72「大地の輝き-2」
掘ってー掘ってー、また掘ってー。
ツルハシ大好きです。
魔石。
それは何らかの魔力を帯びた鉱石類の総称である。
MDにおいては、単純な物理攻撃の効果が薄い相手、
スピリットのような相手であったり、頑丈な相手であったりに
攻撃する手段としての属性攻撃の材料になる。
例えば単純なブロードソードを作成するときに、
炎属性の魔石である鉄鉱石を素材として追加したならば、
追加効果として炎属性のダメージが発生する、という感じだ。
時には武具の名前そのものが変化することもある。
どの場合でも魔力を帯びたものになるため、
実体の無い相手にはその分がダメージとなるわけだ。
雷のよく落ちる場所、極寒の土地、あるいは火山のような場所や
自然に満ちあふれた森や泉など、魔石そのものは意外とそこらに転がっている。
ただ、その量や質となれば話は別だ。
大概は元の素材そのものはありふれているため、
魔石そのままを使っても性能は頭打ちになる。
MDにおいても、メインとなる素材のほかに属性付与のために
属性のついた素材を使うという方法が主流だった。
また、より良質な物は人間にとっては過酷な場所にあったり、
身の毛もよだつような儀式の果てに出来上がるものもある。
基本的には苦労に比例して質が上がると思って良いだろう。
俺のようなスキルを持った人間が、高級なメインの素材を使い、
元々の設定が高性能な武具を、さらに相性の良い魔石を合わせて作ったとしたら、
それは金貨何枚の価値を持つことだろうか。
その意味ではいつぞやに彼に作ったレイピアの素材は最高に近い魔石の1つといえる。
「ま、失敗したら無くなってしまうから、じゃあ作ろうかとはなかなか思えないわけだが」
俺は窓際の椅子に腰掛けながら、アイテムボックスの中にある素材の1つを手に取っている。
強力な雷属性を帯びた見事なカットの石、
設定名称は金剛石、つまるところはダイヤモンドを月明かりに照らしてつぶやく。
これをただの宝石として売り払ったとしても、
この世界であれば一体何人が一生遊んで暮らせることか。
俺は宿代わりの部屋の窓から街を眺める。
夜も更け、所々にランプや魔法の明かりがあるほかは闇だ。
どこからか酒場の喧騒が届くほかは静かなものだ。
「ただい……ま?」
「ふわー、高そう……」
必要なものをと買出しに出ていた2人が戻るなり、
手の中の石を見てほうけたようにつぶやいた。
「お帰り。特に変なことは無かったか?」
「あ、うん。夜だからね。酒場がにぎわってるぐらいよ」
「鉱山のほうは、やっぱり危険と隣り合わせってことみたいだね」
俺の声に反応してか、普段の様子に戻って荷物を部屋の隅においた2人が街の様子を語る。
ちらちらと俺の手の中に視線を向けてくるのはお約束か。
「そうか……そうなると鉱夫の護衛、みたいなのもありそうだな。
ますます例の商人が一人で奥にいたというのは怪しい……」
俺はテーブルの上にコトリと石を置き、椅子から立ち上がる。
2人の視線がテーブルの上に行くのを感じながら口を開いた。
「明日から早速もぐろう。目標はコイツ……までとはいかなくても、
表だって使えるお金の確保が出来るような魔石の発掘だ。
アテはあるからな、どんとついてこい」
そういって俺は文字通り胸をどんと叩いた。
種を考えれば普通に仕事をしている鉱夫達が少々かわいそうになる方法だが、
それはそれ、これはこれである。
この石を売って富豪になるのも簡単だが、それは余計な詮索を生む。
どこからこんなものが、と。
それを防ぐには実際に発掘されている場所でちゃんと見つける必要があるのだ。
「……自信たっぷりなのね。面白いじゃない」
「うんうん。魔石が右向けば人も向くって言うぐらいなのに、道端の雑草を抜くぐらい簡単そうだね」
俺が普通ではないことをすでに知っている2人は、どこか面白そうに笑みを浮かべる。
次はどんなものが飛び出してくるのか楽しみだ、という感じだ。
「まあな。よし、明日も早いし、寝るか!」
俺は気分を切り替えるべく、声を大きめに出したが、2人の反応は鈍かった。
「……どうした?」
俺がそう聞くと、2人はそろって部屋の壁際を指差す。
そこにあるのはベッド。
ただし、1つ。
大きさは俺が両手を広げてもなおも倍ぐらいありそうな大きなものだ。
だが、数は1つ。
(なるほど……)
「あー……俺は我慢できるぞ? 楽しみは後にとっておきたいし」
「っ! もっとこう、雰囲気ってあるでしょっ」
俺なりに考えた台詞のつもりだったのだが、キャニーは恥ずかしさよりも
気落ちした様子で怒ってきた。
「まぁまぁ、お姉ちゃん。指輪指輪」
「はっ。……コホン。そうね、これだけ大きければ大丈夫でしょ」
ミリーの一言に気を取り直したのか、キャニーはベッドの左端に転がった。
声を上げるまもなく、ミリーは右のほうへと転がる。
と、残るのは真ん中のみ。
なんとなく覚悟のいる光景である。
(まあ、そうなったらそうなったときか)
俺も別に子供というわけではない。
知ることは知っているし、その覚悟もある。
ただ、こんな世界であるし、俺自身のそっち方面の常識が正しいのかも
わからない状態で最後の一線は越えにくいというだけの話だ。
覚悟を決め、埃が舞い上がりそうな勢いでベッドの中央に身を躍らせる。
ぼふっと音を立てたかのような感触の後、
俺の体をベッドはしっかりと受け止める。
予想外なことに、ベッドは埃をほとんど立てず、
3人が寝ても十分な広さを持っていた。
「キャニー……」
「……何よ」
天井を向いたまま俺がつぶやき、同じく天井を見たままであろうキャニーが答える。
「ミリーもさ、落ち着いたら……ちょっと遊びに行こう」
「……うん」
「そのためにもしっかり仕事しなくちゃね!」
言葉は三者三様。
少し絡み合った感情を布団に、どこからか響く喧騒を子守唄にしながら
その夜は更けていった。
「蛍光石が20? 本気なのか?」
翌朝、3人で向かった酒場の壁にあった依頼書の一枚に俺は思わずつぶやいた。
ギルドの人間も何も言わなかったのだろうか?
といってもゲームでよくあるような規模ではなく、
情報が集まる相互扶助の集まりのようなものだから仕方が無いのかもしれないが。
「蛍光石ってあれでしょ。確か魔力を込めると光って、灯りの代わりになるやつよね」
「滅多に壊れないから便利だって聞いたことがあるよ」
背後からかかる2人の声に俺は振り向かずにそのまま頷く。
「ああ。だが……確かここじゃ取れなかったような気がするんだよな」
もっとも、時代が変われば多少は違うのかもしれないが、
と小さく2人だけに聞こえるように言う。
と、近くのテーブルで静かにコーヒーのようなものを飲んでいた老人が
俺の声が聞こえたのか、カップごと立ち上がって近づいてくる。
「若いの、よう知っとるの。そうじゃ。ここじゃ基本的には取れん。基本的にはな」
不自然にそこで言葉を切る老人に俺はにやりと笑みを返し、
酒場のマスターに適当な軽食と飲み物を注文した。
老人は満足そうに頷き、近くの椅子に座りなおす。
どうやら正解のようだ。
「普通に掘ったのでは出てこない物でな。コツがあるんじゃよ」
「コツ? 掘り方でも変えるのか?」
運ばれてきた果実を絞ったらしいジュースを口にしながら聞いてみると、老人は首を横に振る。
「いや、とあるモンスターの体内にあるんじゃよ。確か……トカゲっぽいやつじゃったかな? 本物は見たことが無いからわからん」
老人は自分の手を左右に広げ、このぐらいじゃ、と続ける。
(イグアナみたいな大きさか? となるとアイツか)
俺は心当たりに思い当たるが、確かここが住処ではなかったはずだ。
「トカゲか、ぬるぬるしてないといいけど」
「早いだけだったらなんとかなるもんね」
やはり環境が変われば色々と変化があるのか、と考え込んだところで
キャニーとミリーの声が届く。
「ありがとう。とりあえず見つけたらばっさりと切り裂いてみるよ」
俺は老人にお礼を言い、酒場を出る。
鉱山への入り方は複数あり、大きな入り口は出入りも多く、
台車のようなものさえ出入りしていた。
俺達はそれらを尻目に、少し横に入った入り口の前に立っていた。
これからやることを考えたらあまり目立つのもよくない体。
「で? どこからいく?」
「そうだな。鉱脈探知」
俺はいつもより力を込めてスキルを発動する。
細かな精度は落ちるが、範囲がその分拡大するのだ。
己の知覚がそのまま広がっていくような感覚と共に、
周囲の反応が見えてくる。
伸びるチューブのような空白は坑道でいいとなると、
反応が濃い方、あるいは動きのあるほうへ行けばいい。
丁度よく、正面の坑道の奥にどちらの反応もある。
「こっちだな。行こう」
2人に声をかけ、魔法の灯りを生み出しながら地下へと潜り始める。
潜ってすぐに俺達は分かれ道にぶつかった。
片方は落下防止の木枠も新しく、足跡も多い。
もう片方は木材も少し古さを感じさせる道だ。
「こっちは前に使われてた……のかな?」
「そうみたいね。灯りもないし」
「動いてるやつがこっちにいるな。例のモンスターか?」
俺は木枠の強度を確かめながら少し古さを感じる道へと歩みを進める。
既に右手には麻痺用の長剣、パラライザーを手にしている。
俺の知っている鉱山とはモンスターの種類が違うことが確実な以上、
何が起こるかわからないからだ。
数分なのかそれ以上か。
しばらく進んだ先で、坑道に落ちていた大きな岩の陰から何かが出てきた。
『ギッ?』
「ふっ!」
ぎょろりとした爬虫類独特の瞳がこちらを向いた瞬間、
俺は一息に間合いをつめ、剣を突き出す。
はじかれたりしたらどうしようかとも思ったが、
幸いにも剣はあっさりと相手、トカゲのようなものを貫き絶命させる。
「脆いわね。? コイツじゃないかしら?」
「でもどこにあるんだろう。お腹?」
「まあ、腹が相場だよな」
あまり気乗りのしない話ではあるが、ゲームのように勝手に姿が砕けたり、
アイテムだけ残して消え去ったりしないのが目の前に横たわる現実である。
白くのっぺりとしたトカゲの腹をナイフで切り裂くと、
ごろりと内臓のほかに何故か拳大の蛍光石が出てきた。
「蛍光石だな。あれか? コイツが何かを食べてだんだん溜まっていくのか?」
地球で言う土何トンから何キログラムしか取れないとか言うやつに近いのかもしれない。
「だとすると大きいやつを狙っていったほうがいいのかしらね?」
「だろうな。鉱脈探知」
俺はキャニーに頷きながら、今度は精度を上げてスキルを実行してみる。
時折動く反応、その大きさはまちまちだ。
「お話にあった場所に続く道はいくつかあるみたい。どうする?」
ワイマールから預かった地図を見ながら言うミリーに俺は振り向き、
剣先を坑道の先に向けながら口を開いた。
「とりあえずは襲ってくる相手は残さず撃破。後は良い感じの魔石が無いか、
色々試しながらってことで」
目標地点まで直線距離で10分の1ほど。
実際に歩けば何時間もかかるだろう。
それまでに目的のものが見つかることを祈りながら、
2人を連れ立って奥へ奥へと進むのだった。