78-外伝「少女の思い、少女の願い」
短いです。
週末にもう1本短編あげます。
これまでの私の人生には不幸が陣取っていた。
勿論、私以外の人間が幸運に満ちた人生を送っているのか?と
言われればそうではない人だっていることは間違いないのだが……。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
「ううん、なんでもないわ。さて、アイスコフィンはまずいわよねえ」
少しぼんやりしていたのか、私に声をかけてきた妹、
ミリーに気を取り直して笑顔で答え、装備の選別を行う。
といっても彼と違って私達は身の回りのもの、精々腰のベルトに下げた物と、
旅の必需品といえる背負い袋に入っているものぐらいしか選択肢は無い。
「あ、刃をつぶした模擬用の物を貸してくれるらしいよ?」
「あら、そうなの? じゃあ仕舞っておきましょうか」
そうと決まれば準備は身の回りの服ぐらいのものだ。
路銀等は目の前の木箱にでも入れておけば良いだろう。
曲がりなりにも国の施設。
そうそう盗人も入るまい。
手早く終えて外に出なくてはいけない。
これから行われる訓練で私たちの力を示さなければいけないのだから。
「本当にそんな短いのでいいのか?」
「ええ、使い慣れてる長さのほうが良いわ」
善意からだとわかっている近衛……らしい騎士へとそっけなく言葉を返し、
受け取った武器、ショートソードに分類されるソレの感触を確かめる。
うん、問題ない。
普段使われていないのか、痛んだ様子は無いが、
手入れはしっかりされていることがわかる。
「よし、じゃあ一刻後に。最初は2人対2人、後はその後に決めていくとしよう」
「わかったわ」
「うん! じゃあちょっと素振りかなあ」
騎士から離れ、建物のそばで感触を確かめるように体が覚えている動きを行う。
軽快な短い刃を主体とした手数を念頭に置いた動き。
時には冷徹なまでに隙を突き、死角を狙う。
自分の人生をある意味狂わせた連中と同じ技を使うことしか出来ないというのも、
私の心を悩ませる原因ではあるのだが、彼のためになるものはこれぐらいだ。
幼いころ、とある闇の集団に私とミリーの村は襲われた。
今にして思えば、誰でもよかったのだろう。
開拓村と呼ぶ程度の村を襲い、自分たちの役に立ちそうな人材を育成するべく攫う。
子供というのは未知数ではあるが少なくとも成長しきった大人よりは御しやすい。
潜入させるには子供であることが有利に働く場所はいくつもあるし、
暗殺ともなれば子供相手には警戒は薄れたりもする。
最悪の場合、切り捨てるなり、女であればそういった職業につかせるような
教育をしてしまえば良いのだから気軽なものだ。
「やるからには勝たないとね!」
「そうね。そのとおりだわ」
暗い考えを押し流すように聞こえる声に顔を上げれば、
近衛の人たちとの戦いが楽しみなのか、うきうきした様子のミリー。
その元気のよさに目を細める。
その表情は村で過ごした小さなころと変わらない。
たとえ、やつらに黒い仕事をやらされていたとしても。
幸いなことに奴らの下にいたときのことをあまり覚えていないらしい。
それでいいのだと私は思う。
どうせろくでもないことなのだから。
妹は戦闘において良い素質を持っていたようで、
やつらも暗がりに立たせるようなことはせず、ずっと戦闘方面に用いていたようだった。
今は本人の意識が抑えているのか、良い腕をしている軽戦士、盗賊、
と呼べる程度であるが、時折見せる動きはずっと正常に意識を保って
奴らの任務をこなしてきた私を驚かせる鋭さを持っている。
「いい? 言うまでも無いけど訓練と同じだから一撃必殺は無理。
となるとかいくぐって首筋にぴたり、確殺を宣言するか、正面から裁くか。
どっちかってことね。最初は確殺、そして後は自分たちの訓練がてらに正面からってとこかしらね」
近衛である騎士達は実力もあり、本気で戦えば相当に苦戦するはずだ。
だけれども、今の彼らからはそんな覇気は感じられない。
エイリルから話は聞いていたとしても、目の前にいるのは女2人、そういうことだろう。
「……そうだね。今は相手も油断してる。どうせ小娘2人、
男の格好良いところ見せてやるぜ!って感じだもん」
私の提案に頷くミリーの返答は正直で、根っこの部分は同じものだった。
そう、騎士達の言葉は善意に満ちているが、それだけだ。
まだまだわかっていない。
自分たちがどういった相手で今から何をやるのか。
ちゃんと真面目にやってもらわなければ困ってしまう。
「さってと。あまり無様に負けてもファクトが疑われるしね、やりましょか」
「わかったよ!」
話している間に一刻は過ぎようとしている。
私達は振り返り、約束の場所に向かう。
「これで終わりね」
「……決まり」
初戦の開始から終了まではあっさりしたものだった。
わざと正面から切りかかるように見せたこちらの動きに、
騎士2人は正直すぎるほどに反応した。
刃をこちらの武器に合わせようと動いたところで空中へ。
空けたままの左手で相手の肩をつかみ、姿勢を崩しながら
右手のショートソードは首元へ。
ぴたりとあてられた刃は真剣であればそのまま動かして終わり、だ。
「……なんということだ。今の動きは?」
武器を手放し、降参した騎士を解放した私に横で見ていた頭、
確かファクトの時代だとリーダーって言うんだったかしら?が呆然とつぶやく。
どちらかというと、油断しきってなすがままだった騎士2人への
非難の気持ちが大きいような気もする。
やはり、ただの小娘2人と思われていたようだ。
動きは対人においてはごく当たり前なもの。
奴らの中では幻手、だとかいっていた気もするけど、
そうは名乗りたくない。
そう、ここは彼の時代の言葉で言ってみるとしよう。
「必要に迫られて覚えたものよ。細かいところはファクトにも聞いて改良してるんだけどね。
彼の地方じゃフェイントっていうんだって。ファクトはもっと上手いわ」
フェイント、なんとなく格好良い。
……あの子のスキルみたいだし。
「そうか。身のこなしからすると、盗賊上がりか?」
「……確かにあまりほめられた仕事はしてこなかったかもね。
でも、私と妹は今、ここにこうしている。許してもらおうとは思わないけど、
忘れるつもりもないわ」
どういいつくろったとしても、自分と妹がしてきたことは
世間から石を投げられても仕方の無いことだ。
殺人は元より、きっと何人も泣かしてきたのだろう。
私たち実行する人間には全容は知らされていないが、
きな臭さを感じる任務だって一度や二度じゃない。
体を売る、なんてのがあのときが初めて同然だったのは救いといえば救いだろうか。
私たちの手によって不幸になった人間からしたら身勝手この上ない話ではあるのだが。
いつだったかそんなことを彼に話したとき、きょとんとした表情の後、
やさしく抱き寄せてくれた。
元には戻らないけど、これからは幸福を蒔けるようになろうと。
「さて、じゃあ続けましょう。今度はちゃんと正面からやるわ。
私たちも自分の腕を磨きたいしね」
「……(コク)」
そんな私の言葉に名乗りをあげる別の騎士。
指定された位置につくと、さっそうと剣を抜き放って切りかかってきた。
勿論まともに受け止めては自分たちの負けだ。
上手く勢いを殺すように角度をつけ、甲高い金属音を立てて切りあう。
何度かの斬りあいの後、上段からの振り下ろしを横にはじくようにして
自分からそらすことに成功する。
出来上がるのは無防備な横っ腹。
「ふっ!」
小さく息を吐き、隙の出来た横っ腹へとショートソードを突き出すが
前に転がるようにしてぎりぎりのところで回避されてしまう。
騎士がニヤリとした気がした。
回避した、と思っているのだろう。
だが、甘い。
「なっ!?」
私はすばやく手のひらの中でショートソードを躍らせ、
逆手に持つ形になったショートソードを引き戻しながら
振り下ろすように騎士の太ももに向けて突き出した。
鈍い感触、当たりだ。
「ぐっ……器用だな」
「まあね」
すぐそばに転がってきていた騎士に答え、私は構えなおす。
実戦であれば今ので終わりだが、これは訓練である。
今の一撃も小手先でとった物に過ぎない。
「続けましょ。私も出来るだけ経験をつんでおきたいし」
「望むところだ。いざ!」
横目で妹のほうを見れば、言葉少なく、
それでも私以上に的確に相手をいなしているのが目に入る。
まったく、あの子と来たら……。
苦笑しながらも再び切りかかってきた騎士の攻撃を受け止めるべく、
意識を戦いに戻す。
そう、負けるわけには行かない。
私達は彼の行く末にずっとついていくと決めたのだし、
彼の残すものを見なければならないのだ。