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70「小さな決意」

つなぎ的な。


あまりダンジョンの中で武器が使えないとか、

魔法を撃ったら崩れる!とか考えてはいけないかもしれないと考えた今日この頃。


「あー……何か手が痛い」


「ずっと戦ってたもんねえ」


慰めるように声をかけてくるミリーにうなずきながら俺は

見るからに質の良い椅子の背もたれに体重を預ける。


椅子はわずかな音を立てるが、痛む様子は無い。


何の木材なのかはわからないが、良いにおいもする。


俺はその感触に一泊いくらなのかと考えつつ思考をめぐらせる。


王の復活の翌日。


俺達は王都内のとある宿にいた。


荒くれの集う安宿ではなく、身分のはっきりした他国からの旅行者や、

城に用のある立場の人間などが主に泊まる宿らしい。


つまりは、お金のある人間御用達、である。


調度品も質の良いものであるし、

食事やサービスもばっちりだ。


今も、提供された冷えた紅茶のようなお茶を飲みながらのロビーでの談笑なのだ。


周囲にはいくつかのグループが同じように朝を楽しんでいるようだった。


「いいじゃない。すぐに帰ってたらここが無駄になってたし」


テーブルの向かいで、お茶のお供にと出されたスコーンのようなものを食べているキャニー。


そう、ここは詰め所での対近衛有志メンバーとの手合わせが日暮れまで続いたころ、

エイリルから宿として用意された場所なのだった。


詳しくは聞いていないが、恐らくはエイリルより上のほうの指示だろう。


まさか王直々ということはないだろうが、

何かしらのアクションがあるとにらんでいた俺にとっては渡りに船だ。


城の関係者が出入りするには不自然な安宿よりは連絡がしやすい。


(朝、部屋のテーブルの上にいつの間にか周辺の地図が置かれていたのには驚いたが)


恐らくは王配下のそういう人間が来たのだろう。


「寝床もふかふかだったしな。確かに良い宿だ」


俺は残っていたカップの中身をあおるように飲み干し、一息つく。


それにしてもエイリルめ、意外と策士だ。


わざと若い近衛ばかりを選んで相手にしてくるとは……。


(図らずとも相手の良い訓練になってしまったな)


模擬戦を前にして、俺がアイテムを使用しないことを告げたとき、

エイリルとその副官になると思われる兵士がなにやら相談を始めた辺りで気がつくべきだった。


結果、普通に訓練をしている片隅で、俺は若い連中を相手に、

まるで教官のごとくダメだしをしながら戦い続けたのだった。


近衛とはいえ、その強さにはばらつきがあったようで、

恐らくはコネ入隊なのだろうという強さの人間もいた。


俺は相手をしながら、ゲームとしてのシステム補助の無い戦闘というものを

一から見直していた。


力の入れ方、体の動かし方、無駄をそぎ落としにかかったのだ。


『ゲームのときもよくチュートリアルで反復練習してたわよね』


(廃人は反復にどこまで耐えられるかのお仕事ですってもんだな)


何気ないゲーム中の行動1つ1つも、よく考えてやれば結果的には大きな差となる。


それは移動であったり、戦闘であったりと様々だ。


もっとも、ある程度地力がついてからはそこまでシビアな行動はすることはなかったが……。


「ふう……で? どうするの?」


「昨日も話したが、例の宝石鉱山の方へいってみようと思う」


俺はテーブルの上に地図を広げ、その場所を指差す。


ここから1週間もすれば見えてくるだろう距離だ。


「特別、依頼を受けたわけじゃないのにわざわざいくの?」


「そうだ。マイン王ははっきりとは言わなかったが、あれはすべて織り込み済みの目だった」


表立って何かを依頼するわけにもいかず、かといってほうっておくにも問題がある。


そして、手持ちの駒を動かすのも問題がある。


俺は周囲に気を使って小さめの声で答えながら、

2人に説明を始める。





「……そんなわけだ。事件は何もなくても、確か魔力のこもった宝石が産出することがあると聞いたことがある。

 うまく手に入れてそれを材料にした武具が作れるかもしれないからな」


俺の説明に、2人は納得したように頷き、早くも心は旅路にあるかのような表情になる。


「ふーん。どちらに転んでもおいしい、ってことね」


「お姉ちゃん、ここは指輪をねだる場面だよ!」


……どうやらミリーだけは違ったようだった。


年の割りにまだ幼さの残るしぐさに俺は肩眉だけをこっそり反応させつつ、

この世界にも指輪で関係をどうこうする習慣があることに驚いていた。


装備として指輪というものはかなり重要である。


もしかしたら特殊な効果のある指輪を譲ったりするのは

特別な意味を持つのかもしれない。


アルスのような同性はともかく、先日のように

自分の感覚では大したことがないアイテムでも、

単なる武具以上の意味を持ちそうな場合にはほいほいとはあげないように気をつけてみるとしよう。


「わ、私は別にそういうつもりじゃっ」


気がつけばなにやらキャニーはあわただしく声を上げていた。


なおもミリーはキャニーになにやら真剣に語っている。


キャニーはそんな妹にあたふたしながらいちいち反応している。


キャニーはいつも元気だ。


一人の人間としてのその仕草が、いつも俺のこの世界への

愛着を増やしてことは間違いない。


ミリーもそうだが、2人ともあてのない旅に良くついてきてくれている。


それこそ、いつ強力なモンスターに襲われて無残な姿になるかもしれないのにだ。


直接何かを確認したわけではないが、俺への好意があることは間違いないのだろう。


今も、ファクトがどうしてもというなら、だとか言いながらもこちらを見ている。


そんな姿に俺は神妙な顔を意識して、唐突にその手をつかむ。


「いつも世話をかけてるな。こんな……いつ命を落とすかもしれない旅に

 ついてきてくれて、感謝している」


「っ」


キャニーは硬直したように動かず、俺につかまれた自分の手を見たままだ。


なにやら周囲の視線を集めているような気もするがそれはそれ。


「これからも頼りにしていいか?」


「……何を馬鹿なこと言ってるのよ。当たり前じゃない」


「そうそう!」


2人がきょとんとした後に向けてくれた笑顔に、

俺はどこか救われたような気分になるのだった。










「そういえば馬車で移動するのは初めてだったか?」


「多分そうだよ」


普通の乗馬とは違う、独特の振動を感じながらつぶやいた俺に、

同じように幌の入り口部分から外を眺めるミリーが答える。


キャニーは何が楽しいのか、御者の横に座って手綱の操作などを聞いているようだった。


たまたま目的の街へと商売をする予定の商人や、

買い物にいく予定の旅人等が集まった形のキャラバンのようなものに同行することが出来た俺達は、

その集団の馬車の1つにいるのだ。


大小あわせて6台ほど。


護衛の冒険者や、元々同行しているのであろう武装した人間が周囲を警戒している。


「たまにはお客側ってのもいいもんだな」


俺はのんびりと、空を見上げる。


青い空に白い雲。


このまま目的地までのんびりと過ごせる……はずだった。







「それがどうしてこうなった!」


「きっとファクトくんだからだよ」


「間違いないわね」


容赦の無い2人の返事に内心落ち込みながらも、

俺は外套から取り出すようにして1本の槍を取り出す。


要求されるSTRが低い、つまりは扱いやすい部類の1本だ。


武器を構えた俺たちを敵と認識したのか、

叫びながらも襲い掛かってくるコボルトらしき相手を正面から貫いた。


『周りに大きな力は無いから、ただの偶然かな』


数もそう多くないようで、周囲では散発的に護衛の冒険者たちとの戦いの音が響いている。


「たまたま巣が出来ていたってとこか?」


確かコボルトは森等に武器代わりの手斧などを使って、

粗末な小屋のようなものを作りながら生活し、

周囲に獲物が少なくなると移動する、というような性質だったはずだ。


いつやってくるかわからない恐怖はあるが、同じ場所で

ゴブリンのように増え続けることのない、そんな相手だ。


ゴブリンのように光るものや小物類が大好きで、

MDでもコボルト種族たちはドロップでプチレアと呼べる物を良く持っていた。


そのドロップの中身はこうやって襲った物、ということなのだろう。


「残念! おいたをする子にはここでお仕置きだよ!」


大人のお腹ぐらいまでの背丈のコボルトを前に、

ミリーは臆することなく立ちはだかり、

すれ違いざまに黒光りのするダガーをその首元に突き立てる。


口調が普段のままということは、その程度の相手だということなのだろうか?


「ファクト、あっち!」


キャニーの声に左手側を向けば、街道沿いの林からなおも出てくるコボルトの増援。


まだ多少距離があるその数匹を前に、俺は構えるようにして槍を少し引く。


世の中にはフィクションとして、多くの物語があり、

多くの技や魔法がある。


だがそのほとんどは何かを詠唱したり、叫んでいる。


現にアルスも技名を叫ぶし、俺自身もそうだ。


だが、作成のときにそうであるように、スキルや魔法でも叫びは必須ではない。


イメージの問題であったり、その精度が問題になるようだった。


それはすなわち……。


「ふっ!」


気合を込めた声が吐き出されると同時に

俺とコボルトの間に、小さな竜巻を横にしたような風が荒れ狂う。


数瞬、しかし結果を出すには十分な時間の間、風は力を発揮した。


俺は槍を突き出したままの姿勢でその結果、

何かに貫かれるように体に穴を開けたコボルトの死体を見ていた。


槍用の中距離スキル、ピーアシング・レイ。


スパイラルシュートの下位スキルになり、

威力は低いが、貫通能力を持った対雑魚用といえる物だ。


これまで基本的にはスキルを使ってこなかったが、

そろそろ隠しきれなくなってきている。


ならばいっそのこと、ある程度表に出すべきだと考えたのだ。


自分に、下手に手を出すと返り討ちにあう、ということを。


「終わり……か?」


同じように周囲を警戒したままの冒険者を視界に納めながら、気配を探る。


「ん、大丈夫みたい。ほら、進む準備してるもの」


キャニーの指摘どおり、気の早い馬車はすでに馬の様子を確かめ、

続けて車輪の状態を確認しているようだった。


コボルトがこれだけとは限らない以上、

早くこの場から離れたいという気持ちもあるのかもしれない。


その後はモンスターとの遭遇も無く、鉱山というには低い、

広がる丘のような岩肌が俺たちの前に現れたのだった。



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