77「伝わるもの、伝えるもの」
「よーし、次は斜めに一気に打ち込んでみる方法をやっていくぞ」
風を起こす魔法を改良した、という設定の魔法、
MDではイベントの際によく使われていた初歩魔法で俺の声が響く。
ここはスピキュールの街にあるとあるギルドの倉庫。
作り立てとのことで、まだ在庫は隅にしかない。
そんな空間に熱気を伴って人間が集まっている。
建物の中央に俺と様々な鉱石、宝石類。
そして周囲には作業台を円陣のように配置した状態だ。
その机1つ1つに職人や、幾人かの冒険者らしき姿がある。
人数はおおよそ50人。
多いか少ないかは俺にはわからないが、
自分の一言一言に周囲が反応するというのは新鮮なものである。
内心でそんなことを考えながら手に取るのは硬さで有名なグレイル鉱石。
スピキュールの鉱山でも時折産出されるが、その加工の難易度から
扱える職人は少なく、鉱石としての名前はこの鉱石を先端に使った鈍器で
世界を渡り歩いた英雄の名前だという。
ちなみにMDでも同じ設定だった。
その硬さはわかりやすく、十分なスキルを持った冒険者、
プレイヤーであれば投擲に使うことで十分なダメージを出せるほどだ。
つまりはそこらの宝飾職人が使うような
ノミなどでは何の意味も無い……はずである。
一人一人、いきわたった素材を確認しながらノミを打ち込む場所を指示していくが、
職人たちは半信半疑だった。
俺とて目に見える精霊の導きというか、指差しにしたがって言っているだけなのである。
だが、俺が指示したとおりに打ち込まれた一撃によって、
それぞれの目の前で適正な形に鉱石が見事にカットされていく。
何度かそれを繰り返すうち、
机の上には破片と、同じ形にカットされたグレイル鉱石だったものが残る。
「後はこれを金具で固定したらスマイトガードの完成だ」
あらかじめ用意されていた汎用のアクセサリー用金具に
カットされた鉱石を収めると、机の上でそれらが一瞬光るのがわかる。
ただの素材からアイテムに変化した瞬間である。
ちなみに効力は装備時、物理防御が3パーセントアップ、という微々たる物である。
あくまで俺にとっては、のようではあるが……。
「まさか……」
「何でこんな簡単に」
大きなりんごほどもあった、扱いが困難であることで有名な
グレイル鉱石が自らの手であっさりと加工できたことにか、
職人たちは口々に驚きと共に感想をつぶやいている。
俺は周囲に視線を向けるが、驚きはどの職人も例外ではないようで、
部屋はざわめきに包まれていた。
(やはり特殊効果のある武具やアクセサリーは少ない……のか?
いや、むしろ失われたというほうが正しいのか)
試験管ほどの大きさのネックレスのように首から提げるアクセサリー、
スマイトガードの能力を確認しながら俺は脳裏でそう考えていた。
中には出来上がった装備の効果を感じることができる人間がいるようで、
二重に驚きを表している。
ざわめきが収まってきたところで、俺は種明かしをするように口を開く。
「俺が言うまでも無いことだと思うが、全ては精霊に通じる。
これはわかっているようでわかってない人間が多い。
そういう俺もまだまだだ。だが、見ることは出来なくても感じることは出来るはずだ。
何かこれまでの自分の作業と違ったことがわかる人は?」
2人手をあげる。
1人は熟練、が似合う壮年の男性。
もう1人はまだ若いが、知性を感じさせる瞳、というか
エルと一緒にいた魔法使いの少女、サマンサだ。
今は作業をやりやすくするためか、フードも後ろにやっているし、袖もまくっている。
確か、動機はまともに買うと高くて手が出せないからだったと思う。
この理由に怒る人もいれば、納得して頷く人もいるだろう。
それだけ特殊効果のある武具は最低ラインの値段が高いのだ。
「何が違ったか言葉にできそうか?」
「なんとか。こう、魔法を撃つときに感じる手ごたえというか、
魔力が流れて行く感触があった」
(やはりそういうことか……)
さすが魔法使いだけあってか、何かの流れを感じた様子で、
俺はその内容に頷いていた。
視線をもう一人の男性に向けると、
自らの加工した結果である破片を手に、職人が口を開く。
「こんなことを言うのはおかしいかもしれないんだが、
今までと比べると素材が喜んでいるというか、
今までの加工は今回と比べると何か大事なものをダメにしている気がするな」
職人は魔法が使えるわけでもなく、精霊が見えるわけでもないようだが、
何かしらをうまく感じているようだった。
俺は頷き、机の上にある何の変哲も無い鉄鉱石を左手で手に取り、
右手にはどこにでもあるような果物ナイフを持ち、何を、
という視線を受けたまま、無造作に見える動きで突き刺し、
あっさりと2つに鉄鉱石を割る。
「これも別に手品というわけじゃあない。俺がきれいに2つに分けたい、
そうやって思って精霊に呼びかけたからだ。
そう、これにもこの机にも精霊はいる。そして自分たちの意識、
こうしたいという考えにちゃんと答えてくれているんだ。
だがそれを感じられないとそのせっかくの助けも無視することになる。
まずは素材相手にこうしようか、ああしようかと考えながら
変化を感じるんだ」
と、講義しながらこの状況の理由を思い出す。
別に急に教える喜びに目覚めたというわけではないのだ。
それはそろそろワイマールと一緒に王都に戻るころかと思っていたときのことだった。
「直接、王が来るだって?」
「うむ。私もこちらから出向くつもりだったのだが、伝令が届いてな。
病から回復したついでに国内にそれを知らしめるべく練り歩くのだ……とな」
俺の素っ頓狂な声に、ワイマールも頭痛をこらえるようにして答える。
無理も無い。
仕事の報告に向かおうかというときに部署に社長がいきなり尋ねてくるようなものだ。
「こっちに来ちゃっても大丈夫なの? その……お仕事とか」
「そうだよねえ~。暇ってわけじゃないんでしょ?」
横で話を聞いていたキャニーとミリーも不思議そうに聞いてくる。
そう、国ともなれば様々な問題や決裁があるはずである。
「それなのだが、どうもシルヴィア王女が正式に国王代行となっているようなのだ」
シルヴィア……は第一王女の名前とのこと。
であるならば王が病に倒れていたころからの代行となるのだろうが、
ある意味重圧から開放されたシルヴィア王女は
女性らしい感性で様々な案件を処理しているそうだ。
王はといえば、身軽になったのを利用してこれ幸いとばかりに
あちこちに顔を出しては現地の人間を驚かせているらしい。
……若いころの癖でもよみがえってるんじゃないだろうか?
「なるほど。そうなるとこっちから動くわけには行かず、少し暇、か」
まだ王がここにくるまではしばらくかかるだろうが、
その分はこちらも動けない。
「そういうわけだ。少し待機していて欲しい」
「それはかまわないさ。依頼なりをこなしていればいいからな」
ワイマールの謝罪になんでもないように答え、
笑顔の姉妹を連れて部屋を出たところで見覚えのある男女に遭遇する。
エル達だ。
彼らもこちらを見つけると、通路を小走りに近づいてくる。
「あ、おはようございます!」
「おう、おはよう。……ああ、そうだ。装備を直すって約束したな。
どこかいい工房は無いか?」
元気のよい挨拶に片手を挙げ、俺がそう聞くとエルではなく、
後ろにいた少女がずいっと前に出てくる。
「……少しいったところに丁度良い工房が。
暇というか、頑固者というか」
言葉を選んでいるが、要は職人気質の工房があるということなのだろう。
「ファクトはそっちにいくなら私達は路銀稼ぎにちょっといってくるわね」
「そうそう、まだ指輪代金も足りn…イタッ」
うきうきとしたキャニーになにやら言おうとしたミリーが、
キャニーのすばやいつっこみにより沈黙する。
「……気をつけてな」
俺は深く聞くことはせず、2人を送り出した。
「ほう、サマンサから話を聞いた限りじゃ優男だって話だが、
いやいや、なかなかどうして……鍛えてるじゃねえか」
俺とエル達3人を迎えたのは、工房の主らしい男性。
その特徴といえば恐らくは……輝く頭頂部。
まあ、平たく言えばツルツルなのである。
「ああ、これか? 一回間違えて髪の毛燃やしちまってよ。
それの手入れをしてたらもう面倒だからって剃ってみたんだ」
俺の視線を感じたのか、ペチンと音を立てて自分の頭を叩く主に、俺は笑みで返す。
「冒険者もしているファクトだ。急な話ですまないな」
「なあに、他の職人の技が見られるんだ。安いもんだ」
先を立って案内をしてくれる主に声をかけると、振り向かないまま
そんな答えが返ってきた。
「ベン親方、この人は普通じゃない。だからいい物が見られる」
つぶやかれたサマンサの言葉に、親方が足を止めて振り返る。
「そいつは楽しみだ。で? リングメイルの代わりにこっから何か打ち直しでもするのか?」
ベン親方の指差す先には既に出来上がっているいくつかの武具たち。
一般的には関節部分などを継ぎ足したり調整してあわせるようだ。
「いや、そのまま直す。というわけで3人とも装備を解除してくれ」
4人にとっては予想外の答えのはずだが、
1人、サマンサだけは無言でローブとその下に着込んでいたリングメイル、
いわゆる鎖帷子を作業台の上に置く。
エルともう一人、ジースが慌ててそれに続くように自らの鎧を解除していく。
俺は三人の装備を確認しながら、アイテムボックスから適していると
思われる素材を取り出していく。
素材から直接作ったことはあっても、修復する、という行為は
ゲーム内でシステム的に自動で行われた以外は特に経験は無い。
だが、NPCである職人たちがやっていた行為を見ていたことはある。
何故だか俺は、今それが再現できるような気がしてならなかった。
「ほう、複数種類が入るのか。高かったろう」
「拾いものさ」
以前世話になったキロンが持っていたように、
一応この世界でもアイテムボックスのような遺物は皆無ではないためか、
ベンも感心した様子ではあったが、それ以上の驚きは無い。
まずはサマンサの物から、と鎧の表面を確かめていきながら
精霊の動きを確かめるべく目を凝らす。
人間で言えば双子のように似通った精霊が
鎧と素材とから出てくると、
ぴょんぴょんと飛び回り、痛んでいる箇所に集まっていく。
声が聞こえたわけではないが、俺にはなんとなくどうして欲しいかがわかる気がした。
素材である鉱石を専用の道具で熱し、やわらかくなってきたところで
作業台に固定した鎧にそっと乗せ、木槌で無遠慮に叩く。
そこだけを見ればなんということを、と怒られるところだろう。
何しろ、溶けかけた物を直接鎧にくっつけた形なのだから。
だが、俺はただ叩いたのではない。
精霊達の動きに導かれるように、魔力を注ぎ込んでいたのだ。
結果、特にスキルを発動するでもなく、木槌の先に手ごたえが産まれる。
俺にとっては精霊が発する光が辺りを満たしたのがわかったが、
周囲の4人にとってはどうだっただろうか?
木槌をそっとどかすと、壊れた様子の無いリングメイル。
手でそっと触れると、ノーマルな性能だったそのステータスに
斬撃耐性+5%、とあった。
「おお……親父に聞いたことがあるぞ。失われたといわれる製法に、
精霊の声を聞く大いなる技があると」
「そこまで仰々しいものではないさ。性能も大して上がってないしな」
真剣な表情でこちらを見たままのサマンサにリングメイルを渡し、
エルとジースの鎧に取り掛かる。
こちらも破損箇所やヒビの入った場所に素材を押し当て、
何回か叩いて修復に成功する。
どちらも微々たる物ではあるが特殊効果がついた。
意味があるかは不明だが、エルには即死魔法回避+5%、
ジースには麻痺耐性+5%となった。
ジースはともかく、エルの方は活躍の場が限られすぎている。
だが……。
「しっくりくる……」
「ああ、そうだな」
サマンサのつぶやきに、エルが答え、ジースも頷いた。
どうやら性能以上に着心地といった面では変化があったようだ。
「大した物じゃなくてすまないが、これでいいか?」
「十分ですよ! これで自分たち何か月分の生活費になることか……」
俺は自分への失望を感じていたが、エルたちは興奮した様子で
それを否定し、賞賛してくれた。
と、途中から黙っていたベンががばっと顔を上げると俺の手を急にとってくる。
「頼む! その技を、いや、全部じゃなくて良い!
着眼点だけでもいいから教えてくれないか!?」
「わ、わかったからちょっと落ち着いてくれ」
ぐいぐいと押してくるベンを押し返すようにしてなだめる。
「す、すまん。興奮してしまった」
「かまわないさ。別に何人に教えても良いが、場所はあるのか?」
「きっと大丈夫ですよ。丁度良い場所があります」
俺の疑問に答えたのはエルだった。
そして、あれやこれやという間に準備は進み……今に至る。
「どうしてこうなった?」
「さあ……なるようになるんじゃない?」
いくつかのアクセサリーを実演を交えて作成した結果、
自分達の成果に興奮してあちこちで意見交換をする職人たちを
見ながらつぶやいた俺に答えたのは、いつのまにか戻ってきていたキャニーだった。
後ろには興奮の塊となった集団を面白そうに見つめるミリー。
この熱気がいつしかうねりとなり、街が活気付くことや、
遠くない未来での戦いの場で、戦闘を支える
様々な補助武具達をこの街の職人が供給する始まりとなったことに、
そのときの俺が気がつくことが出来るはずも無かった。