69「王都へ-3」
短いですが話が切れてしまったのでここで。
王の復活に喜ぶ場から一転、この場は一人の男の処刑場と化していた。
それもそのはずである。
王に献上された物が王を害していた。
そして献上された品とはいえ、王が自ら身につける、
そんなことになる立場の人間は限られてくる。
ほとんどの人間はちらりと視線を送るだけだが、
その本人の態度がすべてをあらわしている。
俺から見てもわかるほどの嫌な汗をかき、何をどう口に出そうかパニックとなっているようだ。
(これで黒だったらただの馬鹿か、切り札があるかどちらかだな)
俺は数秒だったのか、それとも数分なのかもわからないほど
緊張に満ちた空間の中、一人低い可能性、この場を強引に切り抜けるような
切り札を持っていないことを祈っていた。
「ワイマール殿! 貴方という人は!」
「な、何かの間違いだ!」
見覚えの無い恐らくは貴族の1人が詰め寄るが、
相手側、ワイマールというらしい、は必死に抗弁する。
端から見ればただの言い訳にしか聞こえないのだろうが、
俺にとっては違うように聞こえる。
「お待ちなさい。ワイマールに王への害意が無いことは証明されています。
父上、そうでしょう?」
凛とした声が場を支配し、発言主は視線を集める。
第一王女だ。
懸念であった父親の復活で気力を取り戻したのか、
どこかしっかりした印象を今は受ける。
「うむ。二人とも落ち着くが良い。今ここで、誰かをどうこうしようとは思っておらぬ」
マイン王の言葉に、ワイマールは脱力した様子で元々座っていた椅子に座り、
問い詰めた側も納得したのか席に戻った。
「確か……ワイマールは宝石鉱山をいくつか管轄下に置いていましたね。
そこからの献上品に紛れ込んでいたのではないですか?」
頭の中で情報を整理していたのか、横合いからのシンシアの声に、
はっとした様子で顔を上げるワイマール。
「確かにあれは5年ほど前に馴染みの商人であるアベルから献上されたものです。
久しくあっていなかった相手ですが、街への貢献は多大な相手です。
まさか彼の物がこんな、呪いのものだなんて……」
信じられない、と頭を振るワイマールは嘘を言っている様子は無い。
さて?と考えたところで予想外のところから話は転がることとなる。
「それはおかしいですわ。お姉さま、覚えていらっしゃいますか?
昔、私の誕生日にプレゼントだと東方からの珍しい布地を納めてきた商人のことを」
これまで静かだった第三王女が困惑するように口を開き、
姉、シンシアに返事を求めた。
上2人とは違う、幼い声。
それでもどこか違うのは王族という物か。
「ええ、気負いのない大胆な商人だったと記憶していますよ。それが何か?」
シンシアの返事に、第三王女は顔色を悪くして再び口を開く。
まるでシンシアの後ろに幽霊でもいるかのような顔だ。
「その商人の方が言っていました。
『大事な友人であるアベルが事故で亡くなり、代理で来たのだ』と」
瞬間、幾人かの表情が一変し、部屋の空気が微妙なものになる。
「……その、アベルが何か?」
思わず俺が問いかけると、ワイマールが苦々しく口を開く。
「今おっしゃられている布地が贈られたのは、6年前なのだ。私がアベルに会った年より、
一年も前だということだよ」
(おおう……つまり、死人からの献上品ってことか)
先ほどの微妙な空気は、ワイマールの言葉がありえないことを示しているからだろう。
(……いや、ありえなくは無いのか?)
俺はふと、今この場が西暦の地球ではないことを改めて思い出す。
剣と魔法のファンタジーなのだ。
幽霊にだって出会ったし、ゾンビだっているのだ。
つまり、微妙な空気はアベルとかいう商人が生きているのか、死んでいるのかではなく、
誰がアベル、死人を蘇らせたかということだったのだ。
「……すぐに戻り、調査いたします。中座をお許しください」
ワイマールは真剣な表情に戻ると、一礼して部屋を出る。
王はそれを止めず、うなずくのみであった。
「皆も下がれ。各々の責務に励むように。ファクトにはもう少し話を聞かせてもらおう」
ちらりと、俺に向けられた王の視線。
俺はわざとゆっくりと立ち上がると、部屋を出て行く面々の視線を感じなら
1歩、前へと進んで王の前に立つ。
「……さて、改めて礼を言おう」
「一介の冒険者にはもったいないお言葉です」
シンシアたちの手前、一応態度に気をつけながらもなんでもないように振舞おうとしてみる。
今部屋に残るのは王と娘3人、そして侍女数名だ。
近衛の兵士がいないのは例の秘宝があるがゆえか。
「ふふっ、ファクト様ったら、そんなに硬くならなくても」
普段の俺と違うことが何かのツボにはまったのか、
シンシアがからかうように笑う。
「お姉さまばっかりずるいです。シルフィも外に出てみたいです」
「貴女はまず、なんでもないところでつまずく癖を良くしてからですね」
第三王女、シルフィというらしい、が横からそんなことを良い、長女である第一王女がたしなめる。
これが契機になったのか、部屋がしばし少女3人の声で満たされることとなった。
その間、3人を見ながらも時折王と交わす視線には多くの意味があった。
表立って言うことは出来ないが、如何に感謝しているか、
どれだけ状況が危険だったか、なんとなく伝わってくる。
「そうですね、王道でいけばこのあたりで褒美をひとつ、というところでしょうが、
ここはいっそのこと、多少砕けた口調で話しても問題ない権利、なんてどうでしょう」
「形あるものは後からもらう、ということか。よかろう」
派手にポーズを取り、俺が会話の合間を縫ってそんなことを言い放つと、
王は思ったとおりそのまま乗ってきた。
この王、立場の割りに話がわかる相手だ。
若いころの冒険が世間を見せてくれたとでも言うべきなのだろうか。
「ありがたい。威厳じゃモンスターは帰ってくれませんので。
改めて、仲間と共に闇を切り裂く光を生み出すべく、種まきをしている途中ってところで、
シンシア王女と出会い、ここにいたる、と。そんなとこです」
俺は派手なポーズのまま何かを袖から出すように振舞うと、
アイテムボックスから無駄に目立ちそうな武器をいくつも取り出し、
そっとそのまま床に下ろして王達に見せる。
光を浴びて宝石のように輝く装飾のナイフから、
一撃と共に火を噴きそうなメイスまで。
半分ほどはMDのイベントなどで手に入れた、
性能としては最上級とはいえないようなユニークアイテムたちである。
見た目からのハッタリをきかせるにはこういった物の方が有効だと思ったのだ。
「本職はこちら。出来ればどこかにこもって名剣でも打っていたいところですがね。
なかなかほうっておけない事件が多いもので」
手品のように手首をひねり、アイテムボックスへとしまいなおす。
驚くかと思ったが、娘達はともかく、王は目を少し見開いただけだった。
「ほほう。昔読んだことがあるぞ。かつてこの地を守っていた英雄たち。
彼らは皆、それが嗜みであるかのように今のような万物を仕舞う専用の術を持つと。
身の丈を超える武器を操り、魔族すらしのぐ魔法を放ち、
神のごとく万物を産み出すと」
王が浪々と語る内容はプレイヤーたちがゲームの中で、
クエストで成してきた結果たち。
どうやら、各種バトルイベントも過去の戦争のような形で伝わっているようだった。
「少々事情がありまして、そのあたりのことをあまり知らないのですが、
どんな話なんです?」
「長くは無い。
ある日、世界のどこかで闇が生まれ、英雄たちはそれを食い止めるべく終結し、
そして戻らなかった。だが闇が世界に満ちることは無く、
英雄達がそれを食い止めたのだと、世界に生き残った人々は考えたのだという」
代償は大きく、英雄たちの振るった力を伝承するものはごくわずか。
各地に残る遺物がかろうじて垣間見せるぐらいなのだそうだ。
「娘より旅の理由は聞いている。自由に動くが良い。もっとも、厄介事は自己責任で解決してほしいところだがな」
「自分から歩いてくる、いや……用意されているってことがないように祈っておくことにするよ」
話は途切れ、どちらから言うでもなく、俺は退室する。
出たところでエイリルが待っていた。
一人で帰るつもりだった俺にとっては意外だったが、
道案内がいてくれるのはありがたい。
「いいのか?」
「ファクト殿の案内も任務のうちですから」
横に並びながら、問いかけた俺にまじめなエイリルの反応。
彼は彼で、俺に何やら期待を抱いている気がする。
城を出、詰め所に戻ってきた俺たちを出迎えたのは、
妙に意気投合しているキャニーミリーの姉妹に、エイリルの同僚と思われる騎士達だった。
「……何があった?」
「別に? ちょっと汗の飛び散る交流ってやつをしたのよ」
仲良くなることまでは想定していたが、この状況は予想外だ。
騎士達のこちらを見る視線は、こう、興味に満ち溢れている。
「そうか。俺というものがありながら浮気か」
「ちょっ、ちがっ」
俺が敢えて微妙な言い回しで答えると、案の定キャニーは勘違いからか、
真っ赤になって何かを否定しようとする。
「だめだよ~、お姉ちゃんは純情なんだから! ファクトくんが私たちより強いっていっただけだよ」
横合いからのミリーのフォローの内容を俺が理解したとき、
扉がとある騎士Aによって閉められた。
そして、冒険者と近衛との臨時模擬戦が唐突に行われたのはまた別の話だ。
次回は小話!