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79-外伝「とある鍛冶の日、とある白衣の日」

短いです。


次回の大きなお話は素材集めになる……予定です。



朝。


それは男女問わず、子供も老人も変わらず、毎日基本的に訪れるもの。


ある街の一角、鍛冶のための炉に火が入ったままの部屋の隅で、

薄汚れた毛布に包まった男にも、窓から差し込む朝日が注がれていた。


─コンコン


小さく、しかし朝の静寂を破るには十分なノックの音が、

男の眠る部屋にも響く。


「む……朝……か」


むくりと、ゆっくりとした動作で体を起こした男が、

眠気の残る眼をこすりながら家の入り口である扉を見やる。


まるでその視線が合図であったように、扉が外から開かれる。


「入りますよ」


「ふん……入ってからいうもんではないだろうが、まあいい」


起き上がった男、ガウディは苦情を客に言いつつも、

テーブルの上の水差しからぬるくなった水を飲み、向き直る。


「例の物だろう? そこに入ってる。確認してくれ」


「ええ、それでは。……うん、問題なさそうですね」


ガウディに促されるまま、部屋に入ってきた客、

若そうな男は、大きな木箱に納められた物体を確かめる。


その正体は、槍。


汚れのない持ち手部分、そして磨き上げられたような穂先。


「材料まで用意されたんだ。やらないわけにはいかないだろう」


少し不満そうにそう言い放つガウディに苦笑しつつ、

男は外に待たせていた部下に指示を出し、木箱ごと運び出させる。


「それで、確実なのか?」


ガウディはそれを眺めながら、横に立ったままの男に問いかける。


言葉だけを聴けば、一体何のことを聞いているのか、と

誰もが思いそうな問いかけであったが、それを聞いた若い男は頷いた。


「ええ、まだ少し前より多いかな、といったところですけどね。

 近いうちに一当てあるんじゃないですかね。聞きましたか?

 例の噂、オブリーンのマイン王が復帰したそうですよ」


「ほう。この国とオブリーンは友好とまでは行かなくても、

 何かあったら手助けするぐらいの関係はあったはずだからな。

 となればこちらに来る、というわけか」


男から聞かされた話の内容を吟味するように、

伸ばしっぱなしのひげを撫でながらガウディは一人頷く。


ガウディが今いる場所、それはファクトが以前住んでいたグランモールの工房だ。


騒動の後、街に立ち寄ったガウディは事の次第を知り、激怒した。


そんな奪い取るようなまねをしなくても、ちゃんと話を通したならば、

彼は応じたろうに、と。


そして、ファクトの起こした奇跡と称される結果や、

その実力を知った貴族は慌てることになる。


それにはフィルを始めとする、国の中央からの追求も一役買っていた。


かなりのごたごたの後、半ば放浪気味だったガウディが工房を預かり、

今はモンスター相手の武具や、隣国とのきな臭い話に対する準備などをしているのだった。


グランモールの貴族はその立場を大きく後退させ、

今ガウディの目の前にいる男が、元々ファクトに依頼をした使者の後任となっている。


「知り合いの話じゃ、本格的にオブリーンと組んで対抗する話も出ているようですしね。

 そうなったらここは最前線の1つです。防備を固めるに越したことはないというわけですよ」


また来ます、と言い残して男は工房を去る。


残されたガウディは1人、この先に訪れるであろう

人間同士の戦いに嫌な思いを抱えながら、今日も炉に向かい合う。


「ったく。ファクトもどこで何やってるんだか。

 ……あのお嬢ちゃんならわかる遺物持ってるかもしれんなあ」


ガウディはいつも唐突に尋ねてくる女性を思い浮かべる。













「けほっ……あー、これはそのまま使おう。冬に便利そうだ」


彼女以外に誰もいない部屋で、部屋の主である彼女の声が響く。


口元に布を当て、部屋に舞い散った埃がおさまるのを待ってようやく動き出す。


その手には手のひらサイズの石。


ほとんどの人が遠めに見たならば、ただの道端にいくらでもある石にしか見えないだろう。


だが、近くによって表面を良く見たならば、

特定の人間は興味を引かれるかもしれない。


表面には、びっしりと文字が刻まれている。


「刻まれた文字を正確に発音し、最後に魔力を込める、か。

 理にかなってはいるな……昔の暖房か何かだろうか?」


作業の途中経過を書くための荒い品質の紙から、

棚に収めるための清書としての紙に石の使い方等を書き込んでいく彼女。


その姿はファクトが見たならば、テンプレそのまま、とでも言うかもしれない。


薄汚れた白衣に、整えるのも面倒そうに後ろで縛り、

ポニーテール状態になっている長い髪、と彼女が

ここ数日はまともに過ごしていないことを示している。


「しかし、中からこんなに埃が出てくるとは……。

 見た目は隙間がないように見えるが、そうでもないのか?」


彼女、イリスが朝日に手の中の石をすかしてみるものの、

石は光を通さない。


何故石が発動した直後に、中から大量の埃が出てきたかを

説明してくれるような何かは見つからないようだった。


「ま、いいか。次だな。次は……手から勝手に飛び出していった槍?

 ファクトに渡せばすぐにわかりそうだな……。

 ああ、今はどこでどんな騒ぎを起こしていることやら……」


ちらりと視線をやれば、壁に立てかけたままの無骨な黒い塊。


筒をいくつもくっつけ、固めたような穴の複数開いた物。


敢えて例えるならば、ロボット物の作品で

出てくるような多連装のランチャー砲だ。


遺物としては生きているが、今は中に込めるはずの魔法が打ち止めのため、

仮に引き金に相当する部分を引いても何も起こらない。


「おかげでこうして遺物探しには困っていないのはいいが、

 普通のマジックアイテムまで鑑定して欲しいというのは手間なのだがなあ……」


槍をテーブルの上に置いたイリスが視線を向けるのは、

依頼主の手で集められた詳細不明の物品たち。


大きなものから小さいものまで、様々だ。


これはすべてとある依頼主経由の物品である。


その依頼主は、誰であろうクリス、そしてフィルであった。


教会としてはその性質上、各種相談事の1つとしてこういった物品の封印や

預かりを希望されることがままあること、

国としては探索先で正体不明のガラクタを入手することがあること、から

遺物探しに訪れていたイリスが目に留まり、

ファクトの知り合いだということからとんとん拍子に話が進んだのであった。


今は何か起きても被害が少ないだろう、ガイストール郊外の土地に

屋敷兼物置としてイリスが住む家があった。


「これは……本だと? 何々、この本を読んでいると妙に疲れる?

 手放すとその感じは消える、と。不気味なので処分してください、か。

 こっちは……石版に書いてある文字が読めないので読んでください、だと?

 何を言ってるのだこの手紙の主は。ちゃんと書いてあるじゃないか……ん?」


そこまでつぶやいたところでイリスはその違和感に手を止める。


自分は今、何を読んだのだと。


視線をおろせば、石版に書かれている文字が目に入る。


中身はどうも何百年も前のポーション研究の物のようだ。


中級以上の生成と材料集めについて、と題が書かれている。


そう、イリスには石版にそう書かれているのが、わかったのだ。


無言でイリスは自分の両手、左手の本、右手の石版を見、両方を下ろす。


続けて右手で石版を持つが、今度はその意味がわからない。


さらに左手に持ち替えてみるが同様である。


今度は、恐る恐ると言った様子で本を手に取る。


気のせいかと思うほどの軽い疲労感の後、

先ほどまで意味のわからなかった石版の文字が意味を持って

イリスの視界を占領したのであった。


「魔力を糧に翻訳する……のか?」


この本を所有していた人間は、自分が元々読める物しか周囲においていなかったのだろうし、

本を持ったまま何かを見る、ということを行う人間も限られている。


「これは面白い……」


本を持ったまま、今まで読み取れなかった文字の刻まれた遺物や、

ガラクタ判定をしたものを改めて確認していくイリス。


「今流行の芸は猿回し? ぷっ、昔も変わらないのだな、人間というやつは」


判定不明の1つ、壷の内側に刻まれた文字がどうやら当時の

持ち主の隠し日記のようなものだったことがわかり、

散々悩んでいた昔の自分を一人笑うなどしてイリスの時間は過ぎていく。


その本が朽ちることなく、自分の子孫の代までも伝わり、

その使用条件、一定以上の物事への好奇心と魔力を同時に持ちえること、

といったことが家訓になるとは、そのときは思いもしなかったのである。





あるところでは国と国が結ばれ、

あるところでは国が国を攻めようとする。


ファクトも、ユーミも、そしてドロウプニルも

本来ならば知っているはずの出来事が、

既に終わったはずの出来事が、今、再び脈動を始めていた。






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