閑話「ある日のMD。モチベーションって大事よね(四か月目あたり)」
時間軸はバラバラです。
ゲームであるマテリアルドライブ(MD)としての描写なので、
本編中とは描写、設定に差異があります。
読まなくても問題ありません。
ファクトはこんな奴だ、スキルはこんな感じなんだ、という参考やお楽しみになれば幸いです。
「うーん……これください!」
「まいどー、頑張ってな」
かれこれ1時間も悩んだ末、少年が1本の槍を買っていくのを俺はニコニコと笑みを浮かべて見送った。
目立った汚れの無い初期装備。間違いなく初心者だ。
俺が今、店を出しているのはゲーム開始時に自動的に到着する街の1つだ。
マテリアルドライブはキャラ作成後、自分で街を選ぶか、初期アイテム有りだが街は指定された場所、ということを選ぶことが出来る。
当然、街によって狩場の違いがあったり、特定のスキル群を覚えるには向いている場所、向いていない場所がある。
そんな街の中、俺がいるのはオーソドックスな前衛タイプを選んだ時に出てくる街だ。
賑わう中心地ではなく、少し離れた、
―慣れてきて少し街中を見回ったとき
に見つかりそうな場所にいるのだ。
そこで、不定期にNPCよりは少しだけ高性能な武具を売っている。
周囲のモンスターから得たお金で、なんとか買えるかな?といった具合だ。
もちろん、高Lvとなった俺ならば、二束三文程度の原価で
この程度の武具は量産できる。
だが、敢えてある程度の高値はつけている。
何故かと言えば……
「よっ、売れてるか?」
「ペインか、そっちこそ元気そうじゃないか。聞いたぜ、今度のユニークボス、耐え切った挙句に最後持っていったんだって?」
声をかけてきた剣士、素材集めなどでもなじみの相手、ペインに向き直る。
「へへっ、まあな! ちょうど手持ちの最強武器の属性が当たってよ、ばっちりさ」
ペインは俺が武具作成に凝り始めた頃にお客になってくれた1人だ。
大多数のプレイヤーが便利なアイテムのように作成メインのプレイヤーを扱う中、長い付き合いだ。
比較的長身の青年で、逆毛の頭は真っ赤、目つきはやや鋭く、体躯はがっちりとステータスを表現している。
「そりゃよかった。作った甲斐があるってもんだ」
ペインの報告に自分もうれしくなる。
ペインが今装備している斧は俺が少し前に作った奴だからだ。
確か、火山に住むモンスターの素材から作った炎系統のはずだ。
「また頼むぜ。ところで、前から思っていたんだが、なんでこんなところでこのクラスを売ってるんだ?」
露店に並べている武具を適当に手に取りながらのペインの疑問に俺は口を開く。
「簡単に言えば自己満足だし、楽しみを知って欲しいから、かな」
ネットゲームにはゴールが無いという。
当然、エンディングもないし、最終ボスだって基本的にはいない。
特定のタイミングでサーバーがリセットされるゲームもあるにはあるが、基本的にはエンドレスだ。
そんな中、ゲームをやる理由は様々だ。
一緒にプレイする仲間であったり、自分なりの目標であったり。
いずれにしても、強くなりたい、というのは理由の多くを占めるだろう。
ゲームではかけた時間と手間の分だけ、確実に強くなれる。
ハードの限界に如何にプレイヤーの反応や思考が迫れるか、ではあるので厳密には誰でも同じだけ強くなれるとは言えないのではあるが……。
ともあれ、強い武具を手に入れる、強いスキルや魔法で強い相手を倒す、といったことは簡単でわかりやすい目標だ。
「ほら、序盤を乗り切ると大体なんとかなるからさ、楽しめるプレイヤーが1人でも増えたらいいかなとね」
こういったゲームに慣れたベテランであれば何とかなるだろうが、そうでなければ意外と最初の仮想現実であるという状況に慣れぬまま、戦えずに終わるということもあるのだ。
「ふむ…確かに、最初は相手はこえーし、武器あたんねーし、なんだよって思ったなあ」
俺の言葉に自分の初心者の頃を思い出したのか、ペインが妙に頷く。
ゲームシステム上、どの武器を使ってもシステムの補助はある。
弓を撃とうとすれば自然と構えるし、魔法を唱えれば自然と魔方陣やらは出る。
そして、攻撃を行おうとしたり、スキルを使うと自動的に最適な威力でそのままであれば当たる動きをしてくれるのだ。
ただ、モンスターも当然動くので余程序盤でない限りはまともに当たらない。
序盤で合っても、まともに当たるのは何回かに1度ぐらいだ。
それ以上はプレイヤー自身が相手の動きを見て、少し右だ、だとかもっと踏み込まないと、と調整をする必要がある。
その状況に持って行きさえすれば、後はシステムの補正でしっかりと最適なダメージが与えられる。
段々と慣れてくればほとんどは無意識に行えるのだが、序盤では中々難しい。
何せ、近接武器であった場合、リアルなモンスターに勝手に自分が飛び込んでいくのだ。
これはかなり怖い。
チュートリアルの戦闘部分を飛ばさずにやっていれば大丈夫だろうが、もし飛ばしていると悲惨なことになる。
法律上の問題で、年齢制限のあるゲーム以外の描写はある程度ぼかされているとはいえ、それでも目の前に生きているかのように荒く息を吐くモンスターがいた日には、びびる。
事実、今でも女性プレイヤーが本気で泣いているのを見かけるぐらいだ。
まあ、中には最初から平気なプレイヤーもいるのだが……。
「そうそう、そんなときでもちょこっと強い武具があれば生き残れるかもしれないだろ?」
頑張って買った武具のおかげで生き残った! 買い物って大切!とか思ってくれれば万歳である。
「良くわかった。だから今度は、リジェネーションと対麻痺の腰装備作ってくれよ。モチ、今以上で!」
「いきなりだな! よーし、じゃあユークト火山のレッドドラゴンの鱗取りに行こうぜ!っていうか横で手伝うから狩ってくれよ。そうしたら作るから」
いつものごとく、難題を言ってくるペインには難題で返す。
レッドドラゴン、名前の通り炎系統の強モンスターである。
棲息する火山によって、まったく中身が違うので注意が必要な相手だ。
ユークト火山の場合、俺1人では中腹が限界だがペインがいれば飽きるまでいられるだろう。
「げっ、死ななくても熱いんだぞ、ブレス……」
それはわかる。地味に真夏のように暑いので、精神的にきついのだ。
「なあに、たったの10枚だから、10枚」
脱力した様子のペインを引きずりながら俺の歩む先はユークト火山。
今から行けば半日いらないはず!