ。
このぐらいは当然よ」
豪快に笑う王を見て、俺もワイマールもその顔をほころばせるのだった。
「そうですか。すぐに?」
「ああ、近いうちにな」
屋敷を出、王からという物資の確認をしていた俺は、
そこに手伝いに来ていたエル達と出会ったのだった。
旅立つことを伝えると、見るからに落ち込む様子のエルの背中を
景気付けに叩き、俺はその肩を引き寄せる。
「なあに、一生のお別れってわけじゃない。またどこかで出会えるだろうさ。
冒険者なんだからな」
離れ際、俺が新調した鎧をわざと音を立てて叩くと、
エルもそれがわかったようで今度は力強く頷いた。
「はい! 王様直々の任務もあることですし、がんばります!」
元気良く答えるエルの後ろにいる少女、サマンサが1冊の本を持っていた。
「……これ、見てみて」
「ん? ……うん。大丈夫だろう」
本の内容は、短い間であったが俺が職人たちに教えたこと、
発言したこと、がまとめられている。
状況を把握した王は街に発令したのだ。
守るべきものを守り、育てるものを育てることを。
簡単に言えば、山での発掘には気を使い、
技術を磨いていけ、と。
人と比べ、モンスターの戦力は大きい。
今はそこまで進出してきていないが、それもそう続かないだろう。
軍としてでなく、冒険者たちの携わる依頼も増え、
その危険度も増していく。
そんな中、少しでも助けになればと俺は今の職人でも再現できそうな、
実用性のあるアクセサリー群のレシピと、一部武具のレシピを
紙に起こすか、口で伝えて記述してもらったのだ。
何故知っているのか、どこで知ったのか、に関しては
記憶を刻む遺物に出会ったからだと押し通した。
幸いなことに、別人のようになってしまう恐ろしい遺物が実在するらしく、
いつだったかの時代の賢王が次の日には暴君になった例もあるらしい。
それを聞いた俺は、俺の知識もそういった遺物に刻み込まれたものだと
理由にすることにしたのだった。
「がんばる」
「おう、その意気だ。ジースも、元気でな」
黙々と、王都に戻るマイン王の一行の馬車へと
荷物を積んでいたジースにも声をかけ、俺は依頼から戻ってきた様子の
キャニーたちと合流する。
「見てよこれ。いいでしょー」
「お姉ちゃんったら……」
キャニーが俺に見せてきたのは、ドロウプニルの宝物庫で手に入れたものではない、
この街で手に入れたと思わしき指輪と、ダガー。
「ほう、シャドウダガーじゃないか。掘り出し物だな」
俺はダガーの見た目に覚えがあったので、その名前を口に出したのだが、
なぜかキャニーとミリーはそろってため息をついた。
「そっち?」
「いや、ファクトくんらしいんじゃない?」
(???)
理由に思い当たらない俺に業を煮やしたのか、
キャニーは指輪とダガーを仕舞いこみ、俺の手をとった。
「さ、次はどこ? 準備的には一度王都に行くのかしら?」
「ああ。まずはオブリーンの王都。そして向かうは……」
日本のような文化のあるらしい東にも行って見たいところだが、
それには件のルミナスという国を突っ切らなければならない。
今は西へ、海を目指そう。
次回より新章予定です。