76「大地の輝き-6」
もうちょっと今回の話は1話ずつを長くしておけばよかった気がします。
6話とかちょっと長いですよね。
それはそれとして最近手首から肘にかけてが
腱鞘炎のごとく痛いときが頻繁に……。
思うようにキーボードを打ち込めない日々です。
「あれ? あの人達……」
まもなく出口、というところにある広めの空間。
建物のエントランスに相当するであろう入り口すぐに広がっている場所に出るというとき、
ミリーが前方を指差す。
そちらを見れば、見覚えのある男女の集団がなにやら真剣な表情で装備の点検をしているところだった。
内1人の顔を見てはっきりと思い出す。
鉱山の中で助けることができた冒険者だ。
「よう、随分と重装備だな?」
「何か強い相手でも出たの?」
俺とキャニーが何気なく問いかけると、冒険者たちははじかれたように顔を上げ、
こちらを見るやなにやら驚愕に顔を染めている。
「無事だったんですね! よかった!」
そう叫び、俺の手をとってぶんぶんと上下にゆすってくる少年。
クレイより少し上、そろそろ少年と呼ぶのは失礼かもしれない、そんな背格好だ。
明るいところで見れば、他の冒険者もまだ地球で言えば未成年に見える。
冒険者の口調が変わっているのは俺たちに助けられたからだろうか?
それはともかくとして……。
「無事ってどういうことだ? そりゃあ、奥にはまだモンスターもいたが……」
まだワイマールや王にも言っていないことなので、宝物庫のことは黙っておくことにしよう。
そう俺は考えて答えたのだが、冒険者の返答はこちらの予想外のものだった。
「……貴方達が私たちを救出してから一週間がたっている。私達は3人がどこかで
なんらかの緊急事態に陥っていることを考え、何度も探索に入っていたところ」
あの時、重傷を負っていたローブを着込んだ女性、まだ少女らしさを残した顔が
無表情なまま、冷静な声で淡々と告げる。
「え? 一週間?」
ミリーの声が驚きに満ちているのがわかる。
それもそのはずだ。
長くても1日ぐらいだと思っていたのだ。
「……なんてことはない。奥でちょっとこの鉱山の謎に触れてね。貴族なワイマールさんに報告にいかないといけないところさ」
俺は内心の動揺を押し隠し、当たり障りの無いように答える。
完全にごまかすのは無理があるし、若いとはいえ冒険者だ。
何かあると思わせれば察してくれるだろう。
「ワイマール? ああ! 叔父が探しているのも貴方達だったんですね!」
「エル、一緒に行った方がいいんじゃないか?」
どうやらリーダーはエルと呼ばれた目の前の少年のようだ。
これまで沈黙を守っていた、3人の冒険者の中でも体格が良く、
腰に下げた剣や背負った槌での攻撃を得意にしていそうな少年が声を発する。
体格の良い彼だが、救出の際には盾を飛ばされていたほうだったことに気がつく。
前衛2人に後衛1人という組み合わせのようだ。
その後も自己紹介を交えて話す中、俺は彼らの装備が所々傷んでいるのを見て取った。
俺の視線を感じたのか、少年、エルが苦笑して自らの鎖帷子の端をつまむ。
「命の恩人を見つけるためと思ってちょっと無理して探索回数を増やしていたからですかね? 落ち着いたら新調しなきゃ」
見れば武器は大丈夫そうだが、寡黙そうなもう一人も鎧に欠けがあるし、
ローブも端がほつれている。
……これはいけないな。
「君の叔父さんに報告した後でよければ補修なり協力しようか?
こう見えても本職は鍛冶なんだ」
そういった俺の言葉を微妙に信じきれない様子の3人。
確かに、戦っているところしか見ていないのだから仕方が無いか。
と、ローブの女性がおずおずとした仕草でその手に持った何かを差し出してくる。
「これ……壊れてしまった。貴重品なのに申し訳ない」
正体はキャンディワンドだった。
ただし、使用限界を超えたのか色あせ、ぽっきりと折れてしまっている。
少年2人も申し訳なさそうな表情でこちらを見てくる。
「何回ぐらい使えた?」
「? ……あの時と、探索のときをあわせて30回ぐらい」
責められていると感じたのか、おびえた様子の彼女の声を聞きながら、
俺は心の中で感心していた。
魔力の消耗は別として、普通に使ったのでは20回も使えないからだ。
使用回数のあるこのキャンディワンドだが、
単純な使用回数上限を超えて使う方法がある。
それは回数を回復させる他、
・使う相手のことを心配して声にだして使うこと
というユニークな条件なのだ。
恐らくはMDでは脳波やその意思といったものを機械が読み取り、
判定していたのだろうが、この世界でも何かがそれを代行しているというのは面白い。
魔法も精霊が関係しているわけだから、精霊たちがそんな思いを読み取っているのかも、しれない。
俺はエルたちに、元々はもっと早く壊れることと、
壊れなかった理由をそれっぽく説明した。
「それは……仲間ですから」
エルは気恥ずかしそうに、仲間の2人を交互に見ながらそう胸を張って言った。
キャニーとミリーがそんな様子を見てか、
俺の背中を左右からつんつんとつつくのがわかった。
(わかってるって)
俺は言葉に出さずに肩をすくめることで姉妹に答え、
差し出された魔法の杖だったものを受け取り、そしてあらぬ方向へ投げる。
正確には投げる振りをしてアイテムボックスに仕舞いこんだのであるが。
俺の奇行ともいえる行為に、3人が慌てて投げられたと思わしき方向を向き、
不思議そうに視線を戻したときにはまた驚いている。
それは恐らく、俺が新しいキャンディワンドを持っていたからだ。
アイテムとしてはレアでもなんでもない。
ちょっと回復魔法を知っていて、ちょっと鍛冶を齧り、
能力を付与するスキルを持っていれば自作することだって出来たものだ。
それでも俺以外にとっては使い方がはっきりしないというような点から、
あの時は選択肢として悩んだが、今なら使い方もはっきりしている。
「使い方は身を持って知ってるから省くぞ。大体灯りの魔法15回分が限界だ。
限界になる前に……そうだな、蜂蜜か砂糖みたいなのを水で溶かしたやつで
塗りたくれば良い。一晩そのままにしておけばまた杖が力を取り戻す」
俺はローブ姿の女性、よく見れば背丈がややあるだけで少女だ、に渡す。
「ささいな贈り物さ」
遠慮した様子の彼女に半ば押し付けるようにして杖を渡してエルに向き直る。
「じゃ、行こうか」
結局俺は、3人の装備に関する返事を聞かぬまま、ワイマールの屋敷へと向かうことになった。
「そうか。やはりアベルは死んでいるのか」
「ええ、彼の姿をとっていたのはまったくの偶然。たまたま山の主に最後に近づいた人間だったからだそうよ」
屋敷にて、部屋に通された俺たちは
ワイマールと同じテーブルを囲んでいた。
ここにはエル達はいない。
叔父ということだったが、けじめはしっかりするタイプのようだった。
エルたちを助けたことに最初にお礼を言われはしたが、
その後は本来の話に話題をワイマール自ら戻した。
どうやらキャニーとミリーは俺と違って、
クエストを表からこなした形になったようで、
俺はだまっているしかない。
キャニーたちから語られた内容はこうだった。
時が流れ、かつての英雄がいなくなり、
世の中から信仰が薄れていった。
信仰とは精霊に対する考えのことである。
山や川は精霊が満たしていることを徐々に忘れ、
一部の者しか山に入る前に祈りをささげるといったこともしなくなって久しい。
かつてスピキュール鉱山にいた水晶竜は人とモンスター、双方の
山に対するそういった信仰を糧に力を得ていた。
ところが人のそれが失われつつある中、水晶竜は自らの存在が
モンスターの信仰のみに偏るのを恐れ、自らの行く末を嘆き、この場を捨てたのだという。
このままでは徐々に山の力は失われ、かれてしまう。
そう判断した山の主は一計を案じる。
人間に、今一度考えてもらおうと。
本当ならばもっとメッセージを添えるつもりだったが、
何かの手違いからか、メッセージが伝わらなかったのは申し訳ないとのこと。
「なんと……警告だったということか。確かに、最近はいくらで売れるのか、
どのぐらいよいものなのか、そういったことばかり追いかけていた気がするな」
語られる内容に、神妙そうに頷くワイマール。
英雄とはプレイヤーのことで、クエストらが信仰を増す原因になっていたのだろうと
俺は推測していた。
話は続く。
警告を正しく理解したのであれば、信仰を元に
無理の無い発掘を行うこと。
モンスターも鉱山に必要な存在であるのだから、
無理にモンスターの住処に踏み込むのは辞めること。
それらが守られれば、山の力は戻るだろうと。
その証拠に、次の満月の際に南側の穴はふさがるとのこと。
今後、掘られなくなった古い場所はだんだんとふさがるので、
注意するようにとのこと。
目印として、周囲の岩が赤く光るようになったらそこからいなくなるようにとのことだった。
すべてを語ったキャニーとミリーは疲れた様子だ。
(力が戻る……発掘場所の復活ってことか)
MDは元より、どんなゲームでも一気に資源が採取できることはほとんど無い。
大体は回数に制限があったりする。
現実的に言えば、掘った分だけ穴はあくし、いつか山はなくなってしまう。
だがこの世界では精霊の力によりそれが無い。
精霊はめぐり、山がある程度元の姿を取り戻すのだろう。
一見すると、制限はあるがこの国が無限に資源を得られるように見える。
だが、少し違う。
どのぐらい掘るとまずい、ということも知らされていない。
そして、欲にかられて発掘を続ければまた山がかれるのだ。
ある意味非常に難しいバランスを要求されていることであるし、
他国も容易にはここを奪い取ろうとは考えられないだろう。
「良くわかった。後日王の下に向かい、報告としよう。ついてきてくれるな?」
「そりゃあね。すぐか?」
俺が問いかけると、ワイマールは考えるようにあごに手をやり、少し沈黙する。
「……ある程度街の準備もせねばならない。1週間とは言わないが、
数日は滞在していてくれ。使いをよこす」
俺は頷き、疲れた様子の姉妹と共に部屋を出る。
一区切りついて気が緩んだのか、重くなった足に活を入れながら、
事前に料金を払ってよかったと考えながら宿代わりの建物に向かう。
「お金さえいただけるならかまいませんけど、一週間も不在なら
また借り直したほうがよろしかったんじゃないですか?」
「ちょっとトラブルでね。もうしばらく頼む」
言葉の割にはにこにこと愛想の良い受付の女性に答えながら、
俺は銀貨を渡して追加の宿泊を宣言する。
「どうぞ、ごゆっくり」
含みのある笑みを背中に感じながら、俺はまだ慣れた様子の無いキャニーをせかしつつ、
妙に元気の良いミリーを追いかけるようにして部屋に向かったのだった。




